太陽の光がこの世で最も強い場所でのことでした。
荒涼とした砂漠の広がるこの地方には点々と豊かな水をたたえたオアシスがありました。
そのそばにたいてい街があり。大きさはさまざまですが、共通していることはどこの街にも水を得て安堵している旅人がいるということでした。
旅人には商人が多くいます。
この砂漠を超えて遠くの国に行き、そしてまた帰ってくる。多くのラクダを連れてその人生を移動し続ける彼らにとってオアシスは体だけでなく心を横たえることのできる安らぎの場所でした。
その商人たちの間でとあるうわさがありました。
――竜が空を飛んでいるのを見た。
大勢の商人たちは自らの見たものを口々に伝え合い、だんだんと話を膨らませていきます。その過程で荒唐無稽な話も混ざりこみ、真実はどこかに忘れ去られていきます。
そのうちに人喰い龍がいるという話が出来上がってしまいました。
良識のあるものはそんな噂話は薄く笑うだけで忘れてしまいます。
それでも臆病な者は天に祈りをささげてそのような怪異と出会わないように願ったといいます。
☆
とある町。その道端に敷物を広げた少女がいました。
ターバンを頭に巻いた赤い髪の少女。ボロボロの袋をその敷物に投げ捨てるように置きます。どしゃっと重さを感じさせる音が響き、彼女は腰を下ろしました。
そのいで立ちは奇妙で瀟洒でした。
耳には金のリングを象ったピアス。腕には青い水晶でできたバングル。ペルシャ柄の紫のマフラー。それに鮮やかな刺繍の入ったスカート。
彼女は道端で商売を始めました。
彼女のズタボロな袋を傾けると中から七色の宝石が転がりでてきます。彼女はそれを取り出した粗っぽさとは打って変わって綺麗に並べていきました。
赤いルビー。青いサファイヤ。緑黄のエメラルド。そして光を反射して閉じ込めるダイヤモンド。
そばには小さな木の札で「ラドルマ宝石店」と立てかけました。それが彼女の名前なのです。
彼女の容姿と商品は道行く人々の足を止め、野次馬も商人もそろって彼女を取り囲みました。その中で彼女は宝石の由来を声高らかに吹聴します。時に物語を交え、時に冗談を混ぜて。
お客さんなのか聴衆なのかわからない人々の笑い声が響く中で武装した兵隊が数名やってきました。
彼らは紅い顔をしています。大きく開けた口から酒くさい息を吐きだしました。
誰に断ってここで商売をしているのかと兵士たちは彼女を取り囲みました。赤い髪の少女は冷えた瞳で彼らを見据えました
野次馬やその他の群衆はわずかに離れて心配そうに様子を伺います。
ですが酒に酔った兵士たちは彼女の宝石の袋に手を入れて「場所代」として奪おうとしました。
兵士の手につかまれた宝石が太陽の光に美しく輝きます。
ラドルマはその兵士の手を掴みました。彼女を振りほどこうと兵士は腕に力をこめますが不思議なことにびくともしません。
――ねえ、宝石ってなんで綺麗だと思う?
冷えた声でラドルマは言いました。彼女は少しうつむいていました。
兵士は手を放そうと暴れるが少女の細腕を払うことができないのです。少女の背は低く腕は愛らしいほど細いのに。
兵士は怒鳴り散らします。その姿に赤い髪の少女はゆっくりと、
ゆっくりと、
顔を上げました。
口角を吊り上げた笑顔。真っ赤な口の中。張り付けたようなその表情に兵士は背筋に冷たいものを感じました。
だからぽろぽろと宝石は兵士の手から落ちていきます。ラドルマは言いました、穏やかに冷たく。
――宝石なんてそのへんの石と何も変わらないんですよ? 色がついて、光るだけ。でもなんで綺麗なんだろうね。知っていますか? それはね、綺麗だって想うことのできる心が美しいからなんですよ?
少女が手に力を籠める。みしみしと音を立てる。兵士は悲鳴を上げた。
――ねえ、宝石。綺麗? なんで宝石を持っていこうとするの? 綺麗だって思える心はある? もしないのなら
少女は口を開ける。
――嚙みちぎっちゃいますよ?
その瞬間、ここにいたすべての者が幻覚を見ました。
目の前の少女の顔が赤い龍のような。牙を持った獣に見えたのです。
目の前で起こったあり得ないことに人々がその場から悲鳴を上げて逃げ出しました。
彼女につかまれた兵士は半狂乱で何度も謝り、離すように懇願をします。ラドルマがぱっと手を離すと矢のように彼は逃げていきました。
少女は一人、散らばった宝石の真ん中に立っています。七色の宝石の中で彼女は微笑みます。
彼女は宝石を握りこむように拾い上げました。手の中で転がした後、ゆっくりと手のひらを開きます。
その手のひらからぱらぱらと落ちていくのは何の変哲もない石でした。彼女の手の中で変わり果てたものでした。
――ああ、こんなこともわからないなんて。見分けられないなんてさ
くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすと少女は楽しそうに笑った。
いつの間にか地面に落ちた石は宝石に代わっていました。
少女の目元を紅い髪が覆い隠し、その真っ赤な口だけが笑っていました。