魔法少女サクリファイス【完結】   作:難民180301

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三人称1

 魔法の国、スラム街。難民たちの粗末なバラックが立ち並ぶ夜道を、サプーは一人歩いていた。ハチミツのような金髪がさらさらと揺れ、柔らかな月光を照り返している。

 

 迷いのない足取りでしばらく進むと、やがて貧民たちの気配すらない林に入る。枯れた木立の間を抜けて、その先にある草原でサプーは足を止めた。

 

「約束通り参りました。姿を現しなさい」

 

 凛とした声が夜闇に響く。

 

 それに応じ、闇からにじみ出るように黒い鎧の男たちが五人現れた。彼らは音もなく移動しサプーを取り囲む。

 

 サプーはその威容に怯むことなく、堂々と声を張った。

 

「覚悟はできています。煮るなり焼くなり好きになさい。ただし、あの方たちへの手出しは許しません」

「無論。我々も魔法の国と事を構えるつもりはない」

 

 リーダー格の男が一歩前に出て、覆面の下からくぐもった声を響かせる。乱暴にサプーの細い肩を掴み、両手を後ろ手に拘束した。

 

「サプーリン・エル・エボルレア第四王女。貴様は祖国へ護送され、最後の王族として公開処刑にかけられる。抵抗するな」

「……っ」

 

 残酷な末路と両手を縛られる痛みに、サプーは息を呑んだ。

 

 サプーことサプーリン・エル・エボルレアは隣国エボルレアの第四王女である。革命軍が王族を次々と始末する中、市井へ遊びに出ていたサプーリンは大衆に紛れ、混乱しているうちに難民の列に流され魔法の国までやってきた。訳も分からずスラム街をさまよっていると、難民たちの話からどうやら天涯孤独になったらしいと推測。絶望しているうちに追手の暗殺者に刺突され、致命傷を負った。

 

 そうしてすべてを諦めたとき、あの人たちに出会った。

 

『すっごーい! 簡単に治った! おししょーは何でも出来るね!』

『まあ私は天才無敵最強の魔法少女なんで? このくらい楽勝よ楽勝、はっは』

 

 最上位魔性位階の魔法少女を自称する、十代後半程度の少女。それからその弟子らしい、サプーと同じ年頃のクロアと呼ばれる女の子。彼女たちは貧民という立場にも関わらず底抜けに明るくて、一人ぼっちのサプーを受け入れてくれた。

 

 隣国まで聞こえてくる魔法の技術を教えてもらい、いつしか他の貧しい子供たちも加わって、騒がしくも楽しい時間を与えてくれた。大切な恩人だった。

 

 だから追手に傷つけさせるわけにはいかなかった。

 

『同居人を思うなら、一人で○月✕日の夜、スラム街外れの草原に来られたし』

 

 いつかまた追手が来ることは分かっていたし、その紙切れの指示に従うほかないことも理解していたけれど、いざその時が迫ると寂しくて態度に出てしまった。

 

 魔法少女はそれを見て取り、声をかけてくれた。

 

『やあやあサプー。最近元気がないけどどうした? お腹でも壊した?』

『……いいえ。なんでもございません。私は元気いっぱいでございますよ』

 

 とたん、魔法少女は鬼になった。

 

『そうかそうか。クロア、ユノン、この嘘つきを引っ捕えろ』

『えっえっ、何を……んひゃっ、や、やめて、やめてくださいまし!』

『やめてほしければ吐くのだ。貴様の悩みをきりきり吐くのだ。ほれほれ〜』

『いやあああ!?』

 

 魔法少女は妹分たちにサプーを抑えさせて、脇や胸や足をくすぐった。サプーはもがき苦しみながらこの女正気でございますかと思うと共に、そうまでして心配してくれる優しさが面映ゆかった。

 

 だからこそ、優しい彼女たちを巻き込めない。結局サプーは一人で悩み、勝手に結論してここまでやってきた。

 

 サプーは恐怖を抑え込み、これで良かったのだと言い聞かせた。一人で静かに消えるのがもっとも賢明だと。優しい恩人たちを守ることができたのだと思い込んだ。

 

 しかしその健気な思いは、身勝手な魔法少女に踏みにじられることとなる。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「こんばんはー」

 

 革命軍の追手たちが弾かれたように声の方向へ振り向くと、黒いローブ姿の少女が、林から出てくるところだった。捕らえられたサプーが驚きに絶句している。

 

 追手たちのリーダー格は、刺すように鋭い声を発した。

 

「魔法使いか……いいかそこの魔法使い、警告は一度だけだ。何も言わず、すぐに回れ右をして消えろ。さもなくば殺す」

「ははっ……やかましいわ」

 

 少女が吐き捨てると同時、夜闇が光に照らされる。

 

 光は少女の身体を包み込んでいた。一秒にも満たない間の発光が収まると、黒いローブが一変している。

 

 白蝋色を基調にくすんだ灰色のラインを走らせる奇妙なドレス。スカートの裾や袖口は燠のように赤熱し、徐々に炭化している。胡乱げな表情は灰色のヴェールで半分以上が隠れていた。

 

 それだけでも奇抜な意匠だが、もっとも目を引くのは少女の背後に浮かぶ赤いろうそくだった。数十本──正確には七十三本──の赤いろうそくに火が灯され、少女の背中を中心に円形に整列して浮遊している。そのすべてが逆さまで火を下にしているにもかかわらず、火は下に立ち上り、溶けた蝋は上に滴り落ちていた。

 

 ヴェールの下から青い瞳をのぞかせて、少女は男たちを睥睨する。

 

「さもなくば殺す? そりゃこっちのセリフなんだわ。黙って聞いてれば、うちのサプーを勝手に連れ去るばかりか、公開処刑って。あんまりふざけたこと言ってると……」

 

 殺すぞ。と口の中でつぶやかれた殺意は、男たちをたじろがせるに十分だった。全身がこわばり、空気が軋む。

 

 しかしその緊迫を打ち破るように、悲鳴のようなサプーの声が割って入る。

 

「なぜ来たのですか! 私はあなたたちを巻き込みたくなかったのにっ!」

「巻き込まれるかどうか、それは私が勝手に決めること。お節介押し付けないでよ王女様」

「押し付けてるのはそっちでしょう! だって、私は……私だけが、あなたの妹じゃございません……赤の他人ですのに……」

「は?」

 

 突如いじけたような声を落としたサプー。少女は目を丸くした。

 

「弟子にはしてくださいました。たくさん仲良くしてくれました。クロアさんとユノンさんと一緒にお昼寝もしました、湯浴みだって……ですけどあなたは、二人と違って私だけいつまでも妹と呼んでくださらなかった……助けられる義理なんてありませんの」

「観測史上類を見ないほどめんどくさいなぁサプー」

「はあ!?」

 

 憤慨するサプーを尻目に、少女は視線を宙に漂わせる。数秒後、「うん」とうなずいた。

 

「たしかに妹分にする、とは言ってないね」

「そうでしょうとも」

「じゃあ今言うわ。お前私の妹。勝手に連れて行かれるのは許さない」

「今更っ……!?」

 

 今更何を言うのか、とサプーが反論する時間はなかった。

 

 二人が言葉を交わしている間に、追手の男たちは狼のように素早く散開していた。リーダー格の一人だけをサプーの拘束に残し、他の四人は少女を包囲している。

 

 リーダー格は無感情に告げる。

 

「死灰のドレス、命の灯火。音に聞く最低の落伍者、魔法少女サクリファイスとお見受けする」

「いかにも私は最強の魔法使い、魔法少女サクリファイス……え、落伍?」

「固有魔法を満足に扱えず、魔獣退治に従事する腕もなく、スラム街に下った最悪の落ちこぼれ。我々革命軍の敵ではない──死ね」

 

 包囲した追手の四人が、微妙にタイミングをずらして少女に踊りかかる。少女がどのような反撃に移ろうと互いに攻撃をカバーしあい殺し切る必殺の包囲網である。

 

 これに対する少女の行動は単純だった。

 

 視界の左右に位置する二人。そのうちの一人に踏み込んで、拳を振り抜く──ただし、人の認識できない高速で。

 

 ぐしゃり、と湿っぽい音が響く。ろうそくの灯りと月光の下、赤黒い血のりと灰色の脳漿がきらめいた。

 

 さらにもう一度、ぐしゃり。

 

 少女が拳を振り抜いた姿勢で動きを止めており、前方二人の追手の頭部が消失していた。現実離れした光景を前に場が膠着する。

 

「殺すぞって言ったのに」

「バカな、固有魔法もなしに……!?」

「固有魔法がなくっても、人相手なら身体一つで十分足りる。最上位魔性位階なめんな、っての!」

 

 少女の身体がブレる。単純に変身で強化されただけの膂力をもって、残った二人に肉薄する。一人は反応すらできず胸部を貫手に貫かれ、もう一人は交差させた両腕の防御もろとも胴体を蹴り砕かれ、地面と平行に吹っ飛んでいった。

 

 初めての殺人を経験しても、少女の心は揺らがない。妹と認めるサプーを傷つけ、連れ去ろうとする誰かがいるなら、文字通り一片の容赦もしない。もちろん死体が日常的なスラムの郊外という状況も考慮しているが、そうでなくとも躊躇はしなかっただろう。異常に頑強な精神は、この少女の才能だった。

 

 四人の敵を屠った少女は、流れるように最後の一人へ向かう。サプーを人質に取られると面倒だ。反応さえさせずに仕留める。

 

 しかし少女の判断は、ほんのわずか遅きに失した。

 

 リーダー格の男の頭部を殴り飛ばす。首と身体がなき別れしながら吹っ飛んでいく。

 

「か、は……っ!?」

「サプー!?」

 

 同時に、サプーが崩れ落ちた。

 

 抱き止めた少女は、サプーの背中に大ぶりのナイフが刺さっているのに気がつく。リーダー格の男は戦力の不利を悟るや否や、サプーの護送から暗殺に目標を切り替え、見事に達成してみせたのだ。

 

 ナイフはサプーの華奢な背中、肩甲骨の下あたりに深々と刺さっている。肋骨の隙間を通された刃は、心臓に達しているだろう。

 

「くそ、くそっ!」

 

 少女はリーダー格の根性と自分の甘さを呪う。今にも消えてしまいそうなサプーが倒れないように、必死で抱き止めている。

 

 出会ったあの日と同じ要領で、サプーの魂の波長と地脈のエネルギーを同調させてみる。しかしいくら治癒を促進させたところで、損傷した急所を治すには足りない。焼け石に水、万事休すだ。

 

 サプーは喘ぎながら、すでに光を失った目から涙を流して、少女と見つめ合う。

 

「お、ねえ、さま……」

 

 ともすれば聞き逃してもおかしくない、かすれた声だった。

 

 間近に迫る死の恐怖をおして紡がれたその言葉を確かに聞き取った瞬間、少女の思考が冴え渡る。

 

「固有魔法、『代償』発動……!」

 

 円形に整列した逆さのろうそく。灯された火が次々に激しく燃え上がり、溶けた蝋が天に上っていく。

 

「いくらでも持ってっていい。今の私ならきっと──!」

 

 かつて代償の魔法が不発に終わったとき、少女は何も惜しいものがなかった。髪、血、爪、身体のすべてはおろか、命さえどうでもよかった。ただ無気力に生きているふりをしているだけだった。

 

 だけど今は違う。いびつな形の出会いでも大切な妹ができた。ガキ共相手に威張りながら講師役をするのは若干虚しくもそれ以上に楽しい。その時間が大切で、命がとても惜しい。死にたくない、生きたいと思う。

 

 だからこそ、今の少女の命は代償たりえた。ほんの一秒すら無駄にしたくない大事な寿命を捧げ、ついに奇跡が発動する。

 

「生きろ、サプー」

 

 七十三本の蝋燭のうち、二十本が燃え尽きた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 魔法少女サクリファイスのアトリエ。

 

 スラム街のはずがやたらと小綺麗な小屋の点在する一角にひっそりと存在する、立派な一軒家。元はボロ小屋だったとは思えないその家屋の中で、少女たちは顔を突き合わせていた。

 

「んもー、心配したんだからね!」

「しました……」

「ご、ごめんなさい」

 

 クロアが腕を組んで、正座したサプーにお説教。ユノンはサプーの袖をちょんと掴んで口を尖らせている。

 

 クロアは一人で抱え込むなとか、大きすぎる問題でもとりあえずは相談してほしいとか、好き勝手言いたい放題。心配をかけたのは事実なのでサプーは反論せずしょげ返っている。

 

 ひとしきり言いたいことを言い終えたクロアは、おそるおそるうかがうように尋ねた。

 

「サプーは、その、向こうに帰りたい? ここじゃダメ?」

「ダメなわけありませんわ。元々向こうでは親兄弟からも無視されていたので、いい思い出もありませんし。クロアさんとユノンさん、それからお姉さまと一緒の方がずっといいに決まってます」

「そっか! サプーの家族がろくでもない人たちで良かった!」

「その言い方はちょっとありえませんわ」

「ありえん……」

「えっ、どこらへんが?」

 

 きゃいきゃいと姦しく言い合いをする三人。

 

 それを壁一枚隔てたアトリエの外で聞きながら、魔法少女は昨夜日記に走り書きしたメモを見つめた。

 

「残り五十三年……使いたくねーなー」

 

 念頭にあるのは、固有魔法『代償』の意地悪さだ。

 

 代償に捧げるものは、少女が心の底から失いたくないと願うものでなければならない。サプーの命と比べれば二十年の寿命は安いが、これ以上は絶対に使いたくない。楽しい今の時間を少しでも長く味わいたいからだ。もちろん時間だけでなく身体も感覚も使いたくない。痛いのも不便になるのも嫌だ。

 

 しかし、この先もしも奇跡を願わなければ乗り切れない事態や、守りきれない何かがあるとすれば──すべてを擲つ覚悟が、ある。

 

 というのも、代償を惜しんで大切なものを失えば後悔では済まないが、代償を捧げて守りきったなら、絶対に後悔しないからだ。実際、サプーが助かったことには何の後悔もない。

 

 そう結論した少女が日記を閉じる。

 

 すると、アトリエの中から妹たちの声が聞こえた。

 

「おーい姉さーん」

「お姉ちゃんごはんだよぅ……」

「お姉さまー!」

「はいよー!」

 

 日記をローブの懐にしまって、少女は中へ入る。

 

 いざというとき、捧げることをためらわないように──せめて今を精一杯、少女たちは生きていく。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 魔法の国の片隅で暮らす、外道にして最低最悪な腐った性格の魔法少女。

 

 この日記はそんな彼女が命を燃やし尽くすまでの、ささやかな記録である。

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