よう相棒。まだ走れるか?   作:藤沢計路

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天使は過去の自分を夢のように思い出していた。自分の歌が牧草地を支えたこと。自分の刃が闇を追い返したこと。自分の翼がずっと自分を運んでいたことを。


DIAPASON「宝塚記念」-2

 地下バ道を出て本バ場へ入ると、太陽の光と歓声がブライアンに浴びせられた。久しぶりの感覚、だが押し寄せる熱気はこれまでで一番大きい。スズカやヒシアマが活躍し、名を広めたことで、チームガルムは注目を集めるようになっていた。そこにクラシック三冠のブライアンの復帰とくれば、関心を寄せないほうが難しい。期待、羨望、嫉妬、憎悪。様々な感情の奔流がブライアンを押し流そうとする。

 

(鬱陶しいな。……アイツも、トレーナーも、戦っていた時はこのような気持ちだったのだろうか? 絶対的なエースとして、強大な敵として、人々の想いを一身に受けて空を飛び続けていた。私の知らない、どこか遠い所で)

 

 ゲート付近まで歩きながら周囲の様子を探る。レース前に入念にストレッチをする者、その場に佇んで集中力を高める者、ターフの感触を確かめるように走っている者。勝敗を競うライバルたちの中に、馴染みの姿を見つける。サイレンススズカ、エアグルーヴ、メジロドーベル。チームメイト、かつての同僚、先輩と後輩。様々な因縁で繋がった者同士の視線がスタンドの一点に注がれている。

 

(円卓の鬼神。翼をたたんでも、どうやらアンタは皆の注目の的らしい。だから見ていろ。このレースでアンタの目も私たちに釘付けにしてやる)

 

 思いが通じたようにスズカと視線が重なり、互いの勝負服のマントがはためく。青い翼と片羽の赤いイーグル、サイファーとその相棒が紡いできた物語を彼女たちは知らない。だがそんなことは関係なかった。これから刻まれるのはナリタブライアンたちの軌跡、トレーナーとしての鬼神の新たな物語だった。彼が追い続ける過去、片羽の妖精(ラリー・フォルク)はもういない。それを分からせるべく、ブライアンは戦意を昂揚させる。

 ファンファーレが鳴り響き、13人のウマ娘たちが続々とゲートインしていく。ブライアンも静かに、闘志をみなぎらせながら金属の檻に身を委ねる。勝利を貪る獣たちの息遣い。それを感じながらスターティングポーズ、タキシングを開始する。一瞬の静寂、刹那、ゲートが開き、体を外へと押し出した。

 

≪ドーベルの力を測りつつ一着を勝ち取れ。作戦開始≫

 

 鼓膜を刺激する蹄鉄の音に混じってブライアンの中の彼、サイファーの声が脳内で反芻する。――全力を尽くせ。レース前に告げられた彼の言葉を思い出しながら、ブライアンがつぶやく。

 

「トレーナー。このレースはガルムが勝つ。戦況は常に私たちの味方だ」

 

 スタート直後の下り坂、バ群中団後方に位置取る。目前にドーベル、中団の前寄りにエアグルーヴ、最前方にスズカを確認した。直後、スズカが他の逃げウマ娘たちを大きく引き離し始める。

 

≪五、六バ身。差がどんどん広がっていく。スズカが早速逃げ出したか≫

 

「いや、ただの逃げじゃない。あれは」

 

「鬼逃げだぁあああ!!!」

 

 観客席からターボの声が響き、ブライアンが思わず顔をしかめる。最大集中、盤石の構え。スズカが持てるスキルを駆使し、いつもの大逃げよりも更にハイペースで進出する。傍から見れば暴走しているようにしか思えない。だがブライアンは知っている。あれこそがスズカが鬼神から学び取った戦術、駆け引きであることを。

 

「このレースに勝てば風向きが変わる。だからこその選択か。なら、私も相乗りさせてもらおうか」

 

 ブライアンがペースを落とし、周囲のウマ娘たちがギョッとする。最後方まで下がった彼女を見て、故障と勘違いした観客が悲鳴を上げる。

 

「えっ、何これ? どうすればいいの?」

 

「サイレンススズカはどこ行った? って、もうあんなところに! どうしようこのままじゃ」

 

 異様な状況に遭遇したライバルたちは選択を迫られる。普段通りなら間違いなくスズカに追いつけない。だがペースは持つのか? でもブライアンが後ろにいる。今のうちに距離を稼げば終盤で差されにくくなる。一部のウマ娘がペースを上げ、それを見て焦った他のウマ娘たちもそれに続く。

 

「やはりアイツの読み通りになったか。それが分かっているからアイツらも」

 

 ゴール板前の坂を登りきり、第一コーナーへと差しかかる。ブライアンの前方、五バ身ほど離れた位置にエアグルーヴとドーベルがいた。かつてのチームメイトたち、鬼神を見てきたエアグルーヴは当然掛からず、ドーベルも前に出たい衝動を抑えながら必死でペースを保っている。

 

≪向こうは冷静だな。走りに乱れがない。こちらの手の内はお見通しというわけか≫

 

 スズカの大逃げとブライアンの強さが知れ渡っていたからこそ、ほとんどのライバルたちは掛かり気味に前に出るという選択をした。先行、差しのブライアンが後ろに下がったことで、彼女がまだ本調子でないと錯覚させたことも大きい。走りだけではない。敵の思考、情報をも利用してレースを掌握する。鬼の術中にハマった相手の末路はひとつしかない。

 第三コーナーに差し掛かり、スズカが緩やかに減速する。円弧のマエストロ。脚を残し、息を整える。その後ろでライバルたちが続々と垂れていく。

 

「何、これ? 速度が、維持できないっ……」

 

「ここで差が開いたらダメなのに。あいつを相手にした時点で負けていたの?」

 

「サイレンススズカのやりたいようにやられている!」

 

 無理な加速がたたり、スタミナキルされたウマ娘たちが壁のように迫ってくる。ドーベルは苦し気な表情を浮かべながら大外へ、逆にエアグルーヴは口角をつり上げながらバ群へと突っ込む。水月鏡花、上弦のソムリエール。薫風のようにライバルたちの間を走り抜け、同時に加速しながらスズカへ肉薄する。

 

≪スズカの三バ身後ろにエアグルーヴ。ケツにつかれるぞ≫

 

「やるな。流石は女帝と言ったところか。血が滾ってくる」

 

 接近してくるエアグルーヴにスズカが気付き、驚きながらも嬉しそうに笑う。彼女はまもなく第四コーナーを抜けようとしていた。終盤は近い。スズカの位置を見てドーベルもテンポアップする。格上相手に怯むことなく大胆不敵に進出を開始する。

 

「スズカ逃げろ! そのまま逃げ切っちまえ!」

 

「やってくれ、エアグルーヴ! タイキシャトルの仇を取ってくれ!」

 

「ドーベルちゃん頑張って! みんな応援してるからね!」

 

「俺たちの声を届けるんだ! もっと大きく! 彼女たちのいるターフに聞こえるように!」

 

 歓声がレース場に響き渡る。鐘の音のごとく高らかに、熱に染まった空間を伝播する。

 

「懐かしい音だ。煩いが悪くはない。連中の度肝を抜いてやる!」

 

 コーナーを駆けながら体勢を整え、ドーベルの後方につける。怪物とクールビューティーの視線が交錯する。

 

「見ててねチーフ、ターミ先輩たちも。チームに恥じない走りをしてみせる。今、ここで!!!」

 

 彼方、その先へ。ドーベルが起死回生の一歩を駆け出した。クラシック級とは思えない、気迫に満ちた走りにブライアンが感嘆の声を漏らす。前方のスズカも第四コーナーを抜けてスパートに入る。先頭の景色は譲らない、異次元の逃亡者。鍛え抜かれたスタミナ、航続距離の延伸によって余力を起こしたまま、ターフに赤い閃光を描いていく。

 

「スズカ、いや片羽の逃亡者! 私とて鬼神の力は授かっている。リギルもガルムもない。女帝の走りをお前たちに刻み込んでやる!!!」

 

 女帝の権謀、ブレイズ・オブ・プライド。己が矜持を糧にしてエアグルーヴがスズカを捕捉する。喰うか喰われるか。片羽と女帝が激しい鍔迫り合いを展開する。

 

≪エアグルーヴ、それにドーベルまで。これもまた、ウマ娘の持つ力のひとつか≫

 

「無論だ。そしてこれが、アンタが育てた私の力だ!」

 

 未だコーナーの中にいるブライアンが体を沈みこませ、位置を上げていく。天衣無縫、迅速果断、尻尾の滝登り。かつての併走相手たちのスキルを取り込み、燃焼させ、最終直線の滑走路に進入する。先頭のスズカは六バ身以上も先にいる。問題ない。運命を塗り替えた鬼神の力、脈々と注ぎ込まれた彼の血汗が全身を循環し、双翼の怪物に更なる力をもたらす。

 

≪レーダーロック。ガルム1、フォックス2≫

 

「らぁああああああ!!!!!!」

 

 番犬が吠え、空間が爆ぜ、地面が抉れてブッ飛んだ。

 

「は?」

 

 三バ身ほど前にいたドーベルの横を青い二枚羽が過ぎ去り、衝撃で煽られた彼女が呆然とする。一刀両断、餓狼牙。迫る影を振り切るかのような暴力的な加速がターフを蹂躙する。Shadow Break。有馬で露呈した弱点への答えのひとつ。影を追い込み、最終盤でブッちぎる。あまりの出鱈目さに観客までもが言葉を失う。

 残りニハロン。半バ身差のデッドヒートを繰り広げるスズカとエアグルーヴに喰らいつく。女帝の動揺、闘志に満ちたスズカの視線を受け、アフターバーナーのスロットルを全開にする。極限まで体を沈みこませ、空気摩擦で引き千切られそうな体への負荷を低減する。青いマントが白い軌跡を描き、ブライアンを前へ前へと押し上げる。

 

「……ブライアンさん。例えガルム同士でもレースは無慈悲。勝利の景色を見るのは私ひとりで十分です! はぁああああああ!!!!!!」

 

 残り一ハロン。エアグルーヴを交わしたブライアンとスズカが並ぶ。全身全霊。逃亡者が最後の力を振り絞り、速度を上昇させる。その後ろでドーベルも意地を見せ、エアグルーヴに迫る。ブライアン、スズカ、ブライアン、スズカ、怪物か片羽か? 二人のウマ娘がゴール板を駆け抜ける。

 

「ぜぇ……、ぜぇ……、どっちだ? 私か……、スズカか?」

 

「はぁ、はぁ……。ブライアンさん? それとも私? どっちなの」

 

「「勝ったのは!!!!!!」」

 

 ゴールしたブライアンとスズカが血走った目で掲示板を確認する。一着サイレンススズカ、二着ナリタブライアン。だがその横に写真判定のランプが点滅している。場内がどよめき、三着のエアグルーヴ、四着のドーベルも息を吞んで事の成り行きを見守る。数十分後、運命を決する掲示板に灯ったのは、(イーブン)の文字だった。

 




いつもお読みくださる方々、感想を書いてくださる方々、誠にありがとうございます。

今回の宝塚記念はサイレンススズカが勝った1998年のものをベースとしていますが、この作品独自の時間軸のレースとなっております。

前書きの文章はマジック:ザ・ギャザリングというカードゲームに出てくる、私の好きなカードのフレーバーテキストを引用しました。

次回はオリウマ娘二人との変則レースの予定ですが、ROAD TO THE TOPのアヤベさんがすごくすごくかったため、イフのストーリーにはしる可能性があります。
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