よう相棒。まだ走れるか?   作:藤沢計路

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0pening「有馬記念」-2

 バ道からパドックを経て、運命のゲートへと向かっていく。ブライアンがスタンドにいるはずの彼を探すと、遠くからこちらを見つめるサイファーと目が合った。どちらともなく頷き合い、闘志を昂らせていく。何故か彼の隣にシンボリルドルフがいたが、今のブライアンには関係ない。ここにいる全ての存在を飲み込んでみせる。共に走る12人のウマ娘も、このレースを見ているはずのライバルたちも、彼女の勝負服を見てざわつく観客たちも。そして円卓の鬼神すらも釘付けにする。

 湿ったターフを踏みながらブライアンがゲート入りし、他のウマ娘たちもそれに続く。鼻に貼ったテープを抑え、集中力を高めていく中で、ある光景が頭をよぎる。

 

 ――知ってるか? エースは3つに分けられる。強さを求める奴。プライドに生きる奴。戦況を読める奴。この3つだ。レースには関係ないかもしれないが、君に当てはまるとしたら、そうだな……。

 

 不思議な男だった。サブトレーナーにしてはやけに貫禄があり、トレーニングは厳しいくせに、それ以外ではお節介すぎるほど甘い。後に聞き出せたのは、どこかの国で傭兵として戦闘機を駆っていたことのみ。そして新たな勝負服を受け取った際に語ってくれた円卓の鬼神という符号。その響きは彼の全てを体現しているかのような力強さを秘めていた。

 ウマ娘全員がゲートに入り、ファンファーレが鳴り響く。姿勢を低くし、その時が訪れるのを待つ。隣の競争相手の息遣いが聞こえる。周囲が静寂に包まれていくのが分かる。目の前で雪がちらつくのが見えた。世界が白に染まっていく。

 直後、ゲートが勢いよく開かれる。ウマ娘たちが一斉に飛び出した。横一列に広がっていた彼女たちがコースの内側めがけて殺到し、巻き上げられた芝と水滴が宙に飛び散る。

 

「降ってきたか。風情はあるが、ここから見ればどのレース場も大して変わらん」

 

 ターフを思い切り蹴りこみ、先頭集団の前方へと陣取った。ヒシアマゾンはいつもと変わらず追込、後半で勝負をかけるために後方へと下がっていく。だがどのレースにおいても何一つ同じなどということはない。新たな血。新たな戦い。全ては0から構築されていく。

 第4コーナーを抜け、正面スタンドへ。動きはない。お互いの腹を探りあうように、自分のペースを維持するように走り抜けていく。新たな記録を刻むため。それができなければただ堕ちていくのみ。誰もが勝者となり、敗者となり、英雄となりうる。一体何がそれを決するのか?

 バ群が第1コーナーへ差し掛かる。空気を肺に取り込み、燃焼させ、筋肉のピストンを最大効率で稼働させる。内側に寄せてきた相手に追い出される形で外を回らされる。関係ない。この芝の制空権は未だ誰のものでもない。

 エリアB7R-通称『円卓』。エースたちに与えられた舞台。プライドに生きる者。戦術家。名誉の信奉者。様々な思想を持つ存在が交錯し、命をかけて戦う。レースも同じだ。逃げて、前に出て、差して、追い込む。第2コーナーを抜け向こう正面へなだれ込む。油断はしない。有馬を走る健脚たちは虎視眈々とタイミングをうかがっている。ターフという名の円卓で全てがぶつかり合う。

 

「円卓がなんだ! 鬼神がなんだ! んなこと関係ない! アタシがやってやる!」

 

 最終コーナーの手前でヒシアマゾンが咆哮し、後方集団を外から抜け出してくる。絶妙のタイミング。他のウマ娘も追従しようとするが、前の集団が壁となって思うように動けない。

 

「流石だアマさん。だが走り方にルールは無い。ただ速く走るだけ!」

 

 最後のホームストレッチ。全てのウマ娘がスパートをかける。26の蹄鉄が地響きをたて、白いターフに勝利への渇望を刻んでいく。ぬかるんだ地面に脚が飲まれ、力が奪われようと、前へ。もっと前へ。彼女たちは走り続ける。レースの世界で変化する出会い。変わる運命。変わることのないウマ娘の本能。隣に並びかけたヒシアマゾンと視線が交わる。

 

「来い! ここで全てが決まる!」

 

 ギアをフルに、脚に力を込めて一気に解放した。周囲の景色を置き去りにして、蹴りだした土がアフターバーナーのように噴射される。腕を振り、脚をあげ、正面を見据えてただ駆ける。一バ身、二バ身、集団を突き放していく。獲った! その矢先、黒い影が猛追をかけてくる。

 

「負けてたまるかよ! もう一度タイマン勝負だ!」

 

 鬼気迫る勢いでヒシアマゾンが一騎打ちを仕掛けてくる。ゴールまで1ハロンを切ろうとしている。負けたくない。その一心でライバルは限界以上の力で喰らい付き、円卓に蹄跡を残そうとしている。その重圧に気おされ、相手の姿が自身の影と重なった。どんどん大きくなり、足元から全身を覆いつくさんとする。思わず脚がすくみかける。

 

 ――走れ、臆病者!

 

 どこからともなく声が聞こえる。実際には聞こえていないかもしれない。それでも脳内には彼の声が響き渡っていた。こちらにかけているようで、どこか遠く、手の届きようのない領域に投げかけている。無礼るな。ふざけるな。鬼神よ。見るべき相手はここにいる。かつての相棒はもういない。今いるのはお前の全てを受け継ぐターフの鬼神。ナリタブライアンだ!

 

 ――Come on!

 

 己の影を振り払うように、すぐ後ろに迫るヒシアマゾンを振り切るように更に身体を加速させる。ズドンと踏み込んだ脚が爆音を発し、顔に降りかかる雪が左右へ割れていく。両肩の蒼いマントが翼のように広がり、表層の空気が白い軌跡を描いていく。破裂しそうな心臓、ちぎれそうな手足、溢れ出しそうな感情の奔流を全て推進力へ変え、時すらもブッちぎっていく。気づけば身体は3バ身も前に押し上げられていた。

 レースにマニュアルなどない。決められた勝ち方などない。交戦規定は唯一つ。

 

 勝利に向かって走れ!

 

 ナリタブライアンの身体は誰よりも速く、有馬のゴール板を駆け抜けていった。

 




お読みくださりありがとうございます。誤字報告ありがとうございます。また行間に関してご指摘していただいた方に、改めて御礼申し上げます。

今回のレースは1994年の有馬記念をモデルにしています。ブライアンとヒシアマ姐さんだけでなく、ツインターボ師匠やナイスネイチャ、ライスシャワーなど、ウマ娘でおなじみの競走馬が出走しています。終盤のブライアンの圧倒的な強さが印象的ですが、序盤中盤の師匠の爆逃げも非常に見応えがありました。アプリ版のストーリー4章ではこのあたりを掘り下げているようなので、今から見るのが楽しみです。

ツインターボの先頭はここで終わり!
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