アスカとシンジは、空の軌跡の世界で本当の幸せを見つけた ~アスカ・ブライト!~   作:朝陽晴空

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第七話 エステルの輝き、シンジの優しさ

 

 帝国に向かって飛び立ったカシウスの乗る飛行船をを見送ったエステル達は、依頼を受けるために遊撃士協会へと向かった。その道中、街の子供達と同じ年齢だと思われる少年がウロウロしながら地面を探し回っていた。

 

「ねえ君、困っているようだけど、どうしたの?」

 

 そんな少年の姿を見かけたシンジが声を掛ける。すると少年はシンジが頼りないと思ったのか、バカにしたようなため息をついた。そんな少年の態度にカチンと来たアスカはシンジの手を引いて立ち去ろうとする。

 

「こんな可愛げのないガキ、放って置いてサッサと行くわよ!」

「ふん、お前達に手伝って貰わなくても遊撃士が来れば、俺の宝物を見つけてくれるさ!」

 

 少年が腕組みをしてフンと鼻息をもらすと、シンジは準遊撃士の紋章を少年に見せる。すると少年は驚いたようにシンジを見たが、直ぐに笑い出した。

 

「お前みたいなちんちくりんが遊撃士かよ!」

「アンタ、これ以上シンジをバカにすると許さないわよ! シンジをバカにしていいのはアタシだけなんだからね!」

 

 少年の言葉が腹に据えかねたアスカは少年の胸倉を掴みあげた。慌ててエステルとヨシュアが二人を引き離しにかかる。尚も少年に敵対心を向けるアスカに、ヨシュアは小さな声で話し掛ける。

 

「これも遊撃士の仕事だよ、BPが貰えるかもしれないね」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたアスカは目の色を変えた。意外とアスカはちょろい所があるなのかもしれないとシンジは思った。エステルが子供好きする笑顔で少年の事情を尋ねた。

 少年の名前はカレル。リベール王国の街を廻って行商をする母親についてロレントの街にやって来た。しかし母親の木彫りの工芸品を売ると言う仕事に退屈した彼は手伝いを放り出して街をブラブラと歩いていた時に、ツァイスの街でオーブメント技師から貰った大事な宝物である光る石を排水溝に落としてしまったのだ。

 

 「あちゃ~っ、あそこで光っているのがそれ? あたしの棒でも届きそうにないよ」

「エステル、この排水溝がどこに繋がっているか分かってる?」

 

 ヨシュアに尋ねられたエステルは首を傾げた。そんなエステルにイラついたアスカが声を荒げた。

 

「地下水路、昨日遊撃士の試験で潜ったばかりでしょう!」

「お前達、大丈夫なのか?」

 

 年下の子供、カレルに心配されるとは落ちたものである。四人で一人前だと言ったカシウスの言葉を実感するヨシュアだった。四人は素早く地下水路に潜り、魔獣を蹴散らしながら光る石を探し、カレルの元に届けた。

 

「ふーん、まあ見習い遊撃士にしてはやるじゃないか」

 

 カレルの生意気な態度はそのままだったが、感謝はしているようだった。カレルの宝物の光る石とはクオーツの結晶だった。もしかしたらカレルも将来、導力技師の見習いになるのかもしれない。遊撃士協会に預けた報酬の他に、カレルからドリルミートボールを貰った。これでシンジの料理レシピがまた増えた。思わぬ収穫とはこの事だった。

 

 

 

 

 遊撃士協会に着いた四人は掲示板の依頼を見た。自分達のランク9級で出来そうな依頼は『光る石の捜索』と『ミルヒ街道の手配魔獣』だけだった。光る石の捜索は先程の少年、カレルが出したものだろう。

 

『光る石の捜索』 達成!

 

【依頼者】:カレル

【報 酬】:30 Mira

【制 限】:9級

 

『ミルヒ街道の手配魔獣』 進行中

 

【依頼者】:遊撃士協会

【報 酬】:600 Mira

【制 限】:9級

 

 ミルヒ街道に凶暴な魔獣【パインプラント】が出没中です。

 遊撃士のすみやかなる退治をお願いします。

 

 

 

 四人は掲示板に書かれた依頼をメモして、受付のアイナの所へと向かう。まずはさっき街でこなしたカレルの依頼を報告する。報酬はたった30Mira。一人辺り7Miraとは苦笑いを浮かべるしかない。しかしアイナがBPを2ポイントもくれたのにはアスカも驚いた。

 

「どんな小さな困り事も解決するのが遊撃士の姿よ」

「なるほど、アスカに飴を与えたんですね」

「余計な事言わないの!」

 

 図星を突かれたアスカはシンジに肘打ちを食らわせた。みぞおちを突かれたシンジはうめき声を上げる。照れ隠しにしてもアスカは容赦が無い。報告を終えた四人はアイナからカシウスが引き受けていた依頼の内容を聞く体勢に入った。

 

「カシウスさんからあなた達に回すように頼まれた依頼はいくつかあるけど、緊急性が高いのはパーゼル農園からの依頼ね」

 

 パーゼル農園の名前が出て来たエステルは顔色を変えた。パーゼル農園はエステルの幼馴染であり親友であるティオの両親が営む農園だった。アスカもこの二年間、ティオとかなり絆を深めて来た。シンジも畑仕事を手伝った事があるし、ヨシュアは赤ん坊の時に子守をした縁からか、ティオの弟と妹のウィルとチェルにとても好かれている。

 アイナの話によると、夜な夜な畑に魔獣が出没し、作物を食い荒らしていくらしい。まだ怪我人は出ていないが、ロレントの街に野菜を売りに行く事も出来ず、このまま放置していれば野菜は全滅、パーゼル農園は閉園へと追い込まれてしまう。

 四人はパーゼル農園を救うため気合いを入れて遊撃士協会を出発しようとする。そんな四人にアイナは注意を促した。

 

「街からパーゼル農園に行くミルヒ街道に手配魔獣が居るから気を付けてね」

「そんなの蹴散らしてやるわよ!」

 

 アスカは笑顔でピースマークを突き出してアイナに答えるのだった。

 遊撃士協会を出た街の中を歩いていると、ルックとパットが駆け回って遊んでいるのを見かけた。

 

「あっ、エステル姉ちゃん」

「この前はごめんなさい」

 

 やって来たエステルに気が付いた子供達二人が四人の側に寄って来た。

 

「反省してる?」

「うん、この前は心配かけてみんなに怒られた」

 

 エステルに問い掛けられたルックは、真剣な顔でアスカに謝った。反省してない様子が見られたら、エステルのお仕置きが炸裂していた事だろう。子供達はもう街の外に出る無謀な事はしないと安心した四人は、ロレントの西の門からミルヒ街道に出るのだった。

 

 

 

 

 ミルヒ街道はロレントの街と西にある商業都市ボースの街を結ぶ街道だ。開けた平原には虫型魔獣が徘徊しているが、平原を貫くように真ん中に石畳を敷かれた街道は多数の導力灯に守られて魔獣が入って来れない。つまり街道を歩いて居れば魔獣と戦う事は無いわけだ。しかし……

 

「何、あの魔獣?」

 

 アスカは街道の先に、光を放つ毛玉のような魔獣が居る事に気が付いた。この街道に出没する魔獣はマルガ山道や翡翠の塔と同じようなものだが、光を放つ魔獣など見た事が無い。

 

「あれは、《シャイニング・ポム》と言うレア魔獣だよ。倒すと大量のセプチウムを落とすらしい。逃げ足も速いけどね」

「そうと決まれば先手必勝!」

「おーっ!」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたアスカは嬉々として三匹のシャイニング・ポムのグループへと突撃を開始する。エヴァに乗っていた頃もアスカは速攻を好んでいた。動物的勘でアスカの突撃を察知したエステルがそれに続く。素早い動きをする魔獣にシンジの導力銃の照準は定まらず、陣形の後方に居たヨシュアは追い付けなかった。

 

「行くわよ、エステル!」

「分かった、アスカ!」

 

 シャイニング・ポムを確実に仕留めるため、二人はS戦技である《烈波無双撃》を叩き込む。この技は単体にしか効果が無いが、数えきれないほどの棒の打撃を与える多段攻撃だ。W烈波無双撃を食らったシャイニング・ポムは息絶えて多数のセプチウムの欠片となった。残る二匹は後方に向かって一目散に逃げ始めた。

 

「待てーっ! 逃がさないわよっ!」

 

 完全にセプチウムに目がくらんだアスカは、パーゼル農園への道とは違う、ヴェルデ橋の方の道へと突進して行ってしまった。アイナの話に拠れば、その方向には手配魔獣がいたはずだ。追いつかないとアスカが危ない。陣形なんて気にせずにシンジは疾走した。

 

「何よコイツ!」

 

 アスカは既に手配魔獣、パインプラントに遭遇していた。名前の通り、パイナップルの化け物のような姿をしていた。するとパインプラントの身体が光り始めた。アスカを標的にした導力魔法の詠唱を始めたのだ。

 アスカと追いついたエステルは導力魔法の詠唱を妨害しようと魔獣を棒で殴るが、魔獣はものともしない。そして魔獣から解き放たれた水属性の攻撃魔法、アクアブリードが発動し、噴射する水流がアスカを直撃する!

 突き飛ばされたアスカは転倒したが直ぐに立ち上がった。移動しようとしない魔獣を見て、アスカはまた棒でボコボコにしようと近づこうとした時、バトルスコープで魔獣を分析したヨシュアが警告を発した。

 

「二人ともその魔獣から離れて! 死ぬ時に自爆するらしいよ!」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたエステルは慌てて魔獣から距離を置いた。接近戦は無理となると、シンジの導力銃か導力魔法で戦うしかない。エステルの風魔法やヨシュアの時魔法はそれほど効き目はない。ここで遂にシンジが大活躍! ……とはならなかった。アスカの放った火属性の導力魔法、ファイアボルトが魔獣を焼き尽くしたのだった。植物系の魔獣であるから、それは道理だった。

 

「とほほ……」

 

 肩を落とすシンジに、エステルが励ます様に「明日があるよ」と声を掛けるのだった。

 

 

 

 

 四人は少し道を引き返す形でパーゼル農園に到着した。魔獣除けの作に囲まれた畑にはニンジン、トマト、キャベツ、ナス、トウモロコシが植えられており、牛や鶏が暮らす小屋があった。イチゴなどのフルーツを育てる温室まで備えている、それなりの設備と広さを持った農園だった。

 

「いつ来てものどかな場所よね。魔獣なんて出る感じじゃないし」

 

 アスカは伸びをしてリラックスをした様子で呟いた。

 

「とりあえず、ティオに話を聞いてみようよ」

 

 四人は農園の中を見回しティオの姿を探す。農園の中で遊んでいたのはウィルとチェルの双子の兄妹だった。二人はヨシュアの姿を見ると嬉しそうに駆け寄る。この二人がヨシュアになついているのは、赤ん坊の頃からヨシュアが子守をしていたからだった。

 パーゼル農園に双子の赤ちゃんが生まれた時、初めてエステルに連れて来られたヨシュアは、身体に包帯を巻いていた。その怪我の原因の半分はエステルによるものなのだが、畑の収穫仕事が出来ないと判断したティオの母親であるハンナは、ヨシュアに双子の赤ん坊、ウィルとチェルの子守を頼んだのだ。

 

「ねえヨシュアお兄ちゃん、遊んでよ~」

「ごめんね、今日は仕事で来たんだ。後で時間があったらね」

 

 ウィルにせがまれたヨシュアは、優しい笑顔で両親の居る場所を尋ねた。ウィルとチェルの話によると、両親は不在で、奥の牛舎にティオは居るのだと言う。話を聞くだけなら自分達だけで十分だとヨシュアを置いて、三人はティオの所へと向かった。

 

「やっほー、ティオ」

 

 エステルに声を掛けられたティオは牛舎での作業を止めて三人の方を振り返った。

 

「エステル、それにアスカも! 遊びに来てくれたのは嬉しいんだけど、それどころじゃないのよ」

 

 ティオはそう言って困った顔になった。三人は依頼を受けたカシウスの代わりに魔獣退治をしにやって来た事を告げた。三人の準遊撃士の紋章を見て、ティオは依頼をエステル達に任せる事を決めた。

 

「ここ数日魔獣が出て、私もすっかり寝不足なの」

「じゃあ魔獣は夜に出るのね」

 

 アスカの言葉に、ティオはこくんと頭を振ってうなずいた。よく見ればティオの目の下にはクマが出来ているように見えた。睡眠不足だけではなく相当ストレスも溜まっているのだろう。親友を何としてでも助けなければとアスカは思った。

 しばらくすると、ロレントの街の遊撃士協会に陳情していたティオの両親が戻って来た。四人の姿を見ると、ティオの母親であるハンナと父親であるフランツは嬉しそうに声を掛けた。四人が準遊撃士になった事を自分の家族の様に喜んでいるようだった。

 ティオの両親と四人は、家の中でダイニングキッチンの椅子に腰かけてじっくりと腰を据えて話す事になった。

 

「なるほど、カシウスさんの代わりにね。でも、あんた達だけで魔獣退治なんて危ないんじゃないのかい?」

 

 ハンナは一応納得はしたようだが、四人の事を心配している様子だった。ヨシュアは準遊撃士の紋章を見せて、真剣な表情で遊撃士協会の許可は得ているのでやらせて欲しいと訴え、最後にはハンナの方が折れた。

 

「それで、どんな魔獣が出るの?」

「暗くて正体は分からないんだが、丸っこい猫のような魔獣でね。夜中に数匹で現れて畑の野菜を食い散らかせて行くんだ」

 

 エステルの質問に、フランツは眉間にしわを寄せて本当に困っている表情で答えた。

 

「人に危害を加えるほど凶暴ではないんだけどね、捕まえようとしても逃げ足が速くて見失っちまうんだよ」

 

 ハンナの話を聞いた四人の頭に、先ほどミルヒ街道で遭遇した魔獣、シャイニング・ポムが思い浮かぶ。一匹を捕えても、他の魔獣に逃げられては依頼達成とは言えない。何か対策を考える必要がありそうだ。

 

「夜の間に出現するとなると、それまで待つ必要がありますね」

 

 ヨシュアは考え込むような表情でそう言った。朝にカシウスを見送り、遊撃士協会に行って寄り道をしながらパーゼル農園に来たものの、まだ太陽は高い位置にある。

どうやらウィルとチェルの相手をする時間はありそうだ、とヨシュアは思った。

 

「それなら夕食も家で食べるんだろう?」

「やった、ハンナおばさんの料理、とっても美味しいもんね」

 

 ハンナの言葉を聞いたエステルはパッと輝く笑顔になる。その期待に応えようとハンナも張り切ってキッチンに立つのだった。

 

 

 

 

 そして楽しい夕食も終わり外に夜の帳が降りた頃。ヨシュアとシンジはリビングでウィルとチェルの相手をしていた。エステルとアスカはティオの部屋でベッドに腰かけてガールズトークを繰り広げていた。

 

「ええっ、ヨシュアってそんなにモテるの?」

 

 ティオの話を聞いたエステルは驚きの声を上げた。ヨシュアが街の大人達や子供達に好かれている事は姉として誇らしく思っていたが、女子のハートまで盗んでいたとは思ってもみなかった。

 流れるような黒髪と綺麗な琥珀色の瞳、線の細い整ったヨシュアの顔立ちは、女子だけでなく男子も「女装させたらイケるんじゃない?」と思わせるほどだ。さらに人当たりの良さと、エステル達がトラブルに巻き込まれてもフォローする面倒見の良さ、決定的なのは夕方ヨシュアが独りハーモニカを吹いていた姿が絵になると言う。ティオとエリッサも思わず惚れ込んでしまうほどだったらしい。

 

「ロレントの街のほとんどの女の子が交際を申し込んだって話よ。クルーセちゃんが大げさに言っているだけかもしれないけどね。でも、全部断ったみたいだけど」

「し、知らなかった。あたしにそんな事隠していたなんて」

 

 ティオの話を聞いたエステルは動揺を隠せなかった。自分とヨシュアが一緒に居る時はそんな素振りは感じ取れなかった。それは街の人々にはエステルとヨシュアはお似合いのカップルだと目に写っていたから、エステルの前では遠慮していたのだろう。そんなエステルの反応を見て、ティオは大きなため息を吐き出す。

 

「まあ誰かに相談するような話じゃないし。エステルにはなおさら無理よ」

 

 ヨシュアの話を聞いて落ち着かなくなったのはアスカである。シンジもヨシュアに似た雰囲気を持っているためモテモテになっている可能性がある。シンジの優しさを独占したい、そんな思いを秘めているアスカはシンジが他の人に優しくしている所を見るとヤキモキしてしまう。さらにその相手が年頃の女性だったら……。

 

「シ、シンジの方ははどうなの?」

「シンジ君はそんなに目立ってはいないかな。母性本能をくすぐられるような可愛さはあるけど。でもエリッサと良い雰囲気なんじゃない。同じアーベントでバイトしてたでしょう。でも鈍感なシンジは気が付いてない様子かなあ」

 

 あの天然娘のエリッサの事だ、シンジに恋愛感情を抱く事は無いかもしれない。でも自分と同じ年齢の年頃の娘だ。自分とシンジが友達以上恋人未満だと強調してもスルーされそうだし、どうしたものか……とアスカが考えていると、部屋のドアがノックされる。声の主はヨシュアのようだ。

 

「エステル、アスカ、そろそろ見回りの時間だよ」

「分かった、ティオは安全な家の中で待っていて。あたし達が魔獣を追い払ってやるから!」

「追い払うだけじゃダメよ、とっ捕まえて懲らしめてやらなきゃ!」

 

 エステルとアスカはそんな事を話しながら部屋を出て行った。廊下ではヨシュアとシンジと話しているからなのか、賑やかな声が聞こえて来る。その話の内容まではティオには聞き取れない。

 

「相変わらずエステルはこの手の話には鈍いし、アスカは素直になれないし。ヨシュアもシンジも苦労しているわね」

 

ティオは二人が出て行ったドアを見つめてそう呟くのだった。

 

 

 

 

「ヨシュア、あたしに何か隠し事していない?」

 

 ティオの部屋から出るなり、エステルはヨシュアに質問を浴びせた。ティオに何か吹き込まれたのか、それとも……。ヨシュアはシンジに鋭い視線を送ったが、シンジは必死に首を横に振って否定した。このタイミングでそれは無いか、と思ったヨシュアはシンジに謝るように微笑みかけ、まだ何か言いたげにしているエステルの方を向く。

 

「困った時は相談になるから……その、恋の悩みとか」

「ハァ!?」

 

 エステルは顔を赤らめてそう言うと、ヨシュアの気持ちを代弁したのはアスカだった。何を言っているんだこの娘は、鈍感力ならシンジと良い勝負だ、とアスカとヨシュアは深いため息を付いた。今はどんな言葉を言ってもエステルには理解できないだろうと、ヨシュアは受け流して依頼に専念する事にした。

 四人が家の外に出ると、辺りは家から漏れ出る明かり以外、暗闇に包まれていた。導力灯で農園をぐるっと囲めば安全なのだろうが、道力灯は大型のクオーツが使われていて定期的なメンテナンスが必要、公道や重要な公共施設に設置される高価なものであり、一般の家庭には手が出せない。

 今夜は新月、月明かりの無い夜空にはたくさんの星の瞬きが見える。照らすものが無いと言う事は、畑を荒らす魔獣にとって絶好の機会だ。このチャンスを魔獣が見逃すはずはない。きっと魔獣は姿を現すと四人は確信していた。

 

「戦力を分散させるのは危険だけど、手分けして魔獣を探そう」

「そうね、農園全体をカバーできないと意味がないわ」

 

 ヨシュアの提案に、アスカも賛成した。不安を感じたのはシンジだった。自分の武器は遠距離攻撃用の導力銃、今まで魔獣と戦う時は誰かが盾になって守ってくれた。そんなシンジを安心させるように、ヨシュアはシンジの肩に手を掛ける。

 

「大丈夫、直ぐに駆けつけるから。それよりも、魔獣を逃がさないように足止めを頼んだよ」

 

 魔獣が遠く離れた場所に居る時、直ぐに足止めが出来るのは導力銃だ。導力魔法は詠唱時間があるので即効性に欠ける。今度こそシンジの長所が発揮される時だ。

 射程の短い双剣を装備しているヨシュアは、温室へと向かったが、流石に中には入り込んでいない様子だった。

 中心に位置するキャベツ畑の辺りを捜索したのはアスカ。虫の声以外聞こえるものは無い。

 

「アタシ達の気配に気が付いて、警戒しているのかしら?」

 

 今日決着を付けなければ、また明日も続けなければいけなくなる。寝不足になっているティオのためにも、長期戦は避けたい。またパーゼル農園から野菜を仕入れているロレントの街の人々も困る事になる。

 牛舎の方を見て回ったエステルも、魔獣の気配を感じる事はなかった。近くに魔獣が現れれば牛や鶏が騒ぎ出すし、お目当ての野菜も無い。可能性としては低い場所だった。

 シンジは家の物陰から、農園の中を見回していた。明るい所からなら、見渡せる距離は広い。そして牛舎から出て来たエステルが、畑の小道を飛び跳ねるように歩いてた小型魔獣と鉢合わせになったのを目撃した。

 エステルに気が付いた魔獣は猫のような鳴き声を上げる。逃げようとした魔獣の足元にシンジの導力銃の弾が炸裂する!

 動きを止めた魔獣にエステルが詰め寄り、銃声を聞いたアスカとヨシュアも駆けつけて参戦する。畑に侵入していた魔獣はその一匹では無いらしく、合計三匹の魔獣との戦闘になった。ヨシュアがバトルスコープで魔獣を分析すると『畑荒らし』とそのままの名前が表示された。これが目的の魔獣に違いない。

 直線状に並んだ魔獣の姿を見て、ヨシュアは《絶影》と言う戦技を発動させる。二匹の魔獣は駆け抜けたヨシュアに倒され泡を吹いて倒れる。残るはアスカとエステルに包囲され、シンジが狙いを定めている一匹だけだ。すると魔獣はペタンと横になり、死んだふりをした。

 抵抗する素振りが無くなった三匹の魔獣を、四人は家から出て来たティオの家族達の前に突き出した。魔獣達は「みゅう~」とか「にゃおん」などと子猫のような声を上げて大人しくしている。

 

「さすが遊撃士だ。私達が追いかけると逃げ去ってしまう、このすばしっこい連中を

捕まえてしまうとはね」

 

 フランツが感心したようにため息をもらす。食い荒らされた野菜の被害はそれほどでも無かったが、家族で毎晩魔獣の影に悩まされるストレスは相当のものだった。

 

「この魔獣達、見逃してあげるわけにはいかないかな?」

 

 シンジがそう提案すると、ヨシュアは厳しい目つきでシンジをにらんだ。

 

「僕達は魔獣退治に来たんだよ。敵に情けを掛けてどうするのさ?」

「でも痛い目に遭ったから、もう畑を荒らさないと思うし」

 

 シンジの言葉に同調するように、三匹の魔獣はペコペコと頭を下げて謝りだした。その仕草はパーゼル農園の家族にかわいさも感じさせるものだった。そんな魔獣の仕草を見てもヨシュアの表情の厳しさは変わらない。

 

「また畑を荒らされたら、どう言い訳するつもり? 禍根はここで断ってしまうべきだよ」

 

 ヨシュアの言葉は道理に合っているものだった。しかし、パーゼル農園の家族達は魔獣の命まで奪うのには反対した。人間と同じように、この魔獣達もこの土地で暮らす存在、人間の自分勝手な都合で命を奪っていいものではない。

 

「ヨシュア君、私からも頼むよ。今回は彼らを逃がしてあげてはくれないか」

 

 パーゼル農園の主であるフランツがそう言うと、ヨシュアは自分を落ち着けるためにすうっと息を吐き出した。そして穏やかな表情になってフランツに答える。

 

「分かりました、被害に遭った皆さんがそう仰せられるならば従います」

「良かった」

 

 パーゼル農園の家族と同じく、魔獣達の命が助かると知ったシンジも安堵の息を吐き出した。フランツはこれから柵を強化するなどの対策を講じると言う。これにて一件落着と言ったところか。

 

「あんた達、みんなに感謝しなさいよ」

 

 エステルが床にひれ伏す魔獣に近づいて声を掛けると、そのうちの一匹がエステルに襲い掛かった!

 さっきの戦闘で死んだふりをしていた魔獣は体力が残っていたのだ。その魔獣の鋭い爪がエステルを傷つける前に、ヨシュアはその魔獣の首をためらいも無く刎ね飛ばした!

 その首を切り離された魔獣の身体はドサッと崩れ落ち、残りの二匹は泡を食ったように逃げて行った。何とも言えない重い空気が辺りを包む。

 

「とりあえず、今日の所は泊って行ってくれ」

 

 フランツの提案に従い、四人はティオ達と共に家の中に入る。夜ももう遅い、後は男女別に客間に分かれて寝るだけなのだが、暗い表情をしたヨシュアは動こうとしなかった。不思議に思った皆の視線がヨシュアに集まる。

 

「僕のせいで、皆に嫌な思いをさせてごめん」

「さっきの事なら、みんなそうな風に思ってないわよ。現に魔獣はエステルを襲ったし、ヨシュアの言った事は間違ってないわ」

 

 アスカがヨシュアを励ます様に声を掛ける。周りの皆もアスカの言葉に同調し、気にするなとヨシュアに笑顔を向けた。しかしヨシュアの表情は晴れなかった。

 

「僕は心の冷たい人間なんだ。今でも敵は排除すべきだと思っている。皆と違って、可愛そうだという感情が無いんだ。こういう自分が嫌いで仕方がないんだ……」

 

 暗い顔で独白を続けるヨシュアを、エステルは怒った顔で見つめる。

 

「僕は不完全な人間で、心の何処か壊れているのかもしれないな……」

「アンタバカァ!?」

 

 そう言ったのはアスカではなく、エステルだった。本家本元のアスカは驚いてあんぐりと口を開けている。シンジもアスカ以外からその言葉を聞くのは初めてだった。気圧されたのはヨシュアも同じだった。エステルに迫られたヨシュアは後ろに後ずさる。

 

「自分の事を勝手に決めつけないでよ! この5年間、あたしはずっとヨシュアの事を見てきた! 良いところ、悪いところは誰よりも知っている自信がある! 多分、ヨシュア本人よりもね!」

 

 エステルがそう宣言すると、見守っていた皆からも歓声が上がる。少し照れくさくなったエステルだが、もう一息と、言葉を吐き出した。

 

「このあたしを差し置いて、心が壊れているなんて言わせないからね!」

「ごめん……」

 

 エステルの言葉を聞き終えたヨシュアは消え入るような声で謝った。

 

「でも、今日はヨシュアが自分の弱い面をさらけ出してくれてよかった。ヨシュアってば独りで悩み事を抱えているんだもの」

「そうそう、いつだってアタシ達を頼ってくれていいのよ、家族なんだから」

 

 エステルとアスカの言葉を聞いたヨシュアは、感無量と言った様子だった。顔を伏せたまま体を震わせ、呟くような声でそばにいたシンジに尋ねる。

 

「こんな時、どんな顔をしていいのかわからないんだ」

「笑えばいいと思うよ」

 

 シンジの言葉を聞いたヨシュアは、ハッと気が付いた表情になって皆に向かってとびっきりの笑顔になった。その晴れやかなヨシュアの表情を見たパーゼル農園の皆は、久しぶりの安眠を貪るのだった。

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