アスカとシンジは、空の軌跡の世界で本当の幸せを見つけた ~アスカ・ブライト!~   作:朝陽晴空

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第二十七話 テレサ院長強盗事件! 奪われた百万ミラ!

 

 学園祭の演劇である《白き花のマドリガル》の冒頭部分は、セシリア姫とメイドに扮したシンジとヨシュアの熱演で成功を収めた。次は赤の騎士ユリウスと青の騎士オスカーが互いに顔を合わせる街中の場面が始まる。ステージには樽や木箱などが山積みにされている。

 

「二人で棒切れを手にしてこの路地裏を駆けまわった幼き日の事を、オスカー、君は覚えているか?」

 

 赤の騎士ユリウスに扮したエステルはしっかりと青の騎士オスカーに扮したクローゼの瞳を見つめて初めてのセリフを言い切った。

 

「君とセシリア様と無邪気に過ごしたあの日々は、忘れる事が出来ようか……」

 

 クローゼの演技も堂々としたものだった。

 

「お忍びで姫の所に遊びに来ていたのが、私だけでないと知った時は驚いたよ」

「舞い散る花のような可憐さと清水の如き潔さを備えた少女。セシリア様は自分たちにとっての太陽だ」

 

 赤の騎士ユリウスと青の騎士オスカーは正面を見据えて声高らかに話した。

 

「しかし、その太陽の輝きは日を追うごとに翳っている。貴族と平民の対立は避けられない所まで進んでしまった。姫が嘆くのもうなずける……」

「その嘆きを深くしているのが他ならぬ我々とは、何と言う事だろう」

 

 二人は苦悩の表情でそう語る。セシリア姫と赤の騎士ユリウスと青の騎士オスカーは幼馴染、セシリア姫は二人のどちらかを選んで結婚する事を迫られているのだ。

 

(……悔しいけど、男よりもカッコイイかも……)

 

 観客席に座るクラムはそう思いながら舞台のクローゼを見つめた。エステルの勇ましさも注目を集めていたが、より注目を集めていたのは凛としたクローゼの振る舞いだった。

 

「ユリウスよ、判っているだろうな」

 

 ステージ上の場面はラングレー公爵の部屋へと切り替わる。豪華なテーブルに両肘をついて、豪華な椅子に座って豪華な服を着たアスカは威厳たっぷりの公爵を演じた。シンジにはアスカが自分の父親の碇ゲンドウの物真似をしているように見える。ハンスに『威厳のある演技をして欲しい』と言われて、アスカが捻り出したのがネルフ総司令のトレースだった。アスカの演技はハンスの了承を得て採用された。

 

「これ以上、平民どもの増長を許すわけにはいかん。平民風情が我らの上に立つ事があれば、伝統あるリベールの権威は地に墜ちる!」

「ですが、父上……東方に共和国が誕生してからもう十年です。平民勢力の台頭も時代の流れではないでしょうか」

 

 ユリウスがラングレー公爵にそう答えると、ラングレー公爵は椅子から立ち上がって怒鳴る。

 

「おぞましい事を言うな! 自由と平等だと!? 高貴と下賤の区別のつかない浅ましい奴らめ! 帝国の支配を受け入れた方がまだマシだ!」

「父上、お止めください!」

 

 アスカとエステルの演技は白熱していたが、観客席に居たデュナン公爵から飛んだヤジが水を差した。

 

「公爵の言う通りだ! 平民どもを調子づかせたら王国の権威は失われるからな!」

「閣下、お静かに……」

 

 隣の席のフィリップがデュナン公爵をいさめる。アスカもデュナン公爵の行動には腹が立ったが、舞台の上で表情を変える訳にはいかない。アスカはグッとこらえて幕が下りるのを待った。

 

「全く何よあのバカ公爵は! 黙って劇を見ることも出来ないの!? 日曜学校に通っている子供だって出来るわよ」

 

 舞台袖に下がったアスカはデュナン公爵への怒りをぶちまけた。自分とエステルは良い演技をしたのにデュナン公爵のせいで後味悪いものとなってしまった。

 

「シンジ、ちょっと面貸しなさい」

 

 アスカはシンジの両肩をつかんでシンジの顔を見つめる。ステージの上ほどではないが、舞台袖でもシンジの顔は十分見えるようだ。シンジの顔を見るうちに、アスカの怒りは収まってきたようだ。不思議そうに顔をしかめるシンジとは対照的に、アスカの表情は穏やかになった。

 

「君には期待しているよ、オスカー君」

 

 幕が上がると、今度は平民勢力の旗印であるクロード議長の部屋へと場面が切り替わった。

 

「王家を味方に引き込めば、貴族の勢力を抑えることが出来る。我々平民が名実ともに主導権を握る日は近い」

 

 クロード議長を演じているのは、文芸部の女生徒だった。史書に造詣が深い彼女の演技も素晴らしいものだった。クローゼのような際立った美しさは無いが、見劣りしない。

 

「政治の駆け引きにセシリア様を利用するなど、私は納得が行きません!」

 

 オスカーが怒気をはらんでそう言い放つと、クロード議長は声を上げて笑った。

 

「ハハハ、名目上の地位とは言え、王になる絶好の機会なのだぞ。君が王にならなければ、血で血を洗う革命が起こる。貴族どもは言うまでも無く、王家の方々にも消えて頂く事になる」

「議長、お止めください!」

 

 張り詰めた講堂にクローゼの怒声が響き渡る。観客席から演劇を見ていたダルモア市長は感心したようにつぶやく。

 

(……時代考証もしっかりとしている、大したものだ。男女逆転劇と聞いた時は驚きましたな)

(ふふ、このような生徒たちを持って教師冥利に尽きます。若き遊撃士たちの協力もあってこそ……)

 

 ダルモア市長の隣に座っていた学園長も抑えた声でそう答えた。幕が下りると再び場面は樽や木箱が雑多に積まれた街の路地裏へと切り替わる。

 

「流血の革命だけはさせてはならない……」

 

 ステージの上では一人悩むオスカーだけが立っていた。

 

「ユリウスも、セシリア様も、守らなければ……でも私はどうすればいいのだ……」

 

 まだ悩み続けるオスカーの前に、一人の酔っ払いの男性が現れる。ひどく酔っているようで、空いている樽に向かって吐くような仕草をしている。

 

「大丈夫か? いくら暖かくなってきたとはいえ、このような場所で寝てしまっては風邪をひくぞ」

 

 オスカーは酔っている男性に近づいて声を掛けた。酔っ払いはぐるりと振り返ると、オスカーの右腕を隠し持っていた短剣で切りつけた! オスカーの右腕から血が滴り落ち、オスカーは苦痛に顔を歪めた。

 

「この短剣の刃には痺れ薬が塗ってある。大人しく死んでもらうぜ!」

 

 酔っ払いとは思えない身のこなしで木箱に飛び乗る男性。この男性は髪型と服装を変えて一人二役を演じるアスカだった。

 

「貴様っ……! どこの手の者かっ!」

 

 オスカーが酔っ払いに扮した暗殺者をにらみつけると、暗殺者は性悪な笑みを浮かべた。

 

「アンタが目障りだと言うとある高貴な方のご命令よ!」

 

 暗殺者がオスカーに飛び掛かると、オスカーは利き腕とは反対の左腕で剣を抜き、暗殺者のナイフを受け止め、暗殺者の胸元を一撃で突いた! 観客席からは驚愕の声と歓声が上がる。

 

(……お子様の学芸会と思っていたが、なかなか見応えがあるじゃないか)

 

 観客席の端に座っていたナイアルはニヤリと笑みを浮かべた。幕が下がり、また大きな拍手が起こった。

 

「アスカ、酔っ払いの演技も板についていたじゃない」

 

 ジルが労いの言葉をアスカに投げ掛けると、アスカはサラッとした口調で答える。

 

「前にシンジとキスした時の事を思い出してやったのよ」

「おいおい、マジかよ!?」

 

 アスカの言葉を聞いたハンスが顔色を変えて聞き返した。あの時はアスカにとっても初めてのキスでやり方がアスカ自身も分からなかった。安っぽい挑発にシンジが応じるとは思わなかったのだ。

 

「暇潰しよ、暇潰し」

 

 腕組みをしてツンとした表情で話すアスカの横顔を、クローゼは困惑した表情で見つめていた。幕が上がり、ステージはセシリア姫の部屋へと場面が切り替わる。

 

「お久しぶりです、姫君」

 

 背後からユリウスに声を掛けられたセシリア姫はゆっくりとユリウスの方へと振り返る。

 

「本当に……久しぶりですね……ユリウス。今日はオスカーと一緒ではないのですね。お父様がご存命だったころは足繫く宮廷に来てくださったのに」

 

 セシリア姫の言葉にユリウスは愛想笑いの一つもせずに、重苦しい表情で言葉を発した。

 

「事態は風雲急を告げています。私と彼が懇意にすることは、もう無理なのです……」

 

 ユリウスの言葉を聞いたセシリア姫の表情はとても沈み込んだものとなった。

 

「今日は姫にお願いがあって参りました!」

「お願い……何でございましょう?」

 

 力一杯ユリウスが声を張り上げて言うと、セシリア姫は驚いた顔でユリウスを見つめる。

 

「私とオスカーとの決闘を許していただきたいのです。そして勝者には姫の夫となる祝福を賜りますようお願い申し上げます」

 

 ユリウスの言葉を聞いたセシリア姫は目を大きく見開いて息を飲んだ。そして幕が下がり、再び上がった時にはジルがステージの中心に姿を現した。

 

「貴族と平民の争いに巻き込まれる形で……幼馴染であり親友でもある二人の騎士は命を懸けた決闘に臨む事になりました。彼らの意志の強さを察した姫は止める事が出来ませんでした。いよいよ、決闘の日がやって来ました……」

 

 ステージのセットは闘技場を模したものとなっていた。西の門からは赤の騎士ユリウスが現れて歓声と拍手が上がり、東の門からは青の騎士オスカーが姿を現した。

 

「貴族、平民、中立勢力など大勢の人々が見守る中……セシリア姫の姿がありませんでした」

 

 ステージにはアスカが演じるラングレー公爵とエステルが演じる騎士ユリウス、クロード議長とクローゼが演じる騎士オスカー、中心に決闘の見届け人の神父と見物客が四人が立っていた。ヨシュア演じる美人メイドの姿が無い事に観客席は少しざわついた。

 

「オスカー、我が友よ。こうなれば致し方ない……雌雄を決する時が来たのだ。剣を抜け! 愛しき姫のために!」

 

 真剣な表情をしたユリウスは剣を抜いて構えた。

 

「自分もまた、本気になった君と戦いたくてたまらないらしい……革命という名の嵐がこの国を飲み込んでしまう前に……この剣を以て運命を切り拓くべし!」

 

 オスカーも剣を抜いてユリウスと対峙した。

 

「女神エイドスよ、我ら二人の魂を御照覧あれ! いざ、尋常に勝負!」

「応!」

 

 ユリウスの呼び掛けにオスカーが答え、二人による剣の舞がステージで繰り広げられた。斬りつけるように振り下ろされるユリウスの剣を、オスカーは自分の剣で受け止める。オスカーもフェイントを交えながら剣を突き出すが、ユリウスに振り払われてしまう。ユリウスが叩きつけるように強く剣を打ち付けると、オスカーは素早く身をかわした。

 

「やるな、ユリウス……!」

「それはこちらのセリフだ、オスカー。だが、どうやらお前の心には迷いがあるようだな! 剣にいつものスピードが無い!」

 

 ユリウスは素早い三連撃をオスカーに叩き込む。オスカーはその剣をなんとか受け止めるだけで精一杯だった。

 

「どうしたオスカー、お前の剣はそんなものなのか!?」

 

 ユリウスはそう言ってオスカーを怒鳴りつけた。

 

「帝国を退けた武功は、そんなものだったのか!」

 

 二度ユリウスにどやされても、オスカーは苦しそうに顔を歪めるのみ。

 

「うおおおおおおっ!」

 

 オスカーは鬨の声を上げて反撃に出るが、スピードの半減した太刀筋は全てユリウスに見切られてしまった。

 

「さすがだユリウス……私の剣が届かない……くっ……!」

 

 なおも苦しそうに顔を歪めるオスカーを見て、ユリウスは驚いた顔で尋ねる。

 

「もしやオスカー、お前は腕に怪我をしているのか!?」

「この程度のかすり傷、問題ない……」

 

 オスカーは表情を引き締めながらそう答えた。

 

「いまだ我々の剣は互いを傷つけてはいないはずだ……まさかその怪我は決闘の前に!?」

 

 ユリウスがそうつぶやくと、クロード議長が声を荒げた。

 

「ラングレー公爵、貴公の企みか!?」

「フッ、証拠も無しに難癖をつけるのは止めてもらおうか」

 

 ラングレー公爵が高笑いをすると、ユリウスの顔が青ざめた。

 

「父上……なんという愚かな事を……」

「いいのだ、ユリウス。自分の未熟さが蒔いた種。この程度のケガ、戦場では日常茶飯事さ」

 

 オスカーがそう言うと、ユリウスは厳しい表情でオスカーをにらみつけた。

 

「次の一撃で決着をつけよう。自分は君を殺すつもりで行く」

「わかった、私も次の一撃に命を懸ける」

 

 ユリウスとオスカーは後ろに飛びのいてステージの端から端まで距離を取った。

 

「勝ったものは王となり、姫の笑顔と全てを背負って生きて行く」

「敗れたものは魂となり、静かに見守って行く……それもまた騎士の誇り」

 

 お互いに剣を構えたユリウスとオスカーは、鬨の声を上げながら突進して行く。

 

「はああああああっ!」

「うおおおおおおっ!」

「いやーーーーーっ!」

 

 ユリウスとオスカーの剣の交差に飛び込んだのは、群衆から飛び出したセシリア姫だった。

 

「あっ……」

 

 胸から鮮血を流し、白いドレスを赤く染めて崩れ落ちるセシリア姫。

 

「姫ーーーーーーっ!」

 

 ユリウスが悲鳴にも似た大声で叫んだ。

 

「セシリア、どうして……君はここに居ないはず……!」

 

 崩れ落ちたセシリア姫の身体をオスカーが抱き上げる。

 

「二人とも無事でよかった……あなたたちの決闘なんて見たくありませんでしたが……どうしても戦うのを止めて欲しくて……間に合ってよかった……みなさんも聞いてください、わたくしに免じて、どうか争う事は止めてください……同じリベールの国を愛する大切な仲間ではありませんか……手を取り合ってください」

 

 そう言うと、セシリア姫は目を閉じた。ユリウスとオスカーがいくら呼び掛けてもセシリア姫は目を開く事は無かった。

 

「王女陛下……!」

「私たちは……」

 

 ラングレー公爵とクロード議長は崩れ落ちたセシリア姫の姿を見て嘆いた。ユリウスは完全にこと切れたセシリア姫に向かって叫ぶ。

 

「姫、頼むから目を覚ましてくれ!」

「セシリア、自分は……」

 

 オスカーも抱き上げたセシリア姫を見てそうつぶやいた。

 

「殿下は命を捨てて、我々の愚行をお止めになった……その気高さの前では、貴族の誇りなど取るに足らないものだ……そもそも我々が争わなければこのような悲劇はおこらなかったのだ……」

 

 そう言ってラングレー公爵は悔しさに身を震わせた。

 

「人は、取り返しがつかなくなってから己の過ちに気が付くもの……これも人の子としての罪か……女神エイドスよ、お恨み申し上げます……」

 

 クロード議長も厳しい表情で嘆いた。

 

『まだ分かっていないようですね』

 

 天井に付けられた青白いライトが灯ると、女性の声が講堂に響き渡った。ステージに立っていた役者たちは上を見上げた。

 

『……確かに私はあなたたちに魂の器としての肉体を与えました。しかし、人の子の魂はもっと気高く自由であれるはず。それを貶めているのは、あなたたち自身です』

 

 ステージの真ん中の奥に立っていた神父が感嘆の声を上げる。

 

「おお……なんてことだ……畏れ多い事に、女神エイドス様が降臨なさいましたぞ!」

 

『若き騎士たちよ、あなたたちの決意、私も見せてもらいました。なかなかの勇壮さでしたが、肝心なものが足りませんでしたね』

 

 女神エイドスの言葉にユリウスとオスカーはうなずいた。

 

『議長よ、あなたは身分を憎むあまりに貴族や王族が同じ人間である事を見失ってはいませんでしたか?』

「申し開きのしようもございません」

 

 クロード議長は深々と頭を下げた。

 

『そして公爵よ、あなたの罪は、あなた自身がよくわかっているはずですね?』

 

 ラングレー公爵は無言で奥歯をかみしめた。

 

『今回の件を傍観するだけだった者達……あなたたちにも大切なものが欠けています。胸に手を当てて考えて御覧なさい』

 

 女神エイドスの言葉に、決闘を観戦していた神父達はしばらくの間目を閉じた。

 

『それぞれの心に思い当たる所があったようですね。それならば、リベールにはまだ希望があるでしょう。今日の事を決して忘れてはいけませんよ……』

 

 空から青白い光がステージの一角に降り注ぐと、舞台袖から美しいドレスを着た長い黄金色の髪をした女性が姿を現した。それは女神エイドスに扮したヨシュアだった。女神エイドスはセシリア姫に歩み寄ると、額の上で手をかざす。すると、眩しい金色の光と共にドレスを染めていた血が消え去って行った。女神エイドスは悠然とした歩みで舞台袖へと姿を現した。

 

「……あら……ここは……?」

 

 セシリア姫が驚いて目を大きく瞬きした。

 

「姫!?」

「セシリア!?」

 

 ユリウスとオスカーは目を丸くして息を吹き返したセシリア姫を見つめた。

 

「ユリウス、オスカー……あなたたちまで天国に来てしまったのですか?」

 

 セシリア姫がそう尋ねると、二人は息を飲んだ。

 

「これは……女神エイドス様が奇跡を起こされたのです!」

 

 ステージの真ん中の奥に立っていた神父が感嘆の声を上げた。天井からは色とりどりの紙吹雪が舞いおりてセシリア姫の復活を祝っているようだった。

 

「私は……命を落としたはずでは……」

 

 セシリア姫は不思議そうな顔をしながらも立ち上がった。

 

「おお、女神エイドスよ! よくぞリベールの至宝を我々にお返しくださった!」

 

 ラングレー公爵が感嘆の声を上げた。

 

「女神よ、大いなる慈悲に感謝いたします!」

 

 クロード議長も大きな声で女神に謝礼の言葉を述べた。

 

「あの、どうなっているのでしょう?」

 

 なおも状況をつかめないセシリア姫に、オスカーが笑顔を向けて答える。

 

「もう何も心配いりません。長い対立は終わり……これからは全てが良い方向へと進むでしょう」

「ふん、甘いなオスカー。我々の決着は付いていないぞ」

 

 ユリウスは不敵な笑みを浮かべてオスカーに言い放った。

 

「まだ戦うと言うのですか?」

 

 不安そうな顔でセシリア姫が尋ねると、ユリウスは首を横に振った。

 

「いえ、そこの大バカ者が利き腕を怪我をしていますので、今日の勝負はこれまでです。しかし、決闘を手配しておきながら勝者が居ないのも面目が立たない。それならば、逆境を克服して互角の勝負を演じたものに勝利の祝福を!」

「待て、ユリウス!」

 

 思わぬユリウスの提案に、オスカーは驚いた顔で叫んだ。

 

「勘違いするな、まだ姫を諦めたわけじゃない。お前のケガが直ったら、今度改めて木の剣で決着をつけよう」

「分かった、受けて立とう」

 

 ユリウスとオスカーの視線が交差した。

 

「もう、二人で勝手に決めないでください」

 

 セシリア姫がむくれた表情でつぶやいた。

 

「ですが姫、今日の所は勝者へのキスを」

「……分かりました」

 

 ユリウスの言葉に笑顔で答えたセシリア姫はオスカーに歩み寄り、観客席に背を向けた。観客席から縦位置に並んだセシリア姫とオスカーは頭を傾けて顔を近づけた。

 

「女神エイドスも御照覧あれ! 今日という良き日がいつまでも続きますように!」

 

 ユリウスが正面を向いて言い放った。

 

「リベールに永遠の平和を!」

 

 ラングレー公爵も正面を向いて言い放つ。

 

「リベールに永遠の栄光を!」

 

 続いてクロード議長がそう言い放つと、幕が下がり演劇は終了した。観客席から盛大な拍手喝采が起こった。

 

「やはり最後は大団円か。それも良いだろう……」

 

 観客席のはるか後方、講堂の入口付近で演劇を見ていた銀髪の青年は笑みを浮かべてそうつぶやいた。

 

「……それでお前は何枚写真を撮る気だ。標的の確認なら一枚で良いだろう」

「あっ、バレました?」

 

 導力カメラを持って隣に立つ、長い黒髪の胸の大きい大人の女性は舌をペロッと出してごまかし笑いを浮かべた。

 

「もう良いだろう、行くぞ」

「はいはい、仰せのままに」

 

 二人はステージに居た誰にも見つかる事無く、講堂を出て行った。こうして演劇《白き花のマドリガル》は大盛況で幕を下ろした。そして学園祭の終了を告げるアナウンスが鳴り響き……来場者たちは満足した顔で学園を去って行った。

 

 

 

 

 演劇が終わったエステルたちは衣装を着替え、片付けを終える頃には夕方になっていた。

 

「みんなお疲れ、最高の舞台だったわよ!」

 

 興奮冷めやらぬジルが満面の笑みで声を掛けた。

 

「男女逆転劇なんて成功するか不安でしたけど、みんな真剣に見てくれて本当に良かった」

 

 クローゼも嬉しくてたまらないようだった。

 

「うん、恥ずかしかったけど頑張った甲斐があったよ。もう二度としたくないけど……」

 

 シンジはウンザリとした顔でそうつぶやいた。メイクはすっかり落としてしまっている。

 

「写真部の連中は喜んで撮っていたぜ。どれだけ売れるか楽しみだ」

「ウソぉ!? 勘弁してよ!」

 

 ハンスがそう言うと、シンジは頭を抱えてしゃがみこんだ。まさかこの世界でもケンスケみたいなやつがいるとは思わなかった。穴があったら入りたい気持ちになった。

 

「エステルたちの写真もすっごく売れると思うわよ! 男子はもちろん、女子達にもね」

 

 ジルはニヤケ顔でそう言った。アスカは学園に居る日が今日で最後になって良かったと思った。第壱中学校でも羨望の眼差しで見られたり女子の嫉妬を買ったり面倒な事がいろいろあったのだ。

 

「エステル、ずっと黙っているけどどうしたの?」

「ふえっ!? な、何でもない!」

 

 顔を赤くして俯いているエステルを訝しんでヨシュアが尋ねると、エステルは動揺している様子で答えた。

 

「まあ、ハードな決闘シーンだったから、疲れたんだろうな」

「調子が悪いんだったら、保健の先生に診てもらおうか?」

「大丈夫、あたしは遊撃士なんだからこのくらいへっちゃらよ」

 

 ハンスとジルに気遣う声を掛けられたエステルは、そう答えた。

 

「失礼しますね」

 

 そう言って舞台袖に入って来たテレサ院長と共に、孤児院の子供たちもやって来た。

 

「クローゼ姉ちゃん、オスカー、カッコよかったぜ!」

「ふふ、ありがとう」

 

 興奮して褒め称えるクラムに、クローゼは笑顔でお礼を言った。

 

「シンジお兄ちゃんも、ヨシュアお兄ちゃんもとっても綺麗だったよ」

「あはは……ありがとう」

 

 孤児院の子供たちに褒められたシンジとヨシュアは困った顔に作り笑いを浮かべてそう答えた。

 

「恋と友情の間で悩みながら、時代の奔流に立ち向かって行く主人公たちの手に汗握る決闘の果てに、待ち受けていた悲しい決着と心温まる大団円……楽しませて頂きましたよ、本当に素晴らしい劇でした」

 

 テレサ院長の好評を聞いたエステルたちは照れくさそうな笑みを浮かべた。

 

「あ、そうだ、私たち用事を思い出したわ。すぐに戻って来るから、このままおもてなししておいて」

 

 ジルはエステルにそう言うと、ハンスと一緒に講堂を飛び出して行ってしまった。

 

「今の子たちも演劇に協力をしてくださったのですか?」

「はい、監督と脚本、演出などをしてくれました」

 

 テレサ院長に尋ねられたクローゼはそう答えた。

 

「それならばあの子たちにも感謝しなければいけませんね。本当にルーアンでのいい思い出になりました」

「先生……」

 

 テレサ院長の言葉を聞いたクローゼはとても悲しそうな表情になった。

 

「まだ言っていないんですか?」

「はい、マノリアに帰ってから話します。……明日には出発しようかと思っています」

 

 シンジの質問にテレサ院長はそう答えた。

 

「そんなに急に……?」

 

 テレサ院長がそう言うと、クローゼはショックを受けて手で口を押えた。

 

「何の話?」

「それはマノリアに帰ってから話しますね」

 

 クラムが不思議そうな顔で尋ねると、テレサ院長はそうなだめた。

 

「それでは私たち、そろそろ失礼しますね。今日は本当にありがとう」

「あっ、ちょっと待って、ジルたちが戻ってくるまで」

 

 立ち去ろうとしたテレサ院長をエステルが引き留めた。

 

「……失礼するよ」

「まあ、コリンズ学園長」

 

 突然ジルとハンスと一緒に姿を現した学園長に、テレサ院長は驚きの声を上げた。

 

「久しぶりだね、テレサ院長。事情はクローゼ君から聞いた。大変な事になっているようだね。それで、私たちも微力ながら力になりたいと思ってな……」

「えっ?」

 

 学園長の話を聞いたテレサ院長は不思議そうな顔になる。ジルは困惑するテレサ院長に袋を手渡した。

 

「これは……?」

 

 ジャラジャラと音が鳴り、重みを感じる袋を持ったテレサ院長は疑問の声を上げた。

 

「来場客から集まった募金で、数えてみたら百万ミラを超えていました。孤児院再建に役立ててください」

 

 ジルがそう言うと、エステルたちは驚いた顔になった。学園祭にはダルモア市長やメイベル市長など名士達も来場していた。だからこの大金が集まったのだろう。

 

「そんな、受け取れません!」

 

 テレサ院長は厳しい表情で学園祭に袋を突き返そうとした。

 

「毎年、学園祭で集まった募金は福祉活動に使われていますので、遠慮する事はありませんよ」

「孤児院再建に使われるのであれば、募金に応じてくださった方も納得しますって」

 

 ハンスとジルがテレサ院長を説得に掛かる。

 

「でも、ここまでして頂くわけには……」

 

 なおも受け取りを拒否するテレサ院長に真剣な表情でクローゼは訴えかけた。

 

「先生が戸惑う気持ちも判ります。でも、どうか考えて欲しいんです。それだけのミラがあれば王都に行く必要もありません。あの思い出深い孤児院の土地を手放す必要も無いんです」

「クローゼ君の言う通りだ。今は亡きジョセフ君と、何よりも子供たちのために、あなたは拘りを捨てて、そのミラを受け取るべきだろう」

 

 学園長にそう言われて百万ミラの入った袋を握らされたテレサ院長は、目から涙を流し始めた。

 

「もうなんとお礼を申し上げたらいいのか……本当にありがとうございます……」

「よかった……本当に良かった……」

「ぐすっ……良かった」

 

 シンジとエステルはもらい泣きをしていた。

 

「うん、これで全て丸く収まったね」

「一件落着ってわけね」

 

 ヨシュアとアスカは満面の笑みを浮かべてつぶやいた。

 

「テレサ先生、どうして泣いているんだよ?」

「……もう心配しなくて良いんですよ、あなたたちには本当に心配をかけましたね……」

 

 クラムがテレサ院長に声を掛けるとテレサ院長はクラムを抱き締めた。テレサ院長とクラムたちは遊撃士のカルナに護衛されながらマノリア村へと帰る事になった。テレサ院長たちが帰った後、エステルたちは学園祭の片付けを手伝うのだった。

 

 

 

 

 学園祭の片付けが終わった頃にはすっかり夕方となっていた。

 

「せっかくなんだから、もう一泊していけばいいのに。これから学園祭の打ち上げもあるのよ?」

 

 ジルはそう言ってエステルたちを誘ったが、エステルは首を横に振った。

 

「ありがとう、でも新米なのに遊撃士協会にあまり顔を出さないのもまずいしね」

「今日中に報告したいから、これで失礼するよ」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたハンスは寂しそうにため息をついた。ヨシュアとシンジとハンスはアスカに三バカと呼ばれるほど仲が良くなっていたのだ。

 

「あんたたちと一緒に居て楽しかったわよ」

「こっちこそ」

 

 ジルのつぶやきに、アスカも笑顔でそう答えた。

 

「今度また遊びに来なさいよ」

「もちろん、泊まりがけでな」

 

 ジルとハンスの言葉に、エステルたちはまた学園に来る事を約束した。エステルたちは日が暮れる前にルーアンに、クローゼはマノリア村へと行くつもりだった。

 

「私、先生たちとたくさん話したいことがあるし、外泊許可をもらってきちゃった」

 

 そう話すクローゼはとても嬉しそうだった。全てが丸く収まって良かったとエステルたちは思う。

 

「頑張ってね、しっかり修行して正遊撃士を目指しなさいよ」

「もちろんよ、世界最速でなってやるんだから!」

 

 ジルに対して、アスカは腕を振り上げて答えた。

 

「君たちも勉強を頑張ってね」

 

 ヨシュアもジルたちに声を掛けて、エステルたちは学園を後にするのだった。

 

 

 

 

 学園を出たエステルたちはクローゼと一緒にヴィスタ林道を歩きながら楽しそうに学園生活の事を話していた。特に学園生活を経験した事の無いエステルとヨシュアにとって、数日間の学園生活は新鮮で楽しいものだったようだ。

 

「授業が無かったら、もっと楽しかったんだけどね」

「何をバカな事を言っているのよ」

 

 エステルのつぶやきにアスカがあきれた顔でツッコミを入れた。

 

「あら……?」

「どうしたの、クローゼ?」

 

 辺りをキョロキョロと見回すクローゼを不思議に思ってエステルが尋ねた。

 

「いえ、ジークの気配が近くに感じられないんです。どこに行ったのかしら」

「ご飯でも食べに行ったんじゃないのかな?」

「はい、そうかもしれません」

 

 シロハヤブサのジークは猛禽類であり、クローゼが餌付けしているわけでは無いので、エステルの意見にクローゼも同調した。ルーアンの街とマノリア村の分かれ道であるメーヴェ海道までクローゼも一緒に行く事になり、エステルたちは夕暮れの細い林道を少し駆け足で進んで行く。

 

「それでは、ここでお別れですね。この数日間、本当にありがとうございました」

 

 ヴィスタ林道を抜けてメーヴェ海道に着いたクローゼは名残惜しそうに告げた。

 

「気にしないで、ボクたちも楽しかったし」

 

 シンジはそう言ってクローゼを見つめた。クローゼもシンジを見つめ返す。クローゼは何かを言おうとして言葉に詰まっているようだった。

 

「おーい、あんたたち!」

 

 その時、マノリア村の方角からあわてて男性が街道を駆け寄って来た。男性は孤児院の火災現場でも会ったマノリア村の住民だった。

 

「大変な事が起きたんだ!」

「何があったの?」

 

 そう尋ねるアスカの表情が険しくなった。男性は息を整えてから話した。テレサ院長と子供たちが、マノリア村に帰る途中で何者かに襲われたと言うのだ……。

 

「あ、あんですってー!?」

 

 エステルが驚きの声を上げた。

 

「……えっ……」

 

 あまりの衝撃に、クローゼは膝を折って両手を地面につけるほど倒れ込んでしまった。

 

「大丈夫!?」

 

 シンジが慌てて声を掛けた。アスカがクローゼに向かって檄を飛ばす。

 

「しっかりしなさい、倒れている場合じゃないわよ!」

「すみません……」

 

 クローゼはよろよろと自力で立ち上がると、やって来た男性に事件の詳細を尋ねた。子供たちにケガは無かったが、テレサ院長と遊撃士のカルナは傷を負わされ、気絶してしまったらしい。正遊撃士のカルナがやられてしまうとは、強盗犯はかなりの強者のようだとエステルたちは考えた。

 一緒に居た子供たちがマノリア村まで走って知らせに来て、宿の主人は遊撃士協会に連絡するつもりだったが、宿にある通信器が故障していたため、この男性が直接ルーアンまで走る事になったのだと言う。

 

「ご協力感謝します。ですが、あなたはこのままルーアンへと行ってもらえませんか? 僕達はマノリア村へと急ぎますから」

 

 ヨシュアが男性に頼むと、男性は了承してルーアンの街の方へと走って行った。

 

「さあ、僕達も急ごう!」

 

 エステルたちはヨシュアの言葉にうなずいて、マノリア村に向かって駆け出すのだった。

 

 ◆テレサ先生襲撃事件◆

 

 【依頼者】――――

 【報 酬】???? Mira

 【制 限】緊急依頼

 

 急いでマノリア村へ行こう。


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