アスカとシンジは、空の軌跡の世界で本当の幸せを見つけた ~アスカ・ブライト!~   作:朝陽晴空

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第四十二話 深夜の王都、危険な密会!?  忍法、分身の術

 

 エステルとアスカがホテルの部屋へ戻ると、直ぐに血相を変えたシンジがドアをノックしてヨシュアと一緒に部屋へ転がり込むように入って来た。

 

「どうしたのよシンジ、そんなにあわてて?」

「部屋に戻ったら手紙が置いてあったんだ!」

 

 アスカに尋ねられたシンジは、一通の便箋をアスカに見せた。

 

「ラブレター!? シンジのクセに生意気っ!」

 

 そう言ってアスカはシンジの首を腕で絞めてヘッドロックをかました。

 

「……と言う冗談はさて置いて、何が書いてあるの?」

 

 アスカは腕の力を緩めると、シンジにそう尋ねた。シンジの頭には押し付けられたアスカの柔らかい胸の感触が残った。あの時ちょっと触っておけば良かったかなと思うシンジだった。

 シンジが便箋を開くと、整った文字で『今夜10時、大聖堂まで来られたし。他言無用』と書かれていた。差出人の名前は無い。大聖堂はホテルのある北街区から離れた西街区にある。

 

「うーん、怪しげ満載な手紙ね。ワナじゃないの?」

 

 エステルは眉間にしわを寄せてそうつぶやいた。

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うよ」

 

 シンジはことわざを持ち出してまで積極的な発言をした。

 

「ここは誘いに乗ってみるのも手じゃない?」

 

 アスカもそう提案すると、エステルも乗り気になった。

 

「ダメだ!」

 

 ヨシュアが大声でそう言うと、エステルたちは目を丸くした。

 

「驚かせちゃってごめん。兵士たちが夜の巡回を強化するって話していたじゃないか。見つからずに礼拝堂まで行くなんて無理だよ」

「何を怖気づいているのよ、アンタらしくもない」

 

 アスカは腕組みをしてヨシュアを睨みつけた。

 

「だけど、放っておくのもスッキリしないじゃない」

 

 エステルがそうヨシュアをなだめると、ヨシュアは真剣な表情でエステルを見つめる。

 

「……だから僕が一人で確かめに行くよ。四人で行動すると見つかりやすいからね。様子を見に行くだけだから、僕一人で充分だよ」

 

 ヨシュアがそう言うと、エステルたちは厳しい表情でヨシュアを睨みつけた。

 

「アンタバカァ!? アタシたちだって遊撃士よ。自分の身は自分で守れるだけの力はあるわ」

「そんなもっともらしい事を言ってごまかそうとしたってそうはいかないんだからね!」

 

 アスカとエステルは怒り心頭に発した様子でヨシュアに噛みついた。シンジはヨシュアの肩に手を掛ける。

 

「ヨシュア、キミの負けだよ」

「……分かったよ」

 

 ヨシュアはそう言ってため息を吐き出した。

 

「ねえ、もしかしてヨシュアは手紙の主に心当たりがあるの?」

「どうしてそう思うんだい?」

 

 エステルに指摘されたヨシュアは驚いた顔で尋ねた。

 

「あたしはヨシュア観察の第一人者だから、分かるわよ」

 

 そのエステルの言葉を聞いたヨシュアは小さな声でつぶやく。

 

「……もう、これまでかな……」

 

 アスカが部屋の時計を見て声を上げる。

 

「10時まで、もう時間が無いじゃない! 急ぐわよ!」

 

 アスカに急かされる形でエステルたちは部屋を出たのだった。

 

 

 

 

 ホテルから出たエステルたちは兵士たちがパトロールしているのを目撃した。四人で隠れられる物陰はそうそう多くない。苦戦するのは確実だった。それでもヨシュアは兵士たちの視線をかいくぐる事の出来るルートを見つけてエステルたちを誘導する。

 アスカはヨシュアの優れた観察力と無駄のない動きから、ヨシュアは過去にスパイ活動をしていたのではないかと推測した。さらに《漆黒の牙》と言う戦技から察するに、暗殺者だった可能性も考慮に入れた。

 ヨシュアは今居る北街区から直接西街区に向かうのは無理だと判断して、東街区へ行くように指示を出した。『急がば回れ』と言ったことわざがあるが、まさにその言葉が当てはまる状況だった。

 途中に立ち寄ったグランセル空港の発着場には、王室親衛隊の飛行艇《アルセイユ》が泊められていた。王国軍の手に落ちてしまったのだろう。ユリア中尉や王室親衛隊の姿は近くに無かった。

 東街区は帝国大使館と共和国大使館があり、入口には警備の兵士が立っている。エステルたちは極力近づくのを避けた。東街区では兵士が巡回する広場を突っ切る形となり、エステルたちの緊張は高まった。

 南街区に居る兵士たちは直線的に街道を行ったり来たりを繰り返していた。規則的な動きを何十回も繰り返す兵士の熱心さには頭が下がる。それだけに突破のタイミングは計りやすかった。

 いよいよ大聖堂のある西街区にたどり着いたエステルたち。円を描くように巡回する兵士を交わすために取った方法は、兵士の背後をついていくと言うものだった。兵士が気まぐれで振り返ったら一巻の終わり。大きな賭けだった。さらに後続の兵士にも見つからないように歩調を合わせて進まなければならない。

 四人で前の兵士と後ろの兵士の間を歩くのはとても難しい事だった。ヨシュアの話していた通り、一人で来た方が楽だったと思ったがここまで来たら引き返せない。何度もタイミングを見計らって、エステルたちは大聖堂の前までたどり着いた。

 

「今までの仕事の中で一番緊張したわ……」

 

 アスカは肩で息をしてそうつぶやいた。帰りも頑張らなければいけないとなるとさらに気が重くなった。

 

「トラップが仕掛けられているかもしれない、僕が先に入って確認するよ」

 

 ヨシュアに続いてエステルたちが大聖堂の中に足を踏み入れると、ヨシュアはホッと安心したように息を吐き出した。

 

「僕の勘違いだったみたいだ」

 

 ポツリとそうつぶやくヨシュア。大聖堂の教壇の前に立っていたのはエルベ周遊道で出会ったシスター・エレンだった。

 

「あの時はありがとうございました。私の伝言でここまで来ていただき、感謝しております」

 

 エレンは可憐な声と笑顔でエステルたちにお礼を言った。

 

「お芝居はそのくらいにしたらどうですか、ユリア中尉」

「えっ!?」

 

 ヨシュアの言葉にエステルは驚きの声を上げた。

 

「ヨシュア君はさすがに鋭いな。王室親衛隊・中隊長、ユリア・シュバルツだ。覚えてくれていて何よりだ」

 

 そう言ってユリア中尉が頭の頭巾を取ると、紛れもないユリア中尉の顔が露になった。

 

「アタシたちをこんな時間にこんなところまで呼び出すなんて、どういう理由かしら?」

 

 王国軍の兵士とのスパイアクションをさせられたアスカは不機嫌な顔でユリア中尉に尋ねた。ユリア中尉は七耀教会とリベール王家には深い信頼関係があり、リシャール大佐の陰謀によって指名手配犯となったユリア中尉をシスターとして匿ってくれているのだと話した。

 

「君達を呼び出した要件についてだが、武術大会の明日の準決勝で勝利したら、君達は宮中晩餐会に招待される事になる。その機会に、グランセル城の女王宮にいる女王陛下と会う事をお願いしたい」

 

 ユリア中尉がそう言って頭を下げると、アスカは自慢気な顔で言い返した。

 

「偶然ね。アタシたちも女王様に会うために武術大会に出場しているの。まあ、アタシたちの優勝は確実だけどね」

 

 驚くユリア中尉に、エステルたちはラッセル博士の依頼の事を話した。

 

「なるほど、そんな事があったのか……」

 

 ユリア中尉は納得した様子でつぶやいた。

 

「でも武術大会の出場者ならジンさん達も居るけど、どうしてあたしたちを呼び出したの?」

「そりゃあ、ぶっちぎりで優勝するのがアタシたちに決まっているからじゃない」

 

 エステルの疑問の言葉に、アスカが腕組みをして鼻を天狗にしてそう答えた。

 

「いや、そうではない」

 

 ユリア中尉がそう言うと、アスカはズッコケた。

 

「ジン殿は共和国の遊撃士だ。さらに彼のチームには素性の知れない外国人が交っている」

「確かにオリビエはそう言う話を嗅ぎつける勘だけは鋭いのよね」

 

 ユリア中尉の言葉に、エステルも同意した。

 

「私からも陛下の力になるようにお願いしたい」

「もちろんです」

 

 シンジはユリア中尉に向かってしっかりとうなずいた。

 

「遊撃士協会の原則が内政不干渉だとは言え、リベール王国に暮らす者の一人として、見過ごすわけにはいきません」

 

 ヨシュアがそう言うと、エステルたちはヨシュアがリベール王国の一員としての自覚を持っているのだなと喜んだ。ユリア中尉は自分が書いた紹介状をシンジに渡した。

 

「これは城のメイド長をされているヒルダ夫人への紹介状だ。陛下は特務兵たちに監禁されていると思うが、身の回りを任されているメイド長ならば君たちを陛下に会わせる事が出来るかもしれない」

 

 ユリア中尉がそう話すと、エステルたちはそんな手があるのかと感心した。城に招待されてもどのようにアリシア女王に会うか当てが無かったのだ。

 

「分かりました、ヒルダ夫人に会って話してみます」

 

 ヨシュアはユリア中尉にそう答えた。ヨシュアの返事を聞いた後、ユリア中尉は悔しそうな顔でつぶやいた。

 

「策略に引っかかって、守るべき方を守れなかった雪辱……逆賊を討つ事で果たす事も出来ないとは……君達に頼るしかない自分が情けない……」

 

 ユリア中尉は強い自責の念に駆られているようだった。

 

「ユリアさん、ボクたちも一刻も早く王室親衛隊の濡れ衣が晴れせるように力を尽くします」

「ありがとう」

 

 真剣な表情で訴えかけるようなシンジの言葉に、ユリア中尉は明るい笑顔でお礼を言った。礼拝堂のドアがノックされて、王国軍の兵士がテロ対策のため建物を調査をして回っていると告げると、ユリア中尉は頭巾を被って、直ぐにシスター・エレンに成りきって答える。

 

「まあご苦労様です。今鍵をお開けしますわ」

 

 ユリア中尉はそう言うと、祭壇部屋を指差した。多分、祭壇部屋に裏口があるのだろう。エステルたちは急いで裏口から脱出したのだった。

 

 

 

 

 エステルたちは兵士たちの巡回を避けるうちに、東街区にある広場まで来てしまった。近くに兵士たちの気配は無い。兵士の夜間パトロールが終わるまで、エステルたちはベンチに座って休憩することにした。

 

「それで、アンタの心当たりってユリア中尉じゃなかったとしたら誰なのよ」

 

 アスカがヨシュアに尋ねると、エステルはアスカに向かって怒鳴った。

 

「アスカ、それはあたしたち家族のルール違反よ! ヨシュアが自分から話す気持ちになるまで、あたしたちが出会う前の過去は聞かない約束でしょう」

 

 ヨシュアはしばらく黙り込んだ後、決意をしたように口を開いた。

 

「僕はエステルやアスカ、シンジと旅をして少しは強くなれたと思う。僕は君達と一緒に様々な経験をしたり、色々な人と会う事で失ったものを取り戻せると錯覚していたのかもしれない。それでも僕は君達と一緒に居られる事を感謝しているよ……」

 

 エステルたちはヨシュアの独白を黙って聞いていた。ヨシュアはエステルたちの真剣な顔で見つめて告げた。

 

「だから、今回の事件が解決して父さんが帰って来たら……僕がエステルに会う前の事を話すと約束するよ」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたエステルはベンチから飛び立ってヨシュアの方を向いた。

 

「よしっ、あたしも事件が解決したらヨシュアに話したい事があるのよ!」

 

 エステルがそう宣言すると、ヨシュアはポカンとした顔でエステルを見つめた。

 

「エステル、頑張りなさいよ!」

 

 アスカはそう言ってエステルを応援した。

 

「別に僕は今すぐ話を聞いても良いけど?」

「それは、タイミングとかあるし……ムードは悪くないんだけどね……」

 

 ヨシュアがそう言うと、エステルは顔を真っ赤にして口ごもった。

 

「とりあえず、明日の試合に勝たないとね」

 

 シンジの言葉にエステルは気合いを入れて叫ぶ。

 

「恋する乙女のパワーでリシャール大佐をぶっ飛ばす!」

 

 エステルの言葉を聞いたヨシュアは大笑いをした。つられてアスカとシンジも笑い、エステル自身も笑い出した。この調子なら明日の試合も勝てると確信するエステルたちだった。

 

 

 

 

 遅い就寝となったエステルたちだったが、早朝から張り切って修行のために王都の地下水路へと潜る事にした。エステルたちは重要な依頼を請け負っているので、受付のエルナンが用意したのは二つの依頼だけだった。

 

 ◆地下水路西区画の手配魔獣◆

 

 【依頼者】遊撃士協会

 【報 酬】3000 Mira

 【制 限】2級

 

 地下水路西区画に凶暴な魔獣【シザーハンズ】が出没中です。

 当支部所属遊撃士の速やかなる退治を望みます。

 

 ◆地下水路東区画の手配魔獣◆

 

 【依頼者】遊撃士協会

 【報 酬】3000 Mira

 【制 限】2級

 

 地下水路東区画に凶暴な魔獣【ボーンフィッシュ】が出没中です。

 当支部所属遊撃士の速やかなる退治を望みます。

 

 エステルたちにとっては肩慣らしのような戦いだった。シザーハンズは八匹と数は多かったが導力魔法が効きやすい相手だったのでシンジのエアロストームで一掃。ボーンフィッシュ四匹も冷気ブレスを吐いて来るだけの相手で、シンジのダイヤモンドダストで凍結する訳の分からない敵だった。

 エステルたちを困らせたのは複雑に入り組んだ迷路のような水路だった。しかしヨシュアは地下水路の構造を知っておく事はきっと依頼の役に立つと話してマッピングをしていた。

 この事が後になって役に立つとはエステルたちも思ってもみなかった。水路の探索を終えたエステルたちは遊撃士協会のエルナンに報告してから休憩を取り、武術大会の会場である《王立競技場》へと向かうのだった。

 

 

 

 

 今日は準決勝と決勝がまとめて行われる。それでも昨日より試合数は少ないので開始時間は遅い。試合会場に早く着きすぎてしまったエステルたちが観客席に行くと、カルナたちが来ていた。

 

「そう言えばカルナさん、ルーアンで黒装束のやつらに襲われた時のケガは大丈夫?」

「ああ、すっかり平気さ。試合で戦ったあんたたちも分かっただろう?」

 

 エステルの質問にカルナは笑顔で答えた。エステルたちがアスカが黒装束の連中から猛毒を受けた事を話すと、カルナはそれは大変だったねとアスカに声を掛けた。カルナが黒装束の連中から受けた薬物は、意識を失わせる睡眠薬のようなものだったらしい。人を操る《グノーシス》の件といい、黒装束の連中は様々な薬物を使い分けているようだ。

 他にも観客席にはアルバ教授が観戦に来ていた。普段から遊撃士の護衛をケチるほどのアルバ教授にチケットを買うお金がよくあったものだとアスカが指摘すると、アルバ教授は臨時収入があったからだと話した。

 

「アンタ、もしかしてバクチに参加しているんじゃないでしょうね?」

「バレちゃいましたか」

 

 アスカに指摘されたアルバ教授は頭をかいた。武術大会はギャンブルの対象としても盛り上がりを見せており、大穴であり倍率の高いエステルたちに賭け続けたアルバ教授の財布は膨らんでいるのだと話した。

 

「だから、あなたたちの事は応援していますよ」

「今度、ご飯おごってよね」

 

 ごまかすように笑うアルバ教授にエステルはウンザリとした顔でそう言った。観客席の最前列にはドロシーがカメラを構えてうなっていた。理想のアングルを探しているのだろう。

 

「やっほー、エステルちゃんたち! いよいよ決勝戦だね、燃えて来たよ!」

「アンタが興奮してどうするのよ」

 

 アスカがウンザリとした顔でそう言った。

 

「冷静にならないとチャンスを逃してしまいますよ」

 

 シンジが心配そうな顔でドロシーに声を掛けた。

 

「いいの、落ち着かない方が良い写真が取れるから」

「あっそう」

 

 ドロシーの言葉に、エステルもあきれるしかなかった。

 

「おや、エステル君にヨシュア君、アスカ君にシンジ君じゃないか」

 

 エステルたちに声を掛けて来たのは、ロレントの市長であるクラウス市長だった。

 

「シェラザード君から話は聞いていたが、ずいぶんとたくましくなったようだな」

「もう少しで《準遊撃士・1級》、そして《正遊撃士》になるところよ!」

 

 アスカはクラウス市長に向かって自慢気にそう答えた。

 

「ところで市長さんは、ロレントからあたしたちの応援に来てくれたの?」

「それもあるが、宮中晩餐会に来るようにリシャール大佐から招待を受けてな。シェラザード君に護衛をしてもらって来たのだよ」

 

 エステルの質問にクラウス市長はそう答えた。リシャール大佐は他の有力者たちも晩餐会に招いているのだろう。晩餐会で何かするつもりなのは確かなようだ。

 

 

 

 

 準決勝第一試合の組み合わせはカプア一家とジンたちのチームだった。王室親衛隊のチームを破って勢いに乗っていたカプア一家だったが、シェラザードの姿を見ると恐怖がフラッシュバックしたのか顔色が悪くなった。

 ドルンの導力砲もジンたちの素早い動きによって交わされ、キールの煙幕弾も何度も苦汁を舐めさせられて来たシェラザードに通じるはずも無かった。ジンたちはキールの動きを徹底的に封じる作戦に出た。

 ジョゼットも導力銃と導力魔法で頑張ったがオリビエの方が一枚上手。ミュラーの剣術もアガットの重剣に負けないくらいの威力があった。ジンは素早い身のこなしでドルンに狙いを定めさせなかった。圧倒的な差でジンたちのチームが勝利した。

 

「さすがね!」

 

 試合を観戦したエステルは声を上げた。もちろんジンたちが負けるとはこれっぽっちも思っていなかったので安心して見守っていた。カプア一家も連携を封じられてはどうしようもない。

 

「アタシたちの相手は……アイツらってワケね」

 

 アスカはそう言って表情を引き締めた。自分たちの第二試合の相手は特務兵チーム。隊長であるロランス少尉と副官のサトミ軍曹の実力は未知数だ。まずは彼らを本気にさせてベールを剝ぎ取らなければならない。

 試合会場にでたエステルたちは一列になって特務兵チームと向かい合った。部下の特務兵二人は殺気丸出しだったが、ロランス少尉とサトミ軍曹には余裕のようなものが感じられた。

 試合進行を司る主審が開始位置に着くように告げると、エステルたちは距離をとって武器を構えた。アスカとエステルがダブルで前衛をするいつも通りの陣形だ。後方から奇襲される危険が無いのでヨシュアが中衛、シンジが後衛となる。

 ロランス少尉は剣を抜かずに導力魔法の詠唱を始めた。まだ自分の剣技を見せるつもりは無いのだろう。エステルたちは前衛の特務兵二人を倒してロランス少尉の危機感を引き出す作戦に出た。

 シンジはロランス少尉の導力魔法を阻止しようと妨害を仕掛ける。特務兵の一人が膝をついたが、サトミ軍曹がセラスの薬を使って回復させた。特務兵の二人相手にエステルたちが小競り合いをしていると、信じられないことが起こった。なんとロランス少尉が二人に増えたのだ!

 分身したロランス少尉は幻影では無く実体があり、本物のロランス少尉と違う行動を始めた。

 

「この化け物ぉぉぉっ!」

 

 不気味さに耐え切れなくなったアスカがロランス少尉の分身に向かって棒を振り回す。これでは敵の術中にハマってしまう。シンジは導力銃の攻撃を止めて、エアロストームの詠唱を始めた。

 ロランス少尉が詠唱したのは、あらゆる攻撃を完全に防ぐ《アースガード》と言う導力魔法だった。シンジのエアロストームを食らったロランス少尉の分身は消滅したが、ロランス少尉には傷一つない。

 再びロランス少尉は分身を発生させた。直接攻撃するつもりはなさそうだ。サトミ軍曹は特務兵二人の治療をしている。エステルたちは特務兵二人だけに苦戦している事に苛立っていた。

 さらに驚くべき事に、ロランス少尉は二人目の分身も生み出した。シンジはエアロストームの詠唱に集中せざるを得なくなった。エアロストームは大量にEPを消費する魔法だ。いつまでも続けられるものではない。

 やっとエステルたちが特務兵二人を叩き伏せると、ヨシュアはサトミ軍曹が二人を戦闘不能状態から回復させないように牽制した。するとロランス少尉は次々と分身を生み出す作戦に出た。

 それでもシンジはエアロストームの詠唱を続け、エステルたちはロランス少尉に迫った。エステルとアスカの攻撃を、少しの間ロランス少尉は交わし続けた後、一言つぶやいた。

 

「降参だ」

「はっ!?」

 

 主審はロランス少尉に驚いて聞き返した。

 

「降参すると言っている」

『試合終了! 特務部隊チームが降参したため、準遊撃士チームの勝利です!』

 

 主審がマイクを使ってそう宣言すると、観客席から歓声よりもどよめきの声が上がった。八百長試合ではないのかとの声も上がっている。

 

「剣も抜かないで降参するなんて、アタシたちを舐めるんじゃないわよ!」

 

 アスカは人差し指を突き付けて怒鳴ったが、ロランス少尉や特務兵たちは返事をしなかった。

 

「……今の声は……まさか」

「どうしたのヨシュア、顔色が悪いわよ」

 

 エステルは真っ青な顔になったヨシュアに声を掛けた。試合が終わったエステルたちは控室に戻らなければならない。ヨシュアはエステルに手を引かれる形で試合場を後にした。

 

 

 

 

 決勝戦の試合は休憩の後行われる事になった。対戦相手の控室に試合前に行く事は禁止されているので、エステルたちは控室で疲れた身体と戦術オーブメントを回復した。試合会場から出られないので、この街のオーブメント工房が出張で来てくれたのだ。

 

「ヨシュア、本当に身体は何とも無い?」

「うん、もう疲れも取れたよ」

 

 エステルに尋ねられたヨシュアは笑顔でそう答えた。特務兵は猛毒の弾丸をアスカに撃った事がある。もしかして試合で毒を盛られたのかと心配したのだ。ともかくとして、決勝戦に進んだエステルたちは宮中晩餐会に招待される事になった。これで作戦の第一段階は成功だ。

 しかし決勝戦の手を抜くわけにはいかない。ジンはカルバード共和国の中だけでなく外国にまで名を轟かせるほどの《準S級・正遊撃士》なのだと言う。S級と認められる実力があるのに本人が固辞しているとの話だ。

 先輩の正遊撃士であるシェラザードでさえB級、グランセル支部で一番の実力者であるクルツがA級だとエルナンから聞いたエステルたちは、偉大な大先輩の胸を借りるつもりで戦いに臨んだ。

 試合開始と同時にエステルたちは散開した。シェラザードのエアロストームの魔法を警戒しての事だったが、これが裏目に出た。エステルやアスカ単独ではジンやミュラーの攻撃を受け止めきれなかった。

 ヨシュアがエステルを、シンジがアスカを助けようと駆けつける。完全にフリーになったシェラザードとオリビエは妨害を受けずに導力魔法を唱える事が出来る。ジンとミュラーの速く重い攻撃を、エステルとアスカは耐え切れずに膝をついた。

 ヨシュアとシンジも最後まで頑張ったが、導力魔法の集中砲火まで食らっては瞬く間に崩れ落ちた。武術大会の優勝者はジンのチーム、準優勝はエステルのチームに決まった。

 

『これより、開催者のデュナン公爵からの祝福のお言葉がございます』

 

 決勝戦に沸く試合会場でアナウンスが流れた。選手代表者としてジンがデュナン公爵の前へと歩み出た。

 

「身長が2アージュ*1を超えると聞いていたが、間近で見ると凄い迫力だな」

 

 デュナン公爵はジンを見てそうつぶやいた。

 

「東方人はお主のようにみな体が大きいのか?」

「いえ、私は例外の方でしょう。よく食べて、よく寝て、よく遊んでいたら他の子よりも体が大きくなりました」

 

 デュナン公爵に尋ねられたジンはそう答えた。

 

「そうか、余も同じくよく食べ、よく眠り、よく遊んでおったな」

 

 デュナン公爵はそう言って愉快そうに笑った。

 

(アンタの場合は暴飲暴食、昼夜逆転の自堕落な生活とカジノでしょうが、ジンとは正反対よ!)

 

 アスカは心の中でデュナン公爵に激しくツッコミを入れた。

 

「うむ、気に入ったぞジン! 賞金10万ミラを受け取るが良い!」

 

 シンパシーを勝手に感じたデュナン公爵は上機嫌でジンに賞金を渡した。

 

「このような素晴らしい戦いを繰り広げた者達に、女神エイドスの加護を! さあ諸君も惜しみない拍手を送りたまえ!」

 

 デュナン公爵の言葉を持って、武術大会の幕は閉じるのだった。その様子を競技場の貴賓室で見守っていたカノーネ大尉は厳しい表情でロランス少尉に言葉を掛ける。

 

「まったく、あのような者相手に降伏など、恥を知りなさい」

「恐縮です」

 

 ロランス少尉は淡々とした口調でそう答えた。

 

「カノーネ君。私がロランス少尉に実力を出さないように頼んだのだよ」

「何故です?」

 

 リシャール大佐がそう言うと、カノーネ大尉は尋ねた。

 

「我々情報部は黒子役だ。あのようなこの国の未来を担う若者が表彰された方が大会に華を添えると言うものだよ」

「なるほど、私の考えが足りませんでした……」

 

 カノーネ大尉はそう口にしたが、心の中では納得のいかない部分もあった。武術大会は盛り上がったが、賭博行為を助長することになった。遊撃士の活躍を宣伝して、自分たちに利益があるとは思えない。

 それにリシャール大佐がわざわざあの新米の遊撃士の四人を城に招く意図がカノーネ大尉には理解できなかった。カシウスの子供たちをグランセル城に入れてしまうのは危険ではないのか。

 

「いまさら遊撃士協会が介入しても止められないほどに計画は進んでいるよ」

 

 そんなカノーネ大尉の不安を見抜いたのか、リシャール大佐はカノーネ大尉に声を掛けた。

 

「例の計画は9割以上進んでいます。数日中には閣下を例の場所にご案内できると思います」

 

 ロランス少尉が報告すると、リシャール大佐は晴れやかな笑顔になった。夕暮れに染まる空は、夜明けの空と似ていた。

 

「計画遂行の暁には、リベール王国の夜明けが訪れるだろう。例え逆賊の名を受けても、我らはリベール王国の明日のための礎となろう」

 

 リシャール大佐は空を見上げてそうつぶやくのだった……。

*1
1アージュ=1メートル

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