アスカとシンジは、空の軌跡の世界で本当の幸せを見つけた ~アスカ・ブライト!~   作:朝陽晴空

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※最後の場面で『星の在り処』を聴くと、その歌詞の意味がわかると思います。タイミングは本文中で指定しますので、聴いて頂けたら幸いです。
(ファルコム音楽フリー宣言に感謝します)


最終話 茜空の軌跡、星の在り処(トゥルーエンド)

 

 昼間は女王生誕祭、夕方はアリシア女王主催の晩餐会で盛り上がったグランセル城の夜は静かに更けて行った。シェラザードは談話室のバーでさらに酒を飲むと部屋を出て行き、エステルはヨシュアを空中庭園に誘うためにヨシュアたちの部屋へと向かう。

 

「エステル、ファイトよ!」

 

 アスカは部屋を出るエステルにそう言って送り出した。エステルとヨシュアは相思相愛だ、告白が成功するのは間違いない。肝心なのはエステルとヨシュアが理想の《ファーストキス》が出来るかどうかだ。

 アスカがシンジに暇潰しとして葛城家のリビングで持ち掛けたファーストキスは、アスカもキスのやり方を良く分かっていなかったので、《バッドキス》になってしまった。あれからシンジの頬などにふざけてキスする事はあったが、唇同士を合わせたキスはしていない。

 そろそろセカンドキスをするべきか……と部屋に残ったアスカが考えていると、アスカのカバンに便箋が入っている事に気が付いた。差出人はシンジだった。シンジが手紙を書いているところをアスカは見た事が無い。

 珍しい事もあるものだとアスカが手紙の封を開けると、丁寧な字でシンジが普段話せないアスカへの愛の言葉が綴られていた。顔を真っ赤にしながら書いているシンジの姿を想像して、アスカは笑みを浮かべた。

 そして手紙の最後には、『今夜10時、グランセル港まで来られたし。他言無用』と書かれていた。ユリア中尉の文章を真似て格好を付けたつもりなのだろう。シンジには似合わないとアスカは笑った。

 夜の静かな港で若い男女がする事と言ったらアスカにも想像が付いた。シンジもアスカと同じく二度目のキスをしたいと決心したのだろう。シンジにしてはムードの良い場所を選んだ、合格点をあげてもいいわとアスカは微笑んだ。

待ち合わせをしているのに、こちらからシンジの部屋へ押しかけてもぎこちない雰囲気になるだけだ。アスカは時計を見ながら夢見心地で港へと向かう時間まで待つのだった。

 

 

 

 

 その頃、ヨシュアはシンジと同じ今夜泊る予定の部屋に居た。カシウスも同室だったが軍議などで忙しく、部屋に戻るのは夜遅くになると思われた。

 

「……ちょっと、アスカの所へ行って来るよ」

「ああ」

 

 ソワソワしているシンジに、ヨシュアは生返事をした。いつものシンジならば、ヨシュアが上の空だと気が付いたかもしれない。しかしシンジは甘い妄想に心を支配され、平常心ではいられなかった。逸る気持ちを抑えながら、アスカと待ち合わせをしている王都のホテルへと向かって部屋を出て行った。

 ヨシュアの方も考え事に夢中で、シンジの様子がおかしい事に気が付かなかった。用心深いヨシュアならば、シンジを尾行する事もあったかもしれない。だがヨシュアの頭の中では、少し前に東街区のベンチ広場で交わしたアルバ教授との会話が渦巻いていた。

 

(……エステル、父さん……僕は……)

 

 アルバ教授はエステルがアイスクリームを買いに屋台に向かい、アスカとシンジが内緒話をしに遠く離れた場所に移動して、一人で東街区の広場のベンチに残ったヨシュアに偶然に会った風を装って、穏やかな笑顔で話し掛けて来た。

 

「おや、ヨシュアさん。そんな厳しい表情でどうしました? せっかくのデートなんですから、もっとにこやかな顔をしないと心配されてしまいますよ」

 

 しかしヨシュアは鋭い目でアルバ教授をにらみつけ続けた。

 

「最初に会った時から、あなたと居ると体の震えが止まりませんでした。今はもう慣れましたけど……」

「はて?」

 

 アルバ教授はとぼけた顔でそう答えた。

 

「各地で起きた事件に関わった記憶を消された人たち……あなたは《四輪の塔》の調査という名目で、タイミング良く事件が起こった現場の周辺に居た……」

 

 ヨシュアの追及に対して、アルバ教授は無表情で何も答えなかった。

 

「確信を抱いたのは、僕自身の記憶です……僕は一人で何度もあなたと会った記憶がある。でも何を話したのか、一切覚えていない。会ったという記憶の方が僕の思い違いならともかく、真実は逆なのだとしたら……!」

 

 そのヨシュアの言葉を聞いたアルバ教授は、今まで見せた事の無い性悪な表情を浮かべて笑い出した。

 

「認識と記憶の操作は完璧だと思っていたが、欠片でも記憶が残っていたか。私の作った操り人形の中では優秀な方だな」

「人形……!?」

 

 アルバ教授の言葉を聞いたヨシュアは、驚いた顔でアルバ教授を見つめた。アルバ教授はヨシュアに、青い錠剤を差し出した。

 

「その薬を飲めば、私の掛けた暗示が解かれる。“本当の自分”を知りたくないか、ヨシュア・アストレイ?」

 

 ヨシュアは一瞬だけ戸惑ったが、アルバ教授の手から青い錠剤を受け取り、飲み込んだ。ヨシュアの頭に失われた記憶のイメージがフラッシュのように流れ込んで来る。

 自分の住んでいた村を焼き払った兵士たち、悲鳴を上げながら殺されて行く村人たちや自分の両親。幼い自分を庇って兵士の剣で背中を斬られ、ハーモニカを託して息絶えた自分の姉。

 ヨシュアは姉の命を奪った兵士を、落ちていた剣を拾って斬り殺した。子供だと思って油断していた兵士は自分が死んだのも分らない顔をしていた。廃墟となった村に現れたアルバ教授。

 アルバ教授に引き取られたヨシュアは暗殺者として育てられ、何人もの人間の命を奪った。そしてカシウス・ブライトの暗殺命令を受け、返り討ちに遭ったヨシュアはカシウスに保護されてエステルと出会う……。

 

「あなたは……第三の使徒、ゲオルグ・ワイスマン!」

「壊れた君の心を縫い合わせてあげた私の事を思い出したようだね」

 

 ワイスマンは眼鏡を人差し指で押し上げながら、愉快そうに笑ってそう言った。

 

「《執行者》ナンバー13。《漆黒の牙》……ヨシュア・アストレイ。それが君の本当の姿だ」

「あなたが今回の事件の真の黒幕だったんだな!」

 

 ヨシュアはワイスマンに向かって厳しい表情でそう怒鳴った。

 

「それで……僕を始末しに来たというわけですか」

 

 ただではやられないと、ヨシュアは双剣を抜いて構えた。

 

「計画の第一段階が無事完了したのも、君の協力があってこそだ。だから君に御褒美をあげに来たのだよ」

「僕があなたたちの計画に協力!? でたらめを言うな!」

 

 ワイスマンの言葉を聞いたヨシュアは大きな声で怒鳴り返した。

 

「君が私と何を話していたのか……その内容は気にならないのかい?」

 

 そうワイスマンに尋ねられたヨシュアは必死に思い出そうとするが、頭にモヤがかかったようで一字一句も思い出せなかった。その部分の記憶はワイスマンに消されているようだ。

 

「この計画はカシウス・ブライトがリベール国内に居ては出来なかった。リシャール大佐がクーデターを起こしても、潰されてしまうからね。だから君を使って、彼が国外に出る工作活動をしたのだよ。君の本当の役目はカシウスの暗殺ではなく、スパイだったのさ」

「嘘だ……」

 

 ワイスマンの言葉を聞いたヨシュアは、膝から崩れ落ちた。

 

「この五年間、君は定期的に遊撃士協会とカシウスの動向を我々に報告してくれた。カシウスの性格の細かい部分まで報告してくれた君のお陰で、我々は上手くカシウスを帝国まで誘導する事が出来たのだよ」

「僕はずっとエステルと父さんを裏切っていた……?」

 

 ヨシュアの目から涙があふれた。家族として暮らす事が、ワイスマンの計画に協力する事になっていた事はヨシュアにとって大きなショックだった。

 

「そのお礼に、君を自由にしてあげる事にした。おめでとう、これからは『ヨシュア・ブライト』として生きるがいい」

 

 そんな事、出来るはずが無いとワイスマンは分かった上でヨシュアにそう告げているのだ。どこまでも残酷な男だった。ワイスマンは遠くからシンジがこちらに戻ってくることに気が付いた。

 

「そうだ、異邦人の彼には我々の計画に協力してもらいたい事がありますので、お借りしますよ」

 

 ワイスマンはヨシュアの耳元でそう囁いた。シンジがヨシュアとワイスマンに近づいた時には、既に二人は『正遊撃士ヨシュア』と『アルバ教授』の関係に戻っていた。

 

「ヨシュア、部屋に居るの?」

 

 ヨシュアが部屋で長い物思いにふけっていると、部屋のドアをノックするエステルの声が聞こえて来た。ヨシュアは自分の闇を悟られないように、笑顔を作ってエステルを出迎えるのだった。

 

 

 

 

 グランセル城から抜け出したシンジは、北街区の《ホテル・ローエンバウム》の201号室でアスカが来るのを待っていた。シンジはただアスカの胸を触れる事だけが嬉しいのではなかった。

 こうしてアスカに呼び出されて二人きりになって、アスカから恋人として認められたような気がした。この世界に来てから、アスカは頼る相手が自分しか居ない事もあって、アスカが好意を持ってくれている事は感じていたが、それが家族としてのものだけだとしたら寂しい気がした。

 アスカがこの世界で恋人を作って自分から離れて行ってしまうかもしれないという不安もあった。アスカがはぐらかしてストレートに気持ちを示してくれない性分だとシンジは分かっていただけに、今回のアスカからの誘いは嬉しかった。

 しばらく待っても、アスカは姿を現さない。もしかしてアスカにからかわれたのかと思ったが、ドッキリだとしてもアスカは大笑いしながら姿を現すはずだ。エステルかシェラザードさん、クローゼさんに捕まって来られないだけなのかも、とシンジは考えた。

 シンジの頭の中にクローゼの姿が過ると、シンジにとある考えが浮かんだ。

 

(そういえば、クローゼさんって……ボクの事好きなの……かな?)

 

 エルベ離宮で突然抱き付いて来た事や、時折シンジを見つめる視線などから、鈍いシンジでも薄々クローゼの好意には勘づいていた。少なくとも嫌われてはいないはずだ。

 

(でもボクがもしクローゼさんと付き合っても、相手は王女様なんだから結婚出来るわけないよね。……ってボクが結婚する相手はアスカだよ、ゴメン!)

 

 浮気がバレたかのように、心の中でシンジはアスカに謝った。そして自分が妄想した内容に気が付いてシンジは顔を赤くする。

 

(アスカと結婚だなんて、ボクは何を考えているんだ、先走り過ぎだろう!)

 

 そんな事を考えているうちに、シンジは眠くなって来た。辺りには霧のようなものが立ち込めている。部屋の中で霧が発生するなど絶対に変だと思いながらもシンジは睡魔に抗えなかった。

 ベッドに腰掛けていたシンジはそのまま仰向けになって倒れた。怪しい霧が晴れると、部屋の中にはシェラザードよりも色気のある、露出の多い東方風の服を着た妖艶な女性が立っていた。

 

「私の《睡魔の霧》が効いたようね」

 

 手に持っていた扇子を広げて、その女性はぐっすりと眠りに落ちているシンジを見下ろした。

 

「坊や、せめて幸せな夢が見られると良いわね……」

 

 その妖艶な女性は同情しているのか、からかって笑っているのか、感情の入り混じった複雑な表情でシンジに声を掛けた。王国軍の兵士の格好をした二人組が部屋に入って来て、寝ているシンジを両脇から抱え起こした。

 ホテルの従業員や宿泊客たちは《睡魔の霧》によって深い眠りについている。外の通りでシンジを連れている姿を目撃されても、一般市民には怪しまれないだろうと計算されていた。

 

「あんた、私に感謝しなさいよ。私の幻術のサポートが無ければ、あの娘に上手く化ける事は出来なかったんだからね」

 

 妖艶な女性は部屋の外に居る人物に向かってそう呼びかけた。

 

「ふふ、あの場で胸を触られていたら、さすがの貴殿の幻術でも誤魔化せなかったよ」

 

 部屋の外に居る人物は仮面を付けたキザな細身の男性だった。この男性がアスカがエステルとアイスクリームの屋台に行っている隙に、アスカに変装してシンジと話していたらしい。過激な発言の内容に気を取られていたシンジは、アスカの頭にヘッドセットが無かったなどの不審な点に気が付かずにすっかり騙されてしまったらしい。

 この集団はシンジをどこへ連れて行くつもりなのか。シンジをホテルから運び出した王国軍の兵士に変装した二人組は、遊撃士協会の前を避ける形で遠回りをしながら王都の外へと去って行ったのだった。

 

 

 

 

 その頃、グランセル城の空中庭園ではエステルとヨシュアの二人が城下の街を見下ろしていた。ヨシュアはハーモニカで『星の在り処』を吹いている。告白のムード作りをしたくなったエステルが、吹くようにヨシュアに頼んだのだ。

 

「……月が綺麗ね」

「そうだね」

 

 ヨシュアに普通に返されたエステルは、首を捻った。アスカの話によれば、月が綺麗だと言う事はあなたが好きですと告白するのと同じ意味だと言うのに。エステルは気を取り直してヨシュアに話そうとした。

 

「あの約束を果たさせてくれるかな。僕が君に会うまでの事を話したいんだ」

 

 先に言葉を発したのはヨシュアだった。

 

「えっ、でもその話は……アスカとシンジと一緒に聞くって約束じゃなかった?」

「エステル、君に聞いて欲しいんだ」

 

 真剣な表情でそう語るヨシュアに、エステルは黙ってうなずいた。

 

「昔、甘えん坊で気の弱い男の子が居ました。その子の住んでいた村は貧しかったけど、温かい家族と村の人々と過ごせて、その子は幸せな毎日を送っていました。しかしある日悲劇が降りかかりました。その子の住んでいた村が略奪に遭ったのです。家は焼かれ、ほとんどの村の人たちの命が奪われました」

 

 エステルはヨシュアの生まれた故郷の話を聞いた事が無かった。まさか、そんな事があったなんて思いもよらなかった。

 

「その男の子は生き残る事は出来ましたが、惨劇を目の当たりにして心が壊れてしまいました。ただひたすらに、姉の形見のハーモニカを吹き続けるだけの日々。世話をしてくれた人の呼び掛けにも答えず、男の子は機械のようにハーモニカで『星の在り処』を繰り返していました」

 

 エステルは『星の在り処』についてヨシュアが特別な思いを持っている事を知った。軽い気持ちでヨシュアに吹く事をせがんでいた自分を後悔した。

 

「そんな男の子の元に、一人の魔法使いが訪れました。『私がその子の心を治してあげよう。ただし、代償は支払ってもらうよ』とその魔法使いは言いました。男の子の世話をしていた人は悩んだ末に、男の子を魔法使いに任せる事にしました」

 

 ヨシュアの世話をしていた人、その魔法使いについて、エステルは初めて聞く話だった。だからどこの誰なのか見当もつかない不安を感じた。

 

「その魔法使いは、男の子を自分の好きなように作り変えました。新たな心を手に入れた男の子は、魔法使いの思いのままに動く人殺しになっていました。何年もの間、男の子は数えきれないほどの命を奪いました。男の子が住んでいたような村を全滅させた事もあります。男の子は優秀な化け物へと成長して行ったのです」

 

 罪の無い人々の命を奪う、遊撃士とは対極とも呼べる行為をヨシュアはエステルと出会う前にやっていたのだ。自分を化け物と呼ぶヨシュアの姿にエステルは胸がとても痛んだ。

 

「魔法使いの命で暗殺を繰り返して行くうちに、その男の子は《漆黒の牙》と呼ばれ、闇の組織の一員となっていました。ある日魔法使いは大陸で4人しか居ないと言うS級遊撃士の暗殺を男の子に命じました。しかしその遊撃士は強すぎて、戦いを挑んだ男の子は撃退されてしまいました」

 

 そのS級遊撃士の事は父カシウスの事だとエステルは思った。

 

「任務を失敗してその場を離れた男の子の前に、魔法使いの手下たちが現れました。暗殺の標的に顔を知られてしまった男の子を始末しようとやって来たのです。しかし、暗殺の標的であったその遊撃士がその男の子を助けました。そしてその男の子はその遊撃士の家に連れられて、一人の女の子と出会いました……」

 

 カシウスがヨシュアを抱いて連れて帰って来た日の事はエステルも覚えている。エステルは死んだ母さんを裏切って新しい女を作ったのだとか大騒ぎしたものだった。

 

「それから男の子は何年もの間、素晴らしい夢を見る事が出来ました。本当なら、その男の子はそんな夢を見る事すら許されていないほど、両手は真っ赤な血で汚れていたのに……」

 

 自虐的にそう話すヨシュアを、エステルは不安を感じながら見つめていた。ヨシュアはこうして約束は果たしてくれたのに、エステルの胸騒ぎは止まらなかった。

 

「でも夢が覚めて現実に戻る時がやって来ました。……これで、僕の話はおしまいだよ。最後まで耳を塞がずに聞いてくれてありがとう」

 

 エステルは無駄だと判っていながらも、聞かずにはいられなかった。

 

「悪趣味な作り話……って事は無いわよね? アスカとシンジが居る時は別の話をするとか」

「残念だけど、全部……実際にあった話だよ。だからアスカに伝えて欲しいんだ。僕の口からは話せそうにないから」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたエステルは顔色を変えた。ヨシュアの言っている意味を分かりたくないと心が拒絶反応を起こしていた。

 

「僕は君たちの側に居ながら、君たちを裏切り続けていたんだよ。リシャール大佐のクーデター事件も、シンジが奴らにさらわれたのも、全部僕のせいだ!」

 

 ヨシュアはそう言ってハーモニカをエステルに渡した。

 

「えっ……?」

 

 エステルは驚いてヨシュアに渡されたハーモニカを見つめた。

 

「僕は魔法使いからシンジを助けに行く。危険な旅になるから君たちを巻き込むわけにはいかない。それに僕は……君の側に居るだけで、君の輝きを曇らせてしまう血に塗れた穢れた存在だから」

 

 エステルが顔を上げてヨシュアを見つめると、ヨシュアは穏やかな笑顔をしていた。

 

 

「そのハーモニカは僕の中にある人間らしい心そのものだ。もう僕には人の心なんか必要のないものだから……君に受け取ってほしい。この数年間のお礼には足りないだろうけどね」

 

 ヨシュアがそう言うと、エステルは怒った顔でヨシュアをにらみつけた。

 

「いい加減にしなさいっての!」

 

 そう言ってエステルが強引にヨシュアの肩を掴むと、ヨシュアは驚いた顔になった。

 

「今まで夢を見ていたなんて言わないでよ! それじゃあ、今までの事が無かったことになるじゃない! 昔の事なんて関係無いわ! 心が壊れたなんてただの言い訳よ!」

 

 エステルの涙声を聞いたヨシュアは思わず目を逸らした。

 

「あたしの目を見て話を聞きなさいよ! あたしはずっと……その男の子の事を見て来たわ! その男の子が何かに苦しみながら必死に努力して来た事は分かってる!」

 

 深呼吸をすると、エステルは大きな声で叫ぶ。

 

「あたしはそんなヨシュアが好きになったのよ!」

 

 エステルの告白を聞いたヨシュアは驚愕した顔になった。

 

「一人で行くなんて許さないからね! 三人で力を合わせてシンジを助けに行くのよ! あたしを……あたしの気持ちを置き去りにして消えるなんて、絶対にダメなんだから!」

「……エステル……」

 

 エステルの言葉を聞いたヨシュアは真剣な表情でエステルと向き合った。そして……ヨシュアの方からエステルの唇に迫った。思わぬファーストキスに戸惑うエステルの口をこじ開けるかのように、ヨシュアの舌がエステルの口奥深くに侵入した。

 

(……ヨシュア……)

 

 自分の気持ちにヨシュアが応えてくれたのかとエステルは胸が熱くなった。しかし口内に強烈な違和感を覚えたエステルは弾かれるようにヨシュアから身体を離した。

 

「ヨシュア、あたしに何を飲ませたの……?」

「……即効性のある睡眠薬だよ。副作用は無いから大丈夫」

 

 エステルの質問にヨシュアはそう答えた。エステルの身体から急激に力が抜けた。立っていられなくなったエステルは膝を地面に付きながらも腕の力で何とか上半身を起こしてヨシュアに問い掛ける。

 

「そんな……ひどいよ……どうして……?」

「僕のエステル……太陽のような君。君は僕の闇を照らしてくれた。それが眩しすぎて辛いと思う事もあったけど、君と出会えて良かった。シンジなら、こんな風に大切な女の子から逃げ出す事はしないと思うけど……だからなおさら、アスカと引き裂かれたシンジを助けてあげたいんだ」

 

 意識を失いかけているエステルにヨシュアはそう話し掛けた。同時に自分に比べてシンジの心は強いものなのだとヨシュアは思った。数年前にブライト家に来た時は、人の顔色をうかがう、気弱な男の子だと感じていたのに。

 

「離れても、僕は誰よりも君の事を愛している」

 

 自分でも残酷な言葉だと思いながらもヨシュアはエステルにそう言わずにはいられなかった。

 

「……ヨシュア、……ヨシュア、行かないで……」

 

 力を振り絞って、それでも弱々しい声で呼びかけるエステルの姿をヨシュアは見つめた。目の焦点が合っていない。意識が落ちるのも時間の問題だろう。これが最後の言葉だ。だからせめて自分が出来る最高の笑顔で別れを告げようとヨシュアは思った。

 

「エステル、今まで本当にありがとう。大好きな君と過ごした毎日の事を僕は忘れないよ……さよなら」

 

 ヨシュアはそう言うと、空中庭園から身を翻して姿を消した。まるで夜の闇に溶けるかのように……。

 

 

 

 

 その頃、グランセル港でシンジを待っていたアスカは、約束の時間になっても姿を現さないシンジに大きな不安を覚えていた。シンジは遅刻するようなタイプではない。むしろ約束の時間より早く来て待っている方だ。

 だからアスカも遅刻はしないようにと余裕を持って待ち合わせ場所であるこの港に来た。戦術オーブメントには時刻を表示する機能が付いているので何度も確かめたが約束の時間は過ぎている。

 このまま待って居るべきか、シンジを探しに行くか……。アスカがシンジを探しに行く決断をするまでに、それほど時間は掛からなかった。アスカは城へ戻り、シンジの部屋へと向かうと、部屋には誰も居なかった。

 ヨシュアの姿まで見当たらないとはどういう事か……と考えたアスカは、自分がエステルに空中庭園でヨシュアに告白するように焚きつけた事を思い出した。今はエステルとヨシュアが二人きりで話している真っ最中なのかもしれない。

 しかしこの広い王都をしらみつぶしに探すわけにもいかない、同じ部屋に居たヨシュアならシンジの行方を知っている可能性があるとアスカは思った。

 

(……サッとシンジの居場所を聞いて、邪魔にならないようにサッと退散すれば良いのよ)

 

 アスカはそう心を決めると、空中庭園への階段を昇った。庭園に入ったアスカは周囲を見回すが、エステルとヨシュアの姿が見えなかった。不思議に思いながらも庭園の中を歩き回ったアスカは、エステルが倒れている事に気が付いた。

 

「どうしたのエステル? 何があったの!?」

 

 アスカが大声で尋ねても、エステルからの返事は無い。エステルは涙を流しながら眠ってしまったようだった。アスカはエステルを起こそうとエステルの身体を揺さぶるが、エステルは目を覚まさない。

 これはただ事では無いと思ったアスカは、空中庭園を出て談話室に居るシェラザードに助けを求めた。切羽詰まったアスカの様子を見て、シェラザードは一気に酔いを醒ましたようだった。

 

「これは……誰かに睡眠薬を盛られたわね」

 

 エステルを診たシェラザードは厳しい表情でそう言った。シェラザードは多少睡眠薬に関する知識はあるのだと話した。シェラザードは眠気覚ましにも利く香水を取り出すと、エステルに嗅がせた。

 目を覚ましたエステルは、ヨシュアに睡眠薬を飲まされたのだと言った。そしてシンジが悪い魔法使いに誘拐され、ヨシュアが一人で助けに行ってしまった事も話した。聞いていたアスカとシェラザードは真っ青な顔になった。

 

「アタシのせいだ……油断してこんな偽手紙に引っかかったから、シンジは……」

「落ち着きなさいアスカ! 気を抜いていたのはあんただけじゃない、私もよ!」

 

 シェラザードがアスカの両肩を掴んで激励した。とにかくヨシュアとシンジの行方を手遅れになる前に探さなければならない。グランセル城は蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。カシウスや遊撃士たち、王室親衛隊や王国軍も総力を挙げて二人を探したが、消息はつかめないまま夜明けを迎えてしまった。

 

「何よ、あの大きな飛行船は……!?」

 

 アスカと一緒に王都郊外を探していたエステルは、エルベ周遊道の方から飛び立った、巨大な紅い空中戦艦を見て驚きの声を上げた。王国軍の警備艇が十隻は格納できるであろう空母を思わせる巨体、大きく口を開けた主砲と多数の自動砲塔を備えたその戦艦は、王室親衛隊の白き旗艦《アルセイユ》の数倍の大きさを誇る。

 あれがヨシュアの言っていた『悪い魔法使い』の戦艦ではないかとアスカは直感した。それならばさらわれたシンジも、助けに行ったヨシュアもあの巨大戦艦の中に居るはず。止めなくてはならない。行かせてはならない。

 アスカはそう思ったが、巨大戦艦を見上げるだけで成す術も無く。巨大戦艦は彼方へと飛び去ってしまった。

 

「シンジィーーーっ!」

 

 アスカが叫ぶ茜色の空には、巨大戦艦が残した軌跡が刻まれていた……。

 

 

 

※BGM『星の在り処』

 この先は曲を聴き終わった後に、BGMを『銀の意志』に変えてお読みください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《予告編》

 

 空中で繰り広げられる、《アルセイユ》と紅き空中戦艦《グロリアス》との死闘……。

 

 エステルにハーモニカを渡し、シンジを救うため《グロリアス》に乗り込んだヨシュア。

 

 アスカとエステルは、シンジとヨシュアを取り戻す旅を決意する。

 

 そして胎動を始めた謎の《福音計画》はリベール王国に再び波乱を巻き起こす。

 

 各地で起こる天変地異、天空を舞うドラゴンの影……。

 

 草原を走り迫り来るエレボニア帝国の戦車隊。

 

 新たな冒険を始めたエステルたちの前に立ち塞がる、ワイスマンをはじめとする《使徒》たち。

 

 未知のアーティファクトがついにその姿を現す。

 

 エステルはヨシュアにハーモニカと自分の想いを渡す事が出来るのか。

 

 アスカはシンジを救い出す事が出来るのか。

 

 ロランス少尉とワイスマンとの決着の時が訪れる。

 

 『Asuka Bright!! 茜空の軌跡 SC編』 2022年 公開予定

 

 

 




 ※この最終話が原作の流れに沿ったトゥルーエンドとなりますが、大団円を迎えるグッドエンドも用意してあります。お待ちくださいませ。

 SC編は空の軌跡原作沿いだと、アスカとシンジの再会までの時間が長くなってしまうので、ヱヴァンゲリヲン新劇場版のように時間軸を飛ばす事も考えています。

 主たる原作を新世紀エヴァンゲリオンさせて頂いたのは、アスカとシンジの活躍を主軸に置いているからです。
 空の軌跡キャラクターも活躍させるために、独自に考えた話も加えていますが、それでもまだ足りていません。
 クロスオーバー作品の難しいところです。
 この作品を通じて、空の軌跡を知らなかった方も興味を持って頂けたら幸いです。
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