第二次調査隊による未知の海域調査中、痕跡を見つけたことで一度帰投しようとしたところ。通信が出来ないことに気付いた瞬間、未知の深海棲艦が調査隊に接近していることが判明。すぐさま撤退をしようとしたものの、そのうちの1体の速さが普通ではなく、逃げ切ることも出来ずについに対面することになってしまった。
「白露……まさか、貴女とはネ……」
駆逐艦は、鎮守府の駆逐隊隊長、白露の外見をしていた。いや、細かく言えば少しずつ違う。それこそ、深海棲艦化した春雨のように、眼前の白露も同じような変わりようである。真っ白な肌、真っ白な髪、青白く燃えるように輝く瞳。それは当然、白露が持っていなかった要素だ。
見た目も深海棲艦と化した春雨に近しい、ノースリーブのセーラー服。肌を惜しみなく出しているため。春雨のように欠損があるわけではないようである。
「あれ? もしかして金剛さん? うわ、ひっさしぶりだねぇ」
ケラケラ笑う白露に対し、金剛は酷い顔をしていた。死んだと思っていた仲間が生きていたのは喜ぶべきことなのに、その姿はどう考えても
春雨の時と同じはずなのだが、感覚がまるで違う。春雨は艦娘としての心を残していることが一目でわかったが、白露はその心が無い。艦娘の時には見たこともないような、狂気じみた目をしている。
それに、旧知の仲間がいるというのに、殺気を消そうともしない。金剛をこの場で消す気満々で、でも再会を喜ぶような喋り方。
白露も心が壊れているのが嫌というほどにわかった。寂しさが溢れた春雨の壊れ方とはベクトルが違う。限界が残らない壊れ方にすら見えた。
「生きて……いたんデスカ」
「うーん、ちょっと違うかな。あたしは一度死んでるよ。だけど、生き返っちゃったんだなぁコレが」
春雨がトラウマとして傷を負っていることを、笑いながら話している。しかし、その目は少しも笑っていない。
「金剛さん知ってる? 死んだ艦娘って、運がいいと深海棲艦になって生き返るんだって。あたしもその中の1人でね、今はこんな感じってわけ」
「……こんな感じ……とは?」
「えー、察し悪いなぁ。深海棲艦として、
嘘偽りない言葉だった。狂気に染まった瞳は、この言葉を発したときは本当に笑っていた。侵略が楽しい。艦娘を殺すのが気持ちいい。本来ならば嫌悪するような事柄が、全て快楽に繋がっているような言い方。
もう、鎮守府の面々が知っている白露ではないのだと、嫌というほどにわからせてくる。
「こらこら、あんまり突出しないでくださいね」
「あっ、置いてきちゃったね。ごめんなさーい」
「心にもない謝罪をどうも」
白露の後ろから、もう1人の未知の深海棲艦。こちらが鎮守府にとっての仇であり、春雨や叢雲が深海棲艦に堕ちるきっかけを与えた者。言ってしまえば、これだけ慕っているようにも見える白露にとっても、自分を殺した相手に他ならない。
話には聞いていた、左目だけがビカビカと輝いている重巡洋艦。さらには、外見は艦娘と殆ど同じ姿である。
「あれ、古鷹さんだよ。艦娘で、重巡洋艦」
島風が金剛に小さく伝える。その言葉もギリギリ聞き取れたくらいだったが、元となっている艦娘があちらにもあったようである。
重巡洋艦古鷹。全ての重巡の姉と呼ばれており、重巡洋艦の中では少しだけ力不足なところもあるのだが、どの個体も基本的には心優しく、仲間達を導くようなカリスマ性も持ち合わせ、頼りになる存在。大天使と喩えられることすらあるような人格者である。
しかし、後から来た古鷹にはそのような雰囲気がカケラもない。白露と同じように真っ白な髪と肌に加え、鎮守府の面々ならわかる飛行場姫のようなボディスーツに身を包んでいるのが異質。さらには、妙に特徴的な額の右側に生えた角が、異形であることを表していた。
その姿は、コードネーム『重巡ネ級改』と呼ばれる個体に近しい。薄雲の仇がそのネ級改であるが、古鷹はそれのような見た目へと変貌を遂げていた。
「何を探しているかは知りませんけど、艦娘がこんなところまで来ちゃいけません。危ないですよ?」
「わるーい深海棲艦に襲われちゃうもんね」
白露のノリは変わらない。それが自分であることをわかっていて、それでも煽るように悪い笑みを浮かべ続ける。
「先日、戦艦棲姫も何かを探しているようでしたが……もしや、貴女達もその仲間だったりします? 深海棲艦と艦娘が一緒に行動するなんて、珍しいこともあるものですね」
ペラペラと話しているが、その姿に島風は疑問を覚えていた。古鷹はあんな性格だったのかと。
白露もそうだが、あの古鷹も深海棲艦化によって心が壊れているのは間違いない。だからといって、ここまでおかしくなるだろうか。あの施設にいる元艦娘達は、基本的な性格は何も変わっていない。しかし、白露も古鷹も何かがおかしいとしか言いようが無い。
「まぁどうであれ、見つけちゃったので死んでもらうんですが……うん、戦艦の2人、あと後ろの駆逐艦2人……青いのと、赤いの。それと、あのウサミミは
「じゃあ、やっちゃっていいよね。いいよね!」
「ええ、好きに暴れていいですよ。艦娘は格下ですから」
瞬間、白露が爆発的なスピードを発揮して調査隊に突撃。艦娘の時にはまず確実に出せない速力から、狙いを定められたのは島風だった。狂ったような笑みを浮かべ、手に持つ主砲を乱射しながら、一撃で沈めてやろうと速攻を仕掛ける。
「しまかっ」
「大丈夫。だって速いもん!」
声をかけられる前に島風は動き出していた。相手がスピードタイプの動きをするというのなら、それに真っ向勝負を仕掛けるのが島風である。
自分の速さに自信があるのもあるが、先陣を切ることで敵の攻撃を自分に引き寄せ、仲間達を守るように動いていた。そして、その迅速な判断が仲間達を鼓舞し、戦いをより良い方向へと導いていく。
しかし、敵がよりによって死んだはずの仲間なのだから、金剛でさえ本来の力を発揮するのは難しい。なんとか撤退を進めているが、最大戦速は出せそうになかった。動揺が速度を落としてしまう。
「はいそこ、逃げないでくださいね」
それを見ていた古鷹は艤装を生成すると、艦娘の時には持っていなかった
ネ級改は純粋な重巡洋艦なのだが、同じネ級でも改では無い方。そのフラグシップと呼ばれる個体は、空母と同様の艦載機を扱う航空巡洋艦となっている。あの古鷹は、その力も持っているようだ。
「攻撃隊、発艦! 艦載機を迎撃して!」
「こっちも! あんなのに負けてられるかっての!」
そんな艦載機に対して、千歳と千代田は自身の艦載機をぶつける。目には目を、艦載機には艦載機をと、同じ土俵での戦いに打って出た。
空母2人がかりの航空戦は、たった1人の重巡洋艦相手に互角。そもそも艦載機のスペックが違うため、数では勝っていても、制空権を完全に取るところまでは行けず。
「金剛姉ちゃんと比叡姉ちゃんは古鷹さんやって! この白露は私が引きつけるから!」
「お、Okay. 比叡、私達も行きますヨ!」
「はいっ」
比叡も自分の頬を音が出るほど強く叩き、気合を入れ直した。動揺の色が強かった瞳は、これで一旦リセットされる。
ここで白露を敵と割り切ることが出来るかが、今回の戦いのキモだ。しかし、簡単に割り切れないのはわかっている。
だから、島風が白露に当たった。あちらも狙ってきてくれるのだから好都合である。古鷹には縁もゆかりもないのでまだ戦いやすいが、白露相手に砲を向けることは簡単には出来やしない。いくらあちらが敵意増し増しでも。
「こらこらぁ! あたしから目を離せるのかな!?」
「ふんっ、そんなの余裕だし。私は、友達を守るために先陣が切れるんだ! アンタなんかに負けるわけがない! 背負ってるものが違うんだからさ!」
明らかに異常である白露に対し、改二相当な実力を持つ島風は、カタログスペックだけで見れば数段劣るものになってしまうかもしれない。
しかし、仲間という後押しが島風のスペックを格段に上げている。愚かな過去を踏み台にして、光り輝く未来を掴み取っている島風は、格上の相手がどうとか関係無い。
しかし、そんな
「うそ、なんで……なんで白露姉さんが……」
この場から逃げなくてはいけないというのに、海風は足が動かなかった。宗谷の手を取って行動していたのだが、そのせいでみんなまとめて撤退が出来ずにいる。
「海風の姉貴! 早く逃げろっ! 江風達は意地でも逃げなくちゃいけないだろうがよ!」
「なんで……なんで……」
江風の叫びも耳に入っていない。島風と戦う白露の姿から目を離すことが出来ず、ただただ震えることしか出来なかった。
ようやく心が落ち着いてきたのに、またもやガタガタに崩れていく。むしろ、今まで以上に危険な状態に持っていかれようとしている。そんなこと、山風が我慢出来るわけがない。
「江風、涼風! 宗谷さん、引っ張って!」
山風にしてはハッキリとした大きな声で、その意思を伝えた。これは異常事態であるとすぐに判断出来たため、2人は疑問符すら浮かべることなくその言葉に従い、海風と山風から宗谷を引き取り、すぐに撤退を開始。
勿論全員が撤退をしながらの戦いなのだが、その先頭を疾ることになる。低速艦である宗谷にはかなりキツイ状況になるのだが、命と天秤にかけるなら当然逃げを取る。
「海風姉、しっかりして!」
そして手が空いた山風は、すぐに海風の手を取って落ち着かせる。撤退するために引っ張りながらも、耳元で叫ぶように声をかけ続ける。
しかし、こんなに近くにいるにもかかわらず、山風の言葉すら耳に入っていない。その目は白露から離れることはなく、その手は今までにないほど震えている。
最も敬愛する春雨が、深海棲艦化していたとはいえその心を失うことなく生きていたことには、涙を流すほど喜んだ。白露も同じように生きていてくれたら、同じように喜んでいただろう。
だが、仲間だった自分達に敵意を振りまき、侵略行為を是として、嬉々として攻撃をしてきている姿は、知っている白露とは大きくかけ離れていた。
海風の知る白露は、確かに少しお調子者の気質はあった。しかし、白露型の長女であることに誇りを持ち、『いっちばーん』になるために日々努力もし、結果妹達を纏め上げるだけの実力も手に入れた猛者だ。物静かな次女の時雨も、ムードメーカーな三女の村雨も、奔放すぎて手がつけられない四女の夕立も、白露の力には敬意を表しており、特に抑えが利かない夕立ですら白露の言うことだけはちゃんと聞くほどである。
あんなのは自分の姉ではない。そういう思い込みまで出始めていた。それは現実逃避に近いものなのだが、心を正常に戻そうとする自己防衛能力が間違った方向に進もうとしている。
「違う。あんなの、私の姉さんじゃない。白露姉さんは、あんなことするヒトじゃない。アレは違う。別個体なんだ。同一人物じゃない」
自分に言い聞かせるように呟くが、その瞳からは光が失われていた。山風はそんな海風の顔を見て、少しだけ怯えてしまった。
その表情は、怒り狂って中間棲姫に主砲を乱射した時と同じものだった。海風だって白露型。姉の気質を持っていてもおかしくない。それこそ、
「姉さんの名を騙る偽物だ。そうだ、そうに違いない。姉さんを侮辱してるんだ。許せない。許せない!」
山風を振り払い、撤退ではなく突撃を選択してしまった。もう心はヒビだらけ。正常な判断など出来ない状態に。
「海風姉!?」
「お前なんて姉さんじゃない! 偽物!」
島風と交戦する白露に対して、一気に距離を詰めた。本来出せる力を大きく上回っている。いくら鍛えているとしても、海風はここまで出来る艦娘ではない。
「おっと、乱入! 海風じゃん、久しぶりだねぇ!」
「ちょっと、アンタも余所見出来る立場?」
「いいんだよ格下。ちょっと海風と話がしたいから、離れてよねっ!」
島風を軽くいなす白露。島風は自分以外にも個別に行動する意思を持つ艤装、連装砲ちゃんを展開して戦っているのだが、そんなことお構いなしに全ての攻撃を
気分屋というわけではないが、目の前に来た海風に興味が湧いたからか、島風を放っておく選択をしたようだった。それを簡単に受け入れる島風ではないのだが、ここまでしてようやく互角くらいだと思っていた白露がより強い力を発揮してきたことで、一時的に引き剥がされてしまう。
「海風ぇ、偽物は失礼じゃない? あたし、ちゃんとお姉ちゃんだよ。いっちばーんのね」
「嘘だ! 姉さんの皮を被ったただの深海棲艦だ!」
「ちゃんと記憶も残ってる。残ってる上で、こういうことしてるの。何が楽しいかわかっちゃったから。艦娘が泣き叫ぶ姿ってさ、なんかウズウズするんだよね!」
海風の砲撃も軽々と避けた後、軽く踏み出しただけでゼロ距離にまで近付いていた。そして、その首を掴み上げる。
あまりにも近いため、連装砲ちゃんも攻撃を躊躇してしまった。下手をしたら海風にも当たってしまう。むしろ盾にされる可能性すらもある。
「そうだなぁ、あたしが本物って理解してもらうためには……うん、海風の知ってる白露にしか知らないことを話せばいいか」
「何をっ」
「
それは、鎮守府の提督の本名。堀内という名を知っているのは、元々鎮守府にいた証拠である。嫌でも目の前の白露が自分の知る白露であることを知らしめる一言。
「なん、で……」
「だーかーらー、あたしはそこの白露だもん。で、自分の意思でこうやってるの。どぅーゆーあんだすたん?」
そんなことを言われても、理解が出来なかった。頭がおかしくなりそうだった。現実逃避していた思考が強引に現実に戻され、そうあってほしくないという現実を痛いほどに突きつけてきた。
ここまでで充分すぎるほどに精神を磨耗させてきた海風にとって、これはトドメだった。溜まりに溜まった疲弊が、一気に解き放たれた。
そして、ギリギリ限界だった心が、壊れた。
「は、はは、そんなの、そんなの認めたくない……姉さん、姉さん……私の、私の憧れの姉さんが……」
海風の手の甲から、黒い泥が溢れ出た。