よう相棒。まだ走れるか?   作:藤沢計路

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もう少し続きを書いてからのつもりでしたが、自分のケツに鞭を入れるのと、生存報告も兼ねて投稿いたします。


JUGGERNAUT「戦力補強選抜計画4101」-1

 東京府中。咲き誇っていた桜も徐々にその花弁を散らし、初夏の足音が近づきつつあった。トレセン学園でも練習に励むウマ娘たちの蹄鉄が響き、ターフがますます熱を帯びていく。その最中、学園の一角にあるチームガルムのトレーナー室で、サイファーはナリタブライアンにマッサージを施していた。

 

「……よし。だいぶ患部の状態も良くなってきたな。そろそろ本格的な調整に戻ってもいいかもしれん」

 

「ようやくか。いい加減、体が疼いて我慢できなくなってきたところだ。傷が癒えたらよろしく頼むぞ、トレーナー」

 

 室内の施術用ベッドの上で右の腰をさすりながら、ブライアンがサイファーをまっすぐに見つめる。静かに、激しく燃え上がる彼女の闘志に応えるようにサイファーがうなずく。

 

「無論だ。それが俺の仕事だからな。それにしても正直驚いているよ。君がここまで文句のひとつも言わずに俺に従ってくれるとは。裏でこっそり走ってるんじゃないかと心配していたんだが」

 

「あ? 昔ならまだしも、アンタの意に反するようなことをするつもりはない。この怪我だって、アンタが気付かなかったら間違いなく悪化していた。それを無下にするほど、私も恩知らずじゃないというだけのことだ」

 

「そこまで大層なことをしたつもりもないがな。有馬の後、君の走りに違和感があったから病院で診てもらったら、右股に軽い炎症が見つかった。それだけのことだ。遅かれ早かれ誰かが気付いていたはずだ」

 

「私自身も気付かなかったのにか? 医者も驚いていただろ。何故あんな初期の状態で怪我を見つけることができたのかとな。またひとつ、アンタに借りができたようだ」

 

 ブライアンが口角を釣り上げるのを見て、サイファーは溜息を吐く。彼女の言う通り、他の誰でもない、自分にだけブライアンの爆弾が見えていたとすれば、それは戦場で培った観察眼のおかげだった。敵の状態を見極め、スキを探り、鋼の喉笛を喰いちぎる。それがこちらの世界ではウマ娘たちの怪我のリスクを察知し、救うための手段として機能している。

 

(よう、相棒。皮肉だな。俺たちの敵を殺すための力が、まさか彼女たちを生かすことになるとはな。俺がいなかったらブライアンはどうなっていたか? 想像するだけでゾッとするよ)

 

 円卓の鬼神、サイファーの戦況を見極める目が、ナリタブライアンの右股関節炎発症という運命を撃墜した。ひとりのウマ娘を悲劇から救ったという自覚のないまま、サイファーはかつて相棒だった男に語り掛ける。ふと気が付けば、ブライアンが怒気を帯びた目でサイファーを睨みつけていた。

 

「……アンタ、また昔のことを考えていたのか?」

 

「何だ突然?」

 

「見れば分かるんだよ。そういう時、アンタは決まって悲しげな顔を浮かべて、遠くの空を見ようとする。私たちのことなどそっちのけでな」

 

 そう言って顔を近づけてきたブライアンの瞳の奥に、焦りと恐れのようなものが見える。その光景にサイファーは見覚えがあった。つい先日、夕焼けの空での密会が頭をよぎり、サイファーは思わず笑ってしまう。

 

「おい! こっちは真剣に話しているんだぞ。なのに何だその態度は」

 

「いや、すまんな。前に同じことを言った奴のことを思い出した。心配しなくても、俺は勝手にどこかに飛んで行ったりはしないさ。それは約束しよう」

 

「どうだかな。アンタには勝手にリギルを抜けようとした前科がある」

 

「だからこうして君が俺の手綱を握ってるんだろ。番犬ガルムも、三冠の怪物の前では形無しってわけだ」

 

「ちっ。思ってもいないことをベラベラと。だが、まぁいい。今は信用しておいてやる。どうやら、アンタを逃がしたくない奴は他にもいるらしいからな。……そうか、だからあの時、アイツは機嫌が良さそうだったのか」

 

 ブライアンが視線を逸らし、何事かをつぶやく。それを聞かないようにサイファーがベッドから離れようとして、突如胸倉をブライアンに掴まれた。

 

「だが覚えておけ、トレーナー。アンタが過去に目を向けていようと、これからどこに向かおうと、かならず私しか見れないようにしてやる。その眼で私の軌跡をしっかり見届けろ。それがここまで踏み込んできたアンタの責任だ。絶対に逃がさんぞ、鬼神。いや、……相棒」

 

 体が密着し、彼女の熱が伝わってくる。言葉と吐息がサイファーの鼓膜を刺激する。自分を信頼してくれているブライアンのことは嬉しく思う。それでもサイファーは葛藤していた。ためらいがちにブライアンが発した最後の言葉。鬼神と共に、一蓮托生の相棒としてターフを駆ける。彼女の覚悟に今の自分は応えられない。サイファーにとって、真の相棒と呼べるのはただ一人しかいない。――片羽の妖精。自らの手で引導を渡してもなお、その想いが晴れることはない。

 

「……うわぁ。ブライアンさんって、トレーナーさんと大人の関係だったんだ。もしかしてこれって、いわゆる禁断の愛ってやつ? どうしよう、ちょっと挨拶に来ただけなのに……」

 

 その思考を遮るように、トレーナー室のドアの奥に人の気配がした。独り言をつぶやいているようだが、興奮しているのか、声がこちらにまで聞こえてくる。それに気づいたブライアンが威嚇するように声を上げた。

 

「おい。覗き見とはいい度胸だな。何か用があるなら、堂々と出てきたらどうだ?」

 

「ひゃあああ。ごめんなさい! 二人の時間を邪魔するつもりじゃなかったんですー。アイムイジェクティーン!」

 

 ドアに体を打ち付けながら、聞いたことのない少女の声が遠ざかっていく。それを確認して、ブライアンが忌々しそうに息を吐いた。

 

「今ベイルアウト……、いや、逃げていった奴に心当たりがあるのか、ブライアン?」

 

「……まぁな。新入生で度々私に付きまとって来る奴がいるんだが、さっきのはおそらくソイツだ。まさかここまで乗り込んでくるとは」

 

「大した度胸じゃないか。君に何度もアタックをかけてる点も含めて、少し興味が湧いてきた。ちょうど、あの件のことも考えなければならないしな」

 

「アンタも物好きだな。アイツに関わるといつも騒がしくなるが、私もアンタがあのチビをどう見るのか気になってきた」

 

「なら、後日ここまで連れてきてくれ。分かってると思うが、さっきみたいな恫喝はなしだからな」

 

「ちっ。分かってる。トレーナー」

 

 ブライアンの不満げな顔を見ながら、サイファーはドアの隙間から見えた栗毛のシルエットに思考を巡らせる。彼女と出会いは、チームガルムに何をもたらすのか。

 

 




いつもお読みくださる方々、感想を書いてくださる方々、誠にありがとうございます。

今回チラっと出てきた新たな登場人物の特徴を掴むのに苦労していますが、ベイルアウトすることのないよう精進いたします。

最近お迎えしたお嬢(トーセンジョーダン)のストーリーがメガリス級に素晴らしく、何度も涙腺崩壊してしまいましたが、いつか彼女を絡めた話も書けたらいいなと考えております。
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