アスカとシンジは、空の軌跡の世界で本当の幸せを見つけた ~アスカ・ブライト!~ 作:朝陽晴空
第十一話 謎の演奏家、オリビエ登場!
1
次の日の朝、ロレントの街の遊撃士協会に集まったエステル達はアイナにボースの街へと行きたい事を話すと、アイナは笑顔でエステル達の門出を祝福した。正遊撃士になるには他の支部の推薦状も貰わなければならない。いずれエステル達がロレントを旅立つ日が来るのは分かっていたとアイナは話した。
シェラザードもエステル達に同行してボースへ行くと話すと、アイナはシェラザードが受けていた依頼の引継ぎの話があるからと言って引き留めた。そしてその間、2階の部屋で待っているようにシェラザードはエステルに告げた。
「シェラ姉、それなら時計台に寄って来て良いかな? 街に出る前に母さんにあいさつをしておきたいし」
「そうね、レナさんによろしく言っておいて」
エステルの言葉に、シェラザードは優しげな眼差しで頷いた。エステルの母親と時計台に何の関係があるのか、話を聞いていないシンジとヨシュアには分からなかった。エステル達は遊撃士協会を出て、ロレントの街にある時計台へと向かった。
《七耀暦1192年》百日戦役中、ロレント攻囲にてエレボニア帝国軍の砲撃により倒壊、と時計台の記念碑のプレートには書かれている。その5年後、ロレント市民の協力でこの時計台は元通りに再建したのだ。
「ねえみんな、時計台の上に登ってみない?」
エステルがそう提案すると、アスカは驚いた。自分達がロレントの街で暮らすようになってから二年間、エステルは時計台に近づこうともしなかったからだ。
「エステル、アンタ平気なの?」
「うん、あたしは大丈夫だから」
気遣うようなアスカにエステルは笑顔でそう答えた。時計台に上ったエステルは、ブライト家の屋根が見えるとはしゃいでいる。そんなエステルにヨシュアは疑問をぶつけた。
「ここには登りたがらないのに、どういう風の吹き回しかな? この場所はあまり好きじゃないみたいだけど」
ヨシュアの言葉を聞いたエステルはゆっくりと深呼吸をしてから話した。この時計台は嫌いではないけど、気軽には登れない。自分が母親を死なせてしまった場所だからだと。2年前にエステルから話を聞いていたアスカはまた胸を締め付けられる思いだった。
エステルはヨシュアとシンジに、アスカに話した事もある、10年前の百日戦役で帝国軍の砲撃による時計台の崩落にエステルが巻き込まれ、瓦礫からエステルをかばって助けた母親のレナが命を落とした経緯を話した。
侵攻して来た帝国軍の姿を見て見たい、と言う興味本位の行動で、母親を死なせてしまった事を後悔していると言う気持ちもエステルは包み隠さずに話した。数年前に両親を失ったヨシュア、そして幼い頃に母親がこの世から消える場面を目撃してしまったシンジの胸にも迫る悲しみがあった。
「でもね、ここに来なかったのは辛い思い出があるからじゃないの」
エステルの言葉を聞いた四人は驚いた顔になった。
「この場所に来ると、お母さんに甘えて頼っちゃいそうで……甘えてばかりじゃ、お母さんみたいに強くなれないような気がするんだ……」
そのエステルの言葉を聞いて、アスカ達は自分もエステルの母親のレナに会ってみたかったと思った。同時に自分達の母親の強さについても思い返した。アスカとシンジの母親は子供達の未来のために命懸けの危険な実験の被験者となった。ヨシュアの母親は、国で一番貧しいと言われる村で、自分達を養うために身を粉にして働いていた。
「でも今日だけは、お母さんにお願いしてもいいよね。父さんが無事で居るように……父さんを守ってくれるように……」
「もちろんだよ」
エステルの問い掛けに、ヨシュアは笑顔で答えた。アスカとシンジも亡くなった自分の母親に、カシウスを守ってくれるよう、祈るように語り掛けた。すると二人に強烈な違和感のようなものが起こった。二人が頭に身に着けている、インターフェイス・ヘッドセットが光を放ち、点滅を始めたのだ。
「いったい、どうなってるのよ、コレ!」
「ボクにも分からないよ!」
困惑するアスカとシンジ。しばらくすると、インターフェイス・ヘッドセットの点滅はおさまったが、エステルとヨシュアもアスカとシンジの“髪留め”が点滅するのを不思議そうな顔で見つめていた。アスカとシンジはお互いに自分の母親に語り掛けていたと話す事はなく、結局理由は分からずじまいだった。
「エステル、君が自分の行動を後悔しているのはわかる。だけど君が母さんに助けられたように、今度は君が父さんを助けてあげればいいんだ」
ヨシュアの言葉を聞いたエステルは、嬉しそうに瞳を潤ませてヨシュアに抱き付いた。エステルの悲しみ全てを分かる事は出来ないが、自分達が付いていると、アスカとシンジも熱い視線を送ると、エステルは嬉し涙を流した。そして、いつもの元気なエステルの笑顔に戻るのだった。
そろそろシェラザードが戻る時間だ、とエステル達は時計台から降りる事にした。最後まで時計台の上に残ったエステルは、心の中で母親に語り掛ける。
(お母さん、あたしが遊撃士を目指す理由はね、お母さんみたいに誰かを守れるくらいに強くなりたいからなんだよ)
そう言ってエステルは時計台を降りるのだった。
2
「むふふ、エステルってばヨシュアに抱き付いちゃって、良いムードだったじゃない」
時計台から降りて来たエステル達を迎えたのは、ニヤニヤ顔のシェラザードだった。オーバルカメラでも持ってくればよかった、と冷やかすシェラザードに、エステルは酔っぱらったシェラザードもする単なるスキンシップだと話すと、エステル以外の全員はあきれた顔でため息をつくのだった。
「全くあんたってば、アスカとシンジと違って、からかい甲斐の無い子ね」
「だからシンジはね! アタシの……実験台だって言ってるでしょう」
アスカはシェラザードの言葉にそう言って顔を赤らめる。アスカはシンジに抱き付いたり頬にキスマークを付けたりする度に実験だと称している。される方のシンジも強硬に拒否しないところをみるとまんざらでもないようだ。
「それで、レナさんに挨拶はできたの?」
「うん、父さんの無事をお願いして来たわ」
シェラザードの言葉に、エステルは力強く頷いた。
「そう、レナさんの御加護ならば七曜教会の《星杯騎士団》にも勝るわね」
「シェラザードさんはエステルのお母さんの事を知っているんですか?」
疑問を持ったシンジがそう尋ねると、シェラザードは昔を懐かしむような目をして、自分が巡業サーカスの一座で踊り子をやっていた頃に世話になったと話した。12年前、シェラザードが11歳で、エステルが4歳の頃、ロレントに巡業に来てカシウスとレナの夫妻と知り合ったと話した。その縁でシェラザードはカシウスに弟子入りしたのだと言う。
「てっきり、魔獣使いだと思ってました」
「シンジ、あたしの調教を受けてみる?」
正直に本音を漏らしてしまったシンジにシェラザードが微笑みかけると、シンジは思わずアスカの後ろに隠れた。まあ、思い出話はこのくらいにして、とシェラザードは話を打ち切り、エステル達は最後にロレントの街で遊撃士の仕事が無いか聞いて回る事にした。
デバイン教区長が『ベアズクロー』を探していた事を思い出したエステル達は、礼拝堂へと立ち寄った。デバイン教区長はエステル達にお礼を言い、旅先に女神エイドスの加護があるようにと祈ってくれた。
エステル達四人にとっては学校の先生のような存在であるデバイン教区長に、他に何か助けられる事はないかと尋ねると、デバイン教区長はボースの街のホルス教区長まで届けたい手紙があると話した。恩師の頼みをエステル達は喜んで聞き入れた。
「旅をして見識を深めて、多くの人と出会う事はあなた達の成長の助けとなるでしょう。女神エイドスの御加護を……」
恩師に見送られ、エステル達は礼拝堂を後にする。そう言えば、自分達の中学校の先生も温厚で優しい先生だったな、とシンジは老教師の姿を思い浮かべるのだった。
◆親書の配達◆
【依頼者】デバイン教区長
【報 酬】800 Mira
【制 限】直接依頼
3
ロレントの街の西口からミルヒ街道に出たエステル達は、パーゼル農園への分かれ道を越えてボース地方との関所のあるヴェルテ橋へと到着した。エステル達は関所の通行証を貰いにアストン隊長と会った。一緒に居るシェラザードの姿を見るとアストン隊長は不思議そうな顔をした。『銀閃』の二つ名を持つロレント新鋭の遊撃士がボースに向かう理由が思い付いたアストン隊長はシェラザードに尋ねる。
「もしかして……例の事件に関係しているのかね?」
「その通りよ」
まさかボーイハントに向かうとは言えないシェラザードは真剣な顔をしてうなずいた。エステル達は消息を絶った定期船にカシウスが乗っていた事情を話した。それは一大事と驚いたアストン隊長は、他の申請者の順番を飛び越えてエステル達に通行許可証を発行した。
「えっ、こんなに簡単に通行許可証を発行してもらってもいいの?」
エステルの疑問の声にアストン隊長は、遊撃士と王国軍は協力関係にあるから当然の事だと話した。ただ、ボースの街の北にあるハーケン門には近づく時は遊撃士の身分を隠した方が良いと忠告をした。その理由を尋ねられたアストン隊長はこれ以上は自分の口から言えないと告げた。カシウスさんの無事を女神エイドスに祈っているとアストン隊長に言われ、エステル達は関所の詰め所を後にした。
「はい、通行証を貰って来たよ」
エステルが通行証を関所の門番の兵士に渡すと、兵士はリモコンを操作する。城門のような大きな鉄の扉がスライドして関所の道が開いた。まるで自動ドアみたいだな、とシンジは思った。オーブメント技術の発達と言い、自分達は純粋な中世ヨーロッパの世界に飛ばされたのではないらしいと思った。アスカの考えだと、自動車くらいあってもおかしくないらしい。
ヴェルテ橋の関所を通り過ぎたエステル達はボース地方へと足を踏み入れた。ここから先は東ボース街道。見た事の無い魔獣も出て来た。分裂する魔獣を倒したエステルは嬉々として「食材、食材」と言って魔獣のゼラチンを道具袋に入れたが、シンジはまだ抵抗があった。
「……霜降り峡谷?」
「それは随分と美味しそうな名前ね」
道中にある『霧降り峡谷』の看板を見て呟いたエステルに、アスカはあきれてため息を吐き出した。今は寄り道をしている暇はない。行く手を塞ぐ魔獣を倒したら、それは偶然、手配魔獣だった事が後に判明した。
◆東ボース街道の手配魔獣◆
【依頼者】遊撃士協会
【報 酬】1000 Mira
【制 限】6級以上
東ボース街道に凶悪な魔獣【キングスコルプ】が出没中です。
当支部所属遊撃士のすみやかなる退治を望みます。
「よお、シェラザードじゃないか!」
東ボース街道を歩いていると、目指す先の方からやって来た導力貨物車の護衛をしている赤毛の男性が声を掛けてきた。胸には正遊撃士の紋章が付けられている。
「グラッツ、久しぶりね!」
シェラザードの顔見知りなのか、笑顔で答えた。グラッツの話によると事件により定期船が運休しているため空輸が使えず、仕方なく陸路で荷物を運んでいる輸送車の護衛をしているらしい。
グラッツはシェラザードが見習い遊撃士のエステル達を連れているのに気が付くと、
「まさか、例の事件について調べるつもりかよ?」
と質問を投げかけた。その通りだとシェラザードが答えると、グラッツは難しい表情になる。詳しい事は遊撃士協会のボース支部の受付、ルグラン爺さんに聞いてくれ、と言い残してグラッツは去って行った。
「なんか腑に落ちない言い方よね」
アスカはグラッツが去って行った方を見ながらそう呟いた。ボースでの遊撃士としての活動に、何か支障がありそうだと予感があった。ヨシュアも遊撃士協会関係で何かがありそうだと話した。とにかくボースで聞けば分る事だ、エステル達は先を急ぐのだった。
4
東ボース街道を抜けたエステル達は、ついにボースの街へとたどり着いた。ロレントの街と違い、広い街道と中央に位置する大きな建物が特徴的だ。商業が盛んで、林業都市ロレントと比較して商業都市ボースと呼ばれている。
「ふーん、ロレントに比べて都会って感じじゃない」
アスカは立ち並ぶ建物を見て感心したように呟いた。リベール王国の五大都市の中では王都の次に大きな街だ。ロレントの街は木造の家が多かったが、ボースの街は石造りの建物が多い。
正面にある大きな建物についてエステルが尋ねると、シェラザードは色々な店が集まった屋内市場、ボースマーケットだと答えた。武器やオーブメント以外の商品はそろっていると聞いたアスカは目を輝かせた。
「はいはい、買い物はまた今度ね」
シェラザードはアスカの首根っこをつかんで引き留めた。素朴なロレントの街も悪くなかったが、アスカは垢抜けたボースの街で服や装飾品を見て回りたかったのだ。あたしも最新のスニーカーを見てみたいからその気持ちは分るよ、と言うエステルに、アスカはアンタはスカートの一枚にでも興味を持ちなさい、と膨れっ面で言うのだった。
まずエステル達はボース礼拝堂のホルス教区長に手紙を届け、その足でボースの遊撃士協会へと向かった。ボース支部のカウンターから、青い帽子をかぶった老人が入って来たシェラザードを見るなり声を掛ける。
「おお、シェラザード。思ったより早かったな」
「ルグラン爺さん、久しぶりね」
老人に駆け寄ったシェラザードは笑顔で声を掛けた。ルグラン老人は背筋をピンと伸ばし、年齢を感じさせない生え揃った歯を見せながらシェラザードに笑顔を見せる。まだ何年かは受付の現役を続けられそうなほどしっかりとしている。
「それでは、そこの四人が、カシウスの子供達と言うわけか」
どうして自分達の事を知っているのかとエステルが尋ねると、アイナから連絡があたらしい。エステル達はルグラン老人に自己紹介をした。
「エステル・ブライトです、よろしくお願いします!」
「ヨシュア・ブライトです、よろしくお願いします」
「アスカ・ブライトです、よろしくお願いするわ」
「シンジ・ブライトです、よろしくお願い致します」
「ワシはこのギルドの受付をしているルグランと言うジジイじゃ、ルグラン爺さんと呼んでくれ」
お互いの自己紹介が終わった所で、エステル達は例の事件についての詳細をルグラン老人に尋ねた。ルグラン老人は浮かない顔をしながら、王国軍による捜索活動は続けられているらしいが、軍の情報規制によって遊撃士協会へ状況が全く報告されないらしい。王国軍と遊撃士協会は協力関係にあるはず、それはおかしいとアスカは抗議の声を上げた。
それは建前で王国軍と遊撃士協会が対立する局面は多い、とシェラザードは諭した。ルグラン老人が今回の事件にモルガン将軍が絡んでいる事を話すと、シェラザードは露骨に渋い顔をした。
「誰、そのモルガン将軍って?」
エステルが疑問の声を上げると、アスカ達からため息が漏れた。モルガン将軍は10年前の百年戦役で帝国軍を撃退した功労者で、歴史の教科書にも名前が載っている人物だ。エステルはきれいさっぱり記憶にないらしい。
シェラザードの話によると、そのモルガン将軍は遊撃士が大嫌いで、遊撃士協会など不要だと声高に主張しているらしい。その将軍のせいで遊撃士協会に情報が入って来ないのでは?とエステル達は推測したが、ルグラン老人はさらに悪い事に軍が調査をしている場所には遊撃士を立ち入り禁止にしていると話した。
そのせいで、事件に関係ない遊撃士の仕事にも支障をきたしている、とルグラン老人は深いため息を付いた。
「そんな命令、無視すればいいのよ」
「無茶言わないでよ」
腕組みをしたアスカが鼻息を荒げてそう言うと、シンジは困った顔でそう呟いた。
「まあ、手が無いわけではない」
ルグラン老人はエステル達を落ち着かせるように穏やかに話し始める。今回の事件に関してボースの市長から調査の依頼が遊撃士協会に来ているらしい。ボース市長の正式な依頼があれば、大義名分になるとシェラザードは歓喜の声を上げた。
エステル達はその依頼を受けるとルグラン老人に伝えると、その前にボース支部への転属手続きをするように勧められた。ボース地方で仕事をするにはボース支部所属の遊撃士になる必要がある。
「ちなみに、正遊撃士は所属に関係なくどこでも仕事ができるからね」
シェラザードは胸を張ってそう言った。エステル達はまだまだ四人合わせて一人前と言う事だ。ボース支部所属になったエステル達はルグラン老人に市長からの依頼を任された。
◆定期船失踪事件◆
【依頼者】メイベル市長
【報 酬】6000 Mira
【制 限】直接依頼
依頼金額が高額と言う事は、それだけ責任も重大だと言う事だ。エステル達は掲示板にある他の依頼も書き留めて遊撃士協会を出た。
5
◆食材の収集◆
【依頼者】グルナ
【報 酬】800 Mira
【制 限】7級以上
ボースに来て初めてこなした依頼は、魔獣の鳥肉をレストランの厨房に納める依頼だった。高級レストラン《アンテローゼ》で食事をしてみたいと言ったアスカだが、それには手配魔獣を30匹ぐらい倒さないといけないとシェラザードに言われてうなだれるのだった。しかし食材調達のお礼に、とグルナはレストラン秘伝のレシピを教えてくれた。アスカが期待を込めてシンジを見つめる。自分でも作れるじゃないかと思うシンジだったが、アスカに頼られるのも悪い気はしなかった。
寄り道をしたが目的のボース市長邸に到着したエステル達は、ロレントの市長邸とは違った荘厳さに驚いた。玄関ホールの天井に吊り下げられたシャンデリアを見てエステルは歓声を上げる。田舎者丸出しの態度にアスカはため息を吐き出した。
エステル達の来訪に来た執事が対応に当たる。シェラザードが遊撃士だと名乗ると執事は遊撃士協会から話は聞いていると話した。しかし市長は留守にしていると申し訳なさそうに言った。
市長は礼拝堂へ行っていると執事が話すと、エステル達は自分達で市長を探すと申し出た。市長は一人メイドを連れて外に出ているのでメイドを目印に、と執事が説明すると、エステル達は執事にお礼を言って市長邸を出た。
礼拝堂へ入ると、メイド姿の女性が一人立っているのが見えた。エステルは嬉しそうな顔でメイドに駆け寄り、声を掛ける。
「メイドさん、見ーつけた!」
「あなた方は……?」
メイド服姿の水色のショートヘアの女性は、突然エステルに声を掛けられても驚かずに無表情で問い掛けた。その冷淡な話し方は、アスカとシンジにとって昔の知り合いの少女を思わせるものだった。瞳の色が赤かったら勘違いしていたかもしれない。
ヨシュアはエステルの失礼を詫びて、遊撃士協会からの使いだと名乗り、市長を探しているとメイド服の女性に伝えた。
「そうですか……私、メイドのリラと申します」
リラは淡々とした口調でそう言うと、市長は礼拝をサボっているのだとため息をついた。多分、ボースマーケットの視察をしているのではないかとリラは話した。自分の分までお祈りするように命じて礼拝堂を出て行ってしまったのだと言う。
「……個性的な人ですね」
シンジは自分が苦手とするタイプかもしれないと思いながらそうつぶやいた。リラはそろそろ市長を迎えに行くと言うので、エステル達も同行する事にした。
6
リラに同行したエステル達がボースマーケットの中に入ると、金髪を大きな赤いリボンで後ろにまとめた若い女性が大声を上げながら男性の二人組に詰め寄っているのに気が付いた。
その女性は二人組の商人が食料品の値段を吊り上げた事を責めていた。定期船が止まって物資が不足している非常時に、必需品の値段を上げるのは商人の道として外れていると正論を説いた。
しかし、商人達も在庫が減り仕入れ値も上がっていると値下げを渋ると、その分は市の財政で補填すると話して食料品は前の値段で売るように商人達を説得した。納得した商人達が女性の前から立ち去ると、リラはその若い女性に声を掛けた。
「あら……リラ、来ていたの。恥ずかしい所を見せてしまったわね」
そう言ってその若い女性は照れたように笑い頬を赤らめる。しかしリラは穏やかな口調で若い女性の政治手腕を褒めた。そしてエステル達が用があるようだとその女性に紹介した。
その女性はエステル達の遊撃士の紋章に気が付くと、自分の依頼を引き受けてくれる遊撃士なのかと尋ねた。エステル達がそうだと答えると、その若い女性はメイベルと自分の名前を名乗り、ボースマーケットのオーナーであり、市長を務めていると自己紹介をした。
メイベル市長は真剣な表情になり、エステル達に依頼内容を話す。定期船消失事件の調査と解決をして欲しい、と。メイベル市長は軍よりも遊撃士の方が調査能力は高いと評価している、と話した。
このまま王国軍による定期船の停止制限が続いたら、ボースの商人達の商売が成り立たなくなる。女王生誕祭で景気が上向くと計算していたのに、かなりの痛手であるから是非とも遊撃士に解決して欲しいと、メイベル市長は商人らしい一面も見せた。
「でも、今回の事件に関しては王国軍があたし達遊撃士を締め出そうとしているらしいわね」
シェラザードは困った顔をしてため息を吐き出した。それで市長の立場から力を貸してはくれないかと頼んだ。メイベル市長はモルガン将軍の名前を口にして難しい顔をした。モルガン将軍はメイベル市長の無くなった父親の友人であるから、なんとか出来るかもしれないと話した。
メイベル市長はリラからペンと便箋を受け取ると、モルガン将軍への手紙をかき上げた。この手紙を見せれば、軍の調査結果について、ある程度教えてもらえるかもしれないとメイベル市長は話した。
「でもあたし達が行っても大丈夫かな?」
「もちろん、皆さんが遊撃士だと言う事は隠した方が良いと思いますわ」
エステルの質問に、メイベル市長はそう答えた。市長からの使いだと名乗るだけが最良だとメイベル市長は話した。
「アタシ、ウソをつくってどうも気に食わないのよね」
「本当のことを言わないだけさ」
アスカが不満そうな顔で漏らすと、ヨシュアは落ち着いた口調でそう言った。
「そうそう、いつものアスカの調子で良いんだよ……グェッ」
うっかり一言多いシンジの首を怒ったアスカが締めた。そんな二人の様子を見てメイベル市長はクスクスと笑う。
「ところであたし達はどこに行けばいいのかな?」
「ボースの街の北、帝国との国境《ハーケン門》にモルガン将軍はいらっしゃいますわ」
エステルの質問にメイベル市長はそう答えた。目的地が定まったところでエステル達はメイベル市長と別れた。市長の期待に応えるためにも頑張らなければならない。しかしその前に……。
「ちょっとだけ買い物して行って、いい?」
「少しだけよ」
アスカのお願いに、シェラザードは軽くため息を付いて答えるのだった。
7
ハーケン門に通じる道、アイゼンロードの入口は王国軍の兵士が歩哨に立っていた。メイベル市長の手紙を見せると、兵士は嫌な顔をしながらもエステル達の通行を許可した。メイベル市長の要請を断ると面倒な事になると判断したようだ。
「これがハーケン門……」
アイゼンロードを通り抜けたエステル達が見たのはヴェルテ橋の関所とは比べ物にならないくらい頑丈な鋼鉄製の高くて分厚い壁だった。アスカとシンジが二年前に居た世界に存在していた特務機関ネルフの正面ゲートを思わせるほどの規模だった。帝国との国境がいかに厳重に守られているかが分る。
10年前の百日戦役で破壊されてからさらに強固で堅牢なものが築かれたのだとシェラザードは語った。帝国に通じる唯一の玄関口であり最強の防波堤、それがハーケン門だった。
「ほらシンジ、ボーッとしていないで遊撃士の紋章を外すのよ!」
「分かってるよ」
アスカに言われてシンジ達は遊撃士の紋章を外して鞄にしまい込む。シンジがボロを出してしまわないかアスカは不安が残った。シンジはカシウスの目の前でエヴァのパイロットだと名乗ってしまった前科がある。
モルガン将軍が居る場所は関所で一番大きな建物である兵舎だと見当をつけたエステル達は恐る恐る緊張感をもって入口に立つ衛兵に近づいて行った。まるでここは敵地のようだ。いや、遊撃士にとっては死地に違いない。
「君達、どうやってここへ来た? 街道は閉鎖しているはずだぞ」
入口に立つ見張りの衛兵は当然エステル達の事を怪しんだ。
「僕達は市長の使いで来ました。モルガン将軍への面会をお願いできないでしょうか」
それでもヨシュアは礼儀正しく衛兵に答えた。他の三人が動揺を隠せない中、ヨシュアの冷静さは目を見張るものがある。ヨシュアは遊撃士であることは隠して市長の使いである事を話した。
衛兵はヨシュアの説明に納得はしたが、モルガン将軍は今、捜索活動の陣頭指揮を執っているため不在だと告げた。そして将軍が戻ってくるまで休憩所で待つように勧められた。帝国との国境にあるため、入国や出国の手続きを待つ人達のために酒場も併設されているのらしい。
「それじゃあ、お言葉に甘えて待つとしますか」
「シェラ姉、絶対にお酒は飲んじゃだめよ」
酒場と聞いて嫌な予感がしたエステルは前もって釘を刺した。
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エステル達が休憩所に併設された酒場に入ると、カウンターでは真っ白な服を着た金髪の青年がワインを嗜んでいた。
「やあ、ごきげんよう」
金髪の青年は酒場に入って来たエステル達に気が付くと、そう言って声を掛けてきた。アスカとシンジは、青葉さんそっくりの声だな、と即座に思った。するともしかして性格も似ているのか、と考えた。
「君達はリベール人かな?」
「うん、そうよ」
青年に尋ねられたエステルは笑顔でそう答えた。するとこの青年はエレボニア人なのだろう。
「あなたはリベール王国へは旅行に来たんですか?」
「フッ、半分は仕事かな」
ヨシュアが尋ねると、青年はキザに笑ってそう答えた。そしてエステル達をニヤリと笑って見つめると、
「ズバリ君達は遊撃士だろう」
と断言した。これにはシェラザードも驚きを隠せなかった。
「どうして、ボク達、遊撃士の紋章を付けてないのに!」
「このバカっ!」
動揺して口走ってしまったシンジの頭をアスカは思い切り叩いた。
「たいした観察力ですね。ただの旅行者とは思えない」
ヨシュアが警戒するような視線を青年に向ける。
「その冷たく煌めく琥珀の瞳……まるで極上のブランデーのようだね。思わず抱きしめて、唇を奪いたくなってしまうよ」
顔を赤らめてそう話す青年に、ヨシュアは驚いて後ろにさがった。
「ほう、君も可愛いね。その母性本能をくすぐられるような子犬のような表情……抱き締めてキスしたいね」
「ボク、男ですよ……」
そう言ってシンジは青年をにらみつけた。そこに怒ったアスカが割って入る。
「何言ってるのよ、このヘンタイ!」
「フッ……美しいものを愛しているだけさ。それを理解してもらえないとは、ガラスのように繊細なボクのハートは壊れてしまったよ。銀色の髪をした妖艶な美女、ボクの心を慰めてはくれないか?」
青年はアスカの言葉にそう答え、シェラザードを見つめるが、「謹んでお断りするわ」と拒否をされた。そこに衛兵が姿を現した。モルガン将軍が帰って来て、エステル達の事を話したら直ぐに面会に応じてくれるのだと言う。
エステル達が休憩所を出ると、その青年も後に続いて休憩所を出てついて来た。
「何でアンタが付いてくるのよ」
「フッ、バレたか。何だか面白そうだから、見物させてもらおうかなと」
「帰れ!」
アスカが一喝すると、その青年は「ケチ」と一言呟いて休憩所へ引っ込んで行った。ただ者ではない変人であるとエステル達は結論付けた。
9
「ちょっと、これってどういう事!?」
兵舎に近づいた途端、武器を構えた兵士達に取り囲まれたエステルは驚きの声を上げた。
「身分を隠して情報を得ようとする、そういう姑息な手段をとるから遊撃士などは信頼できんのだ!」
兵舎から怒った顔のモルガン将軍が姿を現した。どうして自分達が遊撃士だとバレたのか。先ほどの青年が仲間だったのか、それはあり得ないとシェラザードは思った。
「しかし甘かったな、街道を警備していた兵士が、お前達が遊撃士の紋章を着けているのを見ていたぞ」
そんなシェラザードの心の中を見透かすように、モルガン将軍はそう言い放った。しまった、紋章を外すのが遅すぎたかとシェラザードは自分の判断ミスを悔やんだ。
「そもそも、遊撃士協会に情報をくれないアンタが悪いんじゃない!」
怒ったアスカはそう言ってモルガン将軍に食って掛かった。そして、諫める立場のシェラザードも怒りが沸点に達していた。
「なんであたし達がロレントからわざわざ来たか分かる? あんた達軍人が、役立たずだからでしょうがっ!」
「なんだとっ!」
モルガン将軍もシェラザードをにらみつけ、両者は一触即発の状況となった。エステル達もマジギレしたシェラザードに手が負えない状況だった。そこへ、涼やかなリュートの音が鳴り響いた。
「フッ、悲しい事だね。争いは何も生み出さないよ……」
リュートを弾いていたのは、先ほどエステル達が休憩所で出会った白い服を着た金髪の青年だった。
「お前は何者だ、勝手に話に割り込んで来るんじゃない!」
「ボクはオリビエ・レンハイム、旅の演奏家さ」
青年はモルガン将軍の怒鳴り声に涼やかな顔でそう答えるのだった。