つまりテイオーが好き
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前略。なんて学校の配布プリントみたいな言葉を少し使ってみた。まあこの場所的に間違ってもいないと言えなくはないし今から少し語ろうとも思っていたからそんな感じの言葉を選んでみたのだ
“家庭環境は子供に多大な影響を与える”
当たり前と言えば当たり前だ。子は親の背を見て育つ。逆に反面教師にする場合もあるが無関係なんてことはありえない。家庭環境が“人”をつくるのだ
何故そんな話をするのかって? それは俺の家庭環境がウマ娘のレースで賭け事をしていた馬鹿みたいな環境だったからだ。いやそれが幼い頃の自分は“普通”だと思っていた
そんな俺も今はこの学園でウマ娘のトレーナーをしている。その昔に賭けで勝つためのデータ収集をしようとトレセンを覗いていたら眼鏡をかけた爺さんに“坊主若ぇのにウマ娘に興味があるのか”と言われたのが事の発端
最初はどうもマセたガキだと思われていたみたいだが、それなりにレースやトレーニングの知識(賭けの為の)があったため本当にウマ娘の事を本気で見に来ている人間だと勘違いされたのだ。いや確かにウマ娘のことは本気で見てるけど、別にウマ娘のリサーチなんかしたくてしてるわけではなかったのだが、あれよあれよと中に連れていかれるわ紹介状書いてやるからトレーナーになれだと言われ今ここに居る
それでもやっぱり辞めようと思い、俺の胸あたりまでしか身長ないのにとても偉い学園長に直訴したら、“賭博! 賢い君なら分かるだろう? ”と言われ閉口した
何だろう……泣いていい?
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「トレーナー! 遊ぼ!」
「うん。トレーニングをしたら遊んでやるよテイオー」
「やだやだやだ遊んでからトレーニングするもん! それまでトレーニングしない!」
地団駄を踏んでトレーニングに抵抗しようとする光景はいつも変わらない景色だ。“これが私だけの景色”と言えなくもない。いったらスズカに涼やかな目線を送られるだろうが
「はいルドルフに言いつけます」
「あぁカイチョーの名前出すなんてずるい! チクリだチクリトレーナーだ!」
「ぶーぶー言わず走ってこい。軽くだぞ無理はするな」
「もぅわかったよぉ」
そう言ってコースに向かって走っていくトウカイテイオー。最強の呼び声高いシンボリルドルフに並び立つと言われる才能の持ち主だ。幾度の骨折を乗り越えた不撓不屈のウマ娘などと呼ばれているがその実態は甘えん坊の子供にしか見えない
まあそれでも有馬記念のテイオーを見て俺はデータ派から感覚派へ鞍替えしそうになったくらい影響を受けた。ウマ娘の感情や想いがレースに強い力を与えるという昔母さんが言っていたオカルトめいたレース予想を鼻で笑っていた俺からすれば土下寝するような事だ。それがあった故に完全なデータ派から感覚・感情論も取り入れたハイブリッドが今の俺のトレーニング方針となっている
「隣は空いているかい?」
コースの柵に肘をかけながらテイオーの走りを見ていると横から凄みのあるそれでいてゆったりとした声が聞こえてきた
「ルドルフ。生徒会は終わったのか?」
シンボリルドルフ。最強・絶対・皇帝・並ぶもの無し。様々な言葉で形容されているが要するにこのウマ娘は圧倒的な頂点にいる存在なのだ。ルドルフの出ているレースだけは賭けにならないので2着3着の予想をするという異例のルールが家で取り入れられていたのを覚えている
ちなみにこうしてふらりと俺のところに現れたりするが、ルドルフは賢すぎて担当トレーナーもほぼ放置なんだそうだ。指導せずとも相手を分析しレース展開を自分で組み上げるのでトレーナーも立つ瀬が無いのだろう。逆にルドルフにレースを教えてもらったなんて言っていたが……何それ怖い
「あぁ行事などがないと特筆した仕事もないのが生徒会さ」
「ならこんな所に居ずにゆっくり羽を伸ばしたらどうだ」
「ふふっそれもいいがここで2人テイオーの成長を見守っていると少し心が安らぐ気がするんだ」
「テイオーはそれほどまでに“特別”か?」
「あの時……目を輝かせて私を超えると言っていた少女が夢やぶれて、それでも倒れず立ち上がり奇蹟を起こしたんだ。素直に感動もするさ」
遠い目だが確かにそれは温かな目だった。普段の覇気からは想像もできないほど柔らかい表情で少し見惚れるというか目を奪われてしまった
「母性に近い感情を抱いているんだな」
「それなら君は父性を抱いているのではないのかい?」
「ははっ父性というよりガキのお守りだよ。あいつは凄いがまだまだ子供だ。大人が導いてやらないと」
才能を磨くも潰すもトレーナー次第だが、まれに才能自身が己を食い潰すことがある。それを防ぐのは俺たちトレーナーしか出来ないことなのだ。ウマ娘のトレーナーはだからこそ難関な試験を突破した人間にしかなれない
「トレーナー君もまだ若いじゃないか。一般的には大学でまだ学生をしている歳だろう?」
「いいんだよ働いてるから大人で。着順判定みたいに明確なものなんてそんなに世の中にはあるわけでもないし線引きなんていつも曖昧なもんさ」
不真面目なものが1位を取ることもある。荒れたバ場を駆け巡って1位をもぎ取るやつもいる。世界とは完全には出来ていない。その逆もあるということになる
「あ! カイチョー! おーい!」
「テイオー! 集中だ集中」
「ぶートレーナーのケチ」
「あまり長居してはトレーニングの邪魔だろう。お暇するよ」
柵から手を離し背を向けてここを去ろうとするルドルフを俺は引き止めた
「ルドルフ」
「何かな? トレーナ君」
「またな」
「あぁまた」
この時間が生徒会やレースの息抜きになるというのならいくらでも付き合ってやりたいと思う。皇帝として先頭を走り続ける苦しみ、ルドルフが抱えている重責というのはおそらく計り知れないものだろう。だからこそ毎回こうして“また”と言って別れるのだ
「遊ぶ!」
「終わったのか?」
「ボクにかかればこんなトレーニングちょちょいのちょいだよ」
腰に手を当て胸を張るテイオーの身体をくまなく見るが異常は無さそうだ。もう二度とテイオーが泣いている姿を見たくはない。だからこそ俺は万に1つもその不調を見逃さないようにしているのだ
「痛みや違和感はないな」
「うん!」
「よしダウンで一周したらあがるぞ」
「わーい! カラオケ・ボウリング・散歩にご飯だー!」
「待て待てそんなに遊べるわけないだろ。せめてひとつに絞れ!」
元気がありすぎるのも考えものだな。無理させないようにするのは重要だけどこうもパワーで振り回されるともうちょっと疲れさせた方が良かったかなんて考えが冗談だが頭をよぎる
「しゅ〜りょ〜!」
「お疲れさん」
「〜♪」
「ご機嫌だな」
「だってトレーナーと遊ぶの楽しみだもん!」
「そうかそうか俺はトレーニングの方が楽しいと思うぞ」
トレーニングすれば筋力がつくし柔軟性もあがるし神経系の伝達速度もあがるからメリットしかない。ほらその字面だけで楽しそうだ
「それはない」
「あってくれ頼むから」
「遊ぶトレーニングならいくらでもするよ?」
「トレーニングに遊びねぇ……閃いた!」
今、俺は電球を閃いたエジソン並の頭脳をしているのではないかと思ってしまった
「……?」
「テイオーさっきカラオケ行きたいって言ってたな。よし行くぞ!」
「うん! いくいく!」
少し足取りが軽やかになったのか跳ねるようにして歩くテイオーの背をゆっくりと追っていくのだった
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「トレーナー……」
「何だテイオー。はいそのポーズでキープ」
「カラオケでこんなことするなんて聞いてないよぉ!」
体幹を鍛えながらボーカルレッスンできるなんてカラオケという施設は神なのかもしれない
「ライブの練習だ。遊び×トレーニングだぞ」
「確かに歌ってるけどなんか違う!」
「よし最後に通しだ」
「恨む」
「トレーナーはそういう職業だ」
みっちり2時間歌い上げたテイオーは最初は不服そうだったがポーズをぴっしり決めたり止めるところは止めたりを意識してダンスをするのを少し楽しいと思ってくれたのか最後はノリノリでダンスをやっていた。最後にお疲れさんと喉に良いのと疲労回復のためにはちみーを渡してあげた
「疲れたからおんぶしてよトレーナー」
「ん」
多分断ってもジャンプして乗っかかってくるからじゃあ最初からやってあげようと屈んでテイオーをのせてあげた
「やったぁ!」
「そういや足を折った時以来だなこれは」
「傷ついた時にこれしてもらうと落ち着くんだ」
「つまり今テイオーは傷ついてるのか」
「ものすごい詐欺にあったから」
はてどんな詐欺だろうか。まったくうちの可愛い娘を騙すなんて風上にもおけないな
「酷いやつもいるもんだ」
「それでもね最後には優しいんだ。ねぇトレーナー」
「何だ」
「なるべくゆっくり帰ってね」
「門限までだぞテイオー」
トレーナーのヒミツ
テイオーに対する認識は近所のガキンチョ扱い