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○月✕日
やったぜ。
私は魔法少女になった。
魔法の国で魔法少女といえば見習い、魔法使い、魔女、賢者、大賢者を超える最上位
もちろん努力なんて一切してない。いつもどおり学校行って授業中に昼寝して、気がついたら放課後になってる毎日を送ってたら、急に力に目覚めた。身体が光に包まれて変身した。
当然学校の連中は大騒ぎ。校長室に連れてかれてそっこー飛び級卒業が決まった。自分の才能が怖いぜ。
固有魔法もがっつりSランクの『代償』。何かを代償に捧げることでどんな奇跡も起こせる最強魔法だ。もし私みたいな超天才魔法少女の命を捧げたら、世界創造とかできるんじゃないかな。怖いからやんないけど。
明日から魔法少女生活だ。才能に恵まれた大天才の私なら大活躍は間違いない。むしろ活躍し過ぎて引かれないようにしないとな。
いやー人生楽勝だな。
○月✕日
いやー人生つれえわ。死にたい。
魔法少女の役目は防衛。山の向こうからやってきた魔獣を退治して魔法の国に入れないようにするってのは、よく知られてる。でもその給与が歩合制だとは思わなかった。最高位なんだからもっと楽させてよ。
あとチーム。私は最強なんだから、最強のチームのマジカル☆ホープを訪ねて「入れてくださいな」と頭を下げた。
リーダーのホープフルちゃんは優しい子で、魔法を使ってみせてと言った。
代償の魔法で髪の毛を一本捧げてみた。何も起こらなかった。
爪を捧げた。何もなかった。痛い思いして血液を捧げた。何も起こらなかった。
ホープフルちゃんの白けた目がきつくて、寿命を一年捧げてみた。やっぱり何も起こらなかった。
で、この後。
黙って私の奮闘を見てたヘイトレッドさんが、めっちゃ傷つくこと言った。
「アホが。貴様の悪名は私たちも聞いている、授業は常におざなりで魔力値も史上最低、おまけに訳の分からん魔力地脈説だのなんだの根拠のない妄言を垂れ流す無能だとな。無能なら無能で努力すればいいものを貴様はいじけて腐るばかりで最低限の努力さえしない。そんなゴミがいくら代償を捧げたところで奇跡が起こると思うか? いいか、貴様の全存在を掛けてもそこにいる私のホープフルの細胞の一片にさえ及ばん。分かったらせめて路傍の石程度に自分の価値を上げて出直せゴミクズ!」
こんなクソ長い罵倒を丸暗記してる私って、やっぱ超絶天才なのではなかろうか。そう思うことにする。
要は私がクズ過ぎて何を捧げても奇跡の代償になりえないんだって。悲しみ通り越して笑えてくるぜ。
ヘイトレッドさんは無能なら無能なりに努力しろとか言うけど、そんなのめんどくさいじゃない。苦しいのいやじゃない。いやなことをそのまま放っておくことのどこがクズだというのか、これだから年増は困る。魔法少女になると何歳になっても見た目十代で固定されるから、きっとヘイトレッドのやつは百歳くらいだ。けっ、ババアめ。
悪口書いたらすっきりした。
魔法少女の仕事はやる気出ない。さいきょー天才っつってチヤホヤされるはずだったのに、ひどいこと言われたんだもの。たぶん一生やる気でない。
もう寝る。
○月✕日
これは天地開闢以来ずっと明白な事実だけど、私は天才だ。
私は昨日やる気をなくした。チヤホヤされないケチで面倒な魔法少女の仕事なんてどうでもいい。自分の価値を上げる苦労なんてめんどくさい。
だけどチヤホヤはされたい! 何の努力もしないでもてはやされたい!
これを叶える唯一の方法はというと、周囲のレベルを下げることだ。
ヘイトレッドさんたち魔法少女や学校の連中は、私ほどではないにせよけっこう優秀なエリート集団だ。私のさいきょーっぷりが目立たなくなる程度には平均が高い。
この平均がめちゃくちゃに低いところこそ、私の天国だ。すなわち社会の最底辺、ゴミ溜め掃き溜め肥溜めのフルコース、不適合者と落伍者のオアシス──スラム街。魔法のマの字も知らないクズの集まりの中でなら、相対的に私が最強、私がもっとも天才で賢明な魔法少女になれる!
これを相対的最強論と名付けよう。我ながら天才過ぎて恐ろしい。
というわけでこれからスラム街へ引っ越しする。
魔獣退治? 意識の高いホープフルちゃんやヘイトレッドさんが死ぬまでやってりゃいい。けっ、成功者がよ。
○月✕日
スラムに着いた。
外国人がやたらに多い。
隣国のエボルレアで最近革命があったせいで、難民が流れ込んでいるらしい。四六時中革命と戦争繰り返してるエボルレアもアレだけど、魔獣退治にかかりっきりで国境警備もままならない魔法の国も相当アホだ。
まずは寝床を探そう。
○月✕日
やった、やった。私は最強だ。
このろくでもない最底辺の掃き溜めでなら、私は強い。恐れられ敬われチヤホヤされる。
寝床を探し始めて数秒で強盗にあった。薄汚いメスガキが錆びたナイフ構えて脅迫してきた。
私は魔法少女に変身してから、素手でナイフをへし折って、メスガキのケツをひっぱたいてやった。すると生意気にも反撃に引っかき攻撃を繰り出してくるから、私はキレた。捕まえて何回もケツを叩くうちにガキが泣きながらやめてと叫ぶので、子分にしてやった。ガキの寝床に案内させて、今はそこに隠してあった貴重なランタンの燃料を浪費しながら日記書いてる。今にも泣き出しそうな目で睨んでくるのがたまらねえぜ。
反抗心を叩き折るには、私がいかに優れた魔法少女であるかを分からせる必要がある。そもそも至高の魔法使いたる魔法少女に刃向かおうと考えるのが間違いなんだ。
燃料なんて使い切ってやる。今夜は徹夜で講義だ。
○月✕日
メスガキが弟子になった。私のあまりの賢さに感動したらしい。
というのは半分冗談で、どうやら自分が魔法を使えたことがよほど嬉しかったとか。
スラムの連中は生まれつき魔力がないために落ちぶれて最底辺になるやつが多い。メスガキもその一人。ただし魔力がないと判定されるのは魔力解釈論において主流な魂根源説に基づいており、私が悪ふざけで提案した地脈増幅説に基づけば魔力なしの最底辺でも魔法を使える。実際私もこの説にあやかったから魔法少女になれたようなもんだし。
メスガキは私の教えた説の通りに魔力を運用し、指先に小さな火を灯してみせた。その直後、弟子入り志願。
もちろん私は承諾した。だって師匠とかいかにも偉そうじゃん。敬われたい。チヤホヤされたい。
そんなわけで、小汚いメスガキが弟子になった。
○月✕日
メスガキはクロアと名乗った。
クロアは覚えがいい。一日で魔法の基本工程と属性の概念を理解し、魔力運用にいたってはもう中級の域だ。おししょー、おししょーと引っ付いてくるのもかわいくて気分が良い。
ただ、臭いのはダメだ。裸にひんむいてから魔法の水にぶち込んで丸洗いしてやった。きれいになった後で泣きながら引っかいて来たけど、臭くなかったから許した。
そうして判明した衝撃の事実。
このメスガキ、ガキのくせに割と美少女じゃんか。
○月✕日
クロアが食料をどこからか持ってくる。
私は一日中寝床でだらだらして、気が向いたら魔法を教える。
教えるたび、クロアは私に尊敬の眼差しを向けてくる。
理想の生活だ。
○月✕日
面倒なことになった。
今日の朝、クロアが食料と、ついでに血まみれのメスガキを拾ってきた。どうも難民同士のいさかいに巻き込まれ、刺されたところをクロアが魔法の力で連れ出して来たらしい。
治癒の魔法は基本じゃなくて固有魔法の域だから、裏技を使った。そのケガしたメスガキの魂の波動を解析し、私経由で地脈から溢れ出るエネルギーと同調させることで、生命力および魔力の治癒促進を行った。地脈増幅説の応用だ。
傷口はすぐに完治したけどガキは目を覚まさない。失った血と体力まで戻るわけじゃないからね。
この最強天才魔法少女が手を貸したからには死なれては困る。つーか死んだら殺すぞクソガキ。
○月✕日
やったぜ。ガキが目を覚ました。クロアと抱き合って喜んじゃったぜ。
ガキはサプーリンと名乗った(長いので以下サプー)。年はクロアと同じ十歳前後。そのくせおっとり丁寧で気品にあふれた話し方をするし、薄汚れてる割には儚い美少女っぽい雰囲気だから、腹が立った。このガキ私よりかわいい見た目してるじゃねーか。
クロアが無神経にも「隣の国の人?」などと聞くのでケツをつねってやった。ひゃん、とかわいい悲鳴があがった。そういうことは聞くもんじゃない。サプーも暗い顔でうなずかんでいい。
後は普通に魔法の講義をして、りんごをかじって、魔法の水で洗いっこしてから寝た。
夜中にこっそり起きて日記を書くのは、隠れた努力をしているみたいでかっこいいな。今度からこの時間に書こう。
○月✕日
弟子が増えた。
クロアが私のことを「魔法少女なんだよ! すっごく強くてかっこいいんだよ!」と紹介すると、サプーが興味津々で食いついてきた。確かエボルレアには魔法がないはずだから、余計関心があるんだろう。尊敬の眼差しはいくつあっても多すぎるということはない。当然、弟子入りを許可した。
まあ、すごいですわ、信じられませんの。そんな風にいちいち上品に感心されるのはとても気持ち良かった。が、途中からクロアまで付け焼き刃の魔法を披露して胸を張るのはうっとうしかった。師匠の見せ場をとるんじゃない。押さえつけて腰砕けになるまで顎の下を撫で回し黙らせてやった。こいつは獣みたいにここが弱い。
すると「とても仲の良いご姉妹ですのね」とサプー。私がきょとんとしてるうちに、クロアは這いつくばったまま「えへへ」と身をくねらせた。ぶっちゃけ、素直でかわいくてちょっと生意気なこいつのことは嫌いじゃない。この私の妹分として認めてやらんでもない。
せいぜい偉大なる姉をチヤホヤするがいい、妹よ。
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○月✕日
クロアも随分と出来るようになった。
今や教科書の中等レベルの魔法なら無詠唱かつ実質ノーコストで連発できる。よほど私の教え方が良かったんだな。私ってやっぱりすごい。
ついでに教えてたサプーもある程度の魔法は使えるようになった。魔法の国だと魔法の腕がそのまま身分になるから、とりあえず少しでも使えるのはいいことだ。刺し傷で崩れた体調も回復した。
生活環境もだいぶ良くなった。私は面倒くさくてやんなかったけど、クロアとサプーが土魔法で寝床の壁を拡張、補強し、水魔法で地下水脈とつなげて擬似的な上下水道システムを構築した。この一画だけスラムじゃないみたいだ。
住みよい環境にするのはいい。
だけど二人はいつまでここにいる気だろう?
クロアは言わずもがな、サプーも中心部の学校に入学金免除で入学できる魔法の腕を身に付けている。そうすれば将来、もっと上等な環境でチヤホヤされることも可能なのに。
でもそうなると、私をヨイショしてくれるやつがいなくなって困るな。なるたけ最底辺のここにいてもらいたい。
将来云々の件は黙っとこう。
○月✕日
ヘイトレッドさんが負傷したらしい。最強の魔法少女の一角が倒れたとかで、スラムの連中が噂していた。
地脈エネルギーの流れが不安定だから、たぶん山の向こうに吸い出されて強力な魔獣に変化したんだろう。
クロアとサプーには間違っても山に近づかないよう言っておいた。
特にクロアは最近外出が多く、外で何をしているのか聞いても「何でもないよー」と惚けやがる。サプーと二人がかりで拷問しても口を割らないし、むしろ虐められている間ちょっと嬉しそうだ。こいつも変わっちまったな。
まあクロアもあからさまに危ない場所に近づくおバカではないだろう。勝手にしろばーか。
○月✕日
クロア、あのクソガキやりやがったな。
今日、クロアが大量のガキをウチに連れて来た。薄汚い少年少女共。臭くて鼻が曲がったんで問答無用で水の中へ放り込んだ。
そいつらは、クロアが勝手に魔法を教えていたスラムのガキ共だった。全員初歩レベルまでは習得していて、クロアがもっと学びたいなら師匠、すなわち私の弟子になれと勧誘したらしい。ガキ共は一列にならんで弟子にしてくれと口をそろえた。
魔法の国で生きるには魔法の腕前が何より重要になる。スラムから抜け出すために必死なのだろう。クロアの話だと泥水を啜ったり腐ったネズミの死骸をかじったり、ときには人の死体でもかじって食いつなぐそうだからな。そりゃ誰だって抜け出したいさ。
問題なのは、クロアが私に黙って生意気にも師匠を気取っていたことだ。
その上臭いガキ共を大量に連れてきて、弟子にしろだと?
弟子にするに決まってるだろーが。
クロア、このクソガキ、最高に嬉しいことをやってくれたな!
弟子は師匠を敬ってチヤホヤする。その数は多ければ多いほどいい。クロアはまさに私が一番喜ぶことをしてくれたのだ。
ふへへ、ただ変身するだけでガキ共は腰を抜かすくらい感心してくれる。最底辺の中で輝く最強の魔法少女とは私のことだぜ。