よう相棒。まだ走れるか?   作:藤沢計路

1 / 29
Prologue

 ――あいつか? あぁ、知ってる。話せば長い。そう、古い話だ。

 

 かつて世界中を巻き込んだ戦争があった。ベルカ戦争。ベルカ連邦による周辺諸国の侵略と、オーシア、サピン、ウスティオからなる連合軍による反攻。それらは各地に大きな爪痕を残し、長い時を経てもなお遺恨が消えることはなかった。

 そんな大きな戦争の中で軌跡を描き、歴史から消えた戦闘機乗りがいた。畏怖と敬意の狭間で生き、味方からも敵からも、その傭兵の存在はいつまでも忘れ去られることはない。

 円卓の鬼神。そう呼ばれた彼の足跡は未だに掴めない。影も形も、戦争に参加していたという記録すらほとんど残っていない。だが彼と関わりを持つ数名の人物と、実際に対峙したエースたちが、鬼神の実在を克明に語っていた。かつて彼の相棒であった男、片羽の妖精・ピクシーと呼ばれた傭兵もその内のひとりだった。

 国境近くの廃墟、ベルカ戦争を取材しているジャーナリストのインタビューに答えながら、彼はどこかの空にいるであろう相棒に思いをはせる。一時は最高のパートナーとして、一時は最強の敵として相対した。当時の記憶が脳裏をよぎり、思わず笑みが浮かぶ。窓の外の広場にある女神像を見やり、口に含んだガムと共に記憶を噛みしめながら、彼は言葉を紡ぎ始める。

 

 ――あれは、雪の降る寒い日だった。

 

 

「降ってきたか……。今日も寒くなりそうだな」

 

 東京府中。日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園の敷地内で、ひとりの男が佇んでいる。学園には不釣り合いなフライトジャケットを羽織り、降ってきた雪を払いのけながらホット缶コーヒーをすする。そうして目前にある三女神像を見上げる。

 

(あなたがたが俺をこの世界に連れてきたのか? 何のために俺がここに来たのか? 数年たっても未だに分からない。制約も争いもない、理想のような世界に閉じ込めて、一体あなたたちは俺に何をさせようというんだ?)

 

 ベルカ戦争が終わり、しばし羽根を休めていた矢先、彼の身に危機が迫り、気が付けばこの場所に倒れていた。はじめはあの世にでも行ったのかと思った。だが戦争で散々人の恨みを買ってきた自分が安らかに終われるはずはない。痛む体でそんなことを考えながら意識を手放し、再び目覚めた時にはこの学園の保健室で寝かされていた。

 

「ここにいたのか、トレーナー。もうすぐトレーニングの時間だ。アンタがいなきゃ始められないだろうが」

 

「その呼び方は止めてほしいんだがなブライアン。俺は所詮サブトレーナーに過ぎないんだ。君もチームの一員なら、いい加減にわきまえてくれ」

 

「チッ、いちいち面倒だな。アンタの実力はもうサブトレーナーの範疇に留まらない。チームに不可欠な存在だ。それはチーム全員が認めてる。アンタこそ、いい加減自分の立場をわきまえろ」

 

 呆れたように溜息を吐きながら、ひとりの少女が近づいてくる。赤いジャージに身を包み、艶やかな黒鹿毛をポニーテールでまとめている。その頭頂部と腰にはウマの耳と尻尾が生えていた。

 ――ウマ娘。彼のいた世界には存在しえない、だがこの世界には当たり前に存在する少女たち。そのうちの一人が、彼がサブトレーナーとして所属しているチームの一員であるナリタブライアンだった。

 

「分かったよ。今はそういうことにしておこう。それよりも今日のトレーニングだが、雪が降ってきたし、積もればコースを走るどころじゃない。室内のトレーニングルームに空きがあるなら、そちらを使わせてもらうことはできないのか?」

 

「できなくはないだろうが、アンタはそんなことは考えてないんだろ。折角の恵まれた機会だ。アンタなら重バ場を想定した実戦形式のトレーニングに切り替え、私たちをひたすらターフで走らせる。違うか?」

 

「……確かにそのつもりだったが、ちゃんと許可が取れたらの話だ。それに」

 

「私たちの安全確保が最優先、だろ? 分かってる、トレーナー」

 

 彼が言葉を続ける前にナリタブライアンに先回りされてしまった。勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる彼女に何も言えなくなり、今度が彼が盛大に溜息をつく。

 

「君も変わったな。前はがむしゃらに突っ込むばかりだったのに、今では落ち着きをもって物事に取り組むようになってる。まさにエースにふさわしい立ち振る舞いだ」

 

「全部アンタがそうしたんだろ。冷徹なトレーニングと戦況を見極める眼、そして全てを喰らい尽くすかのような闘争心。その全てが私を満たし、渇きを絶えず潤してくれる。もうアンタなしのレースなど考えられんな」

 

「それはあのチームがあってこそだし、大半は君の実力と努力で培ったものだ。俺は俺のできることをしたまでに過ぎない。あまり大それたことを言うもんじゃないぞ」

 

 ブライアンのまっすぐな瞳から逃れるように、彼が腕時計に視線を落とす。トレーニングまでまだ少しだけ時間がある。手近な自販機に歩み寄り、あたたかいお茶を購入する。熱すぎる缶を冷ますために左右の手で交互に持ち替え、怪訝そうに彼を見つめるナリタブライアンにそれを渡した。

 

「これは……?」

 

「俺を呼びに来てくれた礼みたいなもんだよ。これからますます寒くなる。ウォームアップまではそれで温まっておけ。君のお望み通り、トレーニングでは手加減しないからな」

 

「……チッ。まぁ、そういうことなら、ありがたく受け取っておこう」

 

 彼が差し出したお茶をブライアンがひったくるように受け取る。寒さのせいか、頬を朱に染めた彼女は彼に背を向け、缶の熱とわずかに残る温もりを胸元で握りしめる。そんなブライアンの様子を見ながら彼はわずかに微笑み、雪色の雲、その向こうに広がる青い空を見上げた。

 

(よう、ピクシー。俺はまだ生きてるよ。俺は元いた世界に帰れるのか? それは分からないが、ここには俺みたいな奴でも必要としてくれる連中がいる。戦争しか知らない俺がどこまでできるか怪しいもんだが、今は彼女たちのために尽くしてみようと思う。あんたなら滑稽だと笑うだろうが、せいぜい温かく見守っていてくれ)

 

 心の中でかつての相棒に語り掛けながら、円卓の鬼神・サイファーは手に持った缶コーヒーを天に掲げた。

 




ありそうでなかったネタなので、思い切って書いてみました(先駆者様がいらしたらすいません)。プレイヤーの分身たるガルム1に人格を付与していいものか悩みましたが、可能性のひとつとして見ていただけると幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。