「貴方が乗っていた青い翼のイーグルと、相棒さんの片羽の赤いイーグルは、今も円卓の空を飛んでいるのかしら?」
サイファーたちの時が止まる。彼女が知るはずのない秘密を前に心臓が早鐘を打つ。彼とブライアンは動揺を抑え、無表情を貫く。
「どうして!? どうしてあなたがそのことを知っているんですか!?」
だがスズカは驚きを隠し切れず、それが真実であると認めてしまった。サイファーが胸中で舌打ちする。チーフはこの反応を見るために、わざわざブライアンとスズカを連れてこさせた。彼女が何を考えているかは分からないが、出方次第ではガルムのウマ娘にまで累が及ぶ可能性がある。サイファーが射殺すような目つきでチーフを睨む。
「やっぱり、本当のことだったのね。貴方はただの傭兵じゃない。現実に起こったとは思えない、大きな戦争を戦い抜けるくらい凄腕の戦闘機乗りだった」
「……あなたは、誰からそのことを聞いた?」
「ベルちゃんよ。とは言っても、あの子も全てを知っているわけではないようなの。……幻を見たと言っていたわ。あなたがトレーナーになってから夢を時折、そしてオークスの最中にも。あなたがこの国ではない、どこかの空で、戦闘機に乗って戦っている姿が浮かんできたそうよ」
「その割には、随分確信を持っていたようだが?」
「似ていたのよ。ベルちゃんに聞いた戦闘機の特徴と、ブライアンさんとスズカさんの勝負服のデザインが。二枚の青い羽、赤い片羽、番犬のエンブレム。ベルちゃんもそれに気付いて、前にあの勝負服のデザインの由来を貴方に聞いたと言っていたけど?」
チーフに言われて思い出す。安田記念の直後、ドーベルにタイキのフォローを頼んだ時に戸惑いがちに質問された。無論、本当のことは話さず、デザイナーであるビューティー安心沢が自分にインスピレーションを得た結果だと伝えていた。それは嘘ではない。
(普通ならそんなことはあり得ない。俺がいた世界での軌跡を他者が読み取り、追体験するなどと。だが、俺はそれに意味があると思った。ここには俺のすべき何かがあるのだと感じた)
ビューティーから勝負服が届いたと同時に独立の話が舞い込み、導かれるようにトレーナーとなった。その先に自分が望む答えは存在するのか? それを知るために、サイファーはあえてベルカ戦争当時の部隊名とエンブレムを継承し、二着の勝負服をチームの象徴とした。そうすれば自分だけではない。ピクシー、かつての相棒、ラリー・フォルクが真に望んだ景色も垣間見れる気がしていた。
「仮にそのデタラメな話が真実として、あなたはどうするつもりだ? 言い触らされたくなければ要求を飲めとでも言うつもりか?」
「見くびらないでちょうだい。この話を持ち出したのはあくまでベルちゃんのためよ。それにこのことはご当主に固く口止めされているわ。ここで話す前にあの人に相談したら、絶対に誰にも話すなと言われたわ」
「だが、今こうしてあなたはそのことを話してしまった」
「覚悟の上よ。ベルちゃんが成長したのは私が指導したからじゃない。貴方のトレーナーとしての姿、傭兵である貴方の幻があの子の支えになったから。だからベルちゃんは貴方が受け継ぐべきだと思ったの。それを実現させるのが、トレーナーとしての私の最後の勤めなのよ」
冷たい目を向けるサイファーに負けじと、チーフが命を燃やすように熱弁する。鬼神の軌跡、彼が別の世界の人間であることを知る者はわずかしかいない。メジロ家当主はそのひとりだった。彼女が目を光らせていて、チーフの言葉が嘘でなければ、自分が傭兵だったことが広まる心配はないだろう。サイファーが警戒を解き、息を吐く。
「……いいでしょう。ドーベルの移籍の件、考えておきます。判断は宝塚記念での彼女の走りを見てからということでよろしいですね? それと本人の意思を最大限尊重することも約束していただきたい」
「っ! ……よかった。勿論よ。やっぱり貴方には分かっていたのね。何故私がベルちゃんを宝塚に出走させたのか」
「これまでの状況を分析した結果です。あなたなら幻の話があろうとなかろうと、私がドーベルの実力を見定めたいと考えることは予想できたでしょう。それにシニア級のウマ娘たちを試金石にするような大胆な発想は、あなたぐらいしか思いつきませんよ」
「買い被り過ぎよ。それくらいなら貴方だってやったでしょう。そうやって貴方は何人ものウマ娘を栄光に導いてきたんですからね」
チーフが嬉しそうに微笑む。使命を遂げ、安心したような表情を浮かべていたが、すぐにそれが固くなる。
「貴方には本当に感謝しているわ。でも、さっきのことだけはきちんと答えを聞かせてちょうだい。貴方は本当に戦闘機乗りで、円卓という場所で獅子奮迅の活躍をしていたの?」
「……それは本当です。私は戦闘機乗りで、ここではない別の場所で傭兵としての仕事を全うしていました。今言えるのそれだけです。ちなみに私が傭兵だったという記録は存在していないので、仮に話が漏れたとしてもそれが証明されることはありません。悪意を持った連中が攻撃材料に使おうとしても、ただの戯言にしかならないでしょう」
ベルカ戦争がこの世界の出来事でない以上、それは当然だった。だから彼が戦闘機乗りの傭兵だったということ自体は、ガルムのウマ娘は元より、リギルの面々や他の信頼できる人間には話していた。
「だとしても、私はこの秘密を絶対に誰にも言わないわ」
「ドーベルのためにですか?」
「貴方のためよ。傭兵であろうとトレーナーであろうと貴方は貴方。ひとりの人間として、これから先、貴方が描く軌跡を見届けたいと思うのよ。そういう意味では、私自身のためと言えるかもしれないですけどね」
「……ありがとうございます」
サイファーが、そしてブライアンとスズカも頭を下げる。
「お互い様よ。それと、報酬の前払いというわけではないけれど、これを渡しておこうかしら」
チーフがテーブルの隅に置いてあった分厚い資料の束を差し出す。
「これは?」
「今まで私が担当してきたウマ娘たちのデータやトレーニング方法。それ以外の知識や資料。私のトレーナーとしての全てが詰まったものよ。貴方、最近チームに入ったマヤノちゃんやターボちゃんの指導で悩んでるんでしょ。これがあれば、少し助けになれるはずよ」
「っ!? よく気付きましたね」
「あら? これでも今まで何人ものトレーナーを指導してきたのよ。それくらい見ていれば手に取るように分かるわ」
「そういうものですか。敵いそうにないな、あなたには」
サイファーがまいったように笑みを浮かべる。
「じゃあ、私の話はこれでお終い。次は貴方の話を聞きましょう。大体察しはついているけれど」
「はい。ス―ターミネーターのことです。ですが話を進める前に、まずはこちらの資料に目を通していただきたい」
サイファーが首肯し、持ち込んでいた書類ケースから二つの資料を取り出す。一方はターミネーターの負傷について考察された書類、もう一方はとあるイベントの企画書だった。チーフが資料を読み進めていくにつれ、その目が驚きと関心に染まっていく。それを確認してから、サイファーはターミネーターを救済するための計画を話し始めた。
筆が乗ったため、間を空けずに投稿することが出来ました。
次回はオークス(ドーベルの回想)か宝塚記念の予定です。