魔法少女サクリファイス【完結】   作:難民180301

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日記4

□月◇日

 創世記から明白な真実として知られている通り、この世界は偉大なる魔法少女サクリファイス様をチヤホヤするためにある。

 

 計画着手から半年、スラム街は立派な街として完成した。南の農業区、西の大浴場を中心とした歓楽区、東の私塾周辺に展開する魔法区、北の住宅区で構成される。

 

 ただ、大浴場だけは湧出量の増加に伴う計画変更のせいでもう少しかかりそう。近頃地脈の流れが異常に強くなって湯の量が安定しないんだ。流れは多少ならいじれないこともないが、この激流ではとても無理。自然の影響だけはどうしようもないので、気長にやっていく。

 

 上流階級のガキ共も順調に魔法を覚え、物好きな一人を除いて引き上げていった。無魔力を冷遇する風潮は、あいつらを先駆けに変わっていくだろう。魔王との取引も一段落だ。

 

 そんなわけで浴場は置いといて、計画完遂の打ち上げを行った。せっかくなので酒を呑んでみたけど死ぬほど苦くてあれなら泥水のほうがマシだ。大人たちの気が知れない。

 

 その打ち上げで決まったもっとも嬉しいことは、この元スラム街区画の名前をサクリファイス区にする話が持ち上がったことだ。

 

 ここはもう魔法の国の最底辺ではなくなった。でも私の名前がつくことで、みんな私の存在を意識する。区画の名前になってるということは、すごくてえらいやつだとみんな思ってくれるだろう。これこそ私の求めていたチヤホヤだ。

 

 今日は気分がいい。

 

 この世のすべてにありがとー!

 

 

 

□月◇日

 世界滅べくそったれ。

 

 魔法の国の上層部の陰謀だ。

 

 語呂が悪いからといって、区画の名前はサクリファイス区からサクリン街になった。魔王に文句を言って撤回させようにも、私が気づいたときにはもう住民たちに周知されていた。区画だけでなく私までサクリンサクリンと気安く呼ばれるようになった。誰がサクリン先生だこの野郎。

 

 私はやる気をなくした。多分もう永遠にやる気でない。

 

 講義は妹たちに任せて、寝る。

 

 

 

□月◇日

 やっぱり持つべきは妹だ。

 

 妹たちに慰められるうち、サクリファイスでもサクリンでもどっちでもいいやと思えてきた。誰に何と呼ばれるよりも、クロア、サプー、ユノンに姉と呼ばれるのが一番胸が躍る。妹さえいれば残りの寿命全部満足だ。

 

 寿命といえば、蝋燭が一本燃え尽きた。長さからして端数だったのだろう。思えば全部に火が灯って溶けているのに、一本ずつ目減りしていくのは不思議だ。魔法少女の神秘。

 

 さあ今日も無知な生徒たちに知恵を授けてやるぞ。頑張ろう。

□月◇日

 校長がやってきた。わざわざ本人が取り巻き連れて。暇かよ。

 

 またユノンに手を出すつもりなら門前払いだったけど、私に話があるというので、聞くだけ聞いてみた。意味が分からなかった。

 

 まず、校長の権限で魔導館をとり潰すことに決まった。蔵書の一部は学校の図書室に引き取るとのことで、実に感心だ。あんな公共施設とは名ばかりの廃墟さっさと潰れた方がいい。使い勝手最悪だし蔵書は大半が作者不明で悪夢みたいなことしか書いてないし、潰れたらとてもすっきりするだろう。国の手でやってくれるなら願ったりだ。

 

 ここまでは分かったけど問題はその後、「潰されたくなければ土下座してあの日の非礼を詫びろ」と威圧してきたことだ。なんで私があの廃墟を潰されたくないの前提なのか。

 

 今思いついた。昔私があそこに住んでたから、思い出の建物を壊されたくなければ、という文脈だったのか? だとしたらあのおっさん相当なロマンチストだな。かわいい。私も少しは嫌そうな顔をしてあげればよかった。

 

 取り壊すなら是非頑張ってほしい。あのろくでもない廃墟には古い呪いがかかってるから、下手に手を出せばひどい目にあう。

 

 と、注意してやったら呪いなんてあるわけないだろと勝ち誇ったように笑いながら出ていった。

 

 私の過去を調べてから公共事業を一つ立ち上げ、始める前にわざわざ私のとこへ報告しにきたとすると、校長の職はよほどやることがないと見える。

 

 頑張れ校長。呪いなんかに負けるな。

 

 

 

□月◇日

 校長がやらかした。だから言ったのに。

 

 学校の式典か何かで、魔法少女を「卑しい尖兵」と表現したのが来賓のお偉いさんに聞き咎められ、おまけに生徒たちにも反発されて上と下から猛烈な批判を食らっている。外を出歩けば石を投げられるわグランマギクス家の屋敷には変な活動家もどきたちが詰めかけるわでたいへんな騒ぎらしい。

 

 やらかす校長もアホだが騒ぎ立てる中央の連中も暇過ぎるだろ。腹を抱えて笑ってしまった。

 

 やらかした権力者を吊し上げて楽しむのは、人類が生み出した中でもっとも素晴らしい娯楽だと思う。あーおかしい、呪い様様だ。今度会ったら指差して笑ってやろう。魔王もなんかやらかしてくんないかな。

 

 他人の不幸サイコー。

□月◇日

 大浴場が完成したら姉妹で遊びに行こう、と約束した。楽しみ。

 

 ツインテとクロアの仲が悪い。

 

 魔法をある程度覚えた子息たちは、ツインテを除いて全員生家に帰った。生意気なガキだがツインテも寂しいだろう。もっと仲良くしてやってほしい。

 

 

 

□月◇日

 やたらとクロアがツインテお嬢様を目の敵にしている。聞いてみると、この前の魔力暴走で私に迷惑をかけたのを根に持っているらしい。

 

 なんで私が気にしてないのにクロアがネチネチ言うのか。叱りつけるといじけて口をきかなくなった。

 

 難しい年頃だ。

 

 

 

□月◇日

 死にたくない

 辛い、こわい

 たすけて

 

 

 

□月◇日

 サクリン街でずっとチヤホヤされるはずだったのにとんだ災難だ。

 

 昨日、初めて魔獣と戦う羽目になった。魔王に頼まれた。ちょっとした負い目があるせいで断りきれなかった。

 

 事の発端は人手不足だ。魔獣を山のふもとで食い止める魔法少女が、ホープフルちゃんとヘイトレッドさん含め六人しかいない状況だった。何ヶ月か前にヘイトレッドさんがケガをして、その穴を突かれる形で他の魔法少女たちも連鎖的に負傷。常に誰かがケガで離脱している状態でギリギリ持ちこたえていた。音沙汰がなかったのは、この不利な趨勢を隠すためだったらしい。

 

 そんなこんなで目をつけられたのが私。ふざけんなチクショー。大昔の魔王も仕事が雑だよなんで賢者でも倒せる下級魔獣までしか止めらんないのよ。障壁なんだから中級以上も全部止めてよ許せねえ。

 

 もう二度とあんな怪物たちと戦いたくない。

 

 だけど中途半端に活躍しちゃったせいで、無駄に頼りにされてしまった。

 

 空気に流されるわけじゃないぞ。褒められて調子に乗ったわけでもない。

 

 というのも私が頑張らなきゃいけないのは今だけだ。地脈と同調して観測してみると、あと一ヶ月もすれば流れが安定して魔獣の数も減る。私が抜けても問題がなくなる。

 

 それに小遣い稼ぎにもなる。もしマスコットの連中が私の討伐数ちょろまかしたら、ふんだくってサクリン街の予算にしてくれる。

 

 だから頑張れ。

 

 今だけ頑張れ、私。

 

 

 

□月◇日

 頑張れない、怖い。

 

 もうやだ。

 

 

 

□月◇日

 ホープフルちゃんが励ましてくれた。この子ほんと天使。

 

 いい機会だったのでいろんな話をした。

 

 魔法少女になっても魔獣と戦う義務が課されるわけじゃない。なのになぜホープフルちゃんは戦うのか。歩合制の報酬なんてとても割に合わないのに。

 

 答えは単純、ヘイトレッドさんが戦っているから。幼馴染で何かと無茶をしがちなヘイトレッドさんを一人で戦わせるのは不安とか。じゃあヘイトレッドさんはというと、魔法の国に家族がいるからだと。

 

 私は拍子抜けした。魔獣と戦う魔法少女はてっきり愛国心や博愛精神をこじらせたなんちゃって使命感野郎ばかりかと思いきや、もっとも強く有名な二人は個人的に守りたいもののために戦っていたのだ。

 

 私も見習おう。頼まれていやいや戦うんじゃない。金のためでもない。妹たちを守るために戦うんだと思い込んだ。ふもとより後ろへ魔獣を通せば、妹たちが危ないかもしれない。守るために戦う。

 

 やる気が溢れ過ぎてやーばい。

 

 

 

同日追記

 あえぎ声がうるさくて眠れない。

 メスガキ共が盛ってんじゃねーよクソ。

□月◇日

 戦い始めて一週間たった。あと二十日だ。

 

 魔獣の討伐数はごく平均的。でもそれとは別に楽しいことがあった。

 

 朝、地脈の流れを見た感じいつもより魔獣が少なそうだとホープフルちゃんに言ったら、すごく驚かれた。ツンケンしてるヘイトレッドさんも口をあんぐり開けてた。感心されて気持ちよかった。

 

 聞けば魔法の国は魂根源説が主流だったので、地脈エネルギーと魔獣の関連性を想像さえしなかったとか。ていうか地脈の存在すらよく分かってない感じだった。そういえば中央だと妄言扱いされたっけ。

 

 ああ気持ちいい。相手の知らないことを自分が知ってて、しかもそれを解説するときって、得も言われぬ快感がある。すごい、かしこい、さすがサクリン、とみんなに褒めてもらえた。褒めろ褒めろ。

 

 と、いい気になってたらヘイトレッドさんに舌打ちされた。ホープフルちゃんさえドン引きする形相で睨みつけてきたけど、効かん。賢いえらいサクリン先生は無敵なのだ。

 

 このチヤホヤ会を通して、私はヘイトレッドさんのことを見直した。

 

 普通、地脈の考え方がここまで有用だと分かれば、初対面のとき妄言扱いしたのを謝るのが普通だ。だけど彼女は謝罪の概念を子宮に置いてきたようにごめんの「ご」の字も口にしなかった。

 

 つまりまともに謝れないあの女は悪者、同志、人間のクズ。見ていてとても安心できる。私はクズみたいな子が大好きなんだ。悪者でいてくれてありがとう。

 

 今日はいい夢見れそう。

□月◇日

 魔獣がほぼいない日。くじ引きで見張り番を決めて、私は久しぶりにアトリエへ帰った。

 

 クロアもサプーもユノンも、ツインテとかの生徒たちも、幽霊を見るような目をしてた。帰ったのを泣いて喜ばれたのは嬉しかったな。

 

 こいつらのためなら魔獣退治も怖くない。ウソ、怖いものは怖い。

 

 クロアたちは私が日記を書いている横で寄り添うように眠ってる。ちょっと書きづらい。寝顔を見てたら私も眠たくなってきた。

 

 寝るぜ。

 

 

 

□月◇日

 久しぶりにクロアに引っかかれてしまった。

 

 そのせいで腕一本と寿命五年が代償で持ってかれた。今すっごく痛い。ないはずの腕が痛い。痛い。

 

 ホープフルちゃんにナデナデしてもらって今日は寝ることにする。

 

 痛い。

 

 

 

□月◇日

 今日は大事をとってふもとの宿舎でお休み。痛みも引いてきたから、昨日あったことを書き記す。

 

 まず、クロアが魔法少女になった。

 

 これだけならまだ良かった。クロアの上達速度からしてそのうち至ることは分かっていた。

 

 問題はクロアの固有魔法が覚醒と同時に暴走したことだ。

 

 固有魔法は獣性。爪と牙がナイフのように伸びて身体能力は通常の魔法少女と比較にならないほど上昇する、Bランクのありふれた魔法。猫とうさぎの中間みたいな耳が生えてかわいい。獣じみたところのあるクロアには似合いだ。

 

 肉弾戦なら最強と言われる魔法だけど、Sランクの私の代償、Aランクの希望と憎悪と比べて下の方のBランク。この理由は理性の低下だ。変身すると自動で獣化し、ちょっと賢い犬程度の知能に落ちる。

 

 そこに魔力の暴走が重なってさあたいへん。犬どころか狂った狼みたいな形相で私のとこへ一直線にやってきた。さては私のこと大好きか。

 

 そのときの私はふもとでひいこら言いながら魔獣と戦っていて、急に現れた獣娘にすごく驚いた。驚きすぎて暴走するクロアのじゃれつきを回避できず爪で引っかかれて、よろめいたところに魔獣の追い打ちを食らって腕がぽろっと落ちた。

 

 で、せっかく落ちた腕を使わない手はないというわけで、代償に捧げた。でも一度落ちた腕だけだと足りなくて、仕方なく寿命を五年追加。周囲の魔獣の全滅と、クロアの沈静化を成し遂げた。

 

 目が覚めたクロアは幸いにも何も覚えてなかった。私がうっかり腕を落としちゃったというと、私の分まで戦うから休んでと言ってくれた。

 

 日記書きつつ窓の外を見ると、ふもとの平原地帯で魔獣をばったばったなぎ倒すクロアの姿が見える。あの勢いじゃマスコットも勘定がたいへんだろうな。

 

 妹に戦わせて休んでる姉なんて最低だ。

 

 最低だけど痛いんだもの。傷口痛い、幻肢痛やばい。生理痛も重なってお腹の中に鉛。大事な寿命代償にしたのもきつい。辛い。

 

 生きててもなんもいいことない。

 

 くたばれ世界。

 

 

 

□月◇日

 前ページ読み返してドン引きしてる。病み過ぎだろ私。

 

 寿命はあと四十七年もある。腕はもう片方残ってる。落ち込むことないさ。

 

 ホープフルちゃんとヘイトレッドさん、クロアがとても心配してくれた。ホープフルちゃんへのなでなで要求が無限に受理される。いつもならヘイトレッドさんが調子に乗るなと止めるくせに、気を遣ってるな。もっと遣え、気持ちいい。

 

 クロアは暴走の影響で、ぴくぴく動く獣耳だけ出しっぱなしだ。かわいい。人の耳も含めて四つも耳があるのはまったく欲張りだ。

 

 魔法少女のみんなが、もう休んでいいと言ってくれた。

 

 たくさん心配してもらって休むのも許されて、おまけに妹がかわいい。逆にケガしてよかったじゃないか。

 

 よかった、よかった

 

 よかった

 

 

 

□月◇日

 宿舎から戦いを眺める。地脈の流れは安定傾向。私の予報した凪の期間まであと少し。

 

 クロアの活躍ぶりがすさまじい。

 

 私と同じ最上位魔性位階に至ったクロアは、もう下に見て世話を焼くような子供じゃない。いや、魔法少女じゃないにしても、サプーは大賢者、ユノンもぎりぎり魔女くらいの腕がある。立派になった。サクリン街だってあれだけ発展すれば勝手に住人たちで繁栄していくだろう。

 

 私ってもういらないんじゃないか。悲しくなってきた。

 

 

 

□月◇日

 決めた。

 

 ケガが治ったら、新しい最底辺を探す旅に出よう。

 

 私を必要としてくれるどこか。えらくてすごいやつだと思えるような底辺。汚れと埃に塗れた地獄のようなユートピアが、きっとどこかにあるはずだ。

 

 でも姉妹の約束は果たす。大浴場が完成次第、最後に楽しい思い出を作ってどこかへ消える。

 

 それまでは頑張って生きるぞ。

 

 

 

□月◇日

 昨日「生きるぞ」なんて前向きなこと書いたからこんなことになる。

 

 明日、私が当初予測した地脈の凪。その直前に大規模なエネルギーの噴出がある。ありそうじゃなくて確実にある。

 

 前から薄々思ってたけど、実際戦ってみた感じ魔獣の正体は山の向こうにある噴火口から噴き出したエネルギー生命体だ。これほどのエネルギーを元にすれば、観測したことのない強力な魔獣が発生する。おそらくヘイトレッドさんにケガをさせた個体の数十倍強大な個体が。大昔の魔王の障壁もおそらく崩壊し、魔法の国は近隣国もろとも魔獣禍に呑まれる。

 

 自慢だけど私は地脈との同調率なら国で一番だ。私以外に明日の破局を予想できているやつはいない。

 

 そして破局を回避できる力を持っている魔法少女も、私だけしかいない。

 

 約束を果たさずに死ぬのは、嫌だな。

 

 

 

□月◇日

 準備完了。

 

 日記の最後に遺書を書いた。読まれたくない部分の塗りつぶしもしといた。クロア、サプー、ユノン、ついでにツインテのガキとかその他大勢。私のこと忘れないでね。

 

 窓の外で、空を覆い尽くす魔獣が見える。

 

 魔法少女たちが途方にくれてる。

 

 障壁が壊れた。

 

 輝け私。 

 

 

 

 

 

 

遺書

 ごめんなさい。

 ありがとう。


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