青い空の下に広大な砂漠が広がっていました。
砂煙が舞いあがる白い砂の大地には風のつくった波模様がどこまでも続いています。
この砂漠を多くの人々が東西に渡っていきます。彼らは商人がほとんどでした。多くのラクダに大きな荷物を積んでゆっくりと世界をつなげるために歩んでいきます。
何度でも地平線の向こう側に旅をして、
何度でも地平線の向こうから帰ってきます。
彼らは砂漠に点在するオアシスで体を休めます。水は砂漠ではとても、とても貴重なもので、オアシスには人が集まりました。
だから昔からオアシスを中心に街ができ、ある場所には小さな国がありました。自然豊かな地域の巨大な帝国とは全く違う、素朴な国々です。
しかしその国には粗暴な王様がいました。
彼はやってくる商人たちから水を売って多額のお金を要求したり、それどころか自分の国の人々にも重たい税金をかけました。
王様は宝石やお金が大好きでした。彼はただ一人、豊かに暮らしました。
その国に一人の商人がやってきました。
その商人は紅い髪の少女でした。
ターバンを頭に巻いて、金のリングを象ったピアスにペルシア柄のマフラーと刺繍の入った長いスカート。手には青い水晶のバングルをつけていました。
彼女の名前はラドルマといいました。宝石を扱う商人です。いつも肩に担いでいるズタボロな袋に中には煌びやかな宝石が詰まっていました。
――ぜひ、王様にお会いさせてください
少女は言いました。彼女は宝石をいろんなところに配り、王様に会うことができました。
ラドルマは言います。
――私は多くの宝石を持ってきました。王様にお見せします。
いうと彼女は持っていた袋から大きな青い宝石を手に取って太陽に掲げました。美しい光に王様は目を細めて、手を伸ばそうとします。
少女は言います。
――私は旅の商人ですから宝石を売るだけではなくて、この国の何かを買わせてください。その代金は宝石でお支払いします。
王様はいぶかしみました。ではなにが欲しい? と聞きます。
――では王様の奴隷をください。
そんなことかと王様は笑い。奴隷を快く売りました。ラドルマは代金として青い宝石を5つ王様に渡しました。
王様はもっと欲しいものはないのか? と聞きます。美しい宝石がもっと欲しくなったのです。
――そうですか、では王様の召使を売ってください。
ラドルマの言葉に王様は満足げにうなずきました。召使を全員売ってしまっても宝石があればまた雇うことも買うこともできるでしょう。
王様の手には多くの宝石がありました。ただ、紅い髪の少女はまだまだ宝石を持っているようです。だから王様はまだ、まだ欲しいものはないか? と聞きました。
少女は口角を吊り上げて微笑みました。
――では兵士を
そのような下賤なものを売るだけで宝石が手に入るなら安いものです。
――大臣様ではどうでしょう。
大臣などなにをしているかわからない頭でっかちな連中だと王様は笑って許しました。
――窓の外に見える人々を
ラドルマは街が見える窓の前で両手を広げました。
王様は思います。どうせ民衆などは数は多いのだからどれだけ売ってもかまいません。
王様は売れるだけ売り、部屋を埋め尽くす七色の宝石にうっとりとしました。これだけあればもう何も悩むことはないと心から安心しました。
紅い髪の少女は笑います。
――それでは私はこれで
商人の小娘の言葉など王様には聞こえていません。ただ心から彼は喜んでいました。
次の日のことです。
王様は一人宮殿にただずんでいました。
誰もいないことに王様は驚きましたが、自らの部屋に戻ると宝石が山のように積んであります。彼はそれに頬ずりをしました。
人間などどれだけでも雇うことができます。
王様は気を取り直して朝のご飯を食べるために食堂にいきました。
がらんとした食堂には誰もいません。
呼んでも、叫んでも誰も来ません。不安になってきた王様は厨房に行くとそこには何も料理されていない肉や野菜がおいてありました。さすがにそのまま食べるのはいやだと王様は外に出ます。
王様は喉が渇きました。
水を持ってきてくれと叫ぶと、ただ自分の声が響くだけで誰も来ません。
どうすればいいか考える前に大臣を呼んで、いい考えを述べさせようとしましたが昨日あの少女に売り払ってしまい誰もいません。
王様は街に出ます。
街には誰もいませんでした。
ひとりもいません。
不安になった王様はオアシスに歩き出して、水を手ですくって飲みました。お腹がなるのはどうしようもありませんでしたから、水をいっぱい飲みました。
その夜から王様は腹痛で苦しみました。生水をそのまま飲むことでそうなったのでしょう。王様は水の飲み方も知りませんでした。
それから数日たちました。
誰もいない街、誰も来ない宮殿で王様は宝石に囲まれていました。
綺麗に輝くそれらをうつろな目で見る王様は乾いた唇で誰かを呼んでいました。ですが、すでに少女に売り払った人々はここにはいません。
その時でした、入り口に人影がありました。
王様が弱ったからだであえぎながら人影に向かって近づきます。
そこには紅い髪の少女がいました。王様は彼女を見て縋りつきました。
返してください、私の周りの人を返してください。宝石はすべてお返しします。
――ああ、よかった
少女の目元は髪で隠れています。真っ赤な口だけが見えています。
――実は王様にお渡しした宝石たちは私にとって大切なものだったのです。それを手放してくれるなら私は王様からそれを買いましょう。
王様は売ります、売ります! と頷きました。
――ありがとうございます。もちろん一度お渡ししたものですから、ちゃんと3倍の別の宝石でお支払いいたします。
王様の表情がゆがみました。
――おや? 足りませんか? では4倍にいたしましょう。
王様は泣きそうな顔で懇願します。
宝石はいりません。人を返してください。宝石よりも人が大切だとわかりました。どうか、どうか、お願いします。
紅い髪の少女はきょとんとした顔で言います。
――人は宝石よりも高価なのですか?
王様は頷きます。
――人は宝石には代えられないほどですか?
王様は頭を地面に打ち付けて肯定しました。
ラドルマは言います。
――じゃあ、なんであなたの持っている宝石で人を返してくれるって思っているんですか?
王様は顔を上げました。
そこには愉しげに笑う少女がいました。真っ赤な口を開いた、恐ろしい化け物のような、麗しい少女。
――ああ、でも人がそんなに価値があるならあなたには売れるものがありますね。
王様は何でしょうかと聞きました。
ラドルマは王様に指をさしました。王様から見れば太陽を背にしたラドルマの顔は真っ黒にすら見えます。ただその口だけがその黒の中で真っ赤に裂けています。
――あなたですよ。
王様は恐怖に顔を引きつらせて、這いながら逃げようとしました。
自分が売り払った人々の名前を呼んで、叫びながら逃げました。でも誰も来ません。
――どこに行くんですか?
――人には価値があるんですよね?
――宝石なんかには代えられないほどに。
楽しそうに少女は言います。太陽に延ばされた彼女の影が王様を追いました。
王様は道端に倒れこみ、そこでふと思いました。人のいないことがどういうことなのか彼は思います。
彼は一度空を仰いで、ゆっくりと近づいてくる少女に向き直りました。
「わかりました。私の命で皆を買います。戻してください。私が売ったものを返してくれるなら。この人のいない街に皆が帰ってこれるならそれは…………宝石よりも価値のあることです」
その言葉を聞いてラドルマは目を見開きました。
そしてつまらなさそうに「ちぇっ」といいました。
☆
次の日王様が目を覚ますとすべては元通りになっていました。
宮殿には人が働き。街には大勢の民がそれぞれの役割を果たしています。
王様はそれがうれしく仕方がありませんでした。
この国は数年後豊かで、
心の優しい王様がいる国だと商人たちの間で有名になりました。
ただ、それを聞いた紅い髪の少女がすこし面白くなさそうにしたという話もありますが、本当かはわかりません。