よう相棒。まだ走れるか?   作:藤沢計路

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ここで知恵が必要となる。賢き者は獣の数字を解き明かせ。それは人間をさしている。その数字とは六百六十六である。
――ヨハネの黙示録13章18節


666「安田記念」

 6月上旬、東京レース場、安田記念。視界を遮るほどの大雨の中で行われたそれは、一人のウマ娘の独擅場と化していた。ライバルたちがぬかるんだターフに足を取られる中、彼女はそれをものともせずに最終コーナーへ突入する。

 

(グッド! ここまではおハナさんの作戦通りデ―ス。このままイッキに走り抜けマース!)

 

 栗毛のポニーテイルを揺らしながら、チームリギルの最強マイラー、タイキシャトルがペースを上げる。先頭で逃げるウマ娘を見据え、カウガール調の勝負服にふさわしい豪快なパワーで泥と雨を跳ね飛ばす。誰もが彼女の勝利を信じて疑わなかった。短距離、マイル路線で連戦連勝。先行策からの猛チャージで相手を差し切る。今回も変わらない。だがタイキも、リギルのトレーナーである東条ハナもそうなるとは思っていない。

 

(さぁ、アナタはどこで仕掛けてきますカ? どんなにストロングになっても、一着になるのはこのワタシデ―ス!)

 

 タイキが七バ身ほど後ろ、青みがかった黒鹿毛のウマ娘に目を向ける。ヒシアマゾン。かつてのチームメイト、今では最大のライバルである女傑はまだ後方に控えていた。鎮座する番犬のように静かだが、ひとたび牙を向けばたちまちタイキとの差は縮まり、追い込まれて喉笛に喰らいつかれる。ティアラ三冠の豪脚は伊達ではない。故にタイキたちは彼女を仕留めるための策を用意していた。

 

「イピカイエー! お先に失礼っ! この勝負、絶対に負けられまセン!」

 

 ヒシアマが向こう正面から最終コーナーへと侵入する。その直前にタイキがスパートをかけた。ヴィクトリーショット。勝利を射止める弾丸と化した彼女が先頭のウマ娘を交わし、加速しながらコーナーを駆け抜ける。無謀とも思える彼女の攻めにライバルたちは動揺し、ヒシアマも驚きながら口角をつり上げる。

 タイキ本来の先行策であれば最終コーナーを抜けた直後、あるいは直前で勝負をかける。しかし女傑相手にそれでは遅い。競り合いとなり、お得意のタイマンでペースを掌握される。それだけではない。ヒシアマにはチームガルムのトレーナー、円卓の鬼神がついていた。レースの常識を超越した読みと戦術で相対するウマ娘をことごとく蹂躙してきた。

 

(デーモンロード……、サイファーさん。アナタはずっとワタシを助け、力を貸してくれまシタ。ですが、ノー、だからこそ勝つ意味がありマス! ワタシが最強だと証明するためニ!)

 

 燃え盛る決意で心臓のピストンを稼働させる。脚の動輪で重バ場を切り拓いていく。大雨で鋼のように冷えた体、されど駆け巡る血はそれらを蒸発させられるほど熱い。最高潮に達したパワーでターフを踏み抜き、芝と泥がひれ伏したかのような蹄跡が残る。勝利への道筋を刻みながらタイキは全力で走る。

 

「うらぁああああ! チームガルムは一にタイマン、二にタイマン! 三にタイマン、四にタイマンだ! ヒシアマ姐さんをなめんじゃないよ!」

 

 後方からプレッシャーが迫ってくる。曲線のソムリエ、弧線のプロフェッサー、電光石火。最終コーナーに入ったヒシアマが猛然と加速し、次々とライバルたちを追い抜かす。瞬く間にタイキの七バ身後ろに迫り、ゴール前の直線に突入する。その速さにタイキは思わず舌を巻き、同時に勝利を確信した。

 

(ワオ! ヒシアマさん、やっぱりアナタはアメージングなウマ娘です。でも、これでヴィクトリーはワタシのモノです!)

 

 ヒシアマの追い込みは凄まじい。だが今回の重バ場がそれを鈍らせていた。同じチームにいたからこそ分かる。マイル・中距離主体でありながら長距離を走破できるスタミナ、追い比べを制する根性では女傑にはかなわない。しかし短距離・マイル専門であるタイキには、一瞬で最高速に到達できるほどのパワーが備わっていた。

 

(アナタが加速する前に仕掛けてリードを広げる。互角の条件なら勝負は分かりませんデシタが、この雨がアナタとの差を広げてくれマシタ。ワタシたちの作戦勝ちデース!)

 

 土砂降りの重バ場、早めのスパートはタイキの体力を著しく消耗させ、肺と脚が悲鳴を上げ始める。黙らせるようにターフを蹴り上げる。残り400メートル。ゴールすれば最強が証明される。鬼神を堕としたウマ娘として認めてもらえる。可能性は人を熱くする。大雨の中の無敵。観客席から聞こえる、彼女を称える歓声を一身に浴びる。それがどよめきと悲鳴に変わった。

 

「……エっ?」

 

 彼女の後ろに決して存在しないはずの影が見える。

 

「おいおいタイキ、あまりアタシを無礼るんじゃないよ。こんなんじゃ物足りない。シケた雨を吹き飛ばすくらい熱いタイマンをしてやろうぜ!」

 

 三バ身ほど後ろに迫ったヒシアマが雄たけびを上げ、泥化粧が施された体に異様な何かが纏わりついていく。鬼気森然。女傑が血に飢えた鬼のような形相を浮かべ、重バ場とは思えないほどの加速力でタイキに肉薄する。それを見たタイキは混乱し、走りが崩れて速度が落ちる。

 

(スリップストリーム!? ワタシの真後ろを走って風の抵抗を? ノー、説明がつきません!? ウェイト、ヒシアマさんの足元、泥が跳ねていない……。まさか!?)

 

 タイキが絶句する。ヒシアマはこのコースで唯一ぬかるんでいない場所、最終直線でタイキが踏み抜いた芝の上を走っていた。理には適っている。彼女のパワーで踏み固められたそこならば、やや重ほどのコンディションで走破できる。

だがそれはタイキの歩幅を正確に把握し、合わせることができなければ成立しない。そんな離れ業をヒシアマは遂行している。

 同じチームにいたからこそヒシアマの弱点を突くことができた。雨がタイキたちに味方した。そうではなかった。リギルを、タイキを知り尽くした鬼神はそれを読み切り、逆に利用した。可能性は人を熱くする。大雨の中の無敵。その絶対を彼は覆した。運命の鎖を喰い破り、相対した者の勝機を根こそぎ壊す。まるでマジックのように。

 

「インポッシブル!? ヒシアマ! あなたはウイッチなのですか!」

 

 タイキが横並びとなったヒシアマに向かい叫ぶ。心の昂りを抑えきれないヒシアマが笑い応える。

 

「いい質問だねタイキ! 言い得て妙だがアタシはただの魔法使いじゃない。円卓の鳥、ソーサラーだ!」

 

 迫る影、鍔迫り合い。豪脚、ノンストップガール。疾風怒濤、全身全霊。互いの力を出し尽くし、二人のウマ娘がゴール板を駆け抜ける。

 勝ったのは、ハナ差でタイキシャトルをかわしたヒシアマゾンだった。

 

 




いつもお読みくださる方々、感想を書いてくださる方々、誤字報告を送ってくださる方々、誠にありがとうございます。
前書きの一節は、こちらで和訳したものとなります。

史実のタイキシャトルの安田記念(1998年)はCMになるほどの名レースで、まさにマイルの王者にふさわしい圧倒的な走りで勝利を収めました。実際に目にしたわけではありませんが、彼の持つ可能性に私も胸が熱くなりました。

本来ならばレース後も書いてから投稿する予定でしたが、マイペースとはいえ間が空きすぎてしまったため、生存報告を兼ねて投下しました。次回こそオリジナルウマ娘の登場までもっていきたいです。また、犬っぽいウマ娘も登場予定なのだ。
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