よう相棒。まだ走れるか?   作:藤沢計路

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前回より投稿間隔が空いてしまいました。これからもマイペースでの更新となってしまいますが、楽しんでいただければ幸いです。


Sunset glow「女帝との会合」

 日が傾き、夕焼けが空を茜色に焦がす。その様をサイファーは学園の一角にある花畑で見つめている。穏やかで優美な光景。それでも夕日を見る度、彼は思い出していた。解放を祝う鐘の音と、憎悪にまみれたジェットエンジンの音。ディレクタスとアンファング。どちらもサイファーがベルカ戦争でもたらした旋律だった。

 

(思えば俺もずいぶん遠くに来たもんだな。空が、あんなにも離れて見えるとは)

 

 かつて飛び回っていた空に手をかざす。あの時に得た畏怖も敬意も、仲間も敵も、この場には存在しない。それが何故だか寂しくて、悲しく感じる。それが鬼神と呼ばれた男の考えることか? 思わず自嘲的な笑みを浮かべていると、足音と共に栗毛の髪のウマ娘が姿を現わした。

 

「来てくれたか。急に呼び出してしまってすまないな」

 

「まったくだな。裏切り者が、わざわざ私に何の用だ?」

 

「……やっぱり許してくれていなかったのか。君に嫌われるのは中々キツいものがあるな」

 

「お、おい! 冗談に決まっているだろ、このたわけ! 身勝手な理由でチームを抜けたんだ。これくらいのことを言ってもバチは当たらんだろ」

 

「冗談、ね。天下の女帝様にそんなことを言ってもらえるとは。まだ信用してもらえていて嬉しいよ」

 

 女帝と呼ばれたウマ娘が慌てたように弁明する様を見て、サイファーが安心したように微笑む。

 エアグルーヴ。トレセン学園生徒会副会長、チームリギル所属。サイファーがかつて属していたチームのウマ娘であり、美しい容姿と抜群のレース成績から女帝と称されている。自身だけでなくトレセン学園の運営、後進の育成にも力を入れ、チームメイトであり同志でもあるシンボリルドルフの右腕としても活躍する。そんな彼女が呆れたように溜息を吐き、目の前の男を睨んだ。

 

「変わらないな、貴様は。そうやっていつも私をからかうようなことを言う。少しは慎みをもって話したらどうだ?」

 

「今更だな。君に遠慮なんてする必要はないだろ? 一度は君の杖になることを誓った身だ。それはチームを抜けても変わらない。それを煩わしいと思うなら、いっそ赤の他人に戻るか?」

 

「それこそ今更だな。貴様の功績は本物だし、そんな貴様だから私は今も会長の隣に並び立てている。そして、いつかは会長を超えられるようなウマ娘になる。そんな大それた目標を持てたのは、間違いなく貴様がいてくれたからだ。だからと言って、調子に乗られても困るがな」

 

「分かってる。そっちこそ、変に遠慮して俺のチームに情けをかけるような真似はするなよ。チームメイトとしてもライバルとしても、君とは本気でぶつかり合いたいからな」

 

 サイファーの言葉にエアグルーヴが頷き返す。眉を吊り上げ、不機嫌そうに見えるが、口元には薄っすらと笑みが浮かんでいる。

 ――シンボリルドルフに並び立ちたければリギルに来い。追い抜かしたいのなら尚更な。かつてサイファーがエアグルーヴにかけた言葉を思い出す。高すぎる理想が理解されず、担当トレーナーが定着しなかった彼女と、ルドルフのスカウトに成功したものの、駆け出し故に満足にサポートができずじまいだった彼。当時感じたシンパシーの赴くままにエアグルーヴに手を差し伸べ、気が付けば同じ目標を追いかける仲間のような間柄になっていた。

 

「貴様のチーム、ガルムといったか。順調な滑り出しのようだな。特にスズカの活躍には目を見張るものがある。友人としても、ライバルとしても鼻が高い。彼女をあそこまで立ち直らせてくれたことには改めて礼を言おう」

 

「俺はただ彼女の背中を押しただけだ。スズカの走りたいという強い意志と、あの療法が確立したからこそ、今の彼女の走りがある。君に礼を言われる謂れはない」

 

「またいつもの謙遜か。言っておくが、貴様がスズカを気にかけてくれたからこそ、彼女は本来の走りを取り戻せた。これはまぎれもない事実だ。それと例のDL療法。あれも貴様の貢献なくして完成はし得なかったと聞いている。貴様もチームを率いる立場なら、自分の功績を誇れるくらいの度量は身に付けておけ。そうでなければチームとしての正当な評価も実績も無に帰すことになる。あらぬ誤解まで招くことになるぞ」

 

「ロッソミレニアムのように、か?」

 

「っ! ……そうだ」

 

 歯切れが悪そうにエアグルーヴがつぶやく。視線を逸らし、組んだ腕の指先が皮膚へと食い込んでいく。

 

「やっぱり聞いていたんだな。彼女がガルムにしたことを」

 

「スズカにだいたいの事情は聞かせてもらった。貴様に迷惑をかけたことは私が変わって謝罪する。すまなかった」

 

「別に君に謝ってもらいたくて呼び出したわけではないし、君に謝られても意味はない。彼女とは知り合いらしいが、本当なのか?」

 

「そうだ。入学当初から私を慕い、私が生徒会やリギルに入ってからも色々と手伝いをしてくれるようになった。純粋で礼節を重んじる、思いやりのあるウマ娘だった」

 

 懐かしむようにエアグルーヴが宙を見つめ、サイファーもそれに倣って同じ方を向く。

 

「彼女が変わったのはリギルの入部テストを受けてから。スズカに負けた後だな?」

 

「……そうだ。あの時の彼女はやる気に満ち溢れていた。ようやく私と同じ場所に立てるとな。トレーニングにも気合が入っていたし、実力もメキメキと伸びていった。あのままリギルに入れても不思議ではないくらい、ミレニアムの脚は勢いに乗っていた」

 

「確かに。入部テストの時の彼女の走りはよく覚えている。抜群の切れ味、シャープなコース取りと末脚でゴール板を走り抜ける。魅力的な奴だったよ。だがそれでも、サイレンススズカにはかなわなかった。だからリギルにも入れなかった」

 

「私にとってスズカは友人だし、ミレニアムも見知った仲だ。ひいきをするつもりもない。それでも、あの時ばかりはさすがに……。せめてミレニアムもリギルに入れていれば」

 

「皮肉だな。勝負事に慈悲はない。勝者と敗者、生きる者と死ぬ者がいる。スズカは生きてリギル入りを果たし、ロッソミレニアムは負けて目標を見失った。傍から見れば、ただそれだけの話に過ぎん」

 

 顔を伏せるエアグルーヴにサイファーが淡々と告げる。正論、それ故の残酷さに彼女がサイファーに食ってかかる。

 

「何を言うか! 貴様はミレニアムが負けて当然だったとでも言いたいのか!」

 

「レースに絶対はない。勝って当たり前の奴なんていない。本来ならな。だが君も知ってるはずだ。世の中にはそれを実現できそうな奴が、並大抵の努力だけで勝てないウマ娘がいることを。それも身近にだ」

 

「それは……」

 

 エアグルーヴの脳裏にひとりのウマ娘の姿が浮かぶ。八冠、皇帝、世代最強。いくら速く走れても絶対に追い抜けないと感じる偉大な存在が、エアグルーヴの熱を急速に冷ましていく。

 

「ロッソミレニアムにとってのスズカがそれだった。高い壁だ。簡単には乗り越えられない。だが勝てない相手じゃない。立ち止まらなければ勝機はある。俺はそう思っている」

 

「おい、スズカのトレーナーがそれを言うのか?」

 

「無論だ。だから俺は彼女の強さを過信しないし、させもしない。ルドルフだっていつか超えてみせる。今までもこれからもそれは変わらない。君だってそうだろう?」

 

「……まぁな。どこかのバカが焚きつけてくれたおかげで、今でも前を向いて会長を追っていける。隙あらば抜き去ってやるさ」

 

 呆れたような、それでいて決意に満ちたエアグルーヴの返事にサイファーがわずかに微笑む。

 

「ロッソミレニアムも強敵を前に屈しないほどの強さは持っているはずなんだ。だがあの時の敗北が彼女の誇りを歪ませてしまった。俺の担当にリギルの矜持とやらを説くくらいにはな」

 

「心当たりがないわけではない。あれから彼女は事あるごとにリギルを神聖視するようになった。トレセン学園生徒はリギルを見習うべきだ。リギルこそ全てのウマ娘の目標なのだと。自分は精進が足りなかったから、あのチームに入れなかった。スズカにはそれがあったからチームに入れた。そんな風に自分を型にはめ、追い込んで、心を削るような真似をするようになってしまった」

 

「リギルの威光とスズカの強さが、彼女の心に強烈に焼き付いたんだ。光が強ければ、影もまた濃さを増す。自分の夢が打ち砕かれた現実が直視できず、誇りが捻じ曲げられるほどの挫折を味わった。だからこれまで以上にリギルにこだわり、スズカにも執着するようになった」

 

 サイファーの分析にエアグルーヴが力なく頷く。

 

「……その最後のひと押しをしたのは私なのかもしれん。貴様がチームを抜け、スズカたちも脱退した後、血相を変えたミレニアムに問い詰められた。あんな得体のしれない人間にリギルの誇りを汚されてもいいのかと。だから私は言ってやったんだ。むしろ貴様だからこそスズカたちは安泰だ。ガルムの躍動はリギルにとっても、お前にとっても有益に働くと。それが彼女には許せなかったらしい」

 

「それで俺を恨むようになったわけか。スズカだけでなく、君の信頼まで得ているばかりか、リギルの地位を脅かしかねないチームを作ろうとしている。ようやく合点がいった」

 

「すまん。私がもっとうまく立ち回っていれば」

 

「気にするな。恨まれたり、憎まれたりすることには慣れっこだ。ポニーちゃんひとりくらい、どうということはない」

 

 拳を震わせるエアグルーヴを気遣い、サイファーが冗談交じりでフォローする。だがその心中では、かつて夕日の中で屠った怨嗟の声が響き渡っていた。

 

 ――元凶だ! 奴が、鬼神が!

 ――まだ殺し足りないのか? 傭兵ごときに我々の何がわかる!

 ――我々が落とさねばならん! 奴だけは! 鬼神に敗れた同志に報いよ!

 ――七発の核を、決して忘れるな。お前の存在が、核を導いたんだ!

 

 ベルカ戦争末期。当初は優勢だったベルカも徐々に連合軍に押し返され、本土への侵攻を許し、最後には敗戦という形で幕を閉じた。だが一部の強硬派は頑なに抵抗を続け、ついには自国で七発の核を起爆させるという暴挙にまで至った。そこには愛国心もベルカ軍人の誇りもない。敵への恨みと憎しみだけを募らせ、敗北の事実を受け入れられないまま抗い続ける。

 ルーメンでの停戦条約調印式。それと同時刻に行われたブルーム作戦でベルカ残党を掃討していた際も、その感情の奔流がサイファーに容赦なく襲い掛かってきた。自分だけを狙い定めた対空機銃。打ち上げられるSAM。自壊しかねない過激な機動で群がる戦闘機の群れ。血の色に染まる空に、混線した無線から敵の殺意が響く。無感情に敵を堕としながら、鬼神は彼らに孕んだ報復心の大きさを身に染みて感じていた。

 

(彼らの恨みは決して消えることはない。五年経とうが十年経とうが、それはますます増大して、大きなうねりとなって世界を巻き込むことになるかもしれない。そしてその一部は俺が生み出した。だから俺は奴らに……)

 

 この世界に来る直前、胸元に穿たれた銃創を抑えながら、サイファーは赤みがかった空を見上げる。程度は違うが、ロッソミレニアムの今の状態がベルカ軍人たちとダブって見えていた。誇りを傷つけられ、サイファーを恨み、感情にまかせて暴走する。自分が彼女をそうしてしまったのか? 彼らと同じように? 黒い思考の沼に飲まれそうになった刹那、彼の手をエアグルーヴが掴んだ。

 

「まただ。時折貴様はそうやって、ここではないどこか遠くの場所を見つめようとする。ひとりだけ何かを知った顔をして、それ以外のことなどお構いなしに」

 

「……何の話だ。君の気のせいだろ」

 

「とぼけるな! 貴様が昔どんな世界に生きてきたのかは知らん。傭兵だったと聞かされても、到底私には想像のできん世界だ。だが今の貴様は何だ? このトレセン学園の、チームを率いるトレーナーだろ! 私たちウマ娘を支え、導く存在だ。貴様もそうなったからには、目の前の事だけ見ていろ。私たちのことだけを考え、時には頼れ。私たちを捨ておいて、自分だけ苦しみを抱えるなど言語道断だ。この、たわけが」

 

「っ!」

 

 エアグルーヴがサイファーを睨みつける。視線は鋭く、本気で怒ってはいるが、その瞳の奥には彼を気遣う彼女の優しさが垣間見える。

 

(……そうか。これが今の俺の、トレーナーとして戦う理由か)

 

 サイファーは気づいた。この信頼もまた、彼がこの世界にもたらしたものの一部だと。憎しみだけではない。鬼神が存在したことで恩恵を受け、成長できた者も存在する。それを認識したサイファーが笑みを漏らし、女帝の頭に手を置いた。

 

「お、おい……、貴様一体何を」

 

「心配かけさせて悪かったな。昔は昔、今は今。まだ割り切れる自信はないが、今は君たちのことだけに集中することにしよう。ありがとう、戦友」

 

 そう言って彼女の頭を優しく撫でる。自分より背が低く、心も未成熟なウマ娘。それでも人間より高い身体能力を持ち、高い理想を内に宿している。そんなエアグルーヴというウマ娘をサイファーは尊敬し、自分を認めてくれた彼女に感謝していた。気づけば彼女の全身はプルプルと震え、羞恥に染まった顔と瞳で彼のことを睨みつけていた。

 

「もう、いいだろ。そろそろやめんか、痴れ者が」

 

 なら払いのけてもよかったろうに。ブンブンと振られた彼女の尻尾を横目で見ながら、サイファーが手をどける。それを名残惜しそうにエアグルーヴが見つめ、我に返ったかのように慌てて視線を逸らした。

 

「その様子だと、もう大丈夫なようだな。全く世話の焼けるトレーナーだ」

 

「あぁ。世話をかけた。とにかく今はロッソミレニアムのことだ。話を戻すが、生徒会としては彼女の処遇をどうするつもりなんだ? ブライアンはまだ決定は保留だと言っていたが」

 

「概ねその通りだ。後日双方から事情聴取をし、改めて審議する。おそらくは厳重注意といったところだな。会長もミレニアムの内情は理解されている。すぐに厳罰に処されるということにはならんだろう」

 

 エアグルーヴの発言にサイファーがほっ、と息を吐く。

 

「安心したよ。彼女ほどの走りをするウマ娘をこんなことで失うなんて勿体ないからな。トレーナーにも、仲間にも恵まれているし、彼女にはまだ立ち直れる余地がある」

 

「会ったのか、ミレニアムのトレーナーに?」

 

「あの出来事の直後にな。すっ飛んできて深々と頭を下げられたよ。まだ若いが、中々見所がありそうな青年だったな」

 

「何を言っている。貴様とてまだ若いだろうが」

 

「まぁな。リギルで過ごすうちに年季が入ってきたということかもしれん。おっと、彼女には言うなよ。後で文句を言われるかもしれないからな」

 

「ならせいぜい励むことだな。そうすればトレーナーには黙っておいてやろう」

 

 自然と二人の間に笑みがこぼれる。女帝と鬼神。道は違えど、共に同じ理想を見据えている。

 

「正面からやりあうつもりなんだな、ミレニアムと。ターフの上で」

 

「当然だ。俺とスズカで正々堂々彼女を潰す。チームガルムの誇りにかけて。それで彼女を改心させられるかは分からないが、俺はトレーナーとしての仕事を全うするだけだ」

 

「大丈夫だ。貴様たちの誇りは何よりも強い。後のことは私にまかせておけ。それよりも彼女に見せてやってほしい。ウマ娘が何のために走るのか? 何故速く走れるのか? それを思い出させてくれるようなレースを」

 

「了解、女帝殿。約束を果たしたら、また俺の部屋の掃除でもしてもらおうか」

 

 ――歪んだパズルは一度リセットするべきだ。全てをゼロに戻し、次の世代へ未来を託そう。

 

 かつて相棒が口にした言葉がサイファーの中で反芻する。確かに今のロッソミレニアムは挫折と嫉妬で歪んでいる。無に帰したほうがいいものなのかもしれない。

 

(いや、全てを消し去る必要なんてない。痛みを知るからこそ人は成長し、次代へ進むことができる。それが人を変え、世界を変えるんだ。俺はそう信じてる)

 

 円卓の鬼神は戦うことでしか己を証明できず、破壊することでしか何かをもたらせない。ならばロッソミレニアムの憎しみを撃墜し、砕かれた心を取り戻させてみせる。

 これが今の彼の、円卓の鬼神という名のトレーナーの決意だった。

 

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