過去編 出会い
これは矢吹としのぶが出会った時の話である。
「ねぇしのぶ?あの子の服を買いに行かない?ほらやっぱり女の子なんだから可愛い服とかいるんじゃない?」
そう突然カナエがそんな事を言い出した、カナヲと言うのはこの間闇商人が何処かへ売ろうとしたのを保護した子供の事だ。つい咄嗟に助けた子供なので
「そんな外に出る訳じゃないんですからいいです、私の時のようにまた高い服でも買われたら困ります。」
「もうそんな事言わないの、服が数着だけと言うのも可哀そうでしょ?それに例え今着なくてもそのうち着るようになればいいじゃない。」
「…わかりました、ただ私も一緒に行きます。」
「ほらカナヲ一緒に服を買いに行きましょうね~。」
「あらこんな朝早くから誰かしら?」
「ねぇさん!私いま支度をしているので出て下さーい!」
今しのぶは出かける準備をしているのでカナエが玄関まで行き戸を開ける、そこには青色の羽織を着ている額当てをした人が立っていた。その人物はこちらに鋭い眼光を向けその眼力に思わずカナエは引いてしまう。
「あなたが胡蝶様ですね?」
「あの…どちら様で?」
「申し訳ない挨拶が先でした、私の名前は夜船と申します。ここの近辺で警察をしている者です。」
その場で綺麗な一礼をする。思わずそれに返事を返すがカナエは警察がここに来る理由がわからない。自分たちが鬼殺隊と言う事は知らない筈なのでここに来た理由を直接聞く事にした。
「その警察の方がここにどのような件で?」
「数日前に橋の上で奴隷売買がされたと言う話を聞きましてね。その件で来ました。」
「あ。」
それを聞き思わず間抜けな声を出してしまった。そして夜船はそれを見て瞳がさらに細くなりカナエの心にやってしまったと言う罪悪感が生まれ少し寒気を感じる。だが相手はそんな事を気にせず続ける。
「数日まえ奴隷売買をしている男を逮捕しました。決め手になったのはあなたともう一人の女性がその男から子供を買ったと言う証言が取れました。そしてその男からも色々吐かせた所その証言を認めその購入した女性たちの容姿を聞き捜査したと所今に至る訳です。
この事について何か言う事は?」
「えっと、その…」
その事について思わず口が上手く動かない、突発的に起こした事とは言え傍から見れば奴隷を購入した客だ。しかも人目など気にしなかったので言い訳しようにも証言が多すぎて意味がない。
いつものカナエなら冷静に対処できた筈なのだが何故か緊張して冷静になれない。そしてそのカナエの様子を見て夜船はどんどん冷たい雰囲気を出しながらこちらを眺めていた。
「姉さん、どうしました?」
すると後ろからしのぶが支度を終えこちらに来た、その後ろには例の子供もおりカナエはさらに焦り始める。しのぶの方はカナエの様子を見て玄関の方に視線を向け夜船と目が合った。
「…そちらの子供は?」
「この子ですか?別にこの子が何であろうが関係ありません。」
「そう言う訳にはいかない。見る限りあなたとこの女性は姉妹ではあるがその子供は違う。恐らくあの橋で買った子供何でしょう?」
「どうしてこの子と私たちが姉妹じゃないと?」
「あなたたちは幾つかの目撃証言はありますがその子供といたと言う証言は何処にもなかった。それに買われた子供と容姿がとてもよく似ている。髪型は多少違いますが…」
そう言うと懐から似顔絵を見せる、胡蝶の二人とその子供の顔が書かれていた。とてもよく似ておりカナヲの方は容姿を整えたため少し違うが残り二人の容姿にいたっては顔と特徴的な蝶の花飾りがあるため見間違いようもない。
「私たちはただ子供を助けただけです。それの何がいけないんですか?」
「だから買ったと?ふざけているのか?刀を持って夜徘徊している癖にそんな言い訳通じると思うのか?」
その事を聞き思わずカナエとしのぶの目が少し開かれる。その事を知っているのは自分たち鬼殺隊だけの筈だ。助けた人たちにも口裏を合わせてもらい目撃者も出さないように慎重に行動していた筈、そのため今まで何もなかったのだ。なのにこの男は知っている、カナエはここ周辺で鬼狩りをしてきたが彼のような人物は知らないししのぶの方を見ると身に覚えが無いようだ。自分たちの事を尋ねに来た人物に警戒が高まり何故か冷たい空気がその場に漂う。
「そう言う言い訳は聞き飽きている。詳しい話は所で聞こう。そもそも子供の事だけ聞きにきたわけでもないし取り敢えず同行してっあいた!?」
「お前真面目過ぎ。」
後ろからこずかれて頭を擦る夜船、そしてその後ろには若いザンバラ髪の男がこちらを向いていた。
「あ~うちの若いもんが少し大人げなくてごめんな。まあ色々と聞きたい事があるから来てくれるかな?」
そう優しく言ってきた、胡蝶たちは取り敢えずそれに応じそのまま同行していった。
「何でですか!!納得できません!」
そう怒鳴りを上げる矢吹、彼は瀬戸組の屯所で胡蝶たちの事情聴取が終えた後その結果を待っていた。だがその結果が彼が思っている物とは違ったようだ。
「どういう事ですか!彼女たちを見逃す何て!」
「だからちゃんと調べた上での結果って言っただろ?そんな怒鳴らなくても…」
「あいつらが何もしていないとでも?実際に目撃証言や証拠もあります。」
そう言うと自分の懐からその証拠となる書類を出す、それには彼女たちのことが事細かく書いてありこれらは矢吹が実際に調べ上げた物だった。
「彼女たちの仕事について質問を行いましたが何一つその事については言いませんでした、理由は定かではありませんが何を働いたらあんなに良い家を持つ事ができますか?金の動きは残りやすいのに彼女たちにはその動きがわかりません、こんなの臭すぎます。」
人は働いた以上何かしらの証拠や記録等は残る、にも関わらず彼女たちにはその記録も証拠も何一つなかった。それに彼女たちは家を持ちさらにそこまで貧しい家と言う訳ではなかった。となると収入は安定している事になるがその仕事先が一行にわからないのだ。そして彼女たちには夜に刀を持って徘徊していたと言う目撃証言がある、これは矢吹が実際に見て回り怪しいと思う場所を見つけそこを中心にして探した結果料理の仕込みをしていた男性から彼女と似た人を見たと言う証言を得たのだ。
「どうせろくな事していないに決まっている、なのに何で見逃すんですか?」
「だからその証拠が確実じゃないから捕まえられないだろ?」
そう証拠が確実ではないのだ、見つかっているのは目撃証言だけ、それに彼女の家を調べても刀は見つからずその証拠も見つかる事はなかったのだ。そのため捕まえるための確実な物がなく事情聴取だけを行いそのまま釈放と言う形になった。
「それじゃあの子供は?」
「…一応違反は違反だからな、本来ならこっちで預かる筈なんだが…その…」
「何です?」
「…彼女たちに任せるって言ったら、怒る?」
「はぁ!?」
そう思わず切れ気味の声を出す矢吹、瀬戸の方はそれに怯え少し小声気味に言った筈なのだがしっかりと聞こえていたようだ。そして矢吹の方は机を大きく叩き瀬戸に言い寄る。
「違反なのだからこっちが預かる筈でしょう!?それを何で…」
「いやだからさ何か事情聴取してみたけどよ、そこまで悪い人には見えなかったし任せてもいいかなって…」
「私の話聞いてましたか!?身元の怪しい二人組なんですよ!?」
「けどよあの子の様子を見る限りそこまで酷い事はされてないようだしよ、虐待してるのなら考えたけどそうじゃないのならあのままでいいんじゃないのか?」
「それは、何でですか?」
「あの子の気持ちになってみろ、今の所一番信用できるのは彼女たちだ。それを無理矢理引きはがすのはちょっと酷な話じゃないか?」
確かに、違反は違反だが別に違反をしたからと言ってそれをした人をすべて捕まえると言うのは権力の横暴だ。実際に彼女たちがしている事は人として良い事だ。それを法に従って別れさせると言うのは少し酷い話だ、とは言え彼女たちの身元が判明しておらず目撃証言を得ているのもまた事実、そんな人物に任せてもいいのかと言う不安があり矢吹は少し納得のいかない顔をしている。
その後は彼女たちは瀬戸の言う通り解放、奴隷の子も彼女たちが保護をする形で預かることになった。ただ矢吹の方は不満なのか次の仕事に移り気を紛らわせることにしたようだ。そして瀬戸はというと岩神と一緒にいた。
「はぁ~もうホントに胃が痛い…矢吹の奴真面目過ぎるのもな~」
「て言っても矢坊が言っている事も一理あるやろ、あいつら怪しいのは事実だ。」
「まあそうなんだけどさ、何かそんなに悪い人じゃなさそうなんだよな。」
「お前またそんな事言って、矢坊がそんなんで納得する訳ないだろ。」
「わかってたんだけど、言うしかなかったんですよ…」
「行き当たりばったりなだけやろ。」
そう辛辣な声が瀬戸に響く、と言っても瀬戸組のものならこんなことには慣れている。瀬戸は証拠がどうのこうのよりは実際に人を見て決めることが多いのだ。そのためよく矢吹などからおしかり等を受ける事が多いのだが何故かそれが上手くいく事が多くそのため結果論だがそのまま終わる事があるのだ。
「まあお前のことだから大丈夫だろうが…あんまり矢坊に心配かけさせんなよ。あいつも固すぎるのも悪いんだけどよ。」
そう矢吹を心配する岩神、瀬戸の方も窓の方を見て空の景色を眺めていた。
「…はぁ。」
そうため息が漏れる、暗い道を歩いていきそのまま目的もなく進んで行く。まったく局長にも困ったものだ。よりもよって独断であんなことを…とは言えよかったかもしれない。事情聴取を行って彼女たちの人柄は何となく理解していた。妹の方は少し硬いが姉思いな人だ。姉の方は少し抜けているように見えるが妹よりもしっかりしている点がある。
「悪そうではなかった。けど…」
不安要素が多すぎる、仕事柄は不明、経緯も不明、それに彼女たち…恐らく強い。あの時俺が彼女たちの家に来た時一瞬ではあるが殺気があった、それにあの身構え方…恐らくではあるが戦い慣れている。それに彼女たちが着ていた服、着物の方は綺麗だが中に着込んでいた物は恐らく同じもの、着物の中にあの服を着るには少しおかしい。それにそもそも着物を着ているのに何故中にあれを着る必要がある。
「統一性、何かを誇示する物?それともただ彼女たちの趣味?いや花柄の着物を着ている癖にあの隊服は少し浮くな。…ん?隊服?」
今自分が口にした言葉、隊服と言った。そうだ何処かでみたような物だと思ったら組で着る隊服に似ている。もしかして姉妹揃って何かに所属している。なら統一性の意味合いも込めて揃えるのはありえる。
「…チッ、情報が足りない。取り敢えず今の仕事を終わらせたらもう少し深く調べてみるか…」
そうとなれば切り替えよう、今回の仕事は四日前ここ周辺で起こっている殺人事件だ。死体は全部弦方が崩れ身元も判明が不明な程傷つけられていた。恐らく死因は出血多量によるものではあるが急所関係なく深い傷によるものが多い。それに傷の方を見るととても人によるものとは思えない。どちらかと言うと動物による被害でできた死体によく似ている。
「だが動物が迷い込んだと言う形跡はなかった、それに動物による飲食店や貯蔵庫が襲われたと言う話は聞かなかった…それに傷痕からして熊でもなければ犬でもない。西洋には動物の形を模した武器があると聞くがもしやそれか…」
聞いただけだが…と言うことはこれは南米人のもの?となると外交問題が出てくるかもしれない。少し用心しなければ…
「…ん?見つけたか…」
そう上空を見ていると何かが矢吹に向かって行く、それに応じるように片腕を上げるとそこに一羽の鷹が止まった。そその鷹は矢吹の方の顔にすり寄る。
「こらこら甘えるんじゃない、報告しなさい。」
そう言うと鷹は甘えるのをやめその場から飛び去る、そして声を上げながら矢吹が見える位置で飛んでいき矢吹はその鷹を追う。その鷹が途中でその場を周りだしその下に見つけた物を指している。矢吹が何かを見つけた場合その上空で回るように教え込んだのだ。鷹の方が目がいい、とはいえ夜なのでそこまで遠くを見ることはできない。だがそれでも鷹の目の力は確かなものだ、例え夜であっても月明かりさえあれば問題ない上訓練もさせているので多少暗くともある程度見えるようにしてある。
(さて、何が出ることやら…)
鷹が回っている下を見る、そこは普通の一軒家で外から見てもなんら変わっていないように見える。だが矢吹は得意の直感と風に乗ってくる血の臭いに顔を歪める。矢吹は基本的は独断で動くことが多いが仕事をする際は隊員を連れている事の方が多いのだが、こうやって下調べをする際やイラついた時などはこうやって一人で動くことがある。
(見ていてはわからんな…入るか)
壁から身を出し問題の一軒家に向かって行く、一応戸を叩いてい見る。
「すいません、警察の者なのですが…」
反応は無かった、そんな事はわかりきっていたので壁の方に耳を当てる。だいたいの家には防音耐性はない、豪邸であれば話は変わって来るがこのような普通の家は意外と壁に耳を当てれば中の音が聞こえてくる事がある。
(…何かいるな。)
中で畳を踏み木がきしむ音が聞こえた、恐らく人が動いたのであろうがこっちに向かって来る感じがしない。矢吹は戸の方に手を掛けてみる。もちろん鍵はかかっている、だが矢吹は裾から道具を取り出すとその鍵に何かを突っ込み解錠した。鍵を作られ空き巣にあうことが少なくなった時代ではあるがこのように道具を用いて鍵を使わずとも解錠する方法はある。家の作りが高くなればなるほど難しくなってくるがそんな豪邸に入る機会なんてないだろう。
「…静かだな…それに…」
そう呟き向けた視線の先には血痕がある木の廊下があった、壁にも付着しておりそれを見た矢吹は腰に下げてある警棒に手を掛ける。廃刀令が決められた時代のため刀を持つことはできず木刀を持って仕事をする訳にもいかないので警棒を持つことになった。とは言え案外使いやすいし鍔を付けて警棒をある程度長くすれば刀と使用感を同じにすることができる。
周りを警戒しながら廊下を歩いて行く、不気味な静かな音に歩いたおとによる気が軋む音が聞こえそれを際立たせる。そして少し広い部屋に出た、食事をする場所だろう。鉄釜とまな板などがおかれており日本の昔の生活空間があった。
「ここじゃない…この隣か。」
この居間から左側に別の戸がある、恐らく寝室だろう。少し警戒を強め忍び歩きで向かって行く。そして戸を少しだけ開いた。そこには上半身が裸の男がいた、肌色は悪く髪もザンバラ髪、そしてその男の近くにはこの家の家主だろう人物だちが血を流して倒れている。それを見た矢吹は戸を開き中に入った。
「動くな、瀬戸組の五番隊の隊長の矢吹だ。お前を不法侵入および殺害の容疑で拘束する。」
そう警棒を向ける、すると相手はゆっくりとこちらに顔を向けた。そこには異形の顔があった。目は大きく開かれ眼光は目の血管がはっきりとわかった、そしてその額からは小さな突起物がありまるで角のようになっている。矢吹はその異形の顔にも驚いたが他にも驚いた所があった、それは手だ。武器がない、目を動かし見回しても家主たちを殺したであろう武器が何処にも見当たらない。だが腕には返り血がついている、手に至っては真っ赤だ。
(まさか手で…いやそんなことはできない。)
人の体は他の生物と比べれば見劣りするがそれでも同じ人で殺せるほどやわじゃない、首を絞めるなどになると話は変わって来るが家主の死因を見てみると明らかに刃物のようなもので切られた痕がある。人の手でそんな器用なことなんてできる訳がない。だがそれ以外に見つからない。
「何だ追加か?こいつらの息子か?」
「…あいにくここの息子ではない、警察だ。大人しくしておいた方が身のためだぞ。」
「何だ鬼殺隊じゃないのか…」
きさつたい?なんだそれはたいは恐らく隊だろうがきさつとは何だ?こいつがその名前を上げたと言うことはそのきさつ隊と言う奴らがこいつを探しているのか?そんな警察は聞いたことがない。
「…ちなみに聞くがお前はここで何をしている。」
「へへ食事だよ食事、人間食わねぇと強くなれねぇしな。」
「…人食か…南米にはそのような文化があると言われたが…あまり聞きたくなかったが。」
構える、恐らくもはや会話のよちはないだろう。捕らえて牢屋に入れるしかない。話はそれからだろう。だが矢吹は謎の悪寒を感じていた。そのため少し下がってしまう。それを見た謎の異形は不気味な笑みを浮かべてしまう。
「へへ、びびってんのか?怖がりちゃんだな。」
「君の顔を見ればな…何があった。」
それを聞いた異形の瞳孔が小さくなった、どうやら気に障ることを言ったようだ。
「決めた、お前はぶっ殺す。」
その声とともに異形は矢吹に飛びかかる、血まみれの爪が矢吹の横を通り過ぎた。異形は思わずそれに驚いき振り返る。
「てめぇ何しやがった!?」
「簡単な歩術だ、上半身を動かさず下半身だけを動かす。素人から見れば気味の悪い動きだろうな。」
右足を前に左足を後ろに相手に対して横に向く、顔を異形に向け左腕を顔の後ろに上げ手を開きその開いた手に警棒の柄を当てる。異形はその姿を見て恐怖を感じた、異様に洗礼された構え、そして研ぎ澄まされた眼光、そこから発せられる殺気が異形を脅かす。
(こ、こいつ…普通の人間じゃない!)
今まで殺してきた奴らとまるで違う、今までは追いかければ逃げた。逃げた奴は何も出来ずに俺に殺されてそして食われていった。にも関わらず今目の前にいるやつは何かが違う。特に面構えが、俺のことを怖がっていない。こいつ普通の暮らしをして生きていない!
(焦んな焦んな、それでも人間相手だ。どうとでもなる。)
(見た目と性格に似合わず冷静だな、こいつ殺しなれている。)
矢吹の方は得意の分析能力でその意図を察した。異形の方はゆっくりと矢吹の方に距離を詰めていく。異形は素手だ、攻撃をするにも距離を詰めなければならない。最初に飛びかかったのは今まではこれで対象を殺せたが矢吹がただ者ではないと判断し直した結果まず距離を詰めることにした。矢吹は構えを解かずそのまま待つ、そしてある程度距離を詰めると異形は止まった。異様な空気、提灯の火が薄暗く二人を照らしている。
異形が動く、姿勢を低くした攻撃、矢吹は上に警棒があるので下から仕掛けた。それに矢吹は突きを放った。その突きは異形の肩に当たりその突進は止まる。矢吹はその突進が加速をする前に止め異形の方も肩の警棒をどかし矢吹に向かって手を伸ばす、だが矢吹は冷静にその場から一歩下がりその腕を警棒で弾く。そしてもう一歩下がり間を取る、矢吹は警戒していた。さっきから感じる違和感に直感に従って距離を取っている。
異形はそのまま何もせず突進する、矢吹はそれは下がりはせず警棒を垂直に持ちその突進を受け止めると相手の突進を崩しそのまま横に流す。相手はそのまま勢いを殺しきれず壁に激突しようとするがそれを異形は受け身を取り矢吹に再突撃をする。矢吹は異形の早い対応に思わず驚いたが警棒で伸ばされた手を絡め取り地面に叩きつける。
(捕らえた、このまま!)
そのままねじり動かせないように拘束、にしても何て力だ。さっきの反応速度といい何故か普通の人間とは違和感がある。それに臭い…腐敗臭がある。この匂いがこの異形から放たれているのも気になる。
「大人しくしろ、下手に動かすと外れる。」
「へへそうか、外れんのか…」
そう言うと相手は腕に力を込めた、そして自身の関節を外しその場を離脱した。矢吹はそれに怒りその異形を再び拘束しようとするが腕の痛みはないのだろうか、顔に痛みの表情は浮かばず矢吹に軽い回し蹴りを入れ距離を取られた。
「馬鹿が!」
腕の無理矢理外すだけ何てほぼ論外な行為だ、当たり前だ。人の体は脆い、そのため自分で関節を外すなんて非効率的だ。いくら逃げるためとはいえ関節を外すなんてこの後の戦いに支障をきたす。そんなこと相手もわかっている筈なんだが…そのことをまるで気にしていない、こいつおかしい…
「何をしている、関節を外すなど…後遺症が残るぞ。」
「けけっこんなのなんともねぇよ。」
そういうと関節が外れた腕をみせつけるように前を出す、するとその腕に異変が起こった。外れた関節付近が動き出し何かはまる音がした。まさか…思わず声が漏れた、矢吹の目の先には何ら違和感のない。異常のない腕が見える。
(馬鹿な、外れた小指をはめるだけでも大の大人でも気絶する。鎮痛剤でも使っているのか?だがそんな素振りはなかった…)
それにこいつさっきからおかしい、まるで痛みを感じてないように気にせずこっちに突っ込んでくる。それにあの細腕からは信じられないような力…
どうであれかなり厄介な奴だ、とはいえ拘束はできる。ここは岩神さんたちが来るまで持ちこたえるしかない。なら時間を稼ぎだ、相手にそのことを悟らせず尚且つ援軍を待つ、言うのは簡単だが実行するのは中々難しい。謎の異型…未だに悪寒が止まらないが、逃がす気などない。
(現状怪我はおってはいない、取り敢えず色々試してみるか…)
構えをして突撃、異型の方は動かず矢吹が仕掛けるのを待った。矢吹はそのまま突きを放ち異型はそれを避けるがすくざま2発目が飛んできた。それは避けられず肩に直撃、そのまま横に警棒を振るう。顔に当たり怯ませた後相手の両足に一発ずつ警棒をぶつける。普通であれば連撃によるあまりの激痛に耐えられずその場で蹲るだろう、かなり加減はしたがそれでもその場で倒れることはなくこちらに襲いかかる。
だが読み通りだ、伸ばされた腕を警棒で弾き懐から紐を出す。相手の後ろに回り弾かなかった腕にそれを巻き付け壁に向かって相手ごと押し付ける。その後残りの腕に紐を巻き付けそのまま拘束する。
「くそがぁ、離せ!!」
「お、大人しくしろ!」
こいつ技術や戦術はたいしたことはないが力だけは異様に強い、だがそれでも力が入りにくい体勢、後ろに手を回された状態であれば例え外そうにも外しにくいはずだ。相手の方もだんだんと力が弱くなってきた、長時間労働には慣れているしこのまま抑え込んで岩神さんたちが来るのを待とう。
「お前どうしてこんな事を?何か事情でもあるのか?」
「へ!そんなもんねぇよ!食うために人ぶっ殺して何が悪い!」
「悪いことだ、我々は法の下で生きている。例えお前が法が届かない下で暮らしていたとしてもここにいてそしてここの住民を殺した以上お前は法の下で裁かれなければいけない。
そして第一に人の命を奪っていけないのは当然だ、命よりも重いものは無い。それを奪ったお前は罪人だ。そして俺は警察だ、罪人を拘束する権利は俺にはある。大人しくするんだ。」
とは言え恐らく死刑はまぬがれないだろう。それが矢吹の心残りだ、人を一人殺してギリギリ終身刑、それ以上を殺害するとなるとほぼ確実だ。だがこのまま見逃すと言うのはできない、恐らくこの場で見逃したらこいつは同じ事をするだろう。だから見逃せない…少し残酷なことではあるがこの仕事をしている以上仕事として区切りをつける。
「こ、このやろう。離せてめぇ!鬼狩りでもない癖に調子乗ってんじゃねぇぞ!!」
「鬼狩り?さっきのきさつ隊と何か関係があるのか?お前はそいつらに何かされたのか?」
「うるせぇ離せ!」
そう言うと暴れ出す、矢吹はそれを抑え続ける。異形の方に焦りの表情が見える。俺と対峙した時と比べると余程怖い目にあったのだろうか?それにこの感じ…どうやらここにも出没するようだ。その鬼狩りと言うのもきさつ隊と言うのもなんなのかはわからないがどうやら岩神さんが来るまで待つわけにもいかないようだ。
「おい、その鬼狩りと言うのが来たらどうなるんだ?」
「そ、そりゃ…俺が殺される。」
「なら逃げるぞ、取り敢えずこの場を離れる。」
「え?」
「勘違いするな逃がす訳じゃない、ただ俺らの留置所には入ってもらう。その中での安全は俺が保証しよう、君には傷は一つもつけさせない。お前もその鬼狩りと言うのに会うのは嫌なんだろう?」
そう言うと不思議な程に大人しくなった、どうやらよほどそいつらと会いたくないようだ。例え罪人であってもこいつを人の手で殺させる訳にはいかない、もしかしたらその鬼狩りと言うのはこいつに殺された人の関係者かもしれないがそれでもさせる訳にはいかない。負の連鎖が続いてしまったらいつ止まるのかわからなくなってしまう。それに罪人を作るきっかけにもなるかもしれないので矢吹はどうしても避けたかった。
「よしならこのまま拘束した状態で行く、取り敢えず…」
「待ってください。」
その声とともに後ろに振り返る、そこには月光に照らされた女性がいた。蝶の髪留め、白の羽織、そして黒い隊服。矢吹が逮捕しようとした例の女性だった。
「…何故お前がここに?」
「お、鬼狩り。」
「なに?」
鬼狩り?と言うことはこの異形を追っているのがこの女性?何故追っている?女性の方を見る、相変わらず険しい顔をしておりこちらに敵意を向け睨んでいる。いや敵意は矢吹の方に向けていない、向けているのは異形の方に方だ。もしかしてこいつに両親を殺された?いや、それにしては少し冷静過ぎる…それに彼女たちの経歴に両親の影はなかった。あの表情からするとこいつに親戚や友人を殺されたという線は恐らく無い、だが表情からは殺意とともに怒りも感じる。だがその怒りだけはこの異形には向けられていない。
「…君は…何に怒っているんだ?」
「…あなたには関係ありません。そいつから離れてください。」
「断る、お前こいつの事殺す気だろう?」
そのことについては彼女は何も答えなかった、だが恐らく合っている。それに抑えつけている異形の方から震えているのを感じる。よほどこの女性の事が怖いのだろう、とは言え何故殺す?動機は幾つか考えられるが…
「お前あいつの知り合いか?」
「知るかあんな奴…」
「惚けないで、この前は逃がしましたが今度は逃がさない。」
「この前だと?確認だがお前こいつの事殺す気か?」
「そうですが…それが?」
そう冷たく言い放たれた、今確信した。俺はこの女は嫌いだ。彼女と睨み合いながら移動し柱の方に結び付ける。そしてその異形の前に出て警棒を構える。
「…何をしているのですか?」
「お前を拘束する。その腰に下げてある刀の事も鬼狩りと言う言葉も聞きたいからな。」
「何故そいつを助けるのですか、あなたとは赤の他人でしょう。」
「別に俺は助けた訳じゃない、仕事をしているだけだ…」
「そうですか…なら私も仕事なので…どいてください。」
「どかない。瀬戸組五番隊隊長の矢吹。お前を銃刀法違反および殺人容疑、傷害罪で逮捕する。」
そう二人は睨みあう、薄暗い月明かりがそこを照らしていた。
矢吹視点からのしのぶについて
身元不明の怪しい人物、不明な所が多すぎて強めに警戒をしている。しかも今回のことでキチガイと判断して大っ嫌いになった。
この時の矢吹はかなり真面目な人間、仕事に忠実ではあるが時たまに優しさを優先して見逃すことはある。だが余程信用できる人物ではないと心を許さない。命を奪うのはかなり嫌いでもし奪った場合、数日の間は精神が不安定になる。