≪ガルムトレーナーから各員へ。これより本ライブイベントの特別レース、ライトハロー杯を開始する。その前に一度ルールの説明を行う。来場者だけでなく、出走者諸君もしっかりと確認しておいてくれ≫
レース場のスピーカーからサイファーの声が響く。ゲート周辺に待機していたスズカが彼のいる実況者スペースを見上げると、隣で進行役を務めるライトハローが真っ赤な顔を伏せて小刻みに震えていた。
≪コースは芝1600メートルの左回り。安田記念、ヴィクトリアマイルと同様だが、今回はこれをチーム対抗戦で行う。ナリタブライアン、サイレンススズカのチームと、ス―ターミネーター、スーテルミナートルのチーム。いずれかのチームのメンバーがゴール板を駆け抜けた時点で勝敗は決する。メンバー同士でのコミュニケーションは可能とし、その手段として無線機の使用が認められている。会話はリアルタイムでレース場に流れるので、留意しておくように≫
≪あー、あー。なるほど、感度は良好のようだ。ガルムのトレーナー、今回のルールでは相手の進路のブロックが可能、ということでいいな?≫
ターミネーターの問いかけにサイファーが首肯する。
≪その通りだ。故意の接触、相手の転倒、負傷を目的とした行動、追突を誘発する挙動、危険だと判断される行為を除き、相手の進路を塞ぐことが可能だ。カーレースのようなものだと思ってもらえば分かり易いだろう≫
イン、アウトのラインの奪い合い、アクセルとブレーキの応酬、一瞬のスキを狙って目まぐるしく順位が入れ替わる。血と鋼が織りなす真剣勝負は、見る者に刺激と興奮をもたらす。
≪二対二、たった四人のレースを盛り上げるための仕組みというわけだな。我々には好都合だが、そちらのお二人さんには少々荷が重いように思えるな≫
そう言ってターミネーターがスズカとブライアンに挑発的な笑みを向ける。反論の余地はない。彼女の言葉通りだとスズカには分かっていた。相手の進路を塞ぎ、前に出さないようにする。大外に追いやって末脚を削ぐ。故意に相手の進路に干渉できる今回のルールでは、レース中の位置取りが重要となる。相手の干渉を避けるために距離を空けるか? 積極的に仕掛けるために接近するか? ブライアンが腕を組みながらターミネーターを睨み返す。
「アンタが言いたいことは分かる。アンタら二人は同じ先行、近くにいれば連携も取りやすいし、互いの位置も把握しやすい。だがこちらはスズカが逃げなのに対し、私は差しか追込。先行もこなせるが、終盤までスズカと接近することはない。孤立無援の状況でレースを進めることになる。それが不利だと言いたいんだろ?」
「よく分かってるじゃないか、ナリタブライアン。しかもお前の主戦場は中距離か長距離だ。展開の速いマイルじゃ、つねに的確な判断が求められる。経験の浅いお前の不利は明確だということだ。だからこちらはお前たちのトレーナーによるバックアップを認めた。最強のトレーナーが相手となれば、こちらも全力で戦えるというものだ」
≪……≫
一瞬、サイファーの表情が歪んだのをスズカは見逃さなかった。今回のルールは彼とチーフ、サブトレーナーによって考案されたものだが、鬼神によるスズカたちへのサポートは後付けされたものだった。ハンデを埋めるという名目で採用されたものの、裏ではトライアルでの彼の活躍を聞きつけた一部の出資者がライトハローに要望を出し、それを彼女が断りきれなかったという経緯がある。それでもスズカは、鬼神と共にレースを走れることに頼もしさと嬉しさを感じていた。
「ターミネーターさん。そしてテルミナートルさんも。確かにこちらのほうが不利なのかもしれません。ですがあの人が、私たちのトレーナーがいる限り、負けることなどあり得ません。でしょ、ブライアンさん」
「っ! あぁ。その通りだ。アイツがついている以上、ガルムに負けはない。アンタらを喰らい尽くして私たちの強さを、アイツの実力をこの場で証明してやる!」
力強く宣言したスズカを意外そうに見つめながら、ブライアンもターミネーターたちに啖呵を切る。
「……面白い。そこまで言うか。ならばお前たちの快進撃、今日ここで私たちが止めてみせよう」
「同じく、です。あなたたちが今のレース界の中心ならば、そこから引き摺り下ろすのが我々の使命です。ドーベルちゃんには悪いですが、チーフのためにも最強の座はこちらに譲っていただきます」
四人のウマ娘、勝利を求める二本足の獣たちが闘争心を剥き出しにする。互いが信じる者のために全力を注ぐ覚悟を決める。
≪話は済んだようだな。……来場者諸君! これは余興に過ぎないが、彼女たちにとっては譲ることのできない闘いだ。決意、いや覚悟か。それらがターフでぶつかり合う。貴君らも、どうかそのつもりでレースを見届けていただきたい。以上、レースの説明を終了する。チームガルム、出走!≫
サイファーが交信を終えると同時に、会場のファンたちが一斉に歓声を上げた。夏の大気と人々の熱気が吹き荒ぶ。スズカがブライアンと視線を交わし、ハンドサインで互いの健闘を祈りながらゲートへと収まった。
ファンファーレ、ライブのイントロ曲がレース場に鳴り響く。嵐の前の静けさ。全ての視線がスズカたちへ注がれる。一枠一番スーテルミナートル、二番サイレンススズカ。二枠三番スーターミネーター、四番ナリタブライアン。互いの呼吸、心音すら聞こえてきそうな空間の中で、片羽の逃亡者は集中力を高めていく。直後、視界が拓け、開け放たれたゲートからエースたちが一斉に飛び出した。
(いつも通り、前で逃げる!)
スズカが脚に力を込め、前へ踊り出る。その両脇にカーキ迷彩の二人が並ぶ。負けじと彼女もギアを上げようとして無線機から彼の声が響いた。
≪スズカ右旋回だ! ブレイク!≫
危機回避、ポジションセンス。考えるより前に体が動く。真横に進路をズラして大外に逃げる。直後、相手のウマ娘たちが二バ身先まで猛加速し、交差しながらイン側のラインに陣取った。コンセントレーション、盤石の構え。逃げのスズカよりもハイスピードで前に出て、攪乱しつつ道を塞ぐ。そのまま彼女が前に出ようとすれば、減速からの回頭、再加速によるスタミナの損耗は免れなかった。
≪ちっ、外した! あのトレーナーやはりただ者じゃない。テルミ、警戒しろ≫
≪了解。上にも注意を払います≫
驚く相手の声を聞きながら、スズカが外からハナに立って大逃げの体勢に入る。先行のはずのターミネーターとテルミナートルもペースを上げて追跡する。
≪あの挙動、今までの彼女たちより速い。ブライアン、離されすぎるなよ≫
≪了解だ。あの二人を下さないと、ステージでライブなどと言えなさそうだな≫
マイルゆえの短期決戦。レースは高速戦の様相を呈している。一瞬でもスピードを緩めれば堕とされる。緊張の糸がウマ娘たちを絡めとり、互いの距離が一バ身ほどにまで狭まっている。
(もうすぐ第三コーナー。ここも全力で!)
スズカがコーナーに差し掛かる。遠心力だけでなく上半身の筋肉もフル稼働して走行する。その後ろ、6時方向からアクティブレーダーが照射される。
≪やるぞテルミ。お前からだ≫
≪ウィルコ。では、お先に参ります≫
ターミネーターの後ろにいたテルミナートルが前に出る。双方の位置を入れ替え、スリップストリームで仲間を引っ張る。直後、増速したターミネーターがテルミナートルを追い抜かし、更に加速したテルミナートルが再びターミネーターの前に進出する。
≪……アイツら、何を? っ! 私が離されている?≫
≪ブライアン気を付けろ。連中、徐々にスピードを上昇させている。あの難しい動きをあそこまでこなすとは。互いの呼吸がよく分かっている≫
スリップストリーム。遊びはおしまい。スリップストリーム。遊びはおしまい。二人がスキルを連鎖的に行使し、能力の限界を超えて速度を上げ続ける。第四コーナーに差し掛かったスズカとの距離が徐々に縮まる。
≪脚が軽い。まだまだイケる。……この動きがもっと早くに出来ていれば≫
≪……これからですっ、隊長。まだ間に合います。この機動で、これからもっ!≫
コーナー巧者。ペースアップ。コーナー巧者。ペースアップ。番の鳥の
≪捕まえたぞ片羽。まずはお前の翼からもがせてもらう!≫
サイレンススズカが終盤目前で喰われる。予想外の状況に観客たちが騒然となる。
≪思っていた以上に厄介な相手だ。君たちとはまるで違う走り方をする≫
「関係ありません。私は私の走りをするだけです。トレーナーさんが見出してくれたこの逃げで、誰よりも速く。だから」
先頭の景色は譲らない! エースの証である片羽の赤いマントがスズカに力を与える。空気を肺に、血を全身に、脚の双発エンジンに点火して燃焼させる。
≪ブライアン、特殊兵装の使用を許可する。分散して対空戦闘。一点集中攻撃だ≫
≪了解、空に火力を集中させる。QAAM発射準備よし≫
相手に行動を悟らせないための符丁。最後の直線で外から仕掛ける。サイファーの指示に従い、高機動空対空ミサイルの使用をコールしたブライアンがポジションにつく。
≪ブライアンとスズカならやれるはずだ。チームガルム、交戦!≫
サイファーの合図とともに第四コーナーを抜けたスズカがスパートをかけた。神速。踏ませぬ影。アフターバーナーがターフを蹴り上げ、気流ごと空間を切り裂いていく。それを見たターミネーターたちも追撃の体勢に入る。テルミナートルがターミネーターの横につく。ブライアンをブロックしつつ二人同時に脚に力を込める。真っ向勝負、末脚、真っ向勝負、末脚、大地の叡智。ターミネーターがスズカを猛追する。テルミナートルもそれに続こうとして、できなかった。
≪ぐっ!? スーテルミナートル、負傷しました!≫
テルミナートルが突如バランスを崩し、立て直そうとして足首が歪な方向に曲がる。チームメイトの悲痛な叫びに驚愕しながら、何かに気付いたターミネーターが顔をしかめる。
≪テルミ、コースアウトしろ。命令だ≫
≪隊長っ! 足を捻っただけです! まだ私は!≫
≪その負傷は私のミスだ。……負けを認めるにも時間は必要だ≫
彼女たちはずっと二人で走り続けてきた。互いの歩調、吐く息のタイミングまで知り尽くしている。だがターミネーターが回復、能力が向上したことでわずかに差異が生じ、極限機動で蓄積した負荷がテルミナートルのキャパシティを超えてしまった。唇を嚙みながらテルミナートルが速度を落とし、内ラチに寄りかかる。直後、ターフがズドンと揺れる。
≪ぅらぁああああああ!!!!!!≫
ナリタブライアンが青い翼を羽ばたかせて加速する。豪脚、迫る影。我武者羅に突き進み、先頭を走るスズカを捕捉する。
≪そうだっ! 勝負はまだ終わっていない! ガルムの二人を下せば可能性はある≫
僚友を失ってなお、ターミネーターの闘志は消えなかった。無理を押して援護してくれたテルミナートルのために、番犬どもの栄光をここで断ち切る。ハイボルテージ、遮二無二、一陣の風。ブライアンと追い比べをしながらスロットルを全開にする。
地平線の向こうに夕陽が沈んでいく。三人のウマ娘たちが最後の直線を疾走する。スズカが坂を駆け上がり、ブライアンが芝を踏み抜き、ターミネーターが離されまいと肉薄する。蹄鉄が鳴り響く。己の影すら置き去りにしてゴール板を駆け抜ける。
最後に幕を引いたのはスーターミネーター。栄光を掴んだのは片羽の赤い逃亡者、サイレンススズカだった。