戦いは終わった。日が傾き、赤みがかったターフの上にウマ娘たちが座り込む。肩で息をする者、仰向けに寝転がる者、うずくまって動かない者。己の限界を出し尽くした彼女たちに、ギャラリーから惜しみない拍手が送られる。手の空いている運営側のウマ娘、エアグルーヴやロッソミレニアムがドリンクを配って回り、労いの言葉をかけていく。それを確認しつつ、サイファーがガルムのウマ娘たちの元へ向かう。
「任務完了だな。よく彼女たちの実力をここまで引き出してくれた。これでトレーナーたちのスカウトもやりやすくなるだろう」
「……ただ走っていただけだがな」
「私もです。でも逃げなしのレースはもうお断りですよ」
「そうか? 次はヒシアマも交えて追い込みでも……、冗談だ。そんな顔をするなよスズカ」
サイファーの労いにブライアンが不愛想に答え、スズカは汚物を見るかのような目で彼を睨む。慌ててフォローに入ったサイファーにため息を吐きながら、ブライアンが助け舟を出す。
「おい、トレーナー。ここでスズカとじゃれ合っている暇はあるのか? アンタのその顔、もう腹は決まったんだろ。だったらさっさとアイツらのもとに行ってやれ。クールダウンはこっちで勝手にやっておく。行くぞ、スズカ」
そう言ってルーキーたちのほうに一瞥をくれた彼女が、スズカを引っ張るようにしてその場を離れた。ブライアンらしい荒削りなフォローにサイファーが笑みを浮かべつつ、手を振って感謝の意を捧げる。気持ちを切り替え、トレーナーとしての勤めを果たすべく行動を開始する。まだ息が上がっているウマ娘たちの中を進んでいき、うつむきながら拳を握りしめるマヤノの前にたどり着いた。
「よう、お疲れさん。ガルムには勝てなかったがルーキーの中では一番だ。中々の健闘ぶりだったじゃないか」
「……本当にそう思ってる? マヤはブライアンさんに勝つつもりだったし、誰よりもキラキラしたかったんだよ。でも負けちゃって、みんなの目はブライアンさんやスズカさんに釘付けだった。……マヤのことなんて、誰も見てなかった」
「当然だろ。君にも分かっていたはずだ。確かに君は戦況が読めるし、賢くレースを立ち回ることができる。だが所詮それだけだ。スピードもスタミナもパワーも、ブライアンのほうが勝っている。それにあの程度の揺さぶりで崩れるほど、うちのエースはヤワじゃない。もし本当に勝てると思っていたのなら、うぬぼれが過ぎると言わざるを得ないな」
「うわぁ……、本当に容赦ないんだね。あんまり厳しすぎると、みんなに嫌われちゃうよ?」
「構わん。下手な同情はしない主義なんでな。現実を直視できない奴に未来などない」
「鬼だね」
「鬼だよ」
マヤノの言葉に淡々とサイファーが答える。慰めず、貶すこともせず、ただ静かに彼女の感情を受け止める。しばらく沈黙していたマヤノだったが、やがて溢れ出るように目尻に涙が浮かび始める。
「……マヤだって分かってた。そう簡単にブライアンさんに勝てるわけないって。でもっ……実際走って、ブライアンさんに追いつこうと思って走っても、追いつけなくって、くやしくって。でも一番くやしかったのは追いつけないって途中であきらめちゃった自分で。そんな分かりたくもないこと認めちゃいそうになって……。だから!」
全身を震わせ、決壊した感情をぶちまけながらマヤノが泣く。ふがいなさとやるせなさ。怪物を前にして手も足も出なかった自分に失望し、爪が握り拳に深々と食い込んでいく。それをサイファーの手が優しく包み込んだ。
「ふぁ……!? と、トレーナーさん?」
「……これからは、ブライアンのことを間近で見る機会も増えるだろう。彼女のことを知り尽くして、勝ち方が分かったら出し抜いてやればいい。そうすれば俺もブライアンも張り合いがあるというものだ。今日はゆっくり体を休めておけ。また明日があるんだからな」
サイファーが手元のバインダーから取り出した紙をマヤノに渡す。頬を赤らめ、呆けたようにそれ見ていた彼女だったが、その内容を読んだ瞬間に目を見開く。
「えっ!? これって」
マヤノが顔を上げた時、サイファーはすでに背を向け、別の場所に歩き出していた。視線の先には青い髪のウマ娘がいる。もう一人のルーキー、泣き喚き、ヒシアマに慰められているツインターボの傍に立つ。
「何を泣いているんだ? そんなことをしていても結果は覆らないぞ。暴走した挙句スタミナ不足で失速、ブライアンに抜かされたことで試験も棒に振り、四着という結果も評価されなくなった。全て君自身が招いたことだ」
「だって、だって勝ちたかったんだもんっ! 特訓だってしたし、いつもよりいっぱい頑張ったんだよっ!」
「それがどうした? 努力しただけで勝てるなら誰も苦労しない。君の頑張りとやらの裏で、この学園では何万ガロンもの血と汗と涙が流れているんだよ、小娘」
「なんだよ、なんだよガロンって! 何かのラスボスかっ! ターボのことバカにすんなっ!」
怒ったターボがサイファーに飛び掛かり、彼の胸を拳で叩く。加減はされているが骨に衝撃が響き、サイファーが思わず顔をしかめる。
「お、おい、よしなよターボ! トレ公もいくら何でも言いすぎじゃないのかい!」
割って入ったヒシアマがターボをなだめつつ、サイファーに非難のまなざしを向ける。それに応えることなくサイファーがターボの前にしゃがみ込み、興奮した彼女と目線を合わせる。
「よく聞くんだ。トレーナーの言うことを聞けないウマ娘は最悪だ。指示を無視して、ケガでもされたらたまったものではない。だが時として、無理を通してでもやらねばならないことも出てくるだろう。失敗が許されない任務、生き残りをかけた戦い、自分の将来を決める大事な一戦。そういう局面では、自分を奮い立たせられることが何より重要だ。無謀とは違う、できるだけの無理をして不可能を可能にする。その行為をバカにするつもりは毛頭ない」
「へ?」
「確かに君はルールを無視して前に出た。トレーナーの立場なら、それは間違っていると言うしかない。しかし勝利を求めるウマ娘の判断としてはベストだった。俺はそう思う。勝てなかったのは、今の君にそれだけの力が備わっていなかったからだ。スピード、スタミナ、賢さ。大逃げを実現させるだけのステータスはそう簡単に備わるもんじゃない」
「……じゃあターボどうすればいいの?」
「それができるウマ娘を見てみればいい。トレセン学園には何人もいるが、その中に俺に大逃げの可能性を示してくれた奴がいる。サイレンススズカ。彼女の足跡を辿っていけば、いつか君の逃げも成就するかもしれないな」
サイファーの脳裏に栗毛の彼女の姿が浮かぶ。静寂の中、先頭の景色をひたすらに追い求め、片羽のマントをはためかせながら走るひとりのウマ娘。
「……ターボにできるかな?」
「さぁな。決めるのは君自身だ。諦めずに前を走り続ければ、いずれ見えてくるものがある。それを貪欲に追い続けろ。泣いている暇はないぞ」
そう言って、サイファーがタオルでグシャグシャになったターボの顔を拭ってやる。
「うわっぷ。……あ、あの、その、ありがと! ターボもっと頑張ってみる! ナンマンガロンって奴を倒してスズカを追っかける! ガルムは無理だったけどターボやるよ! トレーナーも、いつかターボに負けて吠え面かかないでよね!」
立ち直ったターボが満面の笑みを浮かべ、サイファーにビシッと指をさす。単純なのか、メンタルが強いのか、サイファーにはいまだに判断がつかないが、心を動かすには十分な要素だった。
「勘違いしているようだが、別に君は試験に落ちたわけじゃないぞ」
「…………ヴぇ?」
「このトライアルは元々未デビューのウマ娘を拾い上げるのが目的だ。だからルールも曖昧に設定されているし、余程のことがない限り失格にはしない。君の場合はブライアンに抜かされた時点で試験は打ち切り、四着という結果は反映されないが、ゴール直前まで先頭だったことは評価の対象となる。もっとも、指示に従わなかったこととスタミナが持たなかったことは大きなマイナスだ。あまりいい目では見られないだろうな」
「じゃあ結局ダメじゃん! やっぱりみんなターボをバカ呼ばわりするんだ!」
「どうだろうな? それでも君を欲しがる物好きが、どこかにいるかもしれないぞ」
手足をバタつかせて憤るターボを見やりながら、サイファーが先ほどのマヤノと同じ書類を取り出す。
「ヒシアマ。彼女が落ち着いたらこれを渡してやってくれ。他のルーキーたちも息が整ってきたころだ。俺はパーティーの締めの準備に入る」
「あいよ。ん、これは? ……へぇ、やっぱりアンタは優しいねぇ。何だかんだ言いながらアタシたちのために尽くしてくれる。ありがとな、トレ公!」
「……俺は見込みのある奴に手を差し伸べただけだ。じゃあ頼んだぞ」
ヒシアマが嬉しそうにサイファーに微笑みかけ、彼はそれに気付かないふりをして踵を返す。数秒後、絶叫したターボが喜色満面の表情で紙を掲げ、いつの間にか近寄ってきていたマヤノと高らかにハイタッチをかわす。
ベルカ戦争の序盤、サイファーとかつての相棒がフトゥーロ運河で切り拓いたウスティオ解放への道筋。それに倣うように、マヤノトップガンとツインターボは未来への通行手形、チームガルムの入部届を掴み取った。
いつもお読みくださる方々、感想や誤字報告を送ってくださる方々、誠にありがとうございます。
アプリ版ウマ娘一周年おめでとうございます!
アプデでスぺちゃんやスズカ、ブライアンが強化。マヤノも追加イベントで全脚質の加速スキルがもらえるらしく、モチベが上がっております。
マチタンが来たならターボも来るだろということで、実装を心待ちにしながらマイペースで活動を続けていきたいと思います。