アスカとシンジは、空の軌跡の世界で本当の幸せを見つけた ~アスカ・ブライト!~   作:朝陽晴空

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第三話 飲酒は20歳から、遊撃士は16歳から

 

「えーっ、遊撃士になれない!?」

 

 夕食の席でカシウスの話を聞いたアスカは、テーブルにドンと手を付けて身を乗り出した。遊撃士の話を聞いたアスカは、やる気満々で腹ごしらえとばかりにエステルの焼いたハンバーグを平らげたのに、はしごを外された形だ。

 

「遊撃士になるための試験を受けるには、16歳以上と言う条件があるんだよ」

 

 綺麗にエステルの料理を食べて、食後のお茶をすすっているヨシュアは涼しい顔でそう説明した。ちなみにエステルのハンバーグはヨシュアの手伝いのおかげもあってか、アスカとヨシュアも合格点をつけるほどの出来だった。むしろ牛や豚よりも良い肉を使っているので、HPと言うステータスがあれば、回復するほどのものだ。

 

「じゃあアタシ達、二年も足止めされなきゃならないの?」

 

 アスカはウンザリした顔になってテーブルにうなだれてあごを着いた。行儀の悪い行為だが、もう既にアスカは猫を被るのを止めており、家族に対するものと同じように素直に感情を表していた。

 人見知りするシンジは親しくなった相手にはストレートにものを言う性格だが、まだアスカほどブライト家には馴染んではいない様だ。こうして同じ食卓に付いている時も、特にヨシュアの顔色をうかがっていた。

 

「だが、遊撃士試験を受ける前にその準備をする事は出来る。差し当たってアスカとシンジがする事は、この世界の知識を身に着けるために学校に通い、身体を鍛える事だな」

「学校なんて、大丈夫かな……」

 

 カシウスの言葉を聞いたシンジは不安を漏らした。元居た世界の学校でも、シンジの成績は褒められたものではない。保護者の女性からも勉強をおろそかにするなと叱られたほどだ。特に数学や理科の計算式など見るのも嫌だ。

 

「平気だよ、遅刻と居眠りの常習犯であるエステルでさえ通えているんだから」

「あ、あんですってー!?」

 

 食器を片付けて居たヨシュアがそう言うと、エステルは椅子から立ち上がって怒鳴った。アスカの『アンタ、バカァ!?』に匹敵する口癖の様だ。エステルの場合の『あんですって』には8種類のバリエーションがあるらしい。

 

「安心して、教会の日曜学校だから小さな子も一緒だよ」

 

 ヨシュアは本棚から本を取り出すと、椅子に座っているアスカとシンジの席の前のテーブルの上に広げた。絵が大きく描かれ、絵本のようなものだとは理解できたが、二人は書かれている文字を見て石像の様に固まってしまった。一文字も読めない!

 

「そう言えば、どうしてボク達は話す事が出来るんだろう?」

「もしかして、このインターフェイス・ヘッドセットのせいじゃない?」

 

 シンジの疑問に答えたアスカは髪留め代わりに使っているインターフェイス・ヘッドセットを触った。この器械はエヴァンゲリオンに操縦者の脳波を飛ばすものだと博士が説明していた事を思い出す。

 試しにアスカは頭からヘッドセットを外してエステルに「こんにちは」と言ってみると、難しい顔をしたエステルの口からは理解不能な言語が発せられる。アスカは青い顔になって慌ててヘッドセットを装着する。

 

「アスカ、今あたしに何て言ったの?」

「アタシ達の国の言葉で、こんにちは、よ」

「凄い! やっぱり二人は外国から来たんだね!」

 

 エステルはキラキラを目を輝かせて喜ぶが、二人はそれどころでは無かった。翻訳機となっているヘッドセットが壊れれば、文字は読めない、言葉は通じないと、最大のピンチを迎えてしまうのだ。

 

「あの、機械とかに詳しい人って居ませんか?」

 

 事態の深刻さを理解したシンジは血相を変えてカシウスに尋ねる。カシウスは二人の狼狽振りに首を傾げながらも質問に答えた。

 

「ロレントの街に行けば、《メルダース工房》があるが……」

「直ぐにでも連れて行ってください! この器械が壊れたら、ボク達はあなた達と話すことが出来なくなるんです!」

「何だと!?」

 

 シンジの話を聞いたカシウスは顔色を変えた。アスカとシンジの身に着けている器械が同時に壊れてしまう事は考えにくいが、筆談も出来ない状態で放り出されては、二人はまた世界から孤立してしまう。カシウスは留守をエステルとヨシュアに託すと、アスカとシンジを連れてロレントの街に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

「こいつは……複雑な器械だな。だが、動力源が電気とは、古臭いものを持って来たな。バッテリーの充電ならば、導力機でも可能だ」

 

 メルダース工房の導力技師はシンジのヘッドセットを分解すると、電池の充電や修理ならば出来ると告げた。とりあえずヘッドセットが電池切れになり、会話が出来なくなる危機は回避できた。

 一安心したシンジは興味深そうにメルダース工房の中を見回す。様々な導力器に交じって、置かれていた導力銃に目を止めた。

 

「シンジ、導力銃に興味があるのか?」

「あっ、魔獣と戦う事になったら、どんな武器が良いかなと思って」

 

 カシウスに声を掛けられたシンジは振り返ってそう答えた。シンジはエヴァの操縦訓練では射撃訓練をしつこく行っていた。その経験を活かせないかと考えていたのだ。

 

「よし、ならば導力銃を一つ、シンジにプレゼントしてやろう」

「そんな、悪いですよ」

 

 シンジは遠慮をしたが、カシウスはメルダースと相談し、初心者であるシンジにも扱い易い、照準の合わせやすい導力銃を選んだ。工房にある導力銃は修理に出された物で、販売は武器屋で行っている。

 

「シンジばかりズルい、アタシにも何か買ってよ!」

「アスカはさっそくパパにおねだりか」

 

 頬を膨れさせたアスカがそう言うと、カシウスは穏やかな笑みを浮かべて呟いた。エステルにスニーカーをねだられて、女の子らしいものに興味を持って欲しいと嘆いた事があったが、まさか新しい娘にねだられる最初の品物が武器とは皮肉なものだ。

 

「まだアタシはアンタをパパって呼ぶつもりはないからね」

 

 アスカはそう言って顔をプイっと横に向ける。その子供のようなすねた仕草は可愛いものであり、同じく反抗期に突入したエステルを思わせる。遠慮をせず、ストレートに感情を表現してくれるのは嬉しい事だとカシウスは思った。

 

「まあ、呼び方は何でも構わんさ」

 

 カシウスはアスカとシンジに向けてそう言い放った。もちろん、娘にパパと呼ばれる方が活力がみなぎって来るものだが、エステルも最近は父さんと呼ぶようになって、幼い頃の様にパパとは呼んでくれない。入浴や添い寝も……流石にそれはできないか。

 夜も更けたところで商店街の店主達に迷惑を掛けるのは気が引けるが、せっかく工房に足を運んだついでだ、カシウス達は雑貨屋《リノン総合商店》で二人の日用品を買い、《エドガー武器商会》で武器を買い求めた。

 

「ほら、お前さんの導力銃だ。銃を収めるホルスターもサービスしておくよ」

「ありがとうございます!」

「何時でも遊びに来てくれ、ヨシュアの弟なら大歓迎さ」

 

 ヨシュアはこの武器屋でアルバイトをしている、店主のエドガーと妻ステラはヨシュアを可愛がっていた。またヨシュアは武器の知識に詳しく、店に来る客にも店主顔負けのアドバイスをするので頼りにされている。

 武器選びに悩んだのはアスカの方だった。アスカは元居た世界ではエヴァンゲリオン弐号機に乗り、ソニックグレイヴと言う薙刀状の武器を愛用していた。しかし先端が金属で作られた長柄武器は重くて振り回し辛い。レイピアのような細剣なども試してみたがしっくり来ない。結局エステルと同じ棒術で戦う事になった。

 

「明日から、みっちり鍛えてやるからな」

 

 カシウスはアスカの肩に手をかけ、ニコニコ顔で声を掛ける。アスカは大きくため息を付きながらも、手に握り締めた棒状の武器を手放そうとはしなかった。そしてエステルとおそろいになるとは分かりつつも、真っ赤な色の物を選んだ。

 

「カシウスさん、嬉しそうだね」

 

 店主のエドガーがカシウスに声を掛ける。エドガーの話によると、棒術使いは珍しく、ロレントの街では娘のエステルしか使い手が居ない。カシウスは昔は剣聖と呼ばれるほどの剣の達人だったが、軍を退職して遊撃士になった時に武器を棒術に変えたらしい。

 

「戦闘力を落としてまで、どうして武器を変えちゃったワケ?」

「棒術は剣術に比べて、防御に重きを置いているからな。アスカもその棒術でシンジを守ってやれ」

 

 カシウスはおどけた口調でアスカに声を掛けたが、その思いは本気だ。棒術は遊撃士の理念を体現する武器だとカシウスは考えていた。敵を斬る事に特化した剣術には無い、力無き者を護る力がある。

 目的を終えた三人はすっかり暗くなった街道を、家路に向かって歩いていた。武器屋を出てから、カシウスの表情は影があるように見えた。それは周りが暗いせいでは無かったと、アスカとシンジはカシウスの言葉を聞いて知る事になる。

 

「……お前達、愛する人は居るか?」

 

 カシウスの言葉を聞いたアスカとシンジは視線を交差させた。お互い嫌ってはいないが、まだ愛していると言えるほどでもない。これからそのような関係になる事を否定することも出来ないが。

 

「愛する人が居る事は幸せな事だ、大切しろよ。……もしも、愛する人を失ったとしたら……それは辛い事だ。そんな事があったら……俺みたいな腑抜けた奴になるかもしれんな……」

 

 先ほどのカシウスが武器を剣から棒に変えた話に関係があると二人は思った。カシウスがそれほどの後悔を抱えている事とは何だろうか、エステルの母親の姿がない事に関りがあるのか……。ダイニングキッチンに置かれている写真立てに、エステルの母親の写真が飾られている事に二人は気が付いていた。

 

「何をしんみりしているのよ、アンタにはまだエステルが居るじゃない。それにヨシュアやアタシも、シンジだってさ」

 

 覇気をなくしている様に見えるカシウスに、アスカが励ます様に声を掛ける。

 

「そうだな。だが、お前達にも同じ思いはして欲しくない。遊撃士を目指して、街の外に出る事は危険が伴う。気を付けろよ」

 

 真剣な目をして語るカシウスに、アスカとシンジはしっかりと頷いた。街道を歩いていた三人は、帰るべき家の間近まで来ていた。しんみりした表情はこれまで、アスカは笑顔で玄関のドアを開けて「ただいま」と言った。

 

 

 

 

 

 

「それにしても、女っ気の無い部屋ね……」

 

 アスカはエステルの部屋を見回してあきれたようにため息を付いた。戸棚に並べられているのはスニーカー、壁に立てかけられた虫取り網、釣り竿、棒術用の武器。机の上には口を開けた、中身のヒヨコの縫いぐるみが飛び出したビックリ箱が置かれている。まるで少年のような部屋であるが、立派な化粧用の鏡台が唯一女性らしさを主張していた。

 

「でもこの鏡台はなかなかの物じゃない」

「それって母さんの形見なんだ」

 

 アスカが鏡台に言及すると、エステルは沈んだ声でそう言った。この家に来て初めてアスカが目にする、エステルの影のある表情だった。やはりエステルの母親は亡くなっていたのかとアスカは思った。

 

「その鏡、アスカが使ってくれたら母さんも喜ぶと思う。あたしはお化粧とかあまりしないから……」

「それなら、アタシが教えてあげるわ。エステルも口紅の一つくらい、付けなさいよ」

 

 この鏡台に座ると言う事は、母親と向き合う事だ。それをエステルは化粧に興味がないと言う理由を付けて避けている。悲しい事だとアスカは思った。自分は母親を見ていたのに、母親は自分を見てくれなかった、と言う過去を思い出し、アスカの胸は痛くなった。

 だからエステルには母親から目を逸らさないで欲しいと、まだエステルの母親が亡くなった事情を知らないアスカはそう思った。

 

「えっと……アスカのお母さんはどんな人なの?」

「アタシのママもね、アタシが小さい頃に死んじゃったの。アタシの目の前で首を吊って自殺したのよ」

 

 エステルはアスカの言葉を聞いてハッと息を飲んだ。異世界に帰る事を諦めてこの世界で暮らす事を選んだアスカだ、母親が生きていたら必死に帰ろうと足掻いて居たに違いない、だから母親が亡くなっていたかもしれないと、ある程度予感はしていた。しかし自分と同じく母親の死を目撃してしまっていた事にショックを受けた。

 

「あたしの母さんもね、あたしが小さい頃、あたしの目の前で死んじゃったの」

 

 エステルの言葉を聞いたアスカが驚くのが分る。それでもエステルは自分の話を止められなかった。今日であったばかりのアスカに、ヨシュアにも話していない母親が死んだ時の事を話すとは思ってもみなかった。

 エステルが小さい頃、百日戦役と言うリベール王国とその北にあるエレボニア帝国の間で戦争が起きた。突然の帝国の侵攻に、帝国に近いリベール王国の領土の3分の1近くがあっという間に占領された。

 しかし、リベール王国軍は反攻作戦を展開。攻めて来た帝国軍を孤立させ、包囲する事に成功した。好奇心旺盛だったエステルは、帝国軍の姿を見ようとロレントの街の中央にある時計台に登ってしまったのだ。

 そして時計台の上に居るエステルの姿に気が付いた母親のレナは、エステルを連れ戻そうと時計台の上へと登り、エステルを保護するが、その直後、包囲されヤケになった帝国軍の残党は、戦車で時計台に砲撃を加えた。

 砲撃を受けて崩れ落ちる時計台が瓦礫の山と化した時、レナはエステルを守るように抱き締めていた。レナに守られたエステルは傷一つなかった。騒ぎを聞きつけて駆けつけたカシウスに、レナは胸に抱いたエステルを渡して息絶えた。

 

「あたしが父さんの言い付けを破って時計台に行かなければ、母さんは死なずに済んだのに、って思ったわ。父さんは自分を責めるなって言ったけど、あたしも何か償いみたいな事をしてみたくなって遊撃士を目指す事にしたんだ」

 

 エステルの長い独白を聞いて、アスカは深々とため息を付いた。今まで自分は世界で一番不幸だと思い込んでいたが、目の前に居る自分に似た容姿の少女、エステルがその様な暗い過去を抱えていたなどと、思いもよらなかった。

 そしてアスカは自分も誰にも話した事のない、自分と母親の過去を話す決意を固めた。自分もエステルの悲しみを理解していると示したい気持ちがあった。

 

「アタシもエステルに話さないといけないわね、ママが死んだ時の事を。解らない事があると思うけど、聞いてくれる?」

「もちろんよ!」

 

 真剣な表情でエステルが話を聞く態勢に入ったのを見て、アスカは話し始める。アスカの母親は惣流=キョウコ=ツェッぺリン博士と言い、人造人間エヴァンゲリオンの研究をしていた。

 小さい頃、アスカは母親のキョウコと近くの向日葵畑でかくれんぼをして遊んだり、母親に甘えて過ごしていたが、ある日そんな幸せな日々が終わりを告げる。人造人間エヴァンゲリオンの起動実験が失敗に終わった後、キョウコは精神に異常をきたしてしまったのだ。

 病院に入院したキョウコはサルの縫いぐるみを自分の娘だと思い込むようになり、アスカの事は『知らない他所の子』と認識するようになってしまった。アスカがいくらキョウコに「ママ」と呼びかけても、キョウコはアスカの顔を見ようともしない。

 目の前でぬいぐるみを赤ん坊のようにあやす母親を見て、アスカは深い悲しみに襲われた。そしてある日、キョウコに会いに病室を訪れると、キョウコはサルの縫いぐるみと並んで首を吊って死んでいた……キョウコは自分の娘と心中を図った。その第一発見者がアスカになってしまった。

 

「アタシ、今でも見る事があるの。病院に行くと、ママが首を吊って死んでいる夢……」

「あたしも、時計台が崩れた後、母さんが息絶えてしまう夢を何回も見た」

 

 アスカとエステルは、お互いの心の傷をなめ合うかのように抱き合った。強い共感を覚えた、二人はこれから姉妹として暮らしていく絆が深まった様に感じた。

 

「でも、泣いてばかりも居られないわ。アタシ達は前を向いて、遊撃士を目指して進むしかないのよ」

「分かってるって!」

 

 身体を離したアスカとエステルはグータッチを交わした。過去の不幸な出来事は変えられない、ならば明るい未来に向けて突き進むのみ。

 

「アスカ、寂しくなったらあたしが居るからね」

「エステルも、アタシが側に居るから安心しなさい」

 

 ベッドの上にはアスカ、そのすぐ横には毛布を掛けたエステル。二人は手を繋いで就寝する。ブライト家に来て初めての夜、アスカは安らいだ思いで眠った。

 

 

 

 

 

 

「ヨシュアさんって、きれい好きなんだね」

「……習慣として身についているだけだよ」

 

ヨシュアの部屋を見回したシンジは部屋の中の物が隅々まで整理整頓されている事に驚いた。部屋には必要最低限の物しか無い。本棚に納められているのも武器の解説書などの実用書ばかりだ。

 その他に目につくものと言えば、ヨシュアの武器である双剣と手入れ道具、机に置かれたハーモニカだ。実用的な物しかない部屋の中で、鈍い光を放つハーモニカだけが異彩を放っていた。

 

「ヨシュアさん、ハーモニカを吹くんですか?」

「まあ、何となくだけどね」

 

 シンジの質問に、ヨシュアは素っ気なく答えた。ヨシュアにとってこのハーモニカは思い入れのある品だが、深い事情までシンジに話すつもりはなかった。気安くハーモニカの事に触れてくれるな、と言う雰囲気に気が付かないシンジはそのまま話を続ける。

 

「ボクも人に勧められて、何となくでチェロを続けていたけど、偶然聴いたアスカが拍手をして褒めてくれたんだ。ヨシュアさんもそんな事無かった?」

 

 シンジの言葉を聞いたヨシュアの頭に思い浮かぶ場面があった。ヨシュアもこの家に来てまだ馴染め無かった頃、自分の故郷を思い出す『星の在り処』と言う曲をハーモニカで吹いていた時、2階のバルコニーでエステルに聴かれて拍手された経験があった。

 

「……そんな事もあったかもしれないね」

 

 ほんの些細なものだが、シンジとの共通点を見出したヨシュアは口角を上げて笑った。今までヨシュアは全くシンジ自身に興味を持っていなかった。自分からエステルを奪うかもしれない危険な存在、とも認識していた。

 しかし、少し前のバルコニーでのアスカとシンジの話から、シンジはアスカに好意を持っているようだ。その気持ちを後押しして二人をくっ付けてしまえば、シンジはエステルには手を出さない。ヨシュアの心にそんな打算が生まれた。

 

「ゴメン、ヨシュアさんはエステルさんが好きなんだよね」

「何を謝っているのさ」

 

 突然のシンジの言葉に不意を突かれたヨシュアは、苛立ちを隠せなかった。そう言えばアスカも自分にニヤニヤと視線を送っていた。自分では冷静に振舞ったつもりでも、感情を抑えきれて居なかったのか。

 

「その気持ちは解るよ、ボクだってアスカを誰かに奪われるのは嫌だから」

 

 そのシンジの言葉を聞いたヨシュアは、どうやら自分はシンジの事を誤解していたらしいと思った。シンジは気弱で大人しく、優しいだけの少年だと捉えていた。だが自分に似たものを持っていると分かった途端、強い親近感を覚えた。

 

「僕の事はヨシュアって呼び捨てにしてくれても構わないよ、シンジ」

 

 心からの笑顔を浮かべてヨシュアがシンジにそう言うと、シンジは驚いた顔で固まってしまった。出会った時から鋭い視線を向けて来たヨシュアに嫌われないようにしようと、顔色を見ながらシンジは過ごしていたからだ。

 

「家族だから当然だよ」

 

 ヨシュアが再度声を掛けると、シンジは明るく晴れやかな笑顔になった。今までシンジの気弱そうな表情しか見て来なかったヨシュアにとって、それは心を打たれるものがあった。もしアスカもこの様な笑顔を見せてくれるのならば、自分の弟や妹にしても良いかもしれない、とヨシュアは思うのだった。

 

「ありがとう、ヨシュア」

 

 歳の近い兄が出来た事をシンジもまた、喜んでいた。元居た世界では兄や姉と呼べるような存在は居たが、歳は15も離れていて、少し遠くに感じていた。異世界に来た事により、同級生の友達とも別れる事になってしまった。親友とも最愛の兄とも言えるヨシュアとの出会いに、シンジは心から感謝した。

 

 

 

 

 

 

 次の日から、本格的にアスカとシンジの異世界生活は始まりを告げた。朝起きたアスカ達は、家事の分担表に従って朝食の料理、洗濯、掃除等の家事を行う。シンジが驚いたのは、アスカが一通りの家事をこなしている事だった。洗濯物はキチンと折り目正しく畳むし、掃除も部屋の隅までキッチリと、料理の段取りも悪くない。それならば元居た世界でも家事をしてくれれば良かったのに、とシンジは独りごちたが、それだけシンジの優しさにアスカが甘えていたのだった。

 朝の家事が終わった後は、午前の鍛錬に時間になる。エステルとアスカはカシウスの指導を受けながら棒術の組み手を行い、ヨシュアはシンジの銃の訓練を助けていた。銃は接近戦に弱い事もあって、切り札的にヨシュアと同じ双剣を鍛えていた。

 ロレントの街の日曜学校では、エステルと同じ年齢の女子、エリッサとティオと友達になった。同じ年齢の男友達が居ない事をシンジは残念がったが、パットとルックと言う年下の男の子とは仲良くなれた。

 

「ねえねえ、みんなで虫取りに行こうよ!」

「アンタねえ、もういい加減男の子の遊びは卒業しなさいよ」

 

 ある日、エステルがロレントの街の南に広がるミストヴァルトの森での昆虫採集を提案すると、アスカはあきれ顔でため息を吐き出した。せっかく口紅を付けるように習慣付けたのに、中身は少年のままだ。結局エステルに押し切られる形で四人はミストヴァルトの森へ行く事になってしまった。

 

「エステルは二人に『伝説のアノ虫』を見せたくてたまらないみたいだね」

 

 ヨシュアは昔を懐かしむような遠い目をして、アスカとシンジにそう話した。ヨシュアによると、自分がブライト家に来てから毎日のように、エステルは心を閉ざしていたヨシュアを驚かせようと、様々な虫をヨシュアのもとへと持って来た。最初はダンゴムシ、それからオニヤンマ、マルガオオトカゲ、人面蛾、いぶし銀ジャンボカマキリ、タツノオトシゴ・ダブルとなり、ついに両手で抱えるほどのカブトムシをヨシュアに差し出したらしい。

 

「両手で抱えるほどのカブトムシって、本当に居るの?」

 

 ヨシュアの話を聞いたシンジは信じられない、と言った表情をした。もしかして魔獣の一種ではないかと思ったが、ヨシュアによれば魔獣ではないと言う。どうしてエステルがその『伝説のアノ虫』をアスカとシンジの二人に見せようと思っているのか、その理由をヨシュアはこう話した。

 

「僕は父さんに強引に連れて来られてから、何度も家から逃げ出そうとする度に連れ戻されて居たけど、エステルに『伝説のアノ虫』を見せられた日から、逃げようとする事を止めたんだ。だから、エステルは二人にずっと家に居て欲しいと思ったんじゃないのかな」

「ふーん、なるほど、そんな思い出があるのね」

 

 アスカはニヤニヤ顔でヨシュアを見つめている。全くこんな事なら話さない方が良かったよ、とヨシュアは面倒臭そうに顔を逸らす。三人が話している間にも、エステルはずんずんと森の奥へと入って行く。放って行くわけにもいかず、慌てて追いかける。

 すると、ブーンと言う羽音と共に、ガサガサと茂みをかき分け、エステルが泡を食って森の奥から引き返して来た。何があったのかは三人にも理解できた。エステルは蜂の巣をつついてしまい、蜂の群れに追いかけられている。自分達も逃げなければならない。

 エステルに腕をつかまれたアスカは、大きな池まで引っ張られた。飛び込んで蜂の群れをかわそうと考えているようだ。そして四人は池に飛び込む。蜂の群れは目論見通りに頭上を通過した。

 

「あはは、アスカの顔ってば面白い!」

「そう言うエステルの顔だって!」

 

 水面から出したお互いの顔を見て、お腹がよじれるほど笑う。『伝説のアノ虫』は見つけられなかったが、四人にとって思い出がまた一つ増えた。こうして温かいロレントの街の人々と、豊かな自然に囲まれたアスカとシンジはこの世界での生活を二年間体験し、そして遊撃士になるための講習を受ける日を迎える事になる。

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