よう相棒。まだ走れるか?   作:藤沢計路

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Lode stone「分水嶺」

 夏休み。学生であり、競争者でもあるトレセン学園のウマ娘たちにとって、それは一年における重要イベントのひとつだった。サマーウォーク、スプラッシュ・レク。合宿、課題、レース。楽しみ、研鑽し、謳歌する。様々な思い出を積み重ね、彼女たちの青春、人生が形成されていく。そんな日々が目前に迫った土曜の夕暮れ時、学園の芝のコースを三人のウマ娘たちが全力疾走していた。

 

「ふぅううう。気持ちよかったー。やっぱり真剣勝負は迫力があって面白いね」

 

 後ろの二人を三バ身以上引き離し、先頭を駆け抜けたウマ娘が満足そうに黒鹿毛のロングヘアーをかきあげる。ミスターシービー。ターフの演出家。史上三人目のクラシック三冠ウマ娘。シンボリルドルフ、カツラギエースらと時代の覇を競い合い、常識に捉われない劇的な追込でターフに蹄跡を刻んできた。

 

「チッ。これで全敗か……。アンタ、宝塚前の併走では力を抜いていたな?」

「うーん、まぁ。アタシは全力でもよかったんだけどね。キミたちのトレーナー、ミスターデーモンロードに、アタシの走りを見せるだけでいいからってお願いされたから。下手に全力を出すとキミがムキになって本番に支障が出るって言ってたよ。ここまでアタシに喰らい付こうとしているのを見ると、その心配も当然だったみたいだけどね」

「……アイツ、余計なことを」

「ぜぇ、ぜぇ……。ふ、二人とも速い。これが三冠ウマ娘の実力ってことなの?」

 

 楽し気に笑うシービーと、それを忌々しそうに睨むブライアン。すぐ近くに倒れ込んだドーベルが、彼女たちを信じられないといった表情で見上げる。そんなクールビューティーの顔をシービーが申し訳なさそうに覗き込む。

 

「今日はごめんね、ドーベル。折角の特訓に割り込むようなことしちゃって。でも、あんなレースを見せられたら我慢できなくなっちゃって。エースを誘ってもよかったんだけど、一度ガルムの誰かと走ってみたかったんだ」

「……それは、アタシも分かります。アイツの指示を受けながら走るスズカたち、凄く迫力があって、速くって。ヒシアマさんたちも興奮してました。アタシもガルムに入った以上、あれくらい走れるようにならなきゃって思ったんです」

「ふーん。いい意気込みだね。彼もきっと喜んでくれると思うよ」

「なっ!? 別にアイツのためじゃなくて! チーフの期待に応えたいから!」

「あははっ。やっぱりキミも面白いな。彼が注目するわけだよ」

 

 自由奔放なシービーに翻弄されるドーベルを見ながら、ブライアンがため息を吐く。ライトハロー杯の後、サイファーとチーフの合同記者会見を経て、メジロドーベルはチームガルムの正式なメンバーとして加入を果たした。反響は凄まじかったが、スーターミネーターの宝塚出走回避の時のような非難の嵐は起こらなかった。二対二の真剣勝負の最中の彼のサポート、単なるトレーナーの枠を超えた実力を発揮したことで、メジロのトレーナーを担うにふさわしい存在であることを証明した。

 実況者席からでもウマ娘たちの位置を正確に把握する空間認識能力、一瞬で戦況を見極めて的確な指示を出せる判断力。あの時のサイファーはトレーナーとしてだけでなく、歴戦の傭兵としての一面ものぞかせていた。

 

「で、アンタはもう気が済んだのか? 今回は中距離で相手をしてやったが、そろそろ私はマイルで走りたい。そのために今日はドーベルを併走相手に選んでいた。アンタをブッ潰すのはその後でいい」

「うん、アタシはスッキリしたから、あとはご自由に。でもアタシはキミには負けないし、これから先も負けるつもりはないかな。それに今のキミはアタシじゃなくて、別の誰かをブッ潰したいって思ってるんじゃないかな? 片羽のあの子、最後の逃げ切りは見事だったね」

「…………」

 

 シービーの指摘にブライアンが沈黙する。チームガルムのチームメイト、味方でありライバルでもある片羽の逃亡者、サイレンススズカの後ろ姿が頭をよぎる。レース終盤、スーターミネーターは交わせたものの、半バ身差で彼女に届かず敗北を喫した。鬼神のサポートで距離適性の問題を克服していたのにも関わらず、スピードが乗り切らなかった。チームは勝ったが、自分は負けた。その事実がブライアンの中で未だにくすぶっている。

 

「図星ってところかな。あのレース、なんで負けたと思ってる? 彼は敗因を教えてくれなかったの?」

「……アンタに何の関係がある? これは私自身の問題だ」

「まぁ、そうなんだけどさ。今、彼ちょっと余裕ないみたいだし。アタシもフォローしてあげられないかなって思っただけ。余計なお世話なら謝るよ」

「別にいい。……アイツの味方が多いことに越したことはない」

 

 真剣な顔で問いかけるシービーから視線を逸らしながら応える。あのレースで存在と実力が広く知れ渡った円卓の鬼神は、これまで以上に人々の興味を惹きつけるようになった。ライブ後に行われた出資者パーティーでは主役のウマ娘たちそっちのけで人が群がり、マスコミやレース関係の動画配信者がプライベートを暴こうと彼の住むマンションにまで押し寄せるようになった。

 

「彼って今トレーナー室で寝泊まりしてるんでしょ? なんか人目がありすぎて殺気だってるみたいだし。一応マスコミとかはいなくなったって聞いたけど」

「あぁ。まともなマスコミ、理事長がひいきにしている週刊誌の記者たちが中心になって同業者の暴走を抑えたらしい。アマチュアの連中も有名なウマスタグラマー、カレンだか何だかが咎めたことが切っ掛けで大人しくなったようだ」

「へぇー。……すごいね、彼は。強くて、優しくて、ピンチになったら助けてくれる人がいる。でも自分のことは頑なに話そうとしない。少しは信用してくれてもいいと思うんだけどな」

 

 シービーが物鬱げに空を仰ぎ、ブライアンもつられて舌打ちする。本来であれば担当ウマ娘であり、生徒会副会長でもある自分が動かねばならなかった。だがすでに状況は動いており、彼に近い存在たちによって手が打たれていた状態だった。理事長、ラモーヌ、ルドルフ。彼女たちは自分たちが知らない何かを知っており、それを隠すように鬼神をベールで覆おうとしている。その向こう側に自分がいないことに、ブライアンは苛立ちを感じていた。

 

「あの……、シービーさんはどうしてアイツをそこまで気にかけるんですか? アイツがトレセン学園に入った頃の知り合いとは聞いてますけど」

 

 わずかに空気が重くなる。それを払拭すべくドーベルがおずおずとシービーに問いかけた。

 

「理由? そうだね、多分キミと同じじゃないかな?」

「えっ?」

「彼のことを考えると夢中になって、頭の中がいっぱいになる。自然と彼の姿を追い求めて、近くで彼を感じたくなる。うーん、こういうのって何て言えばいいだろ?」

「っ!? それってもしかして、こここ、こぃ、いやアタシ違くて、でもアイツ、アタシのこと好きって、ぅうううううううううううう」

 

 あっけらかんとした様子でつぶやくシービーの発言にドーベルが妄想を膨らませてしまい、オーバーヒートしてその場でしゃがみ込む。その様子にブライアンも毒気が抜かれ、鼻頭のテープを押さえながらシービーに向き直る。

 

「アンタ、アイツに惚れてるのか?」

「どうなんだろ? 今まで恋なんてしたことないし、そうだって言われたらそうなのかもしれないね」

「ハッキリしないな。女としてアイツが欲しいかどうかじゃないのか?」

「おぉ、ブライアンも言うねぇ。さてはキミ、デーモンロードに惚れてるな?」

「ッ!? チッ! 知らん!」

 

 墓穴を掘って彼の姿を思い浮かべてしまい、羞恥と焦りで顔が赤くなる。その様子を見てケラケラ笑っていたシービーだったが、不意につぶやく。

 

「確かに言えるのは、アタシは彼に憧れてるってことかな」

「憧れてる、だと?」

「そう。自分が正しいと思ったことを実行して、成果を上げてまわりを認めさせる。それでいて独りよがりじゃなくて、他人を尊重する謙虚さも持ってる。自分に自信がなかったらできないことだよ。彼は戦闘機のパイロットとして修羅場を潜り抜けてきたからなんて言ってるけど、きっとそれだけじゃないんだろうね」

「……アンタ、知ってたのか」

「まぁね。これでも付き合いは長いし。彼は、円卓の鬼神はあの空の上で、どんな景色を見てきたのかな」

 

 茜色の空が夕闇に染まっていく。太陽が西に傾いていくのを見つめながら、シービーが言葉を続ける。

 

「アタシね。この学園に入れば、自由に、好きなように走れると思ってたんだ。風になって後方から一気に他のウマ娘たちを追い抜かして、弾む体にドキドキしながらゴール板を駆け抜ける。でも現実はそうもいかなくて、教官には先行で走れって言われたり、強者の自覚が足りないだなんて言われたりして。おまけに課題もやらなきゃいけないし。そんなの意味ないと思ってサボったら先生に怒られるしね」

「それはそうだろ。面倒でも課題くらいちゃんとやれ」

 

 思わずツッコむブライアンに、シービーが笑みをこぼす。

 

「ふふ。初めてあの人に会った時も同じこと言われた。屋上で不貞腐れてたら偶然彼がいてね。空を神妙な顔で見つめてたから、思わず声をかけたんだ。そしたら色々と盛り上がっちゃって、気が付いたらさっきのことも相談してた。初対面だったのに、ちゃんと話を聞いてくれたよ」

「お人好しだな、相変わらず」

「ホントにね。彼、しばらく考え込んでから、こう言ったんだ」

 

 ――俺にとって平和、自由は誰かに保障されるものじゃない。自分自身で掴み取るものだ。君の中に確たる信念があって、その道に進むべきだと決められたのなら、それは君の持つ強さそのものだ。

 

 鬼神の真似をしながら語ったシービーの言葉を、ブライアンは噛みしめるように反芻する。当然のように享受している自由と平和。それが彼にとっては日常のものではない。戦い、勝ち残ることで掴み取ってきた。

 

「不思議とこの言葉が胸に染み込んじゃってね。自分は正しいんだ。間違ってないんだって思えるようになった。彼が諦めないでいいって言ってくれた気がしたから。……でも、アタシだけじゃなかった。気が付けば、アタシのまわりもみんな彼のことを見てた。エースもシリウスも、ラモーヌも。もし彼がリギルのサブトレーナーになる前に出会ってたら、誰かのトレーナーになってたかもしれないね」

 

 後悔するような、懐かしむような口調でシービーがつぶやく。

 

「もし彼に意識してもらうとしたら、全力でぶつかって勝負に勝つしかないって思った。倒すべきライバルって認識されて、全力をぶつけてもらって、初めてデーモンロードと同じ側に立てる。彼の気持ちを知って、何を考えているのか? 何を求めているのかが分かる。だからアタシはあの人から目が離せない。夢中になってるんだ」

 

 シービーが微笑み、手に届かない何かを掴むように手を伸ばす。彼女の告白を聞いて、ブライアンは内心驚いていた。目の前にいるウマ娘の感情に、彼女も共感を覚えていた。

 ブライアンがリギルに入った当初、自らを円卓の鬼神と名乗った彼には、自分を焚きつけた責任を取ってもらうつもりでいた。幾多の猛者をブッ潰し、飢えと渇きを満たすために必要不可欠な存在だと認識していた。だが気が付けば、自分が円卓の鬼神、ガルム1、サイファーの軌跡を追い求めるようになり、彼のようになりたい、認められたいと思うようになっていた。

 そしてその思いは、彼の駆る戦闘機、翼が青く彩られたF-15Cイーグルの幻を見るようになってから更に強くなった。夕暮れの街、鐘が鳴り響く中で繰り広げられる死闘。ガルム隊の二機のイーグルと敵エース部隊の操るSu-37スーパーフランカー二機。縦横無尽に空を駆けるフランカーに猛加速でガルム1が喰らい付く。直後、後ろ向きに放たれたサイドワインダーミサイルをフレア散布、バレルロールで翻し、20mmバルカンで流線型のボディを抉り裂く。

 

(私も同じだ。何故アイツはあそこまで強いのか? どんな思いで戦っていたのか? 今は何を追い求めているのか? それを知りたい。少しでもアイツに近づきたい。そのためにはまず、アイツの中から追い出さなければならない奴がいる)

 

 つねに彼の近くで飛び、背中を預け合い、競うように敵を倒していく。勇者を守る妖精のように軽やかに空を舞い、掴もうとしてもすり抜けていく。片羽の赤いイーグル。円卓の鬼神の相棒だった男。ラリー・フォルク。あの時、ライトハロー杯で先頭を走るスズカの背中に、ブライアンはかすかにその痕跡を感じ取っていた。

 

(ルドルフでも、ラモーヌでも、シービーでもない。私がアイツを堕とす。そのためには片羽に、スズカに追いつく必要がある。それが鬼神の証を継いだ、この私が今すべきことだ!)

 

 チームガルムとそのトレーナーの実力が世に示され、より大きな力が彼らを飲み込もうとする。サイファーとブライアンたちの運命が大きく変わろうとしていた。

 

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