宝石商ラドルマの幻想紀行   作:ほりぃー

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宝石にとらわれた心

 とある街に美しい女性がいました。その女性の名前をアンと言いました。

 

 砂漠の中にある街は貧しく、交易で人々は生活を保っていました。

 

 その近くにはオアシスがありました。アンは頭にターバンを巻いて、白いケープを羽織っていました。彼女は貧しい生活に嫌気がさすと時々街を抜け出すのでした。

 

 それは夜のことです。夜の砂漠はとても寒く、アンは体を抱くようにして歩きました。

 

 今日も嫌なことがあったのでしょうか。彼女は涙を流しながら一人さまよっていました。

 

 やっとオアシスにたどり着くとそこはしんと静まり返っていました。なんの音もありません。空を見上げると隠すもののない丸く美しい月がそこにありました。

 

 彼女はその月に手を伸ばしました。つかめるはずもないそれに精一杯手を伸ばしました。

 

 しばらくしてアンはひとり座り込みます。彼女には身寄りもなく、美しい容貌以外は何もありませんでした。彼女はオアシスの湖面に自らを映しました。

 

 ふと、水音がしました。

 

 誰かがオアシスの中にいました。アンには赤い髪をした女性と分かりました。

 

 長い赤い髪をおろして、水の中に体の半分を沈めています。それは幻想的な風景でした。

 

 ただアンはこんなに寒いのに、といぶかしく思いましたが彼女はなぜか歩いて近寄ってしまいました。

 

 すると赤い髪の女性の持ち物が置いてありました。服や靴とあとはぼろぼろの袋です。

 

 その袋からは宝石が零れ落ちていました。アンの目にその美しい宝石が映りこみます。彼女は手を震わせて手のひらに乗せてみました。きれいなルビーでした。なめらかに研磨された紅いそれを彼女は握りこんでしまいます。

 

 アンはその宝石に心を奪われてしまいました。そして彼女は袋を音をたてないように抱きしめました。息も声も殺すように唇をかみしめてゆっくりと、その場を離れていきます――

 

 

 とある街でとても羽振りの良い女性がいました。

 

 その女性はどこからかわかりませんが、宝石を持ってきては旅の行商人から商品を買いあさりました。大きな家を建てて、いっぱいの召使を雇いました。

 

 街には大勢の人が集まり、栄えました。

 

 その女性をアンといいます。いつも着飾ってきらびやかな衣装を着ていました。

 

 彼女は自ら彩る衣装を何着も、何十着も作りました。

 

 彼女は宝石をはめ込んだネックレスもイヤリングも指輪も、何もかもを用意しました。

 

 その姿を街中の人がほめてくれました。

 

 その姿を行商人たちはいつもほめてくれました。

 

 彼女はその言葉に気をよくしますが、途端に不安になってくるのです。彼女の部屋にはぼろぼろでどんどん宝石が出てくる袋がありました。いくらとっても尽きることがありません。すべての宝石を出しても翌朝にはまた袋の中は七色に輝いているのです。

 

 ただあの時みた「ルビー」がいつの間にかなくなっていました。どこを探してもありません。何度も何度も探しましたがとうとう見つけることはできませんでした。

 

 それはとても悲しいことでしたがアンにはもっと不安なことがありました。

 

 いつかこれを「あれ」は取り返しに来るのだろうか? その袋を抱いたままアンは恐怖に駆られました。

 

 そうなったら自分は捨てられる。アンは心の底からそれを恐れました。

 

 だから彼女は自分の屋敷を兵士で固めました。決して、決して赤い髪女を通さないように。街に入れないように有力者に申し入れました。

 

 有力者たちには宝石を渡すと誰でもいうことを聞いてくれました。

 

 そして彼女は毎日を着飾りました。どんどんどんどん自らを美しいとほめてくれるように、様々な衣装を整えて着て、そして捨てます。

 

 彼女は思うところはすべて宝石を渡して通しました。どんな人も彼女のいうことを聞いてくれました。

 

 みんなが美しいとほめてくれました。

 

 みんなが彼女のいうことを聞いてくれました。

 

 何もかもが彼女を肯定してくれました。

 

 ただ、その中で彼女は宝石を出してくれる袋を毎日必死に抱いて寝ました。恐怖で体が震えて、怖くて、怖くて涙が出てきました。これがなければ誰もほめてもくれないでしょう。肯定してくれないでしょう。

 

 そしてある日のことです。

 

 街に赤い髪の少女の商人がやってきました。その商人はラドルマと言いましたが、街の人々は「赤い髪の少女」を街から追い出そうとしました。

 

 その知らせを聞いたアンは一人耳をふさぎました。彼女のその様子をみて、周りの人々は「心配そうなふり」をして「やさしそうなこえ」をかけてきます。

 

 アンは泣き出しそうになりました。ほしいの? と言ってしまいそうでした。そして彼女は心配してくれた者たちに宝石を分け与えました。

 

 周りの者たちは笑顔になります。アンは笑顔に囲まれました。彼女にはみんなが、黒い、口だけが笑っている影のように見えました。

 

 その夜アンは一人自室でうずくまりました。耳をふさいで目をつむって「ああ、ああぁ」と嘆いていました。彼女はがたがたと震えていました。

 

 この屋敷も街も彼女のことをみんなが想っていました。それでも彼女はひとりぼっちでした。

 

 ――こんばんは

 

 アンはその声に顔を上げました。目の窓の枠に赤い髪の少女が腰かけていました。頬杖をついて案を見下ろしています。その瞳に案を映して、耳には金のリングとスカーフに頭にはターバンを巻いています。

 

 アンは悲鳴を両手で口を押えて抑え込みました。

 

 この日が、この時間が、やってきたのだと、全員から捨てられる日が来たのだと思いました。

 

 アンは言いました。

 

 ――ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 

 ――もうこれがないと私は、私は誰にも相手をされないの。お願いです。お願いです。どうか、どうか許してください。

 

 アンは袋を強く抱きしめました。

 

 赤い髪の少女、ラドルマは言いました。

 

 ――それはだめです。それは返してもらいます。

 

 アンは体中が硬直するような恐怖と、凍り付くような絶望に襲われました。彼女はただ「ごめんなさい」とつぶやき続けていました。

 

 ラドルマはしばらく彼女を見下ろしていました。それからポケットの中から宝石をとりだしました。それは紅いルビー。あの日アンを魅了したあの紅い石でした。ラドルマはその宝石を手の平に乗せてアンに見せました。

 

 アンはただ茫然とそれを見ていました。

 

 紅く美しい表面には自分の姿が映っていました。小さな宝石の中にアンは――

 

「ほら、このルビーの中にあなたは囚われているように見えませんか?」

 

 アンの姿はそのルビーの中に映っています。

 

 美しいそれを見たときからすべてが始まり、すべてが終わった気がしました。

 

 アンは手を伸ばします。自らの姿が映っているそれを、あの時に置いて行った心に。

 

「私を……返して」

 

 ラドルマはルビーを彼女の伸ばされた手に置いて両手で握りしめるように包み込みました。

 

「宝石に食べられちゃった心を取り戻せるかはあなた次第です。これはあげましょう……さあ、これからの人生に良いことがあるように祈っていますよ」

 

 ラドルマは月夜を背に笑います。その表情は見えず、紅い口が見えます。

 

 この少女は悪魔か、それとも別の何かなのかアンにはわかりませんでした。

 

 

 夜が明けました。

 

 アンは部屋で一人うずくまっていました。その胸元で両手に包み込んだルビーがあります。そしてあの袋はありませんでした。

 

 彼女はゆっくりと立ち上がりました。

 

 ……これから彼女は様々なものを失っていくでしょう。

 

 それはとてもつらく、悲しいことかもしれませんでした。

 

 彼女はそれでも大切そうに心を映した紅い宝石を握りしめていました。

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