アスカとシンジは、空の軌跡の世界で本当の幸せを見つけた ~アスカ・ブライト!~   作:朝陽晴空

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第二話 ようこそブライト家へ

 

 屋上で一夜を過ごした後、アスカとシンジはカシウスに先導される形で5階建ての翡翠の塔からの脱出を始めた。

 

「良いか、俺の後ろを付いて来い。別の道に迷い込んだら命は無いと思え」

 

 カシウスの言葉に、アスカとシンジはしっかりと頷いた、自力で塔を降りようとした時、魔獣の群れに追いかけられて命からがら屋上に逃げ帰った事は記憶に新しい、決死の覚悟で、翡翠の塔の5階へ足を踏み入れた。

 武器を持たないシンジとアスカは魔獣に襲われても逃げ惑う事しか出来ない、アスカも護身術として格闘技の訓練を多少受けていたが、徒手空拳で魔獣と渡り合える程ではなかった。

 それとは対照的に、カシウスの戦い振りは衝撃的なものであり、持っている棒を一振りするだけで魔獣は吹き飛ばされて行く……その後ろから襲い掛かろうとした魔獣を玉突きのように弾き飛ばし、道が出来ていた。

 

「凄い……」

「おじさん、アンタ何者なの……」

 

 アスカとシンジは目を丸くして息を飲んでその光景を見つめていた。

 棒一本で猛獣の群れを薙ぎ払う人間など見たことも無い、アスカに護身術を教えた人間より数倍強いのではないか、そして何よりあれだけ激しい動きをしたのにもかかわらず息が全く乱れていない。

 

「さあ、ボヤボヤして居ないで付いて来い」

 

 カシウスに促され、身体の硬直が解けたように動き出すアスカとシンジは自然と手を繋いで塔の中を駆けて行く……この武芸者であるカシウスが味方で良かったと感謝しつつ、敵に回った時の恐ろしさを肌で感じていた。

 

「しかし、お前達はツイていたな。お前達を見つけたのが俺みたいな遊撃士だったから良かったが、城の兵士だったら牢屋行きだったかもしれんぞ、ハハハ」

 

 軽口のつもりで呟いたカシウスの言葉は、アスカとシンジに衝撃を与えた、城?兵士?世界にはわずかながら王族の居る国がある事は知っている、しかし猛獣の域を超える魔獣の存在と言い、何かが“現実離れ”している。

 その違和感がハッキリとした確信へと変わったのは、カシウスが二人の見ている目の前で、魔獣に向かって炎を放った事だった、火炎放射器などの火器を使わずに炎の塊を噴射するなど、まるで手品師、マジシャンの使う《魔法》だ。

 

「な、何もない所からいきなり火が出て……」

 

 驚きのあまりシンジは腰を抜かして床にへたり込んでしまう、それは科学技術文明で育った現代人の正しい反応だ、同じく驚いたアスカも崩れ落ちそうになる膝を何とか気力で踏みとどまっている。

 

「お前達《戦術オーブメント》も知らないのか?」

 

 カシウスは不思議そうな顔でそう言うと、腕に着けられた宝石が埋め込まれた器械を見せる。

 そしてカシウスの説明によると、先ほどの炎の魔法、この世界では《導力魔法・オーバルアーツ》と言うらしい、はこの器械を使う事で発動し、消費された導力エネルギーは時間経過で回復する、急速チャージする方法もあるらしいが……だから、石炭やガソリンなどは過去の遺物となっているそうだ。

 そのような技術はエヴァンゲリオンを開発したネルフでも見た事が無い、アスカとシンジは今居る場所がワープやタイムスリップで説明できない、異世界に居るのかもしれないと考え始めた。

 

「カシウスさん、今って西暦何年ですか?」

「西暦? 今は七耀暦1202年だが」

 

 シンジが質問したカシウスの答えに、思わずアスカとシンジは顔を見合わせる、自分達は使徒の見せる夢の世界へと迷い込んでしまったのか……だが、こうしてお互いの手を握り合う感覚は本物だ。

 そしてアスカとシンジは自分達がこの世界の住民と全く価値観の異なる存在、世界二人ぼっち、になってしまった事をじわりじわりと感じ始めていた。

 塔から出て街道に出る頃には、もしかしたらネルフと連絡が取れるかもしれないという希望もほとんど消え失せていた。

 

「どうしたお前達、塔から出れたのに嬉しくないのか?」

 

 閉鎖的な塔の中から、開放感あふれる屋外へと出たカシウスは伸びをしながら、沈んだ表情のままのアスカとシンジの顔を見て不思議そうな顔をして尋ねた。

 

「そりゃあ、嬉しいけど……」

 

 アスカとシンジの足取りはまるで墓から蘇ったゾンビの様に重くて鈍い、こんな二人を引き連れて街に行けば、カシウスが看守で、二人の囚人を連行しているように見えてしまう。

 ただでさえ街では有名人であるカシウスが、目立つ奇妙な服を着ている二人を捕まえたとあってはゴシップを好む町人達の噂にもなりかねない。

 

「よし、街は迂回してやり過ごすぞ」

「じゃあ、何処へ行くのよ?」

「俺の家だ」

 

 アスカの問い掛けに、カシウスはそう答えた……そうだ、ヨシュアを“拾った”時と同じ作戦で行こうと思い付いたのだ、そうすればカシウスがまた孤児を引き取ったのか、程度に受け止められ、隣町や王国の兵士の耳に入るほどの大きな噂とはならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 地方都市ロレントから少し離れた場所に、周囲を森に囲まれた二階建ての一軒家があった、ロレントの街の住民なら誰もが知るS級遊撃士、カシウス・ブライトの家だ。

 元は放蕩貴族の別荘だったこの家にカシウスが住む事になった経緯の詳細は省くとして、妻の死後、軍人を辞して遊撃士となったカシウスは様々な難事件を解決し、その名声はロレント地方、いやリベール王国のみならず、大陸全域までその名が知られる英雄となって居る。

 もっとも、彼の偉業を知らない娘のエステルに言わせれば、大陸各地をブラブラしている不良親父、でしかないのだが、今回も久しぶりに家に帰って来るなり、翡翠の塔の調査を依頼され、一日経っても帰って来ない。

 そのブライト家の一階、ダイニングキッチンで、少女は退屈そうに窓の外を眺め、少年は椅子に座って本を読んでいた。

 少女は、栗色の髪とルビー色の瞳を持ち、名前をエステル・ブライトと言った……カシウスの血の繋がった実の娘である。

 少年は、黒髪で琥珀色の瞳を持ち、名前をヨシュア・ブライトと言った……彼は数年前にとある事件がきっかけでカシウスと出会い、カシウスに引き取られブライト家で暮らす事になった。

 

「あの不良親父ってば何処をほっつき歩いているのよ、翡翠の塔なんか数時間で行って帰って来れるじゃない」

 

 エステルはふくれっ面で父親のカシウスの帰りを今か今かと待ちわびていた。

 何だかんだ言いつつも、エステルは父親のカシウスの事が大好きだった、だから大きな事件が解決してしばらくの間家に居ることが出来ると聞いた時は喜んだ、一緒に釣りをしたり、ミストヴァルトの森で虫を捕ったりしたい、まるで少年のような願望だ。

 

「仕方無いよ、父さんの事だから、また何か急な仕事が入ったかもしれないし」

 

 そんなエステルをなだめるようにヨシュアは声を掛ける、まったくこの父娘の親子愛の深さにはあきれてしまうものだ、自分に実の両親が居たのは何年も前の事だが、貧しい村で暮らす両親は畑仕事に忙しく、息子と遊ぶなんて余裕は無かった。

 

「父さんってば野次馬根性が旺盛だから、きっとまた事件に首を突っ込んでいるに違いないわ」

「それは君も同じじゃないか」

 

 エステルの予感は正しい、遊撃士の仕事をこなすだけであれば、さっさとアスカとシンジの身柄を保護して軍の兵士か遊撃士協会に引き渡せばお終いだ、ひと晩、塔の屋上で夜を明かしてまで二人の事情を探る必要は無い、さらに家に連れて帰るなどもっと余計な世話だ。

 そしてヨシュアの指摘も合っている、エステルは街に出ると子供同士のケンカ、酒場のウェイトレスと酔った客の言い争いなど何にでも顔を出して首を突っ込み、騒ぎを大きくして後でヨシュアが謝る羽目になるのだ。

 

「あっ、父さんが帰って来たわ!」

 

 窓の外を眺めていたエステルは、森の小道から姿を現したカシウスの姿を認めると、嬉しそうに跳び上がる。椅子に座って本を読んでいたヨシュアも立ち上がり、同じ窓からカシウスの姿を見て首を捻った。

 なぜカシウスは街道を通らずに森から出て来たのか、街を避け人目を忍んで帰宅する理由は、カシウスに続いて現れた奇妙な服装をした二人の少年少女を見て合点が行った。

 

「あれ? 父さんの後からついて来たあの子達、誰?」

「僕に聞かれても分からないよ。でも、この王国の住民では無さそうだ」

 

 ヨシュアは二人の服装からそう感じ取った。ボディラインが強調され、着用者の身体にフィットしている様に見えるその服は、優れた伸縮性を持つ生地によって作られているのだろう。

 そのような服を着た人物とはリベール王国に来てから、いや、未だかつて見たことはない、ならば、導力文明の発達しているクロスベルか、東方の神秘と呼ばれるカルバート共和国からの来訪者では?と考え、エステルにこの王国出身者でないと告げたのだ。

 

「それって……外国の子って事!?」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたエステルは、目を輝かせ、ワクワクが止まらない、そんな宝物を目の前にした少年のような反応を示した。

 そして、父親と二人の来訪者を迎えるために玄関のドアに向かって笑顔で一直線、本当に元気と好奇心の塊だとヨシュアは思った。

 

「父さん、お帰りなさい!」

「おおエステル、今帰ったぞ」

 

 カシウスの家、ブライト家のドアが開け放たれ、栗色の髪の少女、エステルが満面の笑みで姿を現すと、アスカとシンジはあっけにとられたようにエステルを見つめる、翡翠の塔からの道中、カシウスから自分には二人と同じ年頃の娘と息子が居ると聞かされていたが、予想外に可愛らしい少女だった。

 

「ねえねえ父さん、この子達は?」

 

 好奇心むき出しのくりくりとしたエステルの瞳が、アスカとシンジを見つめる、穴が開くほど見つめられた二人はくすぐったい気持ちになったが、露骨に視線を逸らすわけにもいかない。

 

「アスカとシンジだ、歳はお前達と同じ14らしいぞ」

 

 カシウスがお前『達』と言ったのは、家の中からアスカとシンジを観察するように視線を送る少年の姿があったからだ、その黒髪の少年は無表情に見えたが、その眼にはわずかながら警戒心のようなものが浮かんでいた。

 

「あたしはエステル、よろしくね!」

 

 玄関から階段を降り、アスカとシンジに歩み寄ったエステルは、無邪気な笑顔で二人の前に手を伸ばした、天真爛漫なこの少女は同時に握手をするつもりなのだろう。

 

「よ、よろしく……」

「ど、どうも……」

 

 エステルの笑顔にすっかり毒気を抜かれてしまったのか、アスカは猫を被ったような作り笑いでエステルの手を握り、シンジは照れくさそうに顔を赤らめ、エステルの手を握ったのだが……その瞬間、黒髪の少年の琥珀色の瞳が鋭く自分を射抜いた気がした。

 その黒髪の少年の刺すような視線に怯えたシンジはパッとエステルの手を離す、アスカも同じくその視線に気が付くと、ニヤリと薄笑いを浮かべた、この少年はエステルに惚れている。

 

「ほら、ヨシュアもそんなところに居ないで、こっちに来て挨拶しなさい!」

 

 エステルが家の中に居るヨシュアに声を掛けると、落ち着いたゆったりとした足取りでアスカとシンジの前に姿を現した。そして表情を柔らかい笑みへと変えてアスカとシンジに話し掛ける。

 

「ごめんね、エステルは誰に対しても馴れ馴れしいんだ、迷惑をかけたね」

 

 それはエステルの好意は誰にでも分け隔てなく与えられるものであって、あらぬ“誤解”をしないように、とシンジに言い聞かせる言葉だった。

 

「あんですって!? あたしが迷惑を掛けたって、どーゆー事よ!」

 

 エステルはヨシュアの言葉の真意に気付く事はなく、ふくれっ面で抗議の声を上げる、そんな二人の様子を、カシウスは困ったものだ、と心の中で呟きながらとりあえず家の中に入るように促した。

 

「この二人の事なんだがな、遥か遠くから転移させられたそうだ。元居た場所に帰る手段が見つかるまで家で預かる事にした」

「やっぱり、アスカとシンジって外国から来たの!?」

 

 カシウスの言葉を聞いたエステルは興奮した様子で目を爛々と輝かせる、どんな異国の地から来たのか、どんな暮らしをしていたのか、好奇心旺盛なエステルからは矢継ぎ早に質問が飛ぶ。

 だがアスカとシンジはどう話していいものか困ってしまった、この場所は自分達の居た第三新東京市とは文化も全く異なる、5階建ての翡翠の塔よりも高い建物、12階建てのマンションで暮らして居たと説明しても説得力を持たないに違いない。

 

「エステル、聞きたい事は山ほどあるだろうが話は後だ。まずお前達の服をアスカとシンジに貸してやってくれ。この服装では街を歩くだけで目立ってしまう」

「了解!」

 

 エステルは笑顔でカシウスに答えると、アスカの手を引いて2階にある自分の部屋へと向かった、シンジも同じくヨシュアに続いて階段を登って行く。

 

 

 

 

 

 

「ほう、これは驚いた。お前達、まるで本当の兄弟の様だぞ」

 

 着替えを終え、それぞれの部屋から出て来たアスカとシンジを見て、カシウスは感心したように声を上げる、瞳の色は違えど、そっくりな髪の色と似通った体格は、後ろ姿を見れば双子と言っても過言ではない。

 

「あたしも可愛い妹が出来て嬉しいよ、アスカ」

「ちょっと、アタシはアンタの妹になった覚えもないし、そんなに気安く抱き付かないでよ!」

 

 アスカは背中から抱き付こうとするエステルから身をよじって逃れようとするが、笑顔を浮かべたエステルは強い力でアスカを引き寄せ、頬をグリグリした。

 

「ヨシュアさん、色々とありがとう」

「どういたしまして。早く帰る方法が見つかるといいね」

 

 シンジとヨシュアは笑顔で言葉を交わしていたが、カシウスはヨシュアの言葉にトゲがある事に気が付いている、やはりヨシュアはエステルに近づく男が気に食わないらしい。

 ロレントの街に行けば、エステルもルックとパットと言う年下の少年達と親しくすることはあるのだが、年齢の近いシンジの出現に、心中穏やかではなくなったと言ったところか。

 そのようにヨシュアが感情をむき出しにする事を、カシウスは喜ばしい事だと思った。シンジが居てくれれば、自分とエステルに拾われたと負い目を感じ、抑えていたヨシュアの素直な感情が発露してくれるのではないかと期待していた。

 そして翡翠の塔の屋上で一夜を過ごした事でアスカの深い悲しみを知ったカシウスは、心の底から救いたいと願い、我が娘エステルならば、アスカの心の闇を照らして取り払うことが出来るのではないかと考えていた。

 

「今日の夕食当番はエステルだったな。何を作ってくれるんだ?」

「そりゃあ、お客さんのリクエスト次第よ、二人とも、何が食べたい?」

 

 カシウスに尋ねられたエステルは腕まくりをしてアスカとシンジに問い掛けるが、複雑な料理をエステルがこなせるとは思えない、しかし、悪戯心が芽生えたアスカはエステルを試してやろうと思った。

 

「じゃあ、とっても美味しいハンバーグをお願いするわ!」

「オッケー、ハンバーグね!」

 

 ハンバーグは焼き加減が難しい料理であり、割れてしまったり、パサパサになってしまったり、失敗する事も多い、アスカはシンジの方がハンバーグを上手く作れると笑ってやろうと思ったが、青い顔をしたのはシンジだった。

 

「ちょっとアスカ、この世界のハンバーグって……」

「あっ!?」

 

 シンジに指摘されて気が付いた、この世界に牛や豚のような家畜が居ると言う確証はない、さらに翡翠の塔では魔獣に遭遇している、となると食べさせられるのは得体の知れない魔獣の肉……。

 

「エステル、タンマ!」

 

 慌ててアスカは止めようとするが、既にエステルは玉ねぎとまな板で格闘を始めていた、料理に集中していてアスカの言葉は耳に届いていないようだ、こうなったら覚悟を決めて食べるしかない。

 

「アスカ、シンジ、話があるから来てくれるか?」

 

 エステルと手伝うヨシュアが夕食の準備をしている間、カシウスはアスカとシンジを2階のバルコニーへと呼び出した。東の空は茜色に染まっている、しばらくの間カシウスは沈黙していた、それは話を切り出すタイミングを計っているようだった。

 

「何よ、わざわざ呼び出しておきながら、ダンマリだなんて、アンタらしくもない」

「その……良かったら、このまま家に居るつもりはないか?」

 

 しびれを切らしたアスカに促されて、カシウスは本音を二人にぶつけた、それは身勝手な言い分であり、なんら強制できるものではない、二人が元居た世界に帰りたいと望むならば、遊撃士である自分は全力で協力する義務がある。

 

「ご迷惑でなければ、居させてください、お願いします」

「ちょっとシンジ、アンタ何を言っているのよ! アタシ達はエヴァのパイロットなのよ、逃げる気!?」

 

 シンジの言葉を聞いたアスカは、シンジの服を掴んで詰め寄った、エヴァのパイロットであることが自分達の誇りであり、使命だったはずだ、力を合わせて戦って来たシンジへの信頼を裏切られたとアスカは思った。

 

「逃げたって良いじゃないか! それにもう、アスカにはエヴァに乗って欲しくないんだ!」

 

 アスカに詰め寄られても、シンジは自分の考えを改める事はなかった、それどころか、アスカにもエヴァンゲリオンのパイロットを諦めるように強く主張した。

 

「アタシにエヴァを降りろって言うの!?」

 

幼い頃からアスカはエヴァンゲリオンのパイロットとしての人生を歩んで来た。それを否定される事は、自分の存在価値が無くなるのと同義であり、アスカには受け入れ難い話だ。

 

「ここに来た原因だって、エヴァや使徒のせいじゃないか……使徒に飲み込まれて命が助かったから良かったけど、アスカが居なくなったりしたら……」

 

 感情が高ぶったシンジは、そう言ってアスカを抱き寄せた。不意を突かれたアスカは、シンジの身体を突き放す事が出来ず、しばらくの間抱かれたままになっていた。

 

「アンタの気持ちは分かったから、ちょっと離れなさいよ!」

 

 顔を真っ赤にしたアスカがそう言うと、シンジも自分がした事の重大性に気が付き、肩の力の抜いてアスカを解放した。

 

「……しょうがないわね、もうネルフには戻れそうにないし、ここに居てやってもいいわ」

 

 アスカの言葉を聞いたシンジの表情がぱぁっと明るくなる。今までアスカとシンジの話に口を挟まなかったカシウスも、安堵の息を漏らした。これで晴れて二人は異世界からの来訪者から、この世界の住人となった。

 しかしアスカの表情は幾分冴えない表情だ。今まで自分の評価の指標となっていたエヴァンゲリオンのパイロットと言う肩書を捨てたのだ、その喪失感は小さなものではない。

 

「お前さん達、遊撃士を目指してみるつもりはないか?」

「遊撃士ってカシウスさんと同じ?」

 

 カシウスの言葉に、シンジが声を上げた。

 

「ああ、エステルとヨシュアも遊撃士に成るべく努力をしている」

 

 遊撃士とはこの世界における職業の一つであり、”民間人の安全と地域の平和を守る”を憲章に掲げ、人々の依頼を解決する何でも屋、時には犯罪を取り締まる正義の使者となる事もある。遊撃士に憧れを抱くものも多く、人々の支持も厚い。もっとも、権力者や犯罪者からは煙たがられる存在だ。

 その遊撃士はランク分けがされており、S級遊撃士であるカシウスはこの大陸に5本の指に入る存在だと聞かされたアスカとシンジは、カシウスがただ者ではないと予想はしていたが、大いに驚いた。

 

「憧れと信頼の存在の遊撃士……いい響きじゃない」

 

 カシウスの話を聞いたアスカはニヤリと笑みを浮かべた。自分の生きる目的を見出したアスカはすっかり元気を取り戻したようだ。そのアスカの笑顔を見たシンジは心の底からホッとした表情になった。曇りの無いアスカの笑顔を見るのはしばらく振りの事だった。

 

「シンジ、何をボケっとしているのよ。アンタもよ!」

「ええっ、ボクも遊撃士に?」

「せいぜいアタシの足を引っ張らないようにね!」

 

 そう言ってアスカがシンジに向かって手を伸ばした。シンジはアスカを見つめながら、そのアスカの手をギュッと握る。二人の固い握手を見たカシウスは腕組みをして感慨深げに息を吐いた。これで新しい遊撃士コンビの誕生だ、しかも我が家族から4人も遊撃士が出るとは嬉しいものだ……だが、その前に家族の誕生を、空の女神エイドスに感謝せねば。

 

「そろそろ戻ろう、お前達の姉が作った料理を食べようじゃないか」

 

 カシウスは背中からアスカとシンジを包み込むように肩を抱いて、テラスから家の中へ向かって歩みを進める。茜色は既に西の空にまで広がっていた。街道の向こうには明かりの灯ったロレントの街並みが見える。

 

「別にアタシはエステルの妹になった覚えはないわよ!」

「この家ではエステルに逆らわない方が良い、怒らせたら俺も手を焼くほどだからな」

 

新たに家族となった三人は賑やかな声を上げながら、その『家』の中へと入って行った。その様子を見送る人影があった事を、カシウス以外の二人は気が付いていなかった……。




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