よう相棒。まだ走れるか?   作:藤沢計路

7 / 29
ROSELEIN「171本戦併走」-2

「おい! アンタ、いきなり何してくれてんだい! レースに割り込むなんて、一歩間違えば大事故につながってたかもしれないんだよ! そんなにタイマンはりたいなら、いつでもアタシが相手になってやるよ!」

 

 いきなりの横槍にヒシアマゾンが怒り、乱入者へと詰め寄る。

 

「それは申し訳なかったな。だが先にこのトレセン学園のレースを汚したのはあなた方のほうだ。正直、今のあなた方にこのターフを踏んでほしくはない」

 

「何だって?」

 

 赤い髪のウマ娘の予想外の返答に、ヒシアマゾンが一瞬怯む。

 

「ヒシアマ、大丈夫か! ケガはないか?」

 

「トレ公! アタシは平気だけど、スズカは?」

 

「大丈夫だ、どこにも異常はない。念のため君の身体も確認させてもらう。そこに座ってくれ」

 

 スズカを伴って駆け寄ってきたサイファーが、ヒシアマゾンの状態を確認し始める。ジャージの裾をめくり、視診と触診、脚を隅々まで調べ、異常がないことを確認する。顔を赤らめるヒシアマゾンを横目に彼が安心したように息を吐き、彼女の肩を叩いた。

 

「君も問題なしだ。本当に良かった」

 

「そんなの当然だろ。このヒシアマ姐さんはそんなにヤワじゃないさ。何しろアンタのウマ娘なんだからね」

 

 ヒシアマゾンがお返しとばかりにサイファーの胸を小突く。彼女の気遣いにサイファーが笑みを返し、立ち上がって赤いウマ娘へと向き直る。

 

「さて。逃げずに待っていてくれたということは、この行為に至った理由は話してくれるんだな、ロッソミレニアム?」

 

「何だ、私のことを知っていたのか。わざわざ話す手間が省けたな。お前がチームガルムのトレーナー。私たちの誇りを汚した元凶か」

 

 ロッソミレニアムと呼ばれたウマ娘がサイファーを睨みつける。侮蔑と憎悪が含まれた視線を受けてもなお、彼は怯まない。一触即発の険悪なムードに、サイレンススズカが声をあげた。

 

「あ、あの。トレーナーさんはこの人が誰か知っているんですか?」

 

「あぁ、知ってる。スズカも見覚えはないか? 去年、元いたチームの選抜試験の際、最終試験で彼女と競り合っていただろ?」

 

「っ! そういえば。あの走り方、どこかで見覚えがあると思っていたんです」

 

「覚えていてくれて光栄だよ、サイレンススズカ。さすが私を打ち破っただけのことはある。あの時の逃げの走り。健在でなによりだ。もっとも、今ではそれも腐りかけてしまっている。その男のせいで」

 

「なるほど。狙いは俺という訳か」

 

 サイファーの目つきが鋭くなる。

 

「だが分からないな。デビューしてから短距離から中距離で活躍し、いくつかの重賞も獲っている。大外からインへ切れ込み、相手のスパートを封じつつゴールするツバメ返しは見事のひと言だ。そんな君がどうしてわざわざ俺にケンカを売る必要がある? 下手をすれば危険行為で出走停止だってあり得るんだぞ」

 

「お前が名誉を汚したからだ。学園最強と謳われたチーム。それを内部分裂させ、チームの誇りを踏みにじった。私にはそれが許せない。だからこその宣戦布告だ」

 

「……」

 

 ロッソミレニアムの発言にサイファーが沈黙する。事情があるとはいえ、かつて所属していたチームを脱退し、スズカたちを引き抜く形で独立したのは事実だった。反論できない彼を庇うように、ヒシアマゾンが前へ出る。

 

「アンタ、何言ってんだい? あれは内部分裂なんかじゃない。サブトレーナーだったトレ公がひとり立ちして、それにアタシたちがついていったってだけの話じゃないか? それのどこがいけないんだい?」

 

「たったそれだけだと? 世間はそう見ていない。何の実績もない、ただのサブトレーナーが有能なウマ娘を誑かし、チームを抜けさせた。そのせいであらぬ噂が立てられ、奇異の目に晒されている。今は小さなシミでも、広がればこのトレセン学園全体を覆いつくしかねない。そうなったら最後、あのチームは一生世間の笑いものになる。そんなこと、認められるか」

 

「そんなの、ただの言いがかりじゃないか! そんな一部の噂を真に受けて、トレ公のことバカにして。だいたいアンタはあのチームには入れなかった。なのに何でそこまで肩入れするんだい?」

 

「あなたがそれを言うのか? なら教えてやる。あのチームは、私にとって、いや私たちトレセン学園の生徒にとって目標であり、唯一絶対の指針なんだ。ウマ娘たちを導き、ウマ娘たる誇りを示してくれる。レースでつねに頂点に立ち、その立場としてふさわしい責務を果たしてくれる。そんなチームを私は尊敬し、彼女たちと肩を並べられるような存在になるべく邁進してきた。あなた方にもその矜持はあったはずだ。なのにあなた方はそれを否定した。チームを捨てて、その使命を放棄した」

 

「っ! それは」

 

 彼女が言わんとしていることが分かったのか、ヒシアマゾンが言葉に詰まる。彼女も学生寮のひとつ、美浦寮の寮長として生徒の支えとなるべく活動してきた。彼女だけではない。ナリタブライアンもまた、生徒会の副会長という重要なポストについている。その二人がまとめて移籍したとなれば、動揺する生徒が出てくるのは想像に難しくない。

 

「だがそれ以上に許せないのはサイレンススズカ。君までもが誇りを捨て、野良犬に成り下がってしまったことだ。君ほどのウマ娘ならば、そんな男についていかずとも、あの時の走りを取り戻せたはずだ。ルドルフ会長をはじめ、チームメイトたちにも期待を寄せられ、それに応えられるだけの実力もあった。だから私は君に負けても納得できたし、そんな君を目標にこれまで研鑽を続けてこれた。にも関わらず今のこの体たらくは何だ? 君に負けた者たちに申し訳ないとは思わないのか?」

 

 静かに、それでいて内に秘めた感情を燃やすようにロッソミレニアムがガルムの面々に告げる。サイファーは彼女を黙って見つめ、ヒシアマゾンは気まずそうに目を逸らし、スズカは何かをこらえるように顔を伏せる。

 

「確かに、君の言い分にも一理ある。どのような形であれ、俺があのチームに迷惑をかけたのは本当のことだし、ブライアンたちをそれに巻き込んでしまったのも俺の所為だ。俺は君たちに責められても当然のことをした。それ自体を否定するつもりはない」

 

「ほぉ、意外だな。自らの愚行をあっさり認めるとは。だがそんなことで許されると思うなよ。お前の得体の知れなさは学園中で噂になっている。あのチームでの実績はほとんど聞こえず、練習には顔を出すが、それ以上に目立つのは雑用をこなす姿ばかり。挙句の果てに、レースの褒賞金を怪しげなことにつぎ込んでいるという噂まである。金にたかる犬のように、プライドもなくあのチームに縋りついていた。そんな卑しい奴がどうしてトレーナーでいられるのか、私には理解できないな」

 

「……そうかもな」

 

 彼女の視線を受けて、サイファーはかつての戦争のことを思い出す。国の誇りと威信をかけて戦うベルカの兵士たちに蔑まれ、たかが傭兵風情などと侮られてきた。線をまたぎ、報酬に応じて戦う相手を変える傭兵という存在は、彼らにとっては許しがたい存在だったのかもしれない。立場は違えど、今のロッソミレニアムからもそれと似たようなものを感じる。しかしサイファーはそれとは別の、全く異なる感情を嗅ぎ取っていた。

 

「俺のことはいくら悪く言ってもらっても構わない。事実は事実。覆しようがない。だがそのことでチームガルムと、スズカたちを否定するのはやめておけ」

 

「それはできない相談だな。もはやガルムに属する者はお前ごときになびいた腑抜けに過ぎない。私がレースで打ち負かし、その選択を後悔させてやる」

 

「無理だな。少なくとも今の君には。そんなことをしても君のためにならないし、スズカたちや、あのチームのためにもならない。たとえ君がガルムを堕とせたとしても、俺を彼女たちの中から消すことはできないぞ」

 

「なっ……、貴様言わせておけば!」

 

 サイファーの指摘にロッソミレニアムが逆上し、彼に詰め寄ろうとする。

 

「……いい加減にしてください。これ以上みんなをバカにするなら、私はあなたを許せなくなります」

 

 それをスズカの声が遮った。底冷えするように低く、突き刺さるかのように周囲にいた者の鼓膜を刺激する。彼女のらしからぬ様子にロッソミレニアムだけでなく、ヒシアマゾンやサイファーまでもが驚愕する。

 

「トレーナーさんは決してあなたの言うような人じゃありません。つねにウマ娘のことを考え、寄り添ってくれています。最適なアドバイスをしてくれたり、トレーニングに集中できるように身の回りの世話や手伝いをしてくれたり、それでいて目に見える成果は全部他人に譲って、ただチームのためだけに貢献してくれていました。稼いだお金だって、ウマ娘の脚の治療のための研究に投資していただけです。よく知りもしないのに、噂だけでトレーナーさんをバカにしないでください」

 

「っ! サイレンススズカ。君は」

 

「それに、あなたは勘違いをしています。あのチームが強いから、格式が高いから、みんなが尊敬しているんじゃありません。そこにいるみんなが強いから、あのチームは強いんです。誰に言われたわけでもない。自分で選んで、自分で決めた道だから、信念も誇りも脚に宿るんです。ガルムに来てそれが分かりました。だってブライアンさんもヒシアマさんも、あのチームにいた時よりも強く、誇り高くなっているから」

 

 まっすぐに、ブレることのないスズカの視線がロッソミレニアムに向けられる。自分で決めた道を誇るように、悪評をはねのけるように、堂々とした態度で宣言した。ヒシアマゾンが嬉しそうに頷き、サイファーもまた、彼女の言葉に心を打たれる。

 

「……そうか。ならその君の言う誇りとやらが本物かどうか、確かめさせてもらおうじゃないか。君が次に出るレースはだいたい予想がついている。その時が来たら、君を屈辱の炎の中に叩き込んでやる。覚悟しておくことだ」

 

 スズカの予想以上の反撃に苛立ったロッソミレニアムが吐き捨て、踵を返す。

 

「何故だ? 何故エアグルーヴさんもサイレンススズカも、あんな奴のことを」

 

「……何?」

 

 最後に彼女がつぶやいた名前をサイファーは聞き逃さなかった。立ち去っていくロッソミレニアムの背中を見送りながら彼は考える。彼女がチームガルムを見下す原因。こちらを異様に敵視する理由。かつてのチームメイトの名前。単なる報復心ではない。羨望、嫉妬、屈辱。赤い髪のウマ娘に根付いた感情こそが、彼らが立ち向かうべき相手の正体だった。

 

 




いつも読んでくださる方々、感想を書いてくださる方々、誤字や間違いをご指摘くださる方々、誠にありがとうございます。

前回はご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。今後は世界観を壊さないように注意しながら、うまく二つの世界を馴染ませていきたいと思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。