ウマ娘と過ごす日常   作:アドミラルΔ

5 / 6
グラスワンダー

 ──────

 

 待ち合わせに待たせまいと早く出たつもりが野暮用で遅くなってしまった。有り得ない事だと思うが遅刻していることを祈り雑踏の中をすり抜けるようにして駆け目的の場所にたどり着く。人が溢れる街中にいて尚際立つ一輪の花グラスワンダー。彼女と待ち合わせていたのだ

 

「すまんグラス。遅れた」

「遅れた理由は聞きませんが綺麗な娘と手を繋いでいらっしゃいましたね。トレーナーさん」

 

「あぁあの娘は道に迷ってた迷子の娘でさ。不安だから手を握って欲しいって言われて手を繋ぎながら送り届けたんだけど……見てたのかよ」

 

 地方から来たのか名前の知らない子だったけど可愛い感じの子だった。涙目で手を繋いでくださいとか言われるからもう俺に春が来たのかと舞い上がっちゃったね。そんで送り届けた後時計みて心臓が握りつぶされると思った。死を覚悟してここに来たし

 

「はい。それはもう随分と綺麗な娘とデートしてるんだなと」

 

「いや違うから」

 

「私との買い物を遅刻までしてうわk……コホン。女の子の品定めなんて随分と艶福に恵まれているんですね」

 

「ちげぇって」

 

 手を繋いでるだけでデートならフラワーともデートしたしマヤともターボともデートしてる。テイオーとマックイーンに憧れてた子供(チビ)達とも繋いだからめっちゃデートしてる。犯罪では? 

 

「では私とも繋げますよね? 迷える私を導いてください」

 

「え?」

 

「あの娘とは繋げて私とは繋げませんか?」

 

 まずい……俺の心の中のエルが”グラスが迷子で不安になるわけないデース! ”って言ってる。合ってるぞ俺の心の中のエルよ。サムズアップだけで返事をしておいたがエルも分かってくれたようだ

 

「それともなにかまずいことでも?」

 

 思考が読まれるあたりグラスの俺に対する理解度は深い。意外と根に持つタイプで出会った頃に俺がやったことをそのまま返してきてるのかもな

 

「まあまずい事は無いけどさ」

 

 右手を差し出すとグラスも手を出してくれた。男性から手を出して女性がそれに手をのせる。その舞踏会でよく見る光景をこうした日常でしてしまい少しこそばゆい気持ちになる

 

「ふふっありがとうございます」

 

 確固たる芯とは真逆のたおやかで柔和な笑み。グラスワンダーという娘の魅力はまさにこの対極にある不退転の覚悟と大和撫子のような奥ゆかしさと言える。こうして握ってみるとあれほどの走りをするグラスの手は柔らかく小さく感じ、肌と肌が触れ合って熱を持ったのか手にはじんわりとした感触があった

 

 

「イテテテテテテテ」

 

 次の瞬間には右手がジュースを絞った後のフルーツみたいになっていた。怒らせると怖いウマ娘ランキング堂々一位(エルコンドルパサー調べ)のグラスだがここまで怒るのは珍しい。なんかしたっけ? だいぶ前に不可抗力で着替え覗いたことをまだ引っ張られてるのなら俺もうグラスに近寄れないんだけど

 

「グラス。喉乾いたのなら言ってくれたらいいのに」

 

「私はトレーナーさんのジュースが飲みたいわけではありませんよ?」

 

「じゃあなんで俺の腕がセルに吸い取られたピッ〇ロの腕みたいになってるんだ」

 

「申し訳ありません。少し力を入れすぎてしまいました」

 

「ったく気をつけてくれよ。バイクみたいなスピードで走るウマ娘の筋力なら本気で握られただけで俺もさすがにおっちんじまうんだからさ」

 

 仙豆を食べて回復した俺は改めてグラスの小さな手を握った。人肌よりも代謝が高いウマ娘特有の温かさに手汗をかいてしまうかとひやひやしたがさっきのトラウマがあってか汗腺はきゅっと閉じていたようだ

 

 

「で迷えるグラスはどこへ」

 

「日用品などを買いに行きますのでショッピングモールに行きましょう」

 

「分かった。でもここからだとちょっと距離あるな。タクシーに乗った方がいいか」

 

「いえこのままで行きましょう」

 

「え? このまま?」

 

「何かご不満なことでも?」

 

「いやここトレセン近いしバレたら」

 

 バレたら刈られる。クビになるのはいいけど逮捕(クビ)はまずいからな。いやこの場合は手首か? なんて落語家みたいなこと言ってる場合じゃない

 

「あの子は良くて私はダメなんですね。着替えまで見られたのに」

 

「分かった。分かったからそこに着くまでな」

 

「は〜い」

 

 最初は機嫌悪いかなって思ったのに随分と機嫌がいいなグラス。尻尾がふりふり揺れてるし、にこにこしてる。でも一つツッコミたいのはなんか指全部絡められて握られてんだけど何で? 

 

 ……

 ……

 

 ショッピングにそういうリュックはどうかしら……はキングちゃんの談。私はあまり可笑しいとは思わないけど他の四人からは不評だった。五人で買い物をする約束が急遽四人になったのはグラスちゃんが急用が出来たから。いつもなら絶対に約束を守るグラスちゃんがそれをキャンセルしてまで用事があるって何があったんだろう

 

「あ! トレ……んむぅぅ」

 

「ちょっと声を出さないで!」

 

「グ、グラスちゃんとトトトトトレーナーさんが手つなぎデートしててててます」

 

 “どうしても外せない用事が出来てしまったんです〜”って言ってたけどもしかして急用ってこれだったの? そんなぁ〜トレーナーさんと出掛けるならみんなを誘ってくれたらいいのに。何か理由でもあったのかなぁ

 

「はぁ風が気持ちいいなぁ……ははっ」

 

「スカイさんも遠い目してないで! 追うわよ!」

 

「エル閃きまシタ。きっとトレーナーさんはグラスに関節を極められているはずデス。あれは手繋ぎに見せたグラスの制裁に違いありません!」

 

 確かにトレーナーさんを見るグラスちゃんの目は綺麗でそれでいて業火のように燃えている時がある。今は業火じゃなくて綺麗な方の目だから制裁じゃないと思うんだけどなぁ

 

「やっぱりそうだよねぇ」

 

「でもグラスちゃんの尻尾はブンブン揺れてます」

 

「雲きれー」

 

「このキングを差し置いてデートなんて許さないんだから」

 

「グラスは先行策も得意。エル達はまんまと出し抜かれたわけデース」

 

「あのあのこっちみて微笑んでます。グラスちゃん凄い笑ってます」

 

 トレーナーさん曰くグラスちゃんの笑みには“危険” “ヤバい” “面白い”に分かれていて危険の笑みだとそれはそれは恐ろしいことが起こると……それを聞いていたグラスちゃんの笑みは“修羅”だった。あの後何が起きたかは私は知らないですけどトレーナーさんはそのことを語ろうとしてくれません

 

「気づかれてたのね。しかもあの笑みはこちらを」

 

「完全に煽ってます! エルもう我慢できません!」

 

「にゃはは。じゃあ面白いことしようよ」

 

「セイちゃんいつの間に復活を」

 

「よくよく考えれば手くらい誰でも握ったことあるしそんなに焦るほどのことでもないよねぇって気づいたからね」

 

(手くらい誰でも握ったことあるって本当なのかしら……ということはここにいる全員トレーナーの手を握ったことがあるということ? 婚姻前の淑女が男性と手を握るってどういうことか分かってやっているの? まあこのキングはエスコートされたことがあるから一番なのだけど)

 

(エルは手どころか一緒に寝たこともありマス。グラスは勝ち誇っていますがエルの方が一歩二歩リードしているのは紛れもない事実! 何ならグラスよりエルは優しいし勝てるチャンスしかありません!)

 

 私も手を握ったことはあります。えっと……あとはトレーナーさんに抱きつかれたりおぶってもらったりトモを触られたりしました。でもその時は思わず後ろ蹴りをしてしまいました。ごめんなさいトレーナーさん

 

「でも面白い事って?」

 

「ワカリました! まずエルが左手を担当してセイちゃんがおんぶスペちゃんが肩車してもらってそのトレーナーさんをキングちゃんが肩車すればトレーナー号の完成デース!」

 

「どうして私が下なのよ!」

 

「おぉ凄いです!」

 

「いやーそういうことも面白いけどさ。私が考えたのはグラスちゃん嫉妬自爆作戦だよ」

 

「嫉妬自爆作戦?」

 

「そうそう。グラスちゃんもあぁやって見せつけてるけどあれ以上踏み込むと恥ずかしいと思うんだよねぇ。だからメッセージで私たちが持ってるグラスちゃんが羨ましく思うような写真を送って行動を起こさせようって作戦だよ」

 

 羨ましい写真……にんじんタワーケーキとかにんじん布団ハンバーグとかの写真かなぁ。でもでも全部写真に撮る前に食べちゃって食べた後にあぁ食べちゃった! ってなるんだよね。うぅ……撮っとけば良かった

 

 

「素晴らしい作戦デス! でもて、手繋ぎより上となればキスとかデスか」

 

「写真なんてあったかしら? 私あまりそういうことはしないのだけど」

 

「シチュエーションの自慢でもいいんじゃない? セイちゃんは芝生でトレーナーさんと添い寝しましたし(間隔一メートル半)」

 

「あ! エルは抱きついたこと(チョークスリーパー)あります!」

 

 みんな添い寝したり抱きついたりトレーナーさんと仲良いなぁ。私はよく撫でられたりするけどそれって食事制限を頑張った時とかだしみんな普通の時にそんな事してるのかなぁ。何だか胸がチクチクする

 

「わ、私だって……一流になる権利をあげたわ!」

 

「スペちゃんは!?」

 

「何かあるのかしら!?」

 

「言ってみせなよ。ほらほら」

 

「わ、私にはそんなの……お母ちゃんにトレーナーさんを彼氏に間違われて恥ずかしかったことならありますけど」

 

 ダービーの後にトレーナーさんが実家に来てくれたんだよね。その時にお母ちゃんが勘違いしてか、彼氏を連れてきたと思って赤飯炊いたり祝言の話したり顔から火が出そうになりました。うぅ今でも恥ずかしい

 

「なっ」

 

「親公認とはスペちゃんこそ真の敵でしたか」

 

「敵なんてそんなことないよ」

 

「ちょっと! グラスさんからメッセージが」

 

『尾行するのは結構ですがあまり騒ぎすぎないで下さいね』

 

「見透かされてるね」

 

「ただ黙って見ていろという訳デスね」

 

「屈辱的だわ……!」

 

「みんなレースの時より怖いよぉ」

 

 ──────

 

 ショッピングモールについて手は離した。その時に1mmくらいグラスの眉尻が下がったような気がするけど多分俺の見間違いだろう。だってグラスは痛くなるくらい手を握ってたし緊張してるのだけは伝わってたからな。はぐれない意味で手を握るのは効果的だけど俺の手犠牲にしちゃったよ。貴重な仙豆が消えていく

 

 

 カートを引き、並んで歩くと珍しいのか奇異な目で見られる。まあグラスってめちゃくちゃ綺麗だし視線を集めるのは不思議じゃないがこうもちらちら見られるとあまりいい気分ではない。グラスも周りを気にしてるみたいだしな

 

 

「グラスやけに後ろを見てるけど曲者にでも追われてるのか?」

 

「まさか私は武士ではありませんよ」

 

「いやいや」

 

「ありませんよ?」

 

「はい」

 

 怖い。笑顔なのに怖い。少し前に俺優しい子好きなんだよなぁって言ったらそれを聞いてたライスは“ライス優しい子だよ”って言ってたし何処からか聞いてたスカーレットもその日は大人しかった。でもグラスだけは一日中にこにこしてたんだよな。怖かった。あの日が一番死を実感した日だったよ

 

「トレーナさん。この柔軟剤はとても良い香りがするんです」

 

「そうなのか。でもまだ切らしていないしな」

 

「次はこれにするということで買っておきませんか?」

 

「まあ買っていても損は無いけど」

 アレグラスチャントオナジジュウナンザイ

 ココニキテネラッテキタワネ

 

「え? なんか聞こえた?」

 

「いえ何も」

 

「うーん気のせいか」

 

「はい。気のせいです」

 

 なんか幻聴でスペとかキングの声が聞こえたんだよな。俺疲れてるのかな。さっきから視線も感じるし俺ほんとにどうしちまったんだ。気でも感じられるようになったのか

 

「そういえばトレーナーさん。作り置きの料理はまだ残っていますか?」

 

「あぁ俺の生活を気にしてみんな作ってくれるから冷蔵庫パンパンにあるよ」

 

「そう……ですか。ジャンクフードやインスタントの料理ばかり食べていたトレーナーさんを叱っていた頃が懐かしいですね」

 

「そうだな。グラスによく医食同源だって言われてた」

 

「そんな事無いようまた作りに行きますね」

 

 最近は料理の方程式のH(ヒシアマ)N(ネイチャ)G(グラス)が組まれてるからな。他の娘が作りに来てくれることもあるけどこの三人が特に多い。俺からしたら三女神より女神だよ

 

「いやでもそろそろ濃い味付けの雑な料理(ジャンクフード)が恋しいと言いますか」

 

「あら? 煮物などの作り置きはお気に召しませんでしたか?」

 

「そんなことは無いです。とても美味しかったです」

 

「それは良かったです」

 

 胃袋をとてつもない握力で握られている。グラスに対する料理の感想はそんな感じだ。作ってもらってる立場だし実際に美味いから文句は言えない。いや文句言うところもないんだけどな

 

「実際グラスの旦那さんになる人は幸せ者だと思うよ」

 

「褒めても何も出ませんよ?」

 

「事実だからな」

 

「ふふっらしいですよ?」

 グヌヌヌエルタチニキコエルヨウニイウナンテ エルモカライリョウリツクレルノニ

 ニャハハグラスチャンノソトボリノウメカタスゴイナァ

 

「え? らしいですよ?」

 

「何でもありません」

 

「? まあいいけど」

 

「でも私たちが目を離すと身体に悪い料理ばかり食べるのでトレーナーさんはきちんと管理してくれるお嫁さんを迎えるべきですね〜」

 

「管理してくれるって一応俺トレーナーなのに大丈夫かそれ」

 

 それ逆じゃね? 前に聞いたけど樫本理事長代理は料理メニューのカロリー計算までトレーニングに組み込んでるらしいが俺にはそんなこと出来ないし

 

「はい。三食をバランスよく作ってくれて程よく旦那さんを立ててくれる奥さんです」

 

「……フラッシュか」

 

 殺気!? しかも四人だと!? え? 四人ってどういう事? 

 

 

 しかも合ってるはずのに恐怖に晒されるって何でなんだ。フラッシュは一分一秒単位でスケジュール組むし料理も量り使って作ってるからマジで適してると思って言ったんだけどな

 

「トレーナーさん」

 

「はい」

 

「ピーマンお嫌いでしたよね」

 

「……はい」

 

「ピーマンのピーマン詰めでも召し上がりますか?」

 

「勘弁してもらえると助かります」

 

 ピーマンのピーマン詰めってそれピーマンでは? βカロテン云々の話は理解してるけどあの青臭い緑の野菜だけはどうしても食べられないんだ。青椒肉絲くんも流れ弾に被弾して食べられないし、パプリカを聴くとやる気が一段階下がる。だから辞めてくれ

 

「エルもう我慢できません!」

 

「ちょっとエルちゃん!?」

 

「あれエルとスカイ? 何してんだ」

 

 向こうの棚からエルとスカイが生えてきたんだけどここウマ娘の栽培でもしてるのかな? 

 

「ご、ごめんなさーいトレーナーさん」

 

「わ、私は一応止めたわよ」

 

「スペとキングもか」

 

 やっぱり合ってるかもしれない。なんだウマ娘が生えてくるなら言ってくれたらいいのに。そしたら“撫でて撫でて”って言ってくるロリっ子を連れて帰れるじゃん。もれなくお巡りさんもハッピーセットだけど

 

「あらあら皆集合してしまいましたね」

 

「トレーナーさん! もったいぶってますがグラスはトレーナーさんの事が」

「エルー?」

「ひっ!」

 

「いや〜なかなかの夫婦漫才ぶりでしたねぇ」

 

「スカイの言ってる意味は分からんが、みんな俺達のこと見つけてたのなら早く声掛けてくれたら良かったのに」

 

 何で声掛けてくれないんだよ。あれもしかして俺の事避けてる? 学生時代にプライベートで教師に会うと気まずいからなんか知らないけど避けるやつ? 何それ辛い

 

「二人で仲良く買い物してるから邪魔しちゃ悪いと思ったのよ」

 

「あれあれキングちゃんが一番掛かりそうになってたのにぃ?」

 

「そ、そんなことないわよ!」

 

「ふふっ皆さんも“同じ”だと思いますが買い物一緒にしますか?」

 

「「「……」」」

 

「わぁ! いいの!? グラスちゃんと一緒に買い物したいと思ってたんだぁ」

 

「……本当にスペちゃんは素直で良い子ですね。見習いたいくらいです」

 

「へ? 素直?」

 

「まあグラスとスペを混ぜたらグラスの怖さが中和されてぇ!?」

 

「トレーナーさん。手を繋いでも宜しいでしょうか?」

 

 手を握るなら先に言って欲しかったよ。だって事後報告されてるもん。見て俺の右手。シワッシワだよ? 米寿超えたおばあちゃんだってこんな手してないぞ。さっきグラスが嫁さんになったらの話したけどグラスが婆さんくらいになった時は家に抜きみの薙刀が飾ってあって普段は優しいけど怒るとそれを抜くっていう何処かで見たような光景が鮮明に浮かんできた。俺映画監督に転職できるかもな

 

 

 グラス is 怖い

 

 

 これテストに出るから

 

 

 ─────

interlude

 

 トレーナーさんの印象は最初あまり良くはありませんでした。やる気ななくただ惰性で続けているトレーナー。それは“覚悟”がないという事。そんな人に私達ウマ娘の命ともいえる脚を預けられるのかと思っていたからです

 

 

 だから私は担当トレーナーは実績のあった女性トレーナーにしようと考えていました。その人に選抜レースで見初められればクラシックやグランプリを狙えるほどに育ててくれると考えたから。そんな時にトレーナーさんと出会いました。ノートに奇妙な印を打ちながら私たちのレースを見ていたから不思議と声をかけてしまったのです

 

「逃げでスタートと上がりも悪くない。二重丸だな。一着固定にして後は二番と五番からいくか」

 

「あの……その番号が書かれた矢印とマークは何ですか?」

 

「ん? 君はグラスワンダーだな。これは俺なりの展開予想だよ。脚質・スタート・上がり・スタミナ・パワーなんかをトレーニングから予想してレースにはめ込む。そうすれば当た……誰が来るか読めるってわけだ」

 

 信じられない。トゥインクルで活躍する一流のウマ娘ならまだしもこんな選抜レースでレースの予想をしたところで“当たるはずがない”。噂通りやる気のない巫山戯たトレーナーとはやはり真実だったようですね

 

「トレーナーはそんな事をして遊んでいるだけで給料が貰えるんですか?」

 

「おっ遊んでいるように見えたか。それなら賭けるか?」

 

「はい?」

 

 思わず出てしまった素っ頓狂な声。私はそれを隠すように手で覆い笑顔で感情に蓋をします

 

「お前が出る最終選抜レースの予想をしてそれが的中したら俺のチームに入ってもらう」

 

「では外したら?」

 

「何でも望み通りにしてやるよ。それこそ辞めるでもな」

 

「分かりました」

 

 よほど自信があるんですね。こちらにかなり有利な条件での勝負ですが私が意図して順位を下げることを考慮しているのでしょうか。いくら選抜レースであってもその類の話は聞かないわけではありません。しかし言い切ったあたり“覚悟”は出来ているようですね

 

「不正が出来ないようにお前には予想を伝えない。予想を入れた紙を封にいれ割印をする。レース後に開示。それでいいか?」

 

「構いません」

 

 …………

 ……

 

 引く手あまただった私をこの人は“先約があるので”と引っ張ってきました。それでみな閉口していたのを見てそれなりに認められてはいるんですねと少し考えを改めます

 

 

「落ち込んでいるとこ悪いが結果発表するぞ」

 

「私は……」

 

 胸元から取り出された封筒。すり替えてはいないみたいですね。しかしそんなことはどうでも良くあのレースの問題点を早く洗い出したくて、この場から早く立ち去りたい気持ちが私を支配していました

 

「えっと一着……二番」

 

「私が一番ではないんですか!?」

 

 信じられません。自惚れだとは思いますがあの場でスカウトするほど目にかけた私を一着の予想にしなかったなんて。目を見開いて紙を確認し間違ってはいない事を確かめます。一着二番と書かれている紙は私の手の震えでカサリと音を立てました

 

「そして二着が三番。つまりお前だな。三着は五番だ」

 

「何故私が敗れると予想したんですか」

 

「理由は二つ。コースが荒れていた事と中段で控える娘が多かったことだ。それであの展開を予想した。よろけるとは思わなかったけど内側を避けて斜行する可能性もあったからな」

 

「何故」

 

「なぜなぜってそんななぞなぞしてんじゃねぇんだぞ“グラス”」

 

 手を握られ困惑します。所謂握手という形ですがいきなりされてビックリしてしまったのです。それに握手というのはお互いの同意が大事で一方的にするものでは無いとアメリカ生まれながら思うからです

 

「これから俺たちはチームだ。よろしく頼むぜ?」

 

「貴方は辞めようとしているはず。私をスカウトしなくても」

 

「あぁまあ俺はウマ娘のレースを見るのが好きなんだよ。一気の豪脚・大逃げ・コーナーからの捲り。全部見てて気持ちいい。そんな人々をあっと驚かせるスターの走りがお前なら出来る。第一俺は辞める辞めるとは言ってるが本気じゃないとは言ってないからな。お前らに最高の夢を見せたいし俺も見たいんだよ」

 

「こんなヘンテコなスカウトをされたのは初めてです」

 

「嫌か?」

 

「いえいえこれからよろしくお願いしますね? “トレーナーさん”」

 

 

 トレーナさんはご存知ないかもしれませんが私とっても負けず嫌いなんです。私が二着に予想されたこと。この悔しさが霧散するまで走りたいところでしたが、とても面白い人に出会えたので構いません。ふふっトレーナーさんの二重丸を絶対に奪ってみせますから“覚悟”してくださいね




トレーナーのヒミツ
覚悟の準備は出来ている
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。