「きれいに並んでやがる」
トライアルに参加するトレーナーたちとの打ち合わせを終えたサイファーがコースに着くと、50人ほどのウマ娘が整列しているのが目に入った。慣れない様子で彼女たちを誘導するサイレンススズカを、ロッソミレニアムが付き添うようにフォローしている。この前まで敵対していたとは思えない、仲睦まじい様子にサイファーの口元が緩む。だが二人が纏っている勝負服を見て、気を引き締めなおす。遠くから生徒会からのお目付け役であるエアグルーヴが近づいてきていた。
「来たな。予定よりも早いが、何か問題でもあったのか?」
「いや。早く勝負服姿の君が見たくなってな。いてもたってもいられなくなった」
「っ!? 何を言う! 寝言は寝て言わんか、このたわけが!」
サイファーの軽口に頬を真っ赤に染めたエアグルーヴが罵声を浴びせる。それを受け流すように笑いかけながら、サイファーが集まったウマ娘たちを見やる。
「それにしても、今年もずいぶんとあぶれてしまったな。しかもあれで全部というわけではないんだろ? 理事長が直々に対策に乗り出すのも分かる気がするな」
「……ケガや体調不良、希望するチームに入れなかった子もいるだろうが、やはりトレーナーの数が少ないのも一因だろうな。分かっていると思うが、今回のトライアルはあの子たちの救済と対策の立案を目的としている。理事長や会長の期待には応えてみせろよ」
「一度引き受けたからには結果は出す。君も頼むぞ」
「無論だ。こちらも抜かるつもりはない」
強引に話題を変えたサイファーにエアグルーヴが不満げな視線を向けつつも、彼の信頼に応えるべく拳を握る。その様子に頷きながら、サイファーは理事長からの言葉を思い返す。
――依頼! 選抜に漏れてしまったウマ娘たちの救済! トライアルを通じて、レースに参加する機会を増やす手段を傭兵である君の視点から模索してもらいたい! どうかよろしく頼む!
目前で深々と頭を下げる理事長、サイファーの雇い主である小さなボスからの依頼はシンプルかつ難しい問題だった。ウマ娘とトレーナー、需要と供給。バランスが保たれていない二つの要素を調和させ、循環させる必要がある。
「理事長もなかなか無茶を言ってくれる。そもそもウマ娘のトレーナーは厳しい試験にパスし、人格的に問題なしと判断された者しか採用されないプロフェッショナルだろ。トレセン学園の生徒もある程度選別されているとはいえ、こっちの数はそれに比べてかなり少ない。だからチームを組ませて複数のウマ娘を指導することを推奨してるが、限度だってあるだろ」
「そのことは我々も十分理解している。だがトレーナーがつかなければ自分を律せず、レースに出すぎたり、無茶なトレーニングで体を壊してしまう子だって出てくるだろう。私とてそれは同じだ。ウマ娘にとって、トレーナーは切っても切れない存在なのだ」
「だろうな。トレーナーはウマ娘で食っていくために、ウマ娘は手綱を握ってくれる存在を求めている。しかし現実は残酷だ。ウマ娘がみな君のように強い存在ではない。トレーナーに求められなければ、レースに出ることすら叶わない。そうなれば競技者としては死んだも同然だ。価値がなければ生き残る資格も意味もない」
サイファーがトライアルの参加者たちを眺めながらはっきりと告げた。目の前のチャンスに奮起する者、平静を保とうとせわしなく体を動かす者、縋るように周囲のトレーナーを見つめる者。あの中の何人かはこのまま終わってしまうかもしれない。彼の容赦のない言葉にエアグルーヴが怒りを露わにする。
「貴様、ずいぶんとはっきり言ってくれるな」
「言うさ。トレーナーだって同じだからな。ウマ娘を勝たせ、己の価値を証明し続ける必要がある。だから俺はリギルでもやっていけた。君もついてきてくれた。違うか?」
「ちがっ! ……いや、そういう面はあったかもしれない。だが貴様は少し自分を追い込みすぎなのではないのか? 私が言うのもなんだが、貴様は勝利や自身の在り方にこだわりすぎている。貴様はその、十分に凄いトレーナーだ。もう少し自分を認めてやってもいいのではないか?」
「……ありがとう。だが妥協はできない性分なんでな。常に自分を高め、価値を示してきたから生き残ってこれた。今までも、これからもそれは変わらんよ」
それが傭兵としてのサイファーが人生で学んだ、戦争で世界を渡り歩いてきた男の哲学だった。彼の中では戦争もレースも、人生を賭けた戦いという点では変わらない。彼の生き様を垣間見たエアグルーヴはかける言葉が見つからず、沈痛な面持ちで押し黙る。気にするな。そんな彼女を見かねてサイファーが言葉をかけようとした時、ある言葉が頭をよぎった。
「アグレッサー、がいいかもしれないな」
「ん? 何だそれは?」
「主に仮想敵や戦術研究、教導を任務とする戦闘機部隊のことだ。もしかしたら、その仕組みを応用できるかもしれない。スカウトされなかったウマ娘たちに訓練を施して実力を高め、斡旋する。そうすればトレーナーたちもチームに引き入れたいと思うようになるかもしれないし、レース全体の質の向上もはかれる」
「その担い手はどうする? 手が空いてるトレーナーは少ないと思うが」
「引退したトレーナーやレースから身を引いているウマ娘に指導してもらえばいい。その場合、現役の俺たちよりも上質なトレーニングが受けられるようになるかもしれないから、そのあたりの公平性は考える必要はあるだろうが、案としては的を射ていると思う」
かつてサイファーが相対していたベルカ公国には、トップエースが教官を勤めたケラーマン教室と呼ばれる空軍アカデミーが存在した。そして戦後、サイファーがこの世界に飛ばされる直前に出会ったベルカ人のエースたち、アシュレイ・ベル二ッツとミヒャエル・ハイメロートが、近々オーシアやユークトバニアにアグレッサーとして派遣されることを思い出した。
「なるほど、戦闘機乗りだったが故のアイディアというわけか。……面白い。トレーナーの数という課題は残っているが、検討してみる価値はあると思う」
「よかった。もしうまくいったら、これは俺たち二人の手柄にしよう」
「何を言う。これは貴様の発案だろう? 傭兵というのは、そうやって気安く他人に成果を譲るものなのか?」
「君との会話がなければ浮かばなかった発想だ。なら当然、仲良く均等わけだ。一緒に理事長や生徒会長殿を驚かせてやろうぜ」
「……そうか。全く、貴様は本当におかしな奴だ」
そう言ってエアグルーヴが笑みを浮かべ、サイファーもそれに釣られて笑顔になる。こそばゆい空気と共に、胸中が温かい何かで満たされていく。心地の良いひと時が二人の間に流れる。
「……時間だ。まずはきっちり互いの仕事をこなしていこう。話はそれからだ」
「そう、だな。よろしく頼むぞ、サイファー」
腕時計に目を落としたサイファーの発言で二人は現実に引き戻される。トレーナーとして、ウマ娘として、導き走るためにトライアルを成功させる。決意を改め、サイファーとエアグルーヴがコースへと向かう。
「ちょっと待ったーーーー! まだひとり、ここにいるぞぉおおおおお!」
突然、それを遮るように遠くから絶叫が聞こえ、小柄なウマ娘が彼らに突っ込んできた。青い長髪のツインテールが風になびき、八重歯をギラつかせながら不敵な笑みを浮かべる。滑り込むようにサイファーの目の前で停止し、紫のオッドアイで彼を睨みながら指をさす。
「トレセン学園美浦寮所属、ツインターボだ! お前がチームガルムのトレーナーだな! 今日はターボがぶっちぎりで勝つから、絶対にスカウトしてよね!」
「……は?」
乱入者のブっ飛んだ宣言に虚をつかれたサイファーが呆然とし、彼女を知っている様子のエアグルーヴがこめかみを押さえる。
「おいターボ! アンタこんなところにいたのかい!? あれほど時間には気をつけろって言ったじゃないか!」
「だってー! 特訓してたらいつの間にか時間ギリギリになっちゃたんだもん! 最終的には間に合ったんだからいいじゃん!」
「ヒシアマ? そうか、美浦寮ということは君のところの寮生ということか」
ツインターボの姿を見て慌てて駆け寄ってきたヒシアマゾンにサイファーが納得したような表情を浮かべる。そのまま口論を始めようとした二人に割って入り、小さなウマ娘に問いかける。
「で、お嬢ちゃんは」
「お嬢ちゃんじゃない! ターボ!」
「……ターボは今回のトライアルに参加しにきたということでいいんだね?」
「うん! だってガルムに入ったら、スズカやブライアンとレースできるようになるんだよね? そしたらターボの鬼逃げでスズカをぶっちぎって、ブライアンもぶっちぎって、ターボが学園最強のウマ娘になれる! だからターボはここに来たんだ!」
いきなりのビッグマウスにエアグルーヴが呆気に取られ、ヒシアマもたはは、と苦笑いを浮かべる。サイファーは黙ってターボを見つめ、彼女を見定めようとする。
「君はこの前の選抜レースには出たのか? それほどの自信があるなら、そこで結果は出せたと思うが」
「ヴぇ……。そ、それは」
「ダントツのビリだったよ。序盤で飛ばしすぎて、後半で失速した。逃げをするにも、ペース配分というものがあるだろうに」
「ムッー! ターボはいつでも全力がいいの! そんな風に言わなくてもいいじゃん! この強面堅物副会長!」
「なっ、何を言うか! 先輩に対して失礼だぞ! こら! 貴様らも笑うんじゃない!」
ツインターボの暴言にエアグルーヴが憤るが、サイファーとヒシアマは思わず吹き出してしまった。特にヒシアマは抱腹絶倒し、羞恥と怒りで顔を真っ赤にしたエアグルーヴに睨みつけられる。
「なるほど。ジョークのセンスはいいらしいが、走りのほうは振るわないということか。それでも今回のトライアルに挑もうというんだね?」
「当然! だってターボ走るの好きだし、ガルムのみんなはかっこいいじゃん! ターボもいつかあんな風になりたいし、勝負してみたい! トレーナーが小倉大賞典のインタビューで言ってたみたいに、レースで生き残ってみせるんだ!」
「っ! そうか」
いつしかサイファーが宣言した覚悟、ガルムの足跡をたどって、目の前の夢を抱いたウマ娘はサイファーのもとに来た。ならばエースとしてそれに応えなければならない。
「いいだろう。トライアルの参加には資格も何も必要ない。問われるのは覚悟だけ。君にはあるのか? 自らの脚で勝利を掴み、夢を貫き通す勇気が?」
「うーん? 難しいことは分からないけど、とにかく前に向かって走り続ければいいんでしょ? だったらターボにもできるよ! 誰よりも速く走って、ターボエンジン全開で先頭を駆け抜ける!」
「……面白い。なら生き残ってみせろ、ツインターボ。俺はその先で待ってるぞ」
ツインターボ、そしてマヤノトップガン。はたして二人はエースになり得る存在なのか? それを確かめるべく、サイファーはターフへと脚を踏み入れた。
いつもお読みくださる方々、感想を書いてくださる方々、誤字報告を送ってくださる方々、誠にありがとうございます。
最後に出てきた彼女の登場の仕方が突拍子のないような形になってしまったのが悔やまれる。彼女に関しては史実とは異なる道を歩ませる予定ですので、より彼女の魅力が伝わるように腕を磨いていく所存です。
ウマ娘とは関係ないですが、最近"Project Wingman"というゲームに注目しております。単なるエスコンのパクリに留まらない、独自の世界観がうまくストーリーとミッションに落とし込まれ、クセのある仲間や敵エース部隊であるクリムゾン中隊、大規模空中戦や地獄絵図と化した都市でのラストバトルなど、名曲揃いのBGMと相まって非常に面白そうなコンバットフライトアクションゲームとなっております。