よう相棒。まだ走れるか?   作:藤沢計路

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HISHIAMAZON IN THE ROUND TABLE

「ハァ……。トレ公も昔はあの空をビュンビュン飛び回っていたのかねぇ?」

 

 昼時、トレセン学園の屋上。お手製の弁当を頬張りながら、ヒシアマゾンが快晴の空を仰ぎ見てつぶやく。

 

「あ? 何だ突然? ヤキが回って頭がバカになったのか?」

 

「……そのバカに今アンタが食べてる弁当が作れると思うかい? 今回のは結構自信作なんだ。トレ公もおいしいって言ってくれたしな」

 

「む。確かに今日の弁当はよくできてる。野菜が入っていなければな」

 

 ナリタブライアンの感想にヒシアマが呆れたように溜息を吐く。ハンバーグの上にケチャップとチーズでガルムの番犬を描き、その下に野菜を混ぜ込んだピラフとサラダを敷き詰めた。所謂キャラ弁だが味は良く、チームガルムの面々の評価は上々だった。

 

「そういえばアンタってさ、トレ公が傭兵だった頃の話、どれだけ聞いたことがあるんだい?」

 

「……数えるほどしかないな。トレーナーは自分のことをあまり話したがらない。戦闘機乗りの傭兵だったということも最近ようやく聞き出せたくらいだからな」

 

「それって、やっぱりアタシたちが信用されていないってことなのかね」

 

「逆だろ。バカみたいにお人好しなヤツだ。余計なことをしゃべって、心配させたくないってことだろう。……そういうのがこっちは気に食わないんだよ」

 

 吐き捨てるようにブライアンがつぶやき、弁当を一気に掻き込む。それに関してはヒシアマも同意見だった。もはや自分たちは赤の他人ではない。自分たちに尽くしてくれたように、こちらもサイファーの力になりたいと思うのは当然のことだった。

 

「せめてどこで活動してたとか、そういうのが分かれば調べようがあるんだけどねぇ」

 

「知らん。分かっているのはせいぜいガルム隊と円卓の鬼神の名前、それにあの写真の戦闘機くらいだろ。それ以上のことを聞きたいなら、料理でも何でもしてアイツの舌に訴えかけるんだな」

 

 ブライアンの言葉でヒシアマも思い出した。以前リギルにいた頃、ゴネにゴネてようやく見せてもらった一枚の写真。色褪せたそれに写っていたのは、戦闘機のキャノピーから撮ったと思われる二機の戦闘機だった。F-15Cイーグルというらしいその機体は、片方は翼が青く、もう一機のほうは右の主翼が赤く彩られていた。そのうちの青いほう、彼女たちのトレーナーの駆っていたイーグルを初めて見た時、彼女は思わず息をのんだ。

 

(なぁ、ブライアン。アンタはもしアタシがトレ公が実際に戦っているところを見たって言ったら驚くかい? 誰も信じちゃくれないかもしれない。でもアタシは確かに見たんだ。あのレースの時に)

 

 ――あれはトリプルティアラを獲った、曇り空の秋華賞の日だった。

 

 

 

 

「まったく、今日はツイてないねぇ。お天道様は雲隠れ、ブライアンもいない。おまけに……」

 

 10月、京都レース場。勝負服を纏ったヒシアマゾンが周囲を見渡すと、ライバルたちの鋭い視線が一斉に彼女に注がれていた。トリプルティアラ最後の関門、夢の三冠達成を目前にして、ヒシアマは思わず溜息を吐く。追い込みからの末脚、その圧倒的な爆発力がマークされているのは事前に調べがついていた。それでも窮屈な思いをするのは変わらない。

 

(こんな時、アイツがいてくれたら、……なんて考えるのはさすがに女々しいね。ターフの上じゃ誰でもひとり。頼れるのはアタシ自身しかいないんだ)

 

 リギルのサブトレーナー、サイファーと名乗る彼はこのレース場にいない。彼が担当しているナリタブライアンが絶不調となり、菊花賞に影響が出かねないという理由でつきっきりでケアしていた。家族であり、目標である姉が大怪我を負ったとなれば、いかに怪物と呼ばれる彼女でも心中穏やかでなくなるのは当然だ。仕方のないことであると割り切っていた。

 ――ヒシアマ。このレースは君が勝つ。君の力を信じてる。出発する前、サイファーに言われたことを思い出し、胸が熱くなる。初めて出会った時は本名も明かさず、過去も語ろうとしなかった彼を信用できなかった。だがトレーナーとしての実力は本物で、特にナリタブライアンと勝負するために同じ目線で協力してくれたことは本当に嬉しかった。

 ヒシアマにとって今の彼は頼れる兄貴分であり、共に強さを極めんとする相棒だった。レースを勝利に導く戦術眼と冷徹なトレーニング。ウマ娘と対等に接しようとする真摯さ。立ちはだかるもの全てを喰らい尽くそうとする闘争心は、ブライアンの存在と同じくヒシアマの心を熱く滾らせてきた。

 

「アタシは勝つよ。ブライアン、サイファー。だからアンタらも気張るんだよ。三冠取って、熱いタイマン張るんだからね」

 

 ファンファーレが鳴り響く。ブライアンと幾度となく繰り広げた勝負、サイファーとの切磋琢磨の日々が頭をよぎる。ゲートインし、腕を回し、構えをとる。拳を前に突き出した時、それが微かに震えているのに気付いた。

 

(っ!? 武者震い? いや違う。 脅えているってのかい、このアタシが?)

 

 脚は熱いのに、腕は氷のように冷たい。心の奥底に黒いモヤのようなものが立ち込め、ヒシアマを覆いつくそうとしている。

 

 ――――……を確認した。ソーサラー1より全機……最大推力であたれ。帰還を考えるな……。

 

 かすかに、ジェットエンジンの音と聞いたことのない男の声が頭に響いた。心臓が跳ね上がり、ウマ耳をせわしなく動かすがそれらしき存在はどこにも確認できない。直後ゲートが開き、訳が分からないまま芝2000mの舞台へと飛び出す。

 

≪キサマが鬼神か。待っていたぞ≫

 

「っ!?」

 

 今度はハッキリと男の声が聞こえた。走りながら、ここではないどこかの光景が頭に浮かんでくる。なだらかな山脈と地平線の彼方まで広がる台地。そこに番犬ガルムのエンブレムが描かれた二機の戦闘機が飛んでいる。F-16Cファイティングファルコンと翼が青く塗られたF-15Cイーグル。そのイーグルのほうにヒシアマは何故か強い既視感を覚える。

 

「……鬼神ってあれのことかい? そういえば前にカイチョーがサイファーのことをそう呼んでいたような」

 

 そこに別の二機が攻撃を仕掛けてきた。奇しくもヒシアマの勝負服と同じ青黒白に彩られたイーグル。だが増設されたカナード翼と推力偏向ノズル付きエンジンがその性能を何倍にも引き上げている。エアインテーク付近には魔術師のエンブレムが刻まれ、機体下部に懸架されたXLAA長距離ミサイルを容赦なく発射する。――オーシア国防空軍第8航空団第32戦闘飛行隊、ソーサラー隊。彼らの駆るF-15S/MTDが先ほどの二機と交戦状態に入る。

 

「どういうことだい! アタシはおかしくなんかなっちゃいないよ!」

 

≪戦いは会議室に移った。国境を引きなおすために。その線が新たな争いを生む≫

 

「何だって!?」

 

≪我々は『国境なき世界』の住人。まがい物の英雄は始末する≫

 

 ヒシアマの混乱をよそに謎の男、部隊の隊長であるソーサラー1の声が幻影の中で響く。何とか動揺を抑えながらヒシアマが前を向くと、レースもまた異様な展開となっていた。バ群がハイペースで縦長の展開となり、最後方のヒシアマの進行方向が内と外で互い違いに塞がれている。

 

「コイツら!? まさかアタシの動きを封じようってのかい!?」

 

 ヒシアマの追込はレース終盤で一気に相手を抜き去ることで発揮される。つまり終盤に入る前に十分な加速を得られず、先頭との距離が開きすぎていれば逆転は不可能となる。彼女を阻止するためにライバルたちは互いを利用し、その状況を意図的に作り上げていた。

 

≪鬼神の飛び方か。羽をもいでやれ。引っ掻き回してやればいい≫

 

≪包囲を緩めるな。確実にいく。我々のテリトリーに追い詰める≫

 

 ソーサラー隊が鬼神の背後につき、機銃の雨を浴びせる。イーグルが回避し、オーバーシュートした敵にレティクルを合わせる。それをあざ笑うかのようにHUD越しのソーサラーがバレルロールし、急制動急旋回で鬼神の視界から消え失せた。

 

「振り切られた!? なんて機動だい!」

 

 徐々に二つの世界の境目が曖昧になっていく。ターフが円卓の空に、鉄の鳥がウマ娘たちに、ヒシアマが鬼神と重なっていく。箒にまたがる魔術師を振り切ろうとヒシアマが前進する。それを見越したかのように前のウマ娘が体を横にずらす。ミサイルアラート。遠距離からXLAAが飛来し、更にF-15S/MTD二機が戦列に加わる。

 

≪後がないと思え。でなければ一瞬でやられる。このチャンスを逃すわけにはいかない≫

 

 ソーサラー1の指示に部隊が呼応し、包囲網が狭まっていく。長距離ミサイルによる攪乱、二機編隊×4による波状攻撃。高機動に翻弄され、進行方向がブロックされる。第一コーナーを曲がり切っても変わらない。バ群は更に伸び、更に遠くから敵二機が接近してくる。

 

「どうすれば、こんなの一体どうすればいいんだい!?」

 

 ヒシアマの闘志が焦りで揺らぐ。消耗し、遠ざかっていく勝利が彼女の気力を奪い取る。それでも彼女の中の鬼神は戦い続けていた。何度振り切られようと執拗に敵を追い続け、ついに音を上げて挙動がブレた魔術師に機銃を叩き込んだ。爆発炎上して落ちていくF-15S、続けざまに近くにいたもう一機を金属の牙で穿ち、粉砕する。

 

「ッ!? アイツが、サイファーがやったのかい?」

 

≪全てを焼き尽くす傭兵か。噂どおりのパイロットだ。……満たしてくれるはずだ。キサマなら≫

 

 ヒシアマが驚き、ソーサラー1が闘志を滾らせる。鬼神は猛然と飛行を続け、魔術師たちの戦術を力でねじ伏せていく。レースとは違う、命を懸けた殺し合いにヒシアマは怯むが、それ以上に鬼神の戦いに圧倒されていた。多勢に無勢をものともしない。全てをなぎ倒す、戦いの申し子。それこそヒシアマが標榜するタイマンの在り方そのものだった。

 

「まったく何してんだいアタシは。レースはまだ終わってないってんだよ!」

 

≪『国境なき世界』は如何なる国家にも属さない、全人類理想の軍隊だ。制約も争いもない。国家も軍隊も超え、我々はひとつになる。線なぞは消し去る≫

 

「笑わせてくれるね! 線があっても、またいでタイマン張ればいいだけだ! ひとつのゴールに向かってみんなで走る! 勝つも負けるもみな同じ。だからみんなで前に進めるんだ!」

 

 鬼神の熾した火がヒシアマの心を燃え上がらせる。国境なき世界。かつて鬼神が戦ったクーデター軍。核を以って文明を滅ぼし、リセットしようとした。彼女は知る由もない。だが彼らの戦いの軌跡は彼女の脚へと刻み込まれていく。

 先頭が向こう正面を抜け、第三コーナーに差し掛かる。約三メートルの上り坂。各ウマ娘が体力の消耗を抑えるべくペースを落とし、終盤のスパートに向けて体勢を整える。最後方には目もくれない。女傑は終わった。誰しもそう考えていた。その横をヒシアマが猛然と抜き去っていった。二機、三機、四機。鬼神が敵を屠り、女傑のバーニアがターフを焦がす。

 

≪何機落とされた? 全機! こうなれば道連れも辞さん≫

 

 鬼神の強さにソーサラー1が戦慄する。ヒシアマの暴挙にレース場がどよめく。坂で加速すればスタミナを余計に消耗する。それだけではない。バンク状になった第四コーナーの下り坂を抜ける際、勢いがつきすぎて体が大外へ逃げてしまう。走り切れるわけがない。

 

「それがどうした! こちとら有馬に向けてスタミナはつけてきたのさ! そんなことでアタシは、サイファーは止まらないんだよ!」

 

 タブーは人が作るものにすぎない。ガルム1と対等にやれる戦闘機乗りはいない。眠れる獅子、アルピニスト、百万バリキ。鬼の獰猛さを纏った女傑が進出し、異様な気配を察知した上位のウマ娘たちの顔が驚愕に染まる。第三コーナーを超え、下り坂の第四コーナーへ。ヒシアマはすでに五着の位置につけていた。

 

「な、何なのあいつ!? 強さの桁が違う!」

 

「脚の動きが鈍い。奴の仕業なの!?」

 

 バ群が掛かり気味となり、逃げるように速度を上げる。追撃しようとするヒシアマだが、急加速の弊害で体が外へと追いやられる。掴みかかる遠心力。それを振り切る術を今の彼女は知っている。腕のカナード翼、脚のベクタードスラスターノズルで体を傾け、急制動で強引にコースに復帰した。ハイGターン。魔術師たちの箒、F-15Sのマニューバをも取り込んだ走法でコーナーに弦を描き、外周近くで転進することで直線距離を稼ぐ。

 

≪飲み込むつもりか? 鬼神、お前はどこまで戦い続けるのだ!≫

 

 もはや鬼神の、女傑の独擅場だった。ガルムの二機が残り一機となったソーサラー1を追い詰め、リギルの二冠ウマ娘が淀の坂を蹂躙する。ミサイルの噴射煙、フレア、レース場の熱気、闘志。ジェットエンジンの音と蹄鉄の響きが円卓の空で爆ぜ、傭兵の強さとウマ娘の速さが混じり合う。鬼気森然。後方から追い上げる時、加速力がすごく上がり、前の速度をすごく下げる。

 

「うぉおおおおおおおお!」

 

 ヒシアマが雄たけびと共にスパートをかける。外から三人をかわし、残り一人を射程圏内に捉える。エンジンを吹かし、脚を踏み込み、操縦桿のトリガーに指をかける。放たれた金属の猟犬がソーサラー1の機体を喰い破り、先頭に立ったヒシアマがゴール板をぶち抜いた。

 

 ――――本物の英雄は『アヴァロン』に眠っている。

 

 ソーサラー1の声が消え、幻影も見えなくなる。ヒシアマゾンはトリプルティアラという最高の栄誉を掴み取った。

 

 

 

 今でもあの時に見た光景の正体は分からない。レース後、リギルのリーダー、生徒会長であるシンボリルドルフに相談したところ、複雑な表情を浮かべた彼女に口止めされてしまった。だが有馬記念の前日、ブライアンの新しい勝負服に刻まれた番犬のエンブレムを見て確信した。あの時に見た、女傑を勝利へと導いた鬼神は確かに彼であったのだと。

 

(トレ公がどんな傭兵だったのか? どんな風に生きてきたのか? 気になるけど、アタシは信じるよ。今のアイツがたどってきた軌跡の答えが、今のトレ公を形作ってるんだからね)

 

 天を仰ぎながらヒシアマが微笑み、そよ風が彼女の頬を撫でる。ふと、急にあることを思い出す。

 

(そういえば、あの時のカイチョー、何か言っていたような気が。まぁ、いいか。今日も絶好のトレーニング日和だ。待ってろよ、トレ公)

 

 白い雲は変わることなく空を漂っている。鳥がさえずりながら飛び回り、弁当を食べ終えたブライアンが次の弁当をヒシアマにリクエストする。そんな穏やかな日常を謳歌しながら、ヒシアマは放課後の彼とのトレーニングのことを考え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ソーサラー、だと? 私が見たのは確か……」

 




いつもお読みくださる方々、感想や誤字報告を送ってくださる方々、誠にありがとうございます。

最近はトレーナー稼業も順調で、ようやくチャンミもグレードAグループ決勝まで行けるようになりました。チャンミはチーム戦なので、クリオグリという名の鬼神に挑むエース部隊になった気持ちで楽しめています。可愛さUGクラスのチアネイチャという新戦力も確保できたので、デバフ要員+隠れエースとして活用し、創作の糧にしていく所存です。

彼女に応援してもらえる弟君が本当に羨ましい……。
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