アスカとシンジは、空の軌跡の世界で本当の幸せを見つけた ~アスカ・ブライト!~ 作:朝陽晴空
第三十一話 ようこそ工房都市ツァイスへ! 小さな導力技師、ティータとの出会い
1
カルデア隧道に足を踏み入れてしばらくして、エステルはヨシュアが頻繁に後ろを気にしている事に気が付いた。
「何かあったの?」
「誰かがつけて来ているような気がするんだ」
エステルに尋ねられたヨシュアは真剣な表情でそう答えた。
「もしかして、お化けだったりして」
「な、何を言い出すのよ」
アスカがからかうようにそう言うと、エステルは震え上がった。
「それにしてもシンジ、アンタも元気が無いみたいだけど、どうしたのよ?」
顔色の冴えないシンジに気が付いたアスカが声を掛けた。そしてニヤリと笑みを浮かべて声をさらに掛ける。
「なるほど、クローゼに未練があるわけね」
「はぁ!?」
アスカの言葉を聞いたシンジはすっとんきょうな声を上げた。
「隠さなくても良いわよ。演劇ではキスした仲なんだし、水の中に飛び込んでまで助けたんだしね!」
「実際にはキスしていないし、水の中に落ちたのは偶然だよ! ……それに、ボクは水の中に落ちた時の事を思い出して昨日眠れなかっただけなんだ……」
アスカに対してシンジは決死の表情で言い訳した。
(……シンジが言い訳しているのを聞いて、アタシは何をホッとしているのよ!)
アスカは顔を赤くして胸を押さえながらそう思った。カルデア隧道は魔獣除けの導力灯が置かれている街道の外れには天然の洞窟があり、いつ魔獣が飛び出して来てもおかしくない。導力灯が壊れていれば逆に魔獣を呼び寄せてしまうのだ。
エステルたちが曲がりくねった街道を歩いていると、幼い少女の声が聞こえて来た。
「い、急がなくっちゃ!」
その声は洞窟内に反響し、どこから聞こえて来るのか分かりづらい。エステルたちが戸惑っていると、ツァイスの方からゴーグルを額に掛けた小学生ぐらいの金髪の少女がテクテクと走って来た。
「あっ……」
アスカと同じ青い瞳でエステルたちを見つめる少女。
「ちょっと、アンタみたいなちっこいのがこんな所に居たら危ないわよ!」
言い方は乱暴だが、アスカはその少女を気遣うように声を掛けた。
「あの、お姉ちゃんたちはこの道を通って来たんですか?」
「うんそうだけど、どうしたの?」
少女に尋ねられたエステルはそう答えた。
「あのあの、それなら途中で消えた導力灯を見かけませんでした?」
「消えた導力灯は見なかったけど、点滅していたものは見かけたよ」
少女の質問にヨシュアが答えると、少女はやっぱり思った通りだと泣きそうな顔でつぶやいた。
「すみません、わたし急ぎますので!」
「あっ、待ちなさい!」
少女はそうつぶやくと、エステルたちの脇をすり抜けて走って行ってしまった。アスカが呼び止めても振り返りもしない。少女一人を放っておくことも出来ないと判断したエステルたちはツァイスの街を前に引き返す事にした。
「はぅぅぅ、困りましたぁ」
少女の泣きそうな声が聞こえて来る。エステルたちが少女の元に駆け付けると、少女の視線の先には明かりが消えた導力灯に群がる魔獣達の姿があった。
「こんなに集まっているなんて……これじゃあ導力灯が壊されちゃうよ……こうなったら……」
少女は魔獣達に向かって導力砲を構えた。その眼差しはあどけない少女とは思えない鋭いものだった。
「方向よし、仰角35度……導力充填率50%……みんな落ちちゃえーっ!」
少女の導力砲から弾丸が放たれる。放物線を描いて魔獣達の群れの内、何匹かを焦がしたが、残りの魔獣達は少女に襲い掛かる!
「いやあああっ!」
魔獣が迫り、悲鳴を上げる少女の前に、走って来たエステルとアスカが飛び込んだ。
「あ、お姉ちゃんたちはさっきの……」
「話は後よ、アンタは下がって!」
導力砲は接近戦闘には向かない。アスカはそう言って少女を後ろにさがらせた。エステルたちは魔獣達と乱戦に突入した。少女の導力砲は着弾地点に爆風を生じさせ、範囲攻撃の導力魔法よりは狭いものの、複数の魔獣を巻き込んだ。詠唱時間が無い分、使い勝手が良さそうだった。
「はぁ……怖かった……あのあの、ありがとうございます」
戦いが終わると、少女はペコリと頭を下げた。その愛らしさを見たアスカは胸がときめくのを感じた。
「もう、無茶しちゃダメよ。大怪我したら危ないじゃない」
「あぅ……ごめんなさぁい」
エステルに怒られた少女はしょんぼりとした表情になった。
「まあまあ、そのくらいにしてあげなさいよ」
珍しく優しい声を掛けるアスカに、シンジは目を丸くした。
「無茶をするなって君が言っても説得力が無いよ」
ヨシュアも笑顔でエステルに声を掛けた。エステルたちが自己紹介をすると、少女はティータと名乗った。ツァイスの中央工房で見習いの導力技師をしているらしい。
「なるほど、だからそんな服を着ているのね」
エステルは感心した様子でティータの服装を見た。オーバーオールの作業服は小さいながらも立派な導力技師だ。
「ティータ、ツァイスに戻るならアタシたちと一緒に行かない?」
「また魔獣が出たら大変だしね」
アスカとシンジが声を掛けると、ティータは太陽のような満面の笑みを浮かべた。
「ありがとーございますっ。えっと、あの導力灯を修理しちゃいたいので、少しだけ待ってもらっていいですか?」
ティータはそう言って灯りの切れた導力灯へと向かった。身長の低いティータは背伸びをして導力灯の修理をしていた。それを見ていたアスカがティータを後ろから抱き上げた。
「ありがとう、アスカお姉ちゃん!」
「ア、アタシは早くツァイスに行きたいだけよ、だから手伝ってやってんのよ!」
ティータに笑顔でお礼を言われたアスカは顔を赤くして顔を反らした。
「それにしても、よくこの導力灯が壊れそうだと判ったね」
「端末のデータベースを調べたんですよ」
ヨシュアの質問に、ティータは小さな胸を張って答えた。リベール王国にはネットワークコンピュータ技術まで存在しているのかとアスカとシンジは驚くばかりだった。もしかしてネルフのスーパーコンピュータMAGIを超えるものもあるかもしれないと思った。
「間違って整備不良だったものが設置されてしまったみたいなんです」
「そうなんだ、直せてよかった。凄いんだね」
ティータの言葉を聞いたシンジは笑顔になって声を掛けた。
(たいまつ? ベースボール?)
エステルの頭の中では聞き覚えの無い言葉がグルグルと回っていた。
「ただクオーツの接続不良を直して、導力圧を調整しただけですから」
シンジに褒められたティータは照れくさそうにそう答えた。エステルはさっぱりわからないと言った感じでウーンと唸っていた。
「えーと分かりやすく説明すると、オーブメント機器の内部にはクオーツっていう結晶回路がはまっているんですけど、それが正確にユニット部分に繋がっていないと生成された導力エネルギーが行き場を失ってしまって結果として目的とされた当初の能力が発揮できなくなってしまうんです。それが導力灯の場合は……」
「ちょっと待って! それ以上聞いたら頭がパンクしちゃう!」
エステルはそう言ってティータの説明を遮った。このままティータの説明を聞き続けては日が暮れてしまう。エステルたちはツァイスの街を目指して出発する事にした。トンネル道の終点はツァイス市の中央工房の地下区画に通じていた。
「《中央工房》って随分大きな建物だって聞いた事があるよ」
「それはもーとにかくでっかいです!」
ヨシュアの言葉にティータは自分の事のように喜んでそう答えた。
「初めて工房に来るお客さんが迷子になっちゃうくらいです」
「ひえー、遊撃士協会にたどり着けるか心配になって来ちゃった」
ティータの話を聞いたエステルは悲鳴を上げた。
「それならわたし、お姉ちゃんたちを案内します」
「ありがとう、助かったわ!」
ティータの申し出に、エステルは飛び上がって喜んだ。
2
ツァイス中央工房の中に入ったエステルたちはベルトコンベヤーを備えた工場を見てあんぐりと口を開けるほど驚いた。
「凄い……こんなオートメーション化された工場は見た事無いよ」
ヨシュアは感心したようにつぶやいた。
「ツァイスの地下に広がるオーブメント工場なんですよ。色々な物がここで造られているんですよ」
「へえ、圧倒されちゃうわね」
ティータが説明すると、エステルは感心してつぶやいた。
「あれ、この狭い部屋は?」
エレベータに入ったエステルはキョロキョロと辺りを見回した。
「エレベータです。地下から屋上までビューンって行っちゃうんですよ」
「鉱山にもエレベータってあったよね。どこにも見当たらないけど」
ティータの説明を聞いて、エステルは不思議そうな顔で辺りを見回した。
「アンタ、何も知らないのね。この部屋全体が動くのよ」
「えっへん、最新式なんですよ」
アスカの言葉にティータも胸を張った。
「アスカお姉ちゃんはオーブメント機器を見ても驚かないんですね」
「アタシとシンジが居た世界では当たり前にあったのよ」
アスカはティータに自分とシンジは別の世界からやって来た事を明かした。調子に乗ったアスカがネルフやエヴァの事を話すとティータは目を輝かせて、もっと話を聞かせて欲しいとせがんだ。
エレベータが目的の一階に到着すると、ティータは中央工房の受付嬢ヘイゼルから工房のトランス主任がティータを呼んでいると聞かされた。ティータに演算室に来て欲しいとの事だ。
もっとアスカと話したかったティータは後ろ髪を引かれる思いでエステルたちと別れた。エステルたちがしばらくツァイスに滞在する事を話すと、ティータは嬉しそうな顔をしてエレベータに乗り込んで行った。
「ティータって可愛い子だったわね、一生懸命な感じで。アタシもあんな可愛い妹が欲しいわ」
「同感! 健気な感じがたまらないわね」
アスカの意見にエステルも同意した。シンジはアスカの可愛いもの好きがここまでとは思わなかった。
「本当、誰かみたいに可愛くない弟じゃなくてさ」
「その通り!」
エステルがそうつぶやくと、アスカもウンウンとうなずいた。
「何度も言っているけど、だらしない姉をフォローしているのは僕達だよ」
「そうだそうだ!」
ヨシュアがそう言うと、シンジも力を込めて同意した。
「お姉さんって言いたいならもっとしっかりしてくれないとね」
「その通りだよ!」
シンジは勢いで同意したが、そこでアスカが怒った表情をしているのを見て固まってしまった。
「シンジ、アンタ生意気!」
「ゴメン、アスカ」
アスカはシンジの頭を両手の拳でグリグリとする。すっかり騒いでいたエステルたちは中央工房の受付エントランスホールに居た人たちの視線を集めていた。視線に気が付いたエステルたちは恥ずかしそうに顔を赤くしてエントランスホールからツァイスの街へと出るのだった。
3
ツァイスの街に出たエステルたちは、街の中にあるエスカレータに遭遇した。
「動く階段、みたいだね。長い階段だから昇り降りするのは大変そうだからかな」
「だからって機械で動かしてしまうなんて……この街はビックリするものばかりね」
ヨシュアとエステルは感心した顔でそんな事を言い合った。アスカやシンジは動く歩道などネルフで見飽きているが、リベール王国で見たのは初めてだった。
「でも、遊撃士たるもの日々修行、楽をしてはいけないわね」
ニヤリと笑ったエステルは、なんとエスカレータを逆走した!
「フフン、あたしの勝ちのようね」
昇り方向のエスカレータに逆らって降り切ったエステルは得意げに胸を張った。
「アンタバカァ!? エスカレータは走っちゃいけないし、ましてや逆走なんかしちゃいけないのよ!」
下り方向のエスカレータを駆け下りたアスカはエステルの後頭部にツッコミを入れた。アスカもエスカレータを駆け下りてしまっているとシンジは心の中でつぶやいた。
「こんにちは!」
「失礼します!」
エステルたちがツァイスの街の遊撃士協会に入ると、受付カウンターには長い黒髪の東方風の妖艶な魅力を備えた女性が立っていた。エステルたちのあいさつにも答えずに黙ってエステルたちを見つめていた。
「あの、あたしたち……」
「ようやく来たようね」
エステルが再び東方風の女性に声を掛けようとすると、女性は口を開いた。
「エステル、ヨシュア、アスカ、シンジ、ツァイス支部へようこそ。ルーアン支部のジャンから話は聞いているわ」
東方風の女性はキリカと名乗り、ツァイス支部の受付だと自己紹介をした。そしてエステルたちは所属変更の手続きをした。
「これであなたたちはツァイス支部の所属となったわけだけど、今のところ緊急の依頼は無いの。BPを稼ぎたければ、掲示板の依頼を自分たちのペースでこなす事ね」
キリカはアスカの考えを見透かしているのか、そう話した。
「まあ、そんな大事件にはしょっちゅう遭遇するわけないものね」
アスカはため息を吐き出してそうつぶやいた。
「そうだキリカさん、聞きたい事があるんだけど」
「《グノーシス》の事ね」
エステルが尋ねようとすると、キリカは先回りして答えた。キリカはエステルに中央工房の責任者マードック工房長への紹介状を渡した。マードック工房長はツァイス地方の市長と同じ立場の人物なのだと言う。
「ずいぶんと用意周到じゃない。アンタ、超能力者?」
「集まった情報から用意をしただけよ」
アスカが尋ねると、キリカは涼しい顔で答えた。
「恐れ入りました……」
シンジはキリカの器量に感服してしまったようだ。
◆臨時司書求む◆
【依頼者】コンスタンツェ
【報 酬】250 Mira
【制 限】10級
臨時司書を募集しています。
中央工房二階・資料室でお待ちしております。
アスカは掲示板の依頼を見てため息をついた。仕事に大きいも小さいも無いのは判っているが、アスカは失望したようにため息を吐き出した。いずれにしても目的地はマードック工房長の居る中央工房だ。
4
中央工房の一階のエントランスホールで、エステルたちは受付のヘイゼルに工房長への紹介状を見せた。ヘイゼルはインターフォンでマードック工房長と連絡をすると、面会のアポイントが取れたとエステルたちに話した。エステルたちは二階の工房長室を直接訪ねるように言われた。
「待たされる事は無さそうね」
アスカは満足したようにつぶやいた。アスカは待たされるのが大嫌いだった。アスカはサッとエレベータに乗り込み、エステルたちを手招きした。エレベータに乗り込んだアスカは、階数の操作盤を見た。中央工房は地下一階から地上五階の大きな建物のようだ。
他の階にも興味をそそられたが、マードック工房長を待たせるわけにもいかない。アスカは二階へとエレベータを移動させた。工房長室のドアは自動ドアだった。ノックする事無くエステルたちが部屋に入ると、質素な木製の机には白衣を着た初老の男性が座っていた。
「やあ、君達が遊撃士諸君だね」
マードック工房長は穏やかな笑顔でエステルたちを迎え入れた。
「お忙しいところを恐れ入ります」
ヨシュアが礼儀正しく挨拶をすると、エステルたちもそれに倣った。
「いやいや、気にしないでくれたまえ。カシウスさんには世話になったからな。そのお子さんたちに恩返しができるのは嬉しいよ」
マードック工房長はにこやかな笑顔でそう言った。ツァイス中央工房はリベール王国の最先端技術が集まる場所で、技術を狙ったトラブルも絶えなかった。カシウスはロレント支部から駆け付けてそのトラブルを次々と解決して行ったのだと言う。
「父さんも出張が多かったからね」
ヨシュアは納得したようにそうつぶやいた。アスカとシンジが着てからの二年間は遠くの依頼を受ける事を控えていたカシウスだったが、その前はエステルを置いて出張する事が多かったらしい。
エステルたちは《グノーシス》と《インターフェイス・ヘッドセット》の事をマードック工房長に相談した。マードック工房長はグノーシスと印字されたカプセルとシンジのヘッドセットを受け取ると、片眼鏡を付けて丹念に調べ始めた。
「うーん、こちらのカプセルには『グノーシス』という文字の他に、『ゲヒルン』と読み取れる文字があるな」
マードック工房長に指摘されたエステルたちはカプセルを覗き込むが、文字が薄すぎて肉眼では読み取りにくかった。マードック工房長は『ゲヒルン』がこのカプセルを作ったメーカーだと推測して、エステルたちに心当たりはないか尋ねたが、アスカとシンジにも聞き覚えが無かった。
「こちらの機械は明らかに最近造られた物のようだが、どこにも製造番号が刻まれていないな」
「当たり前よ、アタシたちの居た世界の秘密組織が造ったんだから」
マードック工房長の言葉にアスカは胸を張ってそう答えた。この世界で造られたオーブメント製品にはどこで造られたのか示す製造番号が刻まれるのが普通なのだと言う。50年前にオーブメントが発明された時からの伝統なのだそうだ。
エステルたちが自分の戦術オーブメントを取り出して確かめると、製造番号が刻まれていた。製造番号が刻まれていないオーブメントは何か後ろめたい目的で造られたものではないかとマードック工房長は話した。
「そう言えば、この前遊撃士協会から届けられた黒いオーブメントもそうだったな」
マードック工房長は何か思い出したようにつぶやいた。エステルたちもその出所不明の黒いオーブメントの話が気になった。
「この機械の内部構造が気になるが、分解するわけにはいかないのだろう?」
「はい」
マードック工房長が困った顔でシンジのヘッドセットを手に持って尋ねると、シンジは真剣な表情でうなずいた。
「それならばラッセル博士に頼むしかないだろう」
腕組みをしたマードック工房長はそうつぶやいた。ラッセル博士はリベール王国にオーブメント技術をもたらした人物として、日曜学校の授業でも教えられるほどである。オーブメントを発明したのはエプスタイン博士だが、ラッセル博士はその直弟子に当たる優秀な博士だ。
「しかし博士は研究熱心が過ぎると言うか、色々しでかしてくれるから少々心配だな……」
マードック工房長はそう言って遠い目をした。ラッセル博士が起こした数々のトラブルを思い返しているのだろう。
「まあともかく、博士ならこの機械の仕組みを解き明かしてくれるだろう。紹介するから相談してもらうといい」
マードック工房長はそう言うと、インターフォンを通じて誰かを呼び出しているようだった。
「もしかして、そのラッセル博士を呼び出したの?」
エステルの質問にマードック工房長は首を横に振った。
「ラッセル博士は中央工房とは別に、街に個人的な研究所を構えていてね。普段はそちらで研究をしてもらっているんだ」
「……してもらってるって、何か引っかかる言い方ね」
マードック工房長の言葉を聞いたアスカは察したようにそうつぶやいた。アスカの反応を見たマードック工房長は冷や汗を額に浮かべた。
「ここへ呼んだのはラッセル博士のお孫さんだよ。その子に君たちを案内して欲しいと思ってね」
そう言ってマードック工房長は柔和な笑みを浮かべた。
「えとえと、失礼します」
聞き覚えのある声と共に部屋へと入って来たのは、カルデア隧道で出会ったティータだった。
「あれれ、お姉ちゃんたち?」
ティータはエステルたちの姿を見て驚きの声を上げた。
「おや、君達は顔を合わせていたのかね?」
「うん、ツァイスの街に来る途中で会ったの」
マードック工房長が尋ねると、エステルは笑顔でうなずいた。
「それじゃあティータがラッセル博士の孫って事?」
「あ、おじいちゃんに用事があるんですか? それならわたしのお家にご案内しますね」
アスカの質問を聞いたティータは、ニッコリとした笑顔で答えた。
「よろしく頼むよ。そうそう、何か判ったら私にも教えてくれ。私も技術者の端くれとして興味があるからね」
「分かりました」
マードック工房長の言葉に、ヨシュアはそう答えた。
「まさかティータちゃんが来てくれるとは思わなかったわ」
工房長室から出たエステルは笑顔で声を掛けた。
「アンタがあの有名なラッセル博士の孫娘だったなんて。だからその歳でそんな知識があったのね。でも、アタシも14歳で大学を出たんだからね」
「アスカ、何を張り合っているんだよ」
胸を張ってティータを見下ろすアスカに、シンジは大人げないとウンザリとした顔でツッコミを入れた。
「おじいちゃんはともかく、あたしはただの見習いですから」
ティータは照れたように顔を赤くしながらそう言った。
「それでおじいちゃんに何の御用ですか? 遊撃士のお仕事と関係あるんですか?」
「詳しい話はおじいさんに会った時にさせてもらうよ」
ティータに尋ねられたヨシュアはそう答えた。
「分かりました。えとえと、それじゃわたしのお家に案内しますね」
エステルたちはティータに先導されて中央工房を出て、ツァイスの街にあるラッセル博士の自宅兼研究所に向かうのだった。
5
ラッセル博士の家はツァイスの街の南西にあった。外から見てもいかにも研究所と言った外見の家の中に入ると、住居部分は一般的な普通の家だった。
「何よ、お掃除ロボットの〇ンバとか、〇ッパーが出迎えがあったりすると思ったのに」
「アスカ、どんな想像をしていたんだよ」
アスカがガッカリした感じでそう言うと、シンジはウンザリとした顔でため息をついた。ティータは困った顔で作り笑いを浮かべていた。
「えっと、おじいちゃんは研究所の方に居ると思います」
そう言ってティータが指し示したのは、固い金属で造られていると思われるドアだった。そのいかついドアの向こうが研究所なのだろう。
「おじいちゃん、ただいまぁ」
研究所に入ったティータは背を向けて作業に没頭する老齢の博士に声を掛けた。
「これをこうすれば……ふぬぬぬぬ……!」
ラッセル博士にはティータの声が届いていない様子だった。
「あの、あたし遊撃士のエステル・ブライトって言います」
エステルがラッセル博士の真後ろに立って声を掛けるが、ラッセル博士は作業に夢中になっていて振り返りもしない。
「で、できあがりじゃあああっ!」
ラッセル博士は持っていたスパナを振り上げて笑顔で万歳をした。
「ひえっ!?」
近くに居たエステルはたまらず悲鳴を上げた。
「やった、わしはやり遂げたぞ! 遂に完成だあああっ! さすがワシ! 天才じゃワシ! 早速テストじゃっ!」
「うわああっ!」
エステルはラッセル博士のラリアットを顔面に食らって尻もちをついて倒れ込んでしまった。
「ごめんなさい、おじいちゃんは発明に熱中すると周りの事が見えなくなって……また新作の装置が完成したようなんです」
ティータはそう言ってエステルに手を差し出して謝った。
「いかにも天才奇才って感じね」
アスカは褒めているのか貶しているのか分からない様子でつぶやいた。ラッセル博士はエステルたちの目の前で珍妙な機械を動かそうと作業をしている。ティータはもう一度ラッセル博士に声を掛ける。
「おじいちゃん、このお姉ちゃんたちが相談したい事があるんだって……」
「ん……?」
ラッセル博士は振り返ると、ティータの姿に気が付いて笑顔になった。
「おお、ティータ! 良いタイミングで帰って来たな! 今から起動テストをするからデータ収集の補助をしてくれ」
「でも、あのね……」
ティータは泣きそうな困った顔で答えた。
「今度の発明品は、生体スキャンを無効にするオーブメントじゃ。特殊な導力波を発生させてスキャンをごまかすわけじゃよ」
「すっごーい!」
ラッセル博士の説明を聞いたティータは目を輝かせた。するとティータはエステルたちをそっちのけでラッセル博士と一緒に複雑そうな装置を動かし始めた。
「アンタたちねえ……」
アスカはあきれた顔でため息をついた。
「そこの黒髪の!」
「ボ、ボク!?」
ラッセル博士に突然呼ばれたシンジは困惑した顔で返事をした。
「ぼーっとしていないで、コーヒーを入れんか! 小腹が減ったから目玉焼きも頼むぞ。黄身はカチカチに固いやつじゃ」
「は、はいっ!」
「シンジ、僕も手伝うよ」
シンジとヨシュアはキッチンへと走った。
「次に、そこの触角みたいな髪の!」
「あ、あ、あんですって~!?」
ラッセル博士がツインテールのエステルに向かってそう言うと、エステルは大声で怒鳴り返した。アスカはお腹を抱えて笑い転げている。
「二階の本棚から『導力波と斥力値』と言う本を持って来い! ほらほら、そこのダンゴムシみたいに転げているやつもじゃ!」
「ダンゴムシぃ!?」
アスカは怒ってラッセル博士を睨みつけるが、ラッセル博士はアスカを無視して機械の方を向いてしまった。エステルとアスカは大きなため息をついてラッセル家の二階へと向かうのだった。
「おじいちゃん、こっちは準備完了だよ」
「さすが我が孫娘、手際が良いな」
ティータが笑顔でそう言うと、ラッセル博士も満足そうに微笑んだ。
「あれ? そう言えば、お姉ちゃんたちは?」
エステルたちの姿が見えない事に気が付いたティータは不思議そうな顔で部屋を見回した。ラッセル博士はふと思い出したようにつぶやいた。
「そういえば、見慣れない若いのが居たが、マードックが寄こした新しい助手かのう?」
「お、おじいちゃーん……」
ティータの泣きそうな悲鳴が研究室に響くのだった。