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「ライスって可愛くね?」
でかい独り言を木陰のベンチに座りながら吐いた。いやまあ独り言と言いつつこれは心の底より思っていることなのだがライスは可愛すぎると思う。頭撫でたらちょっとぷるぷる震えながら尻尾振ったりするし、きゅーっとお腹鳴らしながらラ、ライス少食だよ? と言ってたからいっぱい食べて7頭身のモデルみたいになって欲しいなぁって言ったらや、やっぱりライス大食いだよ! って言うしなんというか純新無垢というかもう可愛すぎて────「どういうことでしょうかマスター」
冷ややかで無機質な自動音声のような声。いや今日はそれと比べて一段と低いかもしれない
「ブルボン……いたのか」
「はい。マスターを見かけたので声をかけようと」
「ちなみに今の聞いてた?」
何となくブルボンなら誤魔化せるような気がする。ほら意外と抜けてるとこあるし
「はい。ライスさんのことを可愛いとおっしゃっていました」
「……」
「……」
「まあ独り言だから気にするな」
「マスターがそうおっしゃるなら」
ミホノブルボン。俺が完全なデータ理論以外のトレーニングを1番最初に指導したのはこのミホノブルボンだった。最初に見た時は短距離マイル向きだと思ったが“クラシック三冠”を取るという強い意志があり、じゃあ地獄を見るけどいいか? と言ったらそれで三冠をとれるならとブルボンは言ったのだ
「調子はどうだ」
「はいマスター。体調は概ね回復しています。また脚に関してもドクターから炎症はかなり引いたと聞いています」
強烈な坂路トレーニングの反動だろう。ブルボンの脚には炎症が出ていた。トレーナーを名乗りながらウマ娘の体調管理も出来ないのかと悔やんだがブルボンは平然と“これはイカロスから続く高望みの因果です。マスターの責任ではありません。”とすっきりとした表情で俺にそう言っていた
しかしウマ娘にとって脚は命にも変えられないものだ。今無責任に指導をしたり走れと言うことは俺にはできない
「今日もレストな」
「レスト。了解しました」
「寮で休んでゆっくり……」
「マスター」
「何だ」
「先程の話の続きなのですが」
いつもは俺がなんか言ってそれをブルボンが聞いて返答するピッチングマシン的な会話のキャッチボールをしてるからこうしてブルボンが話を掘り返すようなことは非常に珍しい。なんだ今日槍でも降ってくるのか
「うん」
「ライスさんが可愛いとはどういうことでしょうか」
「それはライスの可愛さを聞きたいのか俺がライスを可愛いと言ったことに何か言いたいのかどっちなんだ」
「……問題を整理。私は世間一般的に見て充分可愛いといわれる範囲にいると断定します。それなのに私はライスさんのように可愛いと言って貰えたことがありません」
いつもの通り声のトーンは一定だが分かる……少し怒っているといったところか。まあそうだなブルボンも普段は感情に起伏のないような行動や言動してるけど年頃だし俺が他の娘に可愛いと言ってて自分には言ってくれなかったら少しは嫉妬するってもんだ。むしろブルボンがこうして感情を表に出してくれて嬉しいとすら思うよ
「あぁなるほど。ブルボンも可愛いよ」
「はいマスターありがとうございます。それではレストのオーダーを今より実行します」
「うんお疲れブルボン」
しかしそれにしても珍しいことをするな……ブルボン。普段とあまりに違うことされるとめちゃくちゃ心配だ。レストにしたけど少し俺が付いた方が良かったか?
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「あ、ブルボンさ……か、顔真っ赤だよ!? お熱あるの?」
「ライスさん。少し頭がショートしているだけなので問題ありません。アーカイブにタグ添付……」
間違いなくマスターからのあの言葉は希少です。ボイスレコーダーがあれば良かったでしょうが生憎私はその手の機械が苦手ですのでこうして覚えるしかありません
「あのあの心配だから風邪薬買ってくるね……?」
「いえ必要ありません。マスターよりレストのオーダーを命じられていますので」
「お兄さまから? それなら大丈夫かなぁ……」
先程の言葉が頭にリフレインする中目の前のライスさんをじっと見つめます。黒く艶やかな髪に長いまつ毛がクリっとした瞳に磨きをかけ蕾のような唇は薄紅色に光っているように見えます。なるほど……
「……」
「……な、なんでライスのことそんなにじっと見つめるの……? お顔に何かついてる……?」
「確かにライスさんは可愛いです」
「ふぇ?」
「マスターがおっしゃっていました」
「……えぇお兄さまが!? ライスドジだし運も悪いしちっこいし……可愛くなんて……」
「ですがマスターによく頭を撫でられているのを見かけます」
……
「お兄さまライス頑張ったよ!」
「おぉ偉いぞライス」
「えへへ」
……
「頑張ったよって言うとお兄さまが撫でてくれるから」
「なるほど……マスターに頑張りを報告しないとそれは貰えないと」
アーカイブにタグ添付して記録。……? マスターのなでなでが自身の生命維持活動になんら影響をもたらさないことを理解しているはずですが。しかしその“理解”とは裏腹に私の身体がそれを欲しているのかレストのオーダーがあるにも関わらずマスターの元へと脚が動きそうになっています
「お兄さまの手はね? すごく大きくて安心するんだぁ」
「……しかし今私には頑張ることが出来ません。マスターからのオーダーはレスト。これをかいくぐって“頑張る”をしなくてはなりません」
「ブルボンさん。お兄さまはきっとブルボンさんの頑張りは見てくれてるから後は素直に言うだけだと思うよ」
「……目的地を変更。ライスさんこれにて失礼します」
「あ、うん! さようならブルボンさん」
……
……
「マスター」
「あれ? ブルボン何してんだ」
5分もしてないのにブルボンが戻ってきたんだがレスト短すぎないか?
「肩をお揉みします」
「え? いやレスト……」
「脚のレストに手は必要ありません」
「えぇ……」
トレーナーの俺が押し切られるのもどうかと思ったがあまりにブルボンの目が真剣なのでついつい受けてしまった。そんなに肩を揉みたくなるなんて俺は肩が凝って仕方ない年寄りに見えたのか……
「どう……でしょうか」
「うーん気持ちいい」
日頃の疲れが取れていくようだ。というかブルボンみたいな娘にやってもらってるというのも大きいのかもしれない。将来子どもが出来たらこんな感じなのかとそんなことを思ってしまった
「父にもこうして肩もみをしていました」
「うんうん」
「えらいと思いませんか」
「えらいえらい」
軽く夢心地でやばい寝そうだ。暖かな木漏れ日と肩もみに葉を揺らすような風が三重奏で俺を寝かせようとしてくる
「……」
「どうしたブルボン?」
「マスター」
「ん?」
「私はマスターのお役に立てているでしょうか」
「うん。ブルボンはよく頑張ってるよ」
「では……」
「わぴゃあ」
「ライス!? おい変な声したけど大丈夫か?」
ジャーキングかの如き飛び起きで覚醒した俺は急いでライスに駆け寄る。いしに躓いて転んでしまったようだ。擦り傷などがないか確認し砂埃をはたいてあげた
「……」
「お兄さま私はへ、平気。それよりブルボンさんがさっき少し頭打っちゃったみたいで良かったらその……撫でてあげて」
「お、おうそうかライス。……ブルボン」
「マスター……」
「そういうことなら先に言え。ほら」
ブルボンの頭を傷に触らないように優しく撫でた。一応撫でながらこぶになってないかを確認したがそこまで強く打ったわけではないようだ。まあさっきの一連の行動が頭打ったからって分かってむしろ良かったと思える
「……ふふっブルボンさん良かったね」
「はいライスさん」
「保健室行くか?」
「いえこうして撫でてもらえば痛みが引くかとマスター」
ブルボンの顔は下を向いていて見えないが尻尾が揺れているから少なくとも悪いわけでは無さそうだ。しかし……視線を感じね? なんか見られてるような睨まれてるよう気がするのは俺の気の所為と思いたい
トレーナーのヒミツ
多分ライスが可愛い生物ランキング上位に入っている