――諸君。最後にひとつだけ言っておく。これは我々にとってのトライアルではない。君たちにとってのサバイバルだ。決して簡単にはいかないが、この関門を抜ければ風向きは変わる。全力を以って駆け抜け、明日への切符を掴み取ってほしい。幸運を祈る。
サイファーの言葉と共に始まったトライアル、戦力補強選抜計画4101号は大詰めを迎えていた。ロッソミレニアムが担当する短距離部門とエアグルーヴ担当の中距離部門が終了し、残るはチームガルムが担う長距離部門を残すのみとなった。
「ではこれよりルールを改めて確認する。走ってもらうのは芝2500m。あの有馬記念と同じだ。先ほどの1200mや2000mとは訳が違う。別次元の領域だ。無論諸君らは覚悟の上でこの部門を選択したと認識しているが、間違いはないな?」
そう言ってサイファーは整列している十人のウマ娘を見渡す。その中には当然マヤノトップガンとツインターボも含まれていた。
「当然だし! ターボ、どんな距離だってターボ全開で走り切ってみせるよ!」
「ぶー! マヤだって負けないもん! あんまりアタシたちのこと舐めちゃダメなんだからね!」
ターボが身を乗り出すように声を上げ、マヤノもそれに追従する。そんな彼女たちの威勢を見て、不安がっていたまわりのウマ娘たちにも笑みが広がる。
「そうか。だがいくらやる気があったとしても、君たちは本格化が始まって間もない時期だ。いかに身体機能が向上していようと、普通に走れば間違いなくスタミナ切れを起こす。だからこそ今回の特別ルールがある」
「うーん、あのガルムのウマ娘二人がマヤたちの前後を走るってやつのこと? 二十バ身くらい間をあけて走って、その間をマヤたちが走る。そのまま一定のペースを保ったまま進んでいって、前の人が最終コーナーを抜けたらマヤたちはバビューンって全力疾走できる! でもその前にガルムの人に抜かされたら、その子は試験終了になっちゃうんだよね」
「うぇ? つまりどういうこと?」
「カーレースのセーフティーカーのようなものが一緒に走ると思ってくれればいい。有馬記念一着の平均タイムは約2分30秒。だからそれより15秒遅い2分45秒程度のペースを維持してもらう。諸君らは最終コーナーまでに体勢を整え、ラストスパートで全力を尽くす。その過程と結果、全てを評価対象とする」
マヤノの説明とターボの疑問をサイファーが捕捉する。それでも理解できなかったのか、ターボが目をグルグル回しながら思考の沼へと沈んでいく。それを横目で見ながら、マヤノが挙手をした。
「はーい。それってラストの直線ではガルムのメンバーも本気で走るんですか?」
「そうさせるつもりだ。テストとはいってもレースはレース。君たちの気概をはかるうえでも、彼女たちには君たちの近くで走ってもらう」
「じゃあ、もしブライアンさんかスズカさんかヒシアマさん、誰か一人にでも勝ったらガルムに入れるってことでいいよね? それなら間違いなく強いウマ娘だって証明できるわけだし。ユー・コピー?」
「ヴぇ!? それってもし一番になったら絶対ガルムに入れるってことじゃん! それならターボにも分かる! やるやる絶対勝つ!」
栗毛のウマ娘の不敵な発言に周囲がギョッとなる。だがターボだけは合点がいったかのように張り切りだし、拳を天高く突き上げた。
「……アイ・コピー。いいだろう。勝利したウマ娘には、報酬としてガルム入りの権利を進呈しよう。もし他のチームをご所望なら可能な限り支援もする。勝てるものなら勝ってみせろ」
サイファーの言葉を聞いた瞬間、ウマ娘たちが一斉に歓声をあげた。――まったく、やってくれたな。天使か小悪魔か、笑顔を振りまくマヤノの頭脳プレーに感心しながら、サイファーがルーキーたちの姿を見つめる。ウマ娘を走らせるためにはケツを叩くだけでなく、目の前にニンジンをぶら下げることも必要だった。現に彼女たちは絶好調となり、トライアルを試験ではなく勝負として認識するようになった。だからサイファーもあえてマヤノの口車に乗った。
「……時間だ。各々所定の位置につけ。諸君らの健闘に期待する。チームガルム、出走!」
鬼神の号令でウマ娘たちが表情を引き締め、慌ただしく駆け出していく。彼女たちがどのような走りを見せるのか? 誰がガルムの番犬となるのか? 戦力補強選抜計画4101号長距離部門、運命のトライアルが幕を開ける。
「いよいよか。アイツが注目するあのチビたち。一体どんな走りを見せてくれるのやら」
レースに参加する十人のウマ娘たちが練習用のゲートに収まっていく中、ガルムの勝負服を纏ったナリタブライアンはゲートの20mほど前方で佇んでいた。腕を組んだままチラリと後ろに目を向けると、黄色の13のゼッケンを付けたマヤノと、青の1番のゼッケンを付けたターボが意気揚々とゲートインしていくのが見える。それを確認して、ブライアンは息を吐きながら集中力を高めていく。
≪ブライアン、聞こえるか? 今回のレースは普段とは勝手が違う。それを忘れて、途中で飛ばすような真似はしてくれるなよ≫
「後ろのルーキーたちのペースメーカーが役目だろ。分かってる、トレーナー。それは私よりスズカに言ったほうがいいんじゃないか? ひよっこ共のお守りは神経をすり減らす」
≪……問題ありません。私だってガルムのウマ娘です。仕事はきっちりこなしてみせます≫
ウマ耳に取り付けられたイヤホンと胸元のマイク、ウマ娘専用の無線機からガルムの面々の声が響く。ゲート傍にいるサイファーとゲート後方で待機しているサイレンススズカ。ヒシアマゾンはゴール付近で試験を記録する任についている。今回の特殊な条件下で行われるレースのために、ガルムのメンバーはリアルタイムで連絡を取り合う。その光景をゲート内のウマ娘たちと、いつの間にかコース外縁部に集まってきたギャラリーが興味深そうに見つめる。
「あれがリギルを抜けたっていう連中のチームか。面白い組み合わせだな」
「今から噂のチームが走るって聞いたぞ。片羽の赤いマントと二枚羽の青いマント。あれか」
にわかに騒がしくなってきた周囲を無視するようにブライアンがサイファーを見やる。全ての走者の準備が整ったことを確認した彼がゲートの開閉スイッチに手をかけ、声を上げた。
「これより4101号長距離部門を開始する。諸君らが自らが選び、挑戦すると決めた道だ。悔いのないよう存分に走り切れ。位置について、よーいドン!」
サイファーの合図と共にゲートが開かれ、十人の挑戦者と二人の番犬が駆け出した。ブライアンが先頭をキープし、スズカが最後方につく。その異様な光景にどよめきが起こる。差しのブライアンが逃げの、そのポジションにいるはずのスズカがかつてのように差しのポジションについている。
≪サイファーからブライアン、スズカへ。そのままの距離を保ちつつ、最終コーナーまで彼女たちを引っ張っていけ。この状況下で彼女たちがどう動くか評価するのが俺たちの任務だ≫
「了解。今更だが、私がこの位置にいるのはやはり違和感がある。スズカはいつもこんな拓けた景色を見ていたのか」
≪その通りです。その景色をずっと見ていたいから、私は前を走り続けるんです≫
≪二人とも、今の感覚をよく覚えておけ。互いの手の内を知る者に勝ってこそ意味があるんだからな≫
このレースにはトライアルだけではない、チームガルム独自の目的がある。来るべきメンバー同士のレースに備えたイメージトレーニング。ブライアンが回復し、スズカの逃げが完成されてきた今、両者が重賞でぶつかり合うのは時間の問題だった。故に実戦形式で互いの走りを体感することで相互理解を深め、糧とし、対策とする。ルーキーたちへのハンデとしても申し分ない。走り慣れないスタイルだからこそ緊張感を持ち、本番さながらの勝負ができる。
最初のコーナーを抜け、徐々にバ群がバラけ始める。先団、中団、後団と均等に分かれ、各々がペースを整えていく。その中で特に目立つ動きをする二人がいる。
「チッ。後ろにピッタリついてくるヤツらがいる。しかもあの黄色、よりによって私の真後ろにつきやがって」
≪君についての研究は万全というわけだな。……少しペースが早まってる。減速しろ≫
「クソっ」
ブライアンの後方にマヤノとターボが迫ってきていた。スリップストリーム。不敵な笑みと全力が出せない不満顔がケツに喰らい付かんばかりに接近する。特に自分の影を踏むかのような挙動をとるマヤノが気に入らず、突き放そうとするがルールによってそれはできない。掛かり気味のまま頭を抑えられ、精神の負荷が増大していく。
≪君が有馬で晒した弱点と全力が出せない状況を巧く利用してやがる。マヤノトップガン。あいつの効果的な走り、俺たちも見習いたいもんだ≫
感心したようなサイファーのつぶやきに舌打ちしながらも、ブライアンは彼の意見に同意していた。彼女は自身の影、暗闇、それを連想させるものに恐怖心を抱いている。去年の有馬では猛追してきたヒシアマゾンに自分を飲み込もうとする影を重ねてしまい、平常心を失いかけていた。その一瞬からマヤノはブライアンの弱点を見抜き、今回の作戦に打って出た。ようやくサイファーが彼女に一目置く理由が分かった気がした。
だからといって状況は何も変わらない。マヤノがペースを落とさない限り、変化は望めない。
「むっー! こんなノロノロ、ターボの走りじゃない! ターボはターボらしく走って勝つ! うぉおおおおお!」
その均衡をあろうことか別のウマ娘が破ってしまった。急加速したターボがブライアンを追い抜き、ぐんぐんと引き離していく。
「おい、トレーナー。あれは」
≪ルール違反ではない。だが最終コーナーを抜ける前のブライアンを抜かした奴はガルムだけじゃない、他のウマ娘に抜かされた時点で終いだ≫
「当然か。アイツ、持つと思うか?」
≪厳しいだろうな。そのためのペースメーカーだったんだが、彼女には意味を成さなかったらしい。だがリスクを背負ってまで彼女は自分を頑なに貫こうとしている。あれもひとつの選択だ≫
≪トレーナーさん。私も前に行っていいですか? 絶対に抜かされませんので≫
≪ネガティブ。ペースメーカーがペースを乱してどうする。君はそこでルーキーたちの展開に目を光らせておけ≫
≪……了解です≫
スズカの提案をサイファーが一蹴し、不満げな彼女の声がイヤホン越しに漏れる。ターボの暴走とスズカの発言にブライアンは呆れるが、おかげで幾分か冷静さを取り戻してきた。
(そうだ。今の私はチームガルムのウマ娘だ。アイツなら、円卓の鬼神ならどんな状況下でも冷静に潜り抜けてきたはずだ。なら私もこんなことでビビッてられるか。克服してみせる。絶対に)
好転一息。コースの半分を超え、最終コーナーが徐々に近づいてくる。ルーキーたちに苦悶の表情が浮かび始め、しかし闘志は揺らぐことなく懸命に脚を前に進める。先頭を走るターボも後ろに十バ身ほどの差をつけたが、徐々にスピードが落ち始める。ブライアン、マヤノはお互いに牽制しあうように走行し、最後方を走るスズカはただ静かに脚をためる。
≪ブライアンの最終コーナー到達を確認。ガルム各員、状況の変化には気を配れ。あと200m≫
コーナーの遠心力に身を委ねながらブライアンが体勢を整える。後ろのルーキーたちに脱落者はいない。スズカはよく我慢している。マヤノの気配を感じながら最終直線に差し掛かったターボに目を向ける。すでにバテバテでかろうじて走れているような状態だった。手加減はしない。脚に力をこめ、半径Rの領域から抜け出す。
≪ブライアンが最終コーナーを通過した。速度制限を解除。ブライアン、スズカ、ルーキーたちの度肝を抜いてやれ≫
「望むところだ!」
サイファーの言葉を聞き、ブライアンがスロットルを全開にする。
「待ってました! マヤノトップガン、テイクオーフ!」
先に動いたのはマヤノの方だった。真っ向勝負、遊びはおしまいっ! ブライアンの後ろで息をひそめ、風の抵抗を防ぎ、プレッシャーを与え続けてきた。己のひらめきを信じ、考え抜いたマニューバを結実させるべくゴールへ邁進する。瞬く間にブライアンの横に並び、勢いのまま追い越そうとする。それに目を向けることなくブライアンは体を沈みこませ、肺に空気を取り込み、脚のアフターバーナーに火を入れる。
「らぁあああ!」
気合と共に猛加速し、これまで付き纏っていた影を突き放した。Shadow Break、全身全霊、一陣の風。勝負服の青いマントが翼となり、ターフを飛ぶように速度を上げる。
「っ!? すごい! でもマヤだって! レーダーロック、フォックス2!」
マヤノが驚いたように目を見開き、負けじと必死に喰らい付く。その後ろから更に別のウマ娘が迫ってくる。
≪私だって負けません。逃げだろうと差しだろうと先頭の景色は譲らない≫
赤い閃光が相手を薙ぎ払うかのごとくほとばしり、片羽のマントをなびかせたスズカがコーナーを抜けてくる。
「そんな……、あのガルムの二人速すぎる。あんなのもう無理だよ」
「あそこまで踏み込まれたら……」
どこからかルーキーたちの諦めの声が漏れてくる。
「……嫌だ! ターボ、絶対負けないもん。絶対勝って、強い、ウマ娘だって証明するんだ。ぬぁあああ、動けターボのあし、走れ、走れぇえええ!」
それをかき消すように先頭のターボが絶叫する。息も絶え絶え、足元もおぼつかない。後ろを振り返り、接近してくるブライアンたちを見て絶望する。それでも最後の力を振り絞って前へ進む。その声に触発され、後ろのウマ娘たちが気力を取り戻す。ターボがゴールまで残り200m、ブライアンたちと五バ身差、スズカがそこに並びかけ、ルーキーたちもその後方で横並びとなる。熱を帯びたターフが蹄鉄の重低音を響かせ、空間が気迫で満ち溢れる。
≪正念場だぞヒシアマゾン。彼女たちのゴールから目を離すな≫
≪あいよトレ公! 例えゴール板がわりでも抜かりはないさ! みんな頑張りな! ヒシアマ姐がしっかり見といてやるよ≫
ゴールで待機していたヒシアマゾンがサイファーに応え、走者たちに声援を送る。もはやトライアルもサバイバルも関係ない。皆勝利することしか考えていない。青いツインテールが、二枚羽のマントが、黄色のゼッケンが、片羽のマントが差を詰め、相手より前へ先へと踏み出す。
そして十二人の勇姿がゴールの向こうへと駆け抜けていった。一着ナリタブライアン、二着サイレンススズカ、三着マヤノトップガン、四着がツインターボだった。
いつもお読みくださる方々、感想を書いてくださる方々、誤字報告を送ってくださる方々、誠にありがとうございます。
途中の目標タイムやブライアン~スズカの距離の調整がおかしいことになっている可能性がありますが、あくまで目安として考えていただけると幸いです。
ターボの台詞がアプリ版だとひらがな多めになっているのですが、その法則性のようなものが掴めずに苦戦しております。ひらがなばかりにすると読みにくくなってしまうので、適当なバランスを試行錯誤していきたいと思います。