よう相棒。まだ走れるか?   作:藤沢計路

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今回から新しいオリウマ娘たちが登場します。以前はやらかしてしまいましたが、同じ轍は踏んでいない……はずです。


666「深緑に舞う翼」-1

 大雨の安田記念から数日が経った。空は晴れ渡り、穏やかに一日が進んでいく。だがレースに生きるトレセン学園のウマ娘たちに安息の時はない。己を限界まで鍛え上げ、ライバルたちに勝利するその時まで。

 

「もしもし、俺だ。LANEのメッセージを見た。併走の申し出を受けてくれて感謝している。だが良かったのか? 君の打った蕎麦の味見なんて、俺にしか得がないように思えるが? ――いや、それじゃフェアじゃない。今度温泉にでも……、ん? 今タマの声が……、何? 抜けがけ? おいイナリ、……切れちまった」

 

 昼下がりのトレセン学園の屋上で、サイファーが訝しげに携帯端末を懐へしまった。来るべき戦い、宝塚記念。スズカとブライアンの強化のため、彼は懇意にしているウマ娘たちに連絡を取っていた。史上三人目のクラシック三冠ウマ娘、永世三強の一角、白い稲妻。人脈は広くないが、どうにか協力を取り付けられた。特にブライアンは復調してから初めてのGⅠとなる。露呈した弱点を克服するためにも、強者たちとの模擬戦は是が非でも行いたかった。

 

(今、安田記念で俺たちは注目を集めてしまっている。更に人目を引くような真似は避けたいところだが……、あれは?)

 

 サイファーが屋上の扉の影に気配を感じる。わずかに見えた黒鹿毛のロングヘア―と左耳につけた翠色のリボンには見覚えがあった。彼の視線に気づき、そのウマ娘が慌てて退散しようとする。それを引き留めるべく、鬼神は特殊兵装を使用した。

 

「そうか、とうとうベルちゃんにも嫌われちまったか。これじゃメジロの家に出入りすることも叶わんな」

 

「ちょっ!? こんなところでその呼び方は止めてよ! 誰が聞いてるか分かんないでしょ!?」

 

 シャンデルからの急加速。ハイマニューバでサイファーの元に駆け寄ってきたメジロドーベルが息を切らせながら彼を睨む。レース界の名門、メジロ家の娘のひとり。冷静かつドライな姿勢からクールビューティーと呼ばれ、周囲から憧れと羨望の目を向けられている。だがその実、非常に人見知りかつシャイな性格であることを、円卓の鬼神は知っていた。

 

「悪かったよ。ちょっと聞きたいことがあってね。それにしても、何も言わずにいなくなろうとするなんて冷たいじゃないか」

 

「別に……。アンタ忙しそうにしてたし、アタシが聞いちゃいけないような話もしてたから」

 

「特に問題はないけどな。誰と併走するか知られたところで不利になるわけでもない。少なくとも、クラシック級の君にスズカたちが負けるとは思えんしな」

 

「ふ~ん、そういう事言うんだ。そっちのチームは絶好調みたいだけど、アタシのところも頑張ってるんだから。負けて後で吠え面かかないでよね」

 

 ドーベルが不敵な笑みを浮かべてサイファーを挑発する。その様を見て、彼は思わず笑ってしまった。

 

「アンタ何笑ってるの? アタシたちのことバカにしてる?」

 

「まさか。君とこんな風に会話できるようになるとは思ってなかっただけさ。昔は俺のことを軽蔑してたような娘が、ここまで俺のことを信頼してくれるとはね」

 

「それは!? まぁ、突然おばあ様がアンタを世話するようになって、しかも傭兵だったなんて聞いたら、誰だって怖いって思うでしょ」

 

「確かに、得体の知れない人間がいきなり身近に現れたらそうなるよな。でも君はそんな俺を認めてくれたじゃないか。タイキとエアグルーヴには感謝しないとな」

 

「別に、先輩たちは関係ないし。……ただ凄いって思っただけだから。アンタは実力でみんなの信頼を勝ち取って、立ち向かって、自分自身を貫き通してきた。……アタシにはできないことだから」

 

 怒ったり落ち込んだり、様々な表情を浮かべるドーベルを見ながら、サイファーは過去のことを思い返す。この世界に瀕死の状態で飛ばされ、一命を取り留めた後、自身の処遇が問題となった。この世界に存在しえない人間が学園内で死にかけていた。スキャンダルになれば学園の運営、最悪の場合レースの停止もあり得た。その状況下で助け舟を出してきたのがメジロ家当主、ドーベルの言うおばあ様だった。

 

「ようドーベル、俺は決して強かったわけじゃない。ご当主に作ってしまった膨大な借りを返すために、死に物狂いでやってきたってだけのことさ。傭兵だった俺がこの国で自由に生きていくためには、それなりの地位と名声が必要だったからな。そのための手段、トレーナーとしての道筋を示してくれた連中には本当に感謝してるよ」

 

「それってラモーヌさんやアルダンさんのこと? 確かアンタの助言のおかげで道が拓けたとか言ってたけど」

 

「それは彼女たち自身が成し得たことだ。俺は関係ない。むしろ彼女たちがそう思ってくれたおかげで、ご当主が俺に可能性を見出してくれた。本当に助かったよ」

 

 ――でなければ屋敷に軟禁されてたかもな。出かかった言葉を飲み込みながら、サイファーは目の前のウマ娘に答える。

 

「……アンタって本当にお人好しよね。傭兵とか鬼神とか、怖そうな肩書のクセして謙虚で優しくて。だからスズカもタイキも、エアグルーヴ先輩もアンタのことを信頼してるんだ。その、アタシも普通に話せてるし」

 

「俺は優しくなんてない。君が俺と話せるようになったのは、レースで勝って自信がついたってだけのことだ。阪神ジュベナイルフィリーズ、オークスという大舞台で勝ち残り、己の強さを証明した。だろ、ベルちゃん?」

 

「だから呼び方っ! ……アタシは、どっかの誰かを見習っただけよ。ソイツの背中はいつも大きくて、逞しくて、前に進み続けてた。アタシはただその背中に追いすがろうとしただけ。そういうアンタこそ、優しくなかったらわざわざアタシにタイキのフォローなんて頼まないでしょ。リギルを抜けたっていうのに、心配そうな顔浮かべちゃってさ。そんなに気になるなら、直接声をかけてあげたらいいのに」

 

「……彼女と同室で知り合いだったから君に頼んだ。それだけのことさ。俺が心配だったのはヒシアマのことだ。寮長らしくタイキをケアしてくれるのは分かっていたが、万が一もある。二人ともレースの結果を引きずるような性格じゃないが、仲がこじれていがみ合うのは見たくないだろ?」

 

「それは同感だけど、アンタが一番気にしてるのはタイキのことでしょ? 安田記念が終わった後に一晩中泣きじゃくってたって言ったら動揺してたし、今だって気まずそうに視線を逸らしてるし。あの子のことを気にかけてる何よりの証拠、でしょ、円卓の鬼神さん?」

 

「ちっ……、君も言うようになったな。流石はメジロのウマ娘だよ」

 

 サイファーが勝ち誇ったように微笑むドーベルから視線を逸らす。反論の余地はない。彼にとってタイキは恩人であり、支えるべき存在だった。誰よりも優しく、明るく、さみしがり屋にもかかわらず他者を優先して行動する。初対面のサイファーを怖がることなく受け入れ、チームメンバーたちとの間を取り持ってくれたりもした。

 

「彼女と約束していたからな。短距離、マイル路線で年度代表に選ばれるようなウマ娘にすると。あの時の安田記念はその足掛かりとなるはずだったのに、それを当の俺が壊してしまった。これが戦争なら、(たお)した相手のことなど歯牙にもかけない。だが競技としてのレースである以上、コースを出れば立場は関係ない。元リギルのサブトレーナーとして彼女をフォローする。……ただそれだけだ」

 

「あっそ。そういうのがお人好しって言うんだけどね。それで、アンタの聞きたいことってタイキの近況ってことでいいの?」

 

 ドーベルが呆れたように彼を見つめ、話の続きを促す。それも気にはなる。だがサイファーは首を横に振った。

 

「いや、今回はそのことじゃない。君のことだ。宝塚記念への出走、ファン投票で選ばれたとはいえ、クラシック級の、しかもオークス明けの君には少々荷が重いように思えるんだが、決めたのは君自身の意思なのか?」

 

「えっ、アタシ!? ううん、チーフが出てみないかって誘ってくれたの。実力不足なのは分かってるけど、エアグルーヴ先輩やスズカとも走ってみたいし、それにウチのチームのリーダーも出るっていうから」

 

「チーフが? そうか、やはり……」

 

 メジロドーベルが所属するチームのベテラントレーナー。かつては幾多のサブトレーナーを擁し、一人前として輩出してきたことから、チーフという名で呼ばれている。今では老齢となり、サブトレーナーも一人しかいないが、長年培われてきた知識と経験は今でも衰えていない。その彼女が判断したのであれば、ドーベルにとってベストな選択なのであろう。だがサイファーはそれを覆しかねないある噂を耳にしていた。

 

「ドーベル。もうひとつ確認させてほしい。最近チーフは」

 

「ここにいたのかドーベル。午後の授業の前にミーティングがあると通達が来ていただろう? そろそろ行かないと間に合わなくなるぞ?」

 

 サイファーの声が第三者によって遮られた。扉に目を向けると、そこに二人のウマ娘が立っていた。黄色がかった栗毛の髪、毛が逆立って羽のように見えるウマ耳、その右側には迷彩柄のリボンがつけられている。

 

「ターミ先輩とテルミ!? い、いつからそこに?」

 

「お前がそこの男と逢引きを始めた頃からだ。話の内容は聞かないようにしていたが、時間が来てしまったからな。しかしお前の想い人が、まさか今話題のチームのトレーナーだったとは。確かにイケメンだが、まさか男嫌いのドーベルがな」

 

 二人のうちの背が高いほう、ロングヘア―で自信に満ちた様子のウマ娘が、動揺するドーベルをからかうように答える。

 

「なるほど。そういえばドーベルちゃんの新作漫画に出てくる孤高のトレーナー、外見のイメージは彼にそっくりですね。ドーベルちゃんの憧れの人。これはシナリオ担当として目に焼き付けておかなければ」

 

 もうひとり、セミロングの穏やかな表情のウマ娘が、合点がいったようにうんうんと頷く。

 

「ち、違うの二人とも! コイツは別にそんなんじゃ! ちょ、アンタからも何か言ってよ!」

 

 彼女たちの言葉に聞いたドーベルがオーバーヒートを起こし、顔を紅潮させながらサイファーに助けを求めた。

 

「いや。本当にそうならこちらも嬉しい限りだが。……さて、スーターミネーター、スーテルミナートル。君たちの目的は、本当にドーベルを呼びに来ただけなのか?」

 

 鬼神の言葉にドーベルが硬直し、スーターミネーター、ロングヘア―のウマ娘が意外そうに彼を見つめる。

 

「ほう? 名乗る手間が省けたな。どうやらガルムのトレーナー殿は、次の獲物のことはとっくにリサーチ済みらしい」

 

「君たちとはリギル時代に何度かやりあっているからな。当時はパッとしなかったが、今年は大層な活躍ぶりじゃないか。GⅠは落としたが、それ以外の重賞は負けなし。特にテルミナートルと出ていたレースでの走りは凄まじかった。二人が並んで競り合う姿は、まるでつがいの鳥のようだったぜ」

 

「つがいの鳥? 面白いことを言うな。今度我々も使わせてもらうとしよう」

 

 スーターミネーターが不敵な笑みを浮かべ、サイファーの目前に歩み寄る。

 

「お前と遭遇したのは本当に偶然だ。だがこれだけは言っておく。今度の宝塚記念、勝つのはこの私かドーベルだ。可愛い後輩が世話になっているようだが手加減はしない。チームガルムには我々が名声を得るための餌となってもらおう」

 

「気が合うな。こちらも同じ考えだ。例え相手がドーベルでも全力で挑ませてもらう。俺たちが勝ち残るためにな」

 

 ターミネーターが鬼神を見上げ、サイファーがウマ娘を見下ろす。二人の視線が交錯し、闘争心がぶつかり合う。

 

「隊長、そろそろ行かないと……。ドーベルちゃんもいい加減に起きて」

 

 どちらも視線を逸らさない。永遠に続くかと思われた瞬間がテルミナートルによって中断された。彼女の一言にターミネーターが頷き返し、放心状態のドーベルがよろよろと動き出す。

 

「今度会う時は阪神レース場だな、ガルムのトレーナー。ナリタブライアンとサイレンススズカ。リギルを巣立った二人がどれほど強くなっていたとしても、私は勝利をチームに届けなければならない。覚悟しておけ」

 

 ターミネーターが踵を返し、その場を去ろうとする。その一瞬の動作に、サイファーの視線が鋭くなる。

 

「ターミネーター! ……レースの前に息切れなどしてくれるなよ。ここ数ヶ月で、君はテルミナートルと共に五レース以上はこなしてる。当日に満身創痍では、勝負にすらならないからな」

 

「どうした急に? 生憎だが、ヤワな鍛え方はしてないんでね。ご心配には及ばんよ」

 

 突然声をかけてきたサイファーに手を振りながら、ターミネーターたちは今度こそ去っていった。

 

「あいつ、自覚はしていなかったが、あの右足は……。三女神たちよ。あなたがたは一体俺に何を望んでいるんだ」

 

 サイファーが屋上の手すりを掴み、天を仰ぐ。彼は気づいてしまった。ターミネーターが踵を返した時、右足首がわずかに痙攣し、そこを庇うような仕草をしていたことに。そして胸中に芽生えた違和感は、数か月前に感じたものと同一のものだった。――ナリタブライアンの右股の炎症。放置すれば破滅をもたらす爆弾が、敵の中でその時を刻んでいた。

 




いつもお読みくださる方々、感想を書いてくださる方々、誤字報告を送ってくださる方々、誠にありがとうございます。投稿期間が空いているにもかかわらず、評価を入れてくださり感謝しております。

ドーベルの出走レースの時期が史実と異なりますが、この作品独自の時間軸として読んでいただけると幸いです。

個人的に日常シーンを書くのは難しいと感じているのですが、クリスマスイベントでエアグルーヴ、ブライアンの成分を補充できたので、モチベーションを高めることができました。

サクラローレルがどうやらブライアン大好きっ娘のようなので、気が合うなと思いつつ、史実も踏まえてリサーチしていきたいと思います。
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