「ん~? 小糸ちゃんから相談~? 受けてるよ~?」
少し時間は流れ、ビジネス街沿いのコンビニのイートインに、私と雛菜の姿があった。
冬の天気の移り変わりは早く、空の端っこには、夜の灰色がかった青みが滲み始めている。
「……そう。で、内容は?」
「あは~、円香先輩、直球~! 気になるの~?」
隣に座った雛菜は、ラージサイズのホットミルクティーを飲みながら、悪戯っぽく笑う。
「自分の事だし。……普通でしょ」
私はカップのキリマンジャロを飲みながら、淡々と答えた。
結局、私が選んだのは雛菜だった。
チェインを開き、透か雛菜か少し迷ったものの、気が付いたら彼女へメッセージを送っていたのだ。
理由としては、まあ、単純に雛菜の方が話が早そうだったから。
透だと、話があちこちに脱線しそうで怖い。
「ん~、確かに大事なことではあるかな~。最初に聞かされた時は、『あ~、小糸ちゃんらしい悩み~』って思ったし?」
「小糸らしい悩み?」
「うん~。円香先輩も納得はすると思うな~。……言えないけど~」
まあ、それはそうだろうと思う。
親しき中にも礼儀ありだ。
大切な悩みであるほど、気軽に他人へ話すワケにもいかない。
「……浅倉にも相談してるって聞いた」
「そうだね~。雛菜も透先輩と二人で話したよ~? 透先輩は透先輩で、いろいろ考えてるみたいだし、ちょっと大ごとかも?」
大ごと、という言葉に、コーヒーを飲む私の手が止まる。
何か、心にひっかかるものがあるのだが、それを上手く言葉にできない。
もどかしい気持ちを抱えたまま、口へ運ぶコーヒーは、さっきよりも苦い気がした。
「とはいえ、教えてはくれないんでしょ?」
「詰めに入ってるからね~。透先輩は、今日、行動に移すみたいだし~?」
「行動?」
透が行動。
珍しい言葉の組み合わせに、私は違和感を覚えてしまう。
私は一度、前髪の乱れを直して、頭を整理し、状況を確認する。
まず、小糸が何らかのトラブルを抱えたのが始まりだ。
そして、透、雛菜へ相談し、透は今日、何かしらの行動を起こそうとしているらしい。
「雛菜、小糸って今日、仕事?」
「うん、本屋の一日店長のオファーが来てたね~。雛菜と透先輩はオフだよ~?」
「……ふうん」
すると、現状、身体が空いているのは私、透、雛菜の三人だ。
透が今、どこにいるのかは分からないが、行動を起こすという以上、この寒空の下で準備をしているのだろう。
そして、雛菜が透と行動を共にしていないことから、既に解決策は見つけられ、目的地へ向かって走るだけの状況になっていると考えられる。
となると―――。
「……」
また、憂鬱な苦い気持ちが舌に乗り、私は顔をしかめる。
隣の雛菜が、カップを傾けながら言った。
「円香先輩、そのモヤモヤは捨てないでね~?」
「……え?」
顔を上げた私に、雛菜はいつもと変わらない調子で問う。
「そもそも、小糸ちゃんの相談はそのためのものだし……。ねえ、円香先輩は、どうして雛菜のところへ来たのかな~?」
「……?」
「どうして、透先輩じゃなくて、雛菜を選んだの~?」
要領を得ない質問に、私は首を傾げる。
「別に、雛菜の方が話が早そうだったから」
「ん~、雛菜は違うと思うな~? もし、本当に小糸ちゃんの悩み事を知りたいなら、透先輩に聞いた方がよかったんじゃないかな~?」
「……どういうこと?」
不審げな私の質問に、雛菜の形の整った眉が八の字になる。
「だって、雛菜は言わないよ? 透先輩だって言わないけど、でも、ちょっと表情とか仕草に出るかもって期待したら~?」
「……それは」
透の方が出やすいと、私は思う。
ふわふわしているように見えて、雛菜は口が堅い。
ここ! と決めた一線は絶対に守るし、踏み込ませることもない。
そういう意味では、透には脇の甘い部分があって、攻めるとしたら、彼女の方なのだろう。
ではなぜ、私はそうしなかったのか……?
「透先輩との付き合い自体は、円香先輩の方が長いし、考えれば分かったことでしょ~? でも、そうしなかったのは……」
雛菜は一度、ミルクティーに口を付け、あちち、と舌を出して苦笑した後、言った。
「答えを聞くのが怖かったから。円香先輩が知りたかったのは、小糸ちゃんの本当の悩みじゃなくて、妥協する理由。……だから雛菜の所へ来たんじゃないかな~?」
「……どういう意味?」
私は雛菜の話題の展開について行けず、眉間に指先を当てて、考える。
雛菜の指摘に従えば、私は真相の究明ではなく、感情の納得を求めていたことになる。
私が真相究明にどこまで情熱を燃やしていたかは分からないが、後者に比重を置いていたのでは? と言われて、返す言葉がなくなってしまったのは事実だ。
つまり、私にあるのは、「今のままで、いいはずだ」という曖昧な感情だけだということ。
ではなぜ、そう思いたいのか?
「もっと言えば~、本当に気になっていたのなら、直接小糸ちゃんに聞けばよかったんじゃないかな~? ……でも、できなかった。理由は、分かるよね~?」
「……」
私は私の心の中に、理由を探す。
その答えを探し出すまでに結構長い時間が必要だったが、雛菜は何も言わず、傍にいてくれた。
私は苦笑気味に漏らす。
「……答えは、単純ね」
そう、とても単純。
透でもなく、雛菜でもなく、本人に聞きにも行けなかった理由。
私は、小糸が困った時、一番最初に相談される人間でありたかったのだ。
だが、小糸は私に何も言ってくれなかった。
彼女が選んだのは、透で、雛菜だった。
なぜ、私に相談してくれなかったのか?
その答えを聞かされるのが怖かった。
それを認めたくなくて、私は雛菜のところへ来てしまった。
大ごとと言われて、心にひっかかるものがあった理由は、それだ。
雛菜はこう見えて、一番ガードが固く、自分のルールに忠実で、ボロを出さない。
私は無意識に、本当の答えが返ってこないと理解していたから、何の気兼ねもなく質問ができた。
……私は、雛菜に甘えたのだ。
きっと雛菜は、そんな私の気持ちに気付いていたのだろう。
だから、私は今の感情に従って、素直な言葉を口にする。
「雛菜」
「ん~?」
「……ごめん。無神経だった」
雛菜は一瞬、目をぱちくりとさせたが、すぐにいつもの向日葵のような笑顔を見せた。
「あは~、全然だよ~! 雛菜だって、小糸ちゃんに隠し事されたら、イヤだし~? たまにはこういうのもいいと思う~! ……あ、でも、ヒントを出さないのも意地悪だから、これは言っておくね~?」
「?」
首を傾げた私に、雛菜は得意げな表情で右手の人差し指を立てる。
「円香先輩は、小糸ちゃんが何をしたいのか、もう知ってるよ~? ただ、思い込みで、勘違いしてるだけ~」
「……は?」
全くもって意味の分からない言い回しに、私の声が圧を増す。
もう知っている?
勘違い?
何を?
「ちょっと視点を変えれば、すぐに気付くんじゃないかな~? ……あは~、円香先輩ってば、意外と抜けてるぅ~!」
「??」
本気で頭を悩ませ始めた私に、雛菜は小悪魔っぽく、意地悪に笑って、片目を閉じて見せた。
「じゃあ次は、透先輩と会ってみたらいいんじゃないかな~? 今ならまだ間に合うだろうし~?」
含みのある発言に私は大いにつっこみたいところだったが、時間もなさそうなので、イートインの椅子から腰を上げる他ない。
私は雛菜へ向き直って、言う。
「……雛菜、借り一つ。今度、返すから」
「あは~、じゃあ雛菜、期待して待ってるね~? お返しは何がいいかな~?」
雛菜は細い指先を、その薄い唇に当てて、微笑む。
本当に、今回は大きな借りを作ってしまったな、と私は思いながら、コンビニを出て、透へメッセージを送った。