くすんだ赤い髪の少女が歩いていました。
褐色の肌にきれいな瞳。頭の上には水を入れたツボをのせて、はだしで歩いていきます。
彼女は夕焼けのきれいに見える丘の上をすすんでいきます。オアシスで汲んだ水を彼女の家に持ち帰る途中でした。
オレンジ色の夕日が世界を染め上げていきます。彼女は細い足をわざと膝を曲げずに上げて、楽し気に歩を進めていきます。
その時のことでした。
少女は遠い空の光景に目を奪われました。
それはどれくらい遠くなのかはわかりません。ですが、雲の向こうにその影が見えました。
羽を広げた紅い竜。少女は口を開けたまま、危うくツボを落としてしまいそうになりました。しかし、すぐに顔を紅潮させて嬉しそうにぴょんぴょんとジャンプします。そのたびにちゃぷちゃぷと頭の上で水が跳ねました。
☆
少女は自分の村に帰ると「竜を見た!」とみんなに言って回りました。
彼女はそのうれしさを誰かに伝えたくてたまりませんでした。彼女は親や友達、近所の人々に伝えて回りました。
でも、誰も信じてはくれませんでした。
少女はとぼとぼと村のはずれを歩きます。空を見て、遠くに目をやっても竜はいませんでした。彼女はあの時の光景を思い出すたびに胸がどきどきするのでした。少女は胸を押さえて、顔を上げました。
少女は誰かに信じてほしくて竜の話を続けましたが、そのうち「うそつき」と言われるようになりました。
少女はうそをついていないと必死に言いましたが「じゃあ、竜を連れてきて」と言われるとうつむいて黙り込むしかありませんでした。
ある日少女はスカートの裾を握りしめてうつむいていました。
そのきれいな瞳に大粒の涙をためています。でも唇をかんで声を出すことはしませんでした。彼女の姿を見た、村の者はくすくすと笑いどこかに去っていきます。
少女は村の入り口でぼうとしていました。大きな石に腰かけてあしをぶらぶらと動かしています。彼女は何をするでもなく遠くの空を見ていました。
「こんにちは」
ふいに声を掛けられました。少女は「わっ。わっ」と慌てて立ち上がると声の方向を見ました。
そこにはターバンを巻いた赤い髪の女性が立っていました。耳には金のリング。そしてスカーフと色鮮やかなスカートをはいています。その手にはぼろぼろの袋がありました。
「えっと、あ、こ、こんにちは。……旅人さん?」
「ええ。旅の商人です。ラドルマといいます。この先のオアシスに行こうと思うのですが。今日は疲れたので、少し休めるところはないですか?」
「休めるところ?」
「そうですね。泊まれるところがあれば……ああ、もちろんお代はお支払いします。まあ、最悪眠るにいい場所があればそれでもいいですね」
少女は少し考えて、ぱっと明るく笑いました。
そしてラドルマの手を握りました。
「こっち!」
少女はラドルマの手を引いて走り出しました。ラドルマも赤い髪をなびかせて、苦笑しつつ着いていきました。
少女は自らの家のラドルマを案内しました。彼女の両親はラドルマを少し怪しみましたが、それでも受け入れてくれました。
少女はそのあとラドルマを連れて村のいろんなところを案内しました。
お花の咲く場所。
村の中で朝が一番きれいな場所。
村の祭りのときに使う広場。
ラドルマは少女の説明してくれるそれを興味深く聞いてくれたので、少女はうれしくてさらにいろんなところに連れて行きました。
ふと、少女と同じくらいの背格好の子供たちが通りかかりました。彼らは「うそつき」と遠くから叫んで逃げ出してしまいました。ラドルマは小首をかしげてききます。
「あれは何のことですか?」
「……あのね」
少女は一度上目遣いでラドルマを見ました。不安をにじませた表情にラドルマはやさしく微笑みました。それでほっとしたように少女は話し始めます。
「私ね……竜をみたの」
「へえ」
「オアシスから帰るときに……ずっと遠い空の向こうへ飛んでいく竜をみたの。赤い、焦げたような色をしてた……。でも、誰も信じてくれないの」
「そうですか」
「ねえ」
少女は振り向きました。さっき消えたはずの不安をにじませた顔。今にも泣きそうな顔をしていました。
「ラドルマお姉ちゃんは信じてくれる? 私、竜を見たの! ほんとうに、本当だよ」
「…………」
ラドルマは眼を閉じていいます。
「竜はどこに向かっていたのですか?」
「……知らない。どっか遠く。……でもいいなって、空を飛んでいけるのはうらやましいなぁって見てたの。旅をしてるお姉ちゃんなら知っている? 空の向こうって何があるのかって」
「空の向こう……そうですね。空はどこまでも広がっていましたよ」
ラドルマは眼を開けて、少女を見ます。
「…………さっきの話ですが、私は信じますよ」
ラドルマのその言葉に
少女はぽろりと涙をこぼしました。
それからとめどなく、大粒の涙が零れ落ちてきます。
「…………」
何度拭いても零れ落ちてくるしずくを少女は両手でこすって止めようとします。ラドルマは手拭いを懐から出して涙を包み込むようにゆっくりと少女の頬にあてました。
「私、嘘ついてないの。ありがとう。ラドルマお姉ちゃん」
「…………ほら、もう帰りましょうか?」
「うん」
ラドルマは少女の手を引いて帰ります。しかし、少女はとぼとぼ歩くのでなかなか進みません。だからラドルマはしゃがんで背中に乗るように言いました。
ラドルマは少女をおんぶして歩きます。夕焼けが世界を包み込み始めています。長い影が彼女たちについてきます。
「……ねえお姉ちゃん、竜ってどこにいるのかな」
「さあ、どこでしょうね」
「……私、いつか会ってみたいなぁ」
「会ってどうするんですか? 何かお願いでもしますか?」
「…………背中に乗せてもらいたいかな」
それを聞いてラドルマはぷっと吹き出してしまいました。少女が落ちないようにしっかりと足を持ってラドルマは彼女を背中に乗せます。
「そうですか」
少女は落ちないようにラドルマにしがみつきました。
「お姉ちゃんはいろんなところに行ってきたんだよね。ねえ、旅の話を聞かせてよ」
「……ああ、そうですね」
ゆっくり
夕日の中
ラドルマは話しました。
とある国の王様の話。
とある村の少年の話。
お祭りに参加したことも、
宝石を盗まれたこともあること
西洋の人間に出会ったこと、
砂漠の雨の話。
遠い草原までキャラバンと行った話。
ひとつひとつをゆっくりと少女に話して聞かせてあげました。少女はひとつひとつに怒ったり、喜んだり、笑ったりします。
少女は遠い空を見て言います。
「ねえ、お姉ちゃん」
「はい。なんですか?」
「世界って広いんだね」
「そうですね。とても広いですよ」
「私、やっぱり竜に会いたいな」
「それはなんでですか?」
「いろんな場所に飛んで連れて行ってくれるならいいなって……」
「………人間はね」
ラドルマは言います。
「短い命の中で歩き続けることができる。……きっと竜もそれをうらやましく思っているんじゃないですかね」
「そうかなぁ」
少女は夕日に目を向けました。
その瞳に世界を映しています。ラドルマは振り向いてその顔を見ました。
少女の瞳の美しさにラドルマは一瞬だけ、見とれてしまいました。
「まるで、宝石のようですね」
「え?」
不思議そうな顔で少女がラドルマを見ました。それに微笑みを返します。
ラドルマは歩いていきます。
少女を背負って。
長い道を、
優しい夕焼けの中を。
これにて終了です。ありがとうございました