ウマ娘RTA 称号『史上最速』獲得 フクキタルの姉チャート 作:バ〜ナナ?
——ウマ娘。特別な名を持ち、走るために生まれてきた存在。なら名前のない私は何をして生きていけばいいのだろう?
◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
——6月13日 東京レース場にて
「すごいよ!お母さん!ウマ娘のお姉ちゃんがいっぱいいる!みんなみんな、とっても速いんだよね!?誰が1番になるのかなぁ〜!!」
「ユノ、はしゃぎ過ぎちゃ駄目よ。今日は本当にたくさんの人がレースを見に来てるんだもの、はぐれたら大変なことになっちゃうわ」
「はぁ〜い……。でもでも!そんなにお客さんがいるなんて、このレースはそれだけスゴいってことだよね!にほんだーびー?だっけ!?」
「そうよ、ウマ娘の1年はダービーに始まり、ダービーに終わるとさえ言われるの。それだけ大事なレースなのよ。ユノもお姉ちゃんたちの頑張りをしっかり見ておきなさい」
「うん!もちろんだよ!家にいる2人の分まで応援するんだ〜!ガンバレーー!!お姉ちゃんたちぃーー!!」
ウマ娘にとって人生で一度きりの晴れ舞台。28人もの実力者たちが集い、しのぎを削る。しかし勝利の栄光を手にするのは速く・強く・そして最も運のあるウマ娘ただ1人のみ。その2分半のレースの中でひとりひとりの想いがぶつかり合い、様々なドラマが生まれてきた。そして、このレースでも新たな歴史がまたひとつ刻まれようとしている。
《すべてのウマ娘が目指す頂点、日本ダービー。優駿たちがそれぞれの想いを胸にここ、東京レース場に集まりました。歴史に蹄跡を残すのはどのウマ娘か。》
《1番人気はダコタ、7枠での出走。対して皐月賞ウマ娘、ヒカルイマイは5枠。2番人気に落ち着きました。》
《NHK杯ではヒカルイマイがダコタをクビ差でかわし、勝利していますからね。誰が1着になるのか、まだまだ分かりませんよ!》
《全員がゲートに収まり、係員が左右にサーッと離れました。緊張の一瞬……今、スタートを切りました!》
《さぁ、内の方からシバクサが行った!真ん中通ってハーバーローヤルも行った!注目の第1コーナーは誰が先頭か!?シバクサ先頭!シバクサ先頭であります!シバクサ先頭でハーバーローヤルが2番手!その後ダコタが3番手!先行バはいずれも行っております!さぁ、ヒカルイマイはどこにいるか!?ヒカルイマイはちょうど中団後方から5、6人目であります!》
彼女たちが第1コーナーを駆け抜け、第2コーナーに差し掛かった頃、場内では落胆の声が上がっていた。
「あぁ〜!ヒカルイマイは23番手じゃないか〜っ!皐月賞に続いて、ダービーも勝てるって期待してたのになぁ〜」
「だから言ったろ?普段追い込みのウマ娘がダービーだけ先行に戦法を変えるなんて出来ねぇって!まぁ今回は残念だったって事で、次に期待しようぜ」
「……お母さん、何でみんなヒカルイマイさんはもう勝てないって言ってるの?」
「それはね、日本ダービーは他のレースよりも出走する娘がはるかに多いのよ。追い込みは前にいる大勢の先行バが壁になって抜け出しにくい。だから勝てないと言われているの。実際に今までのレースで第1コーナーを10番手より後ろで回った娘は……私の知る限りみんな勝てなかった。それは『ダービーポジション』と呼ばれ、絶対視されているわ。……でも、まだレースは終わってないから、私たちはちゃんと応援しましょう!頑張ってーー!!」
「……うんっ!ヒカルイマイさんガンバレーー!!」
母の言っていることは難しかったが、ユノは子供ながらに彼女は1着には成れない可能性が高いことを理解した。母の手前、応援の声を上げた。しかし『ダービーポジション』なるものが、今まで“当たり前”だったなら、それはこれからも続くのだろうし、どうしようも無いことなんだ。漠然とそう思っていた。——あの瞬間までは。
《ヒカルイマイは馬群の中に入ったまま!第4コーナー回って、直線550mです!》
最終コーナーを過ぎても後方から動かない。もはや誰もがヒカルイマイの勝利を諦め、はたして先行バの誰がダービーウマ娘となるか。観客の注目はそこに集まっていた。だが……
《さぁ、ハーバーローヤル粘っている!ハーバーローヤルがまだ先頭で粘っている!ヒカルイマイはどうか、ちょっと伸びがないか!?……いや、1番外の方からヒカルイマイが来た!!ヒカルイマイが来ました!!ダコタも来た!先頭はいまだハーバーローヤル!フイドールも内からアガってきた!先頭ハーバーローヤル、内からフイドール、外の方からヒカルイマイ!!ヒカルイマイか、ハーバーローヤルか!?
——ヒカルイマイかわした!ヒカルイマイかわしました!!ヒカルイマイ先頭!ヒカルイマイ先頭!!ヒカルイマイ先頭!!!今1着でゴールイン!!!!》
——その日、東京レース場は歓声の渦に飲み込まれた。
《信じられません!最終直線で22人を抜き去っての優勝!前代未聞です!》
「「これはびっくりヒカルイマイ〜〜!!」」
様々な声が響く中、幼い少女は今までにない感情を抱いていた。彼女はレースというものに対して、何か特別な思いを持っていた訳ではなかった。ウマ娘は皆、大舞台で走ることを目指して生きていく。それが“当たり前”なのだから、自身もそうするべきだと考えた。
だが常識破りの勝ち方を見て、少女は本当の意味でレースに憧れたのだ。ターフで手を振るヒカルイマイの笑顔は何よりも輝いて見えた。
(私もいつか大勢の人の記憶に残る様なレースをして、笑顔であそこに立ちたい……!)
そう思った瞬間、少女は突き動かされる様に駆け出していた。
「お母さん!わたし、ヒーローインタビューをもっと近くで見てくるね!」
「——まさか本当に勝ってしまうなんて……。あれ?あーっ、ユノ!はぐれたら大変って言ったでしょ〜!待ちなさ〜い!!」
少女は駆ける。あの輝きをもっと近くで目に焼き付けるために。
「それでは、見事ダービーウマ娘の座を勝ち取りました、ヒカルイマイさんです!」
「あざっs、……ありがとうございます!」
「最終直線で全員を一気に抜き去る、凄まじい末脚でしたね!」
「へへ……そう褒められるとハズいっすね。先行は一度やってみて自分には向かないって分かってたんで、なら得意な追い込みで真正面からぶつかろうって思ってたんすよ。なんで、上手くいって良かったです」
「ダービーでは先行が有利と言われて来ましたが、追い込みで行くと決めた時、どの様な気持ちでしたか?」
「ん〜、ダービーに出るんだ!とはあまり考えない様にしてたっつーか……。自分はダービーウマ娘の候補として走るんじゃない、ヒカルイマイとして走るんだ!自分の力を信じて思い切って走ってみよう、それで負けたらしょうがない……それだけしか考えてなかったっす」
「それでは最後に、ファンの皆さんに伝えたいことはありますか?」
「あっ、はい!えっと……このレースを見てくれた皆さん、特に子供達に言っておきたいことがあります。自分は貧乏な家に生まれて、ご先祖さまに凄いウマ娘がいたって訳でもなかった。中等部に入るまではレースの練習なんてした事もなかった。……だから、レースに出るってなった時も誰からも期待されなかった。それでも今、二冠ウマ娘になれました。言いたいことっつーのは、世の中に不可能なんてないってこと!為せば大抵なんとか成る!諦めそうになっても、もうちょいガンバってみれば道が開ける……ってことっす。以上です!!」
◇ ◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
《——次は府中〜、府中〜》
「ユノ……ユノ!もう着くから、そろそろ起きて」
「……ん」
懐かしい夢を見ていた。私がレースに出たいと思った、はじまりの記憶。大切な思い出なのに……鮮やかだったあの走りも、心動かされたあの人の言葉も……今や、私にとって無意味なものとなってしまった。
「お姉ちゃん、まだ眠い?……疲れてるの?」
「いや、大丈夫だよ。ありがとね……
中央を走る娘を養成する、選ばれた者のみが入学できる場所——トレセン学園。今日はそのファン感謝祭を見学するため、母や妹と共に電車で府中に来ていた。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん。トレセン学園のお祭りってどんなお店があるの?」
「私も今日初めて来るから詳しくはないんだけど……焼きそばが美味しいらしいよ」
「そーなんだ!じゃあ、たくさん食べちゃお〜♪10人前くらいっ!」
「あはは……食べすぎには気をつけてね」
フクキタルは普段から何かにつけて私に話を振ってくる。いつもなら、かまってちゃんな妹として可愛らしく思うのだが、今日はそうも言ってられない。感謝祭で体験した事はフクキタルにとって忘れられない大事な思い出になり得る、私にとってのダービーの思い出のように。それに、あの娘は天から名を授かった——選ばれたウマ娘。トレセンに入れる可能性は十分にある。だから今日は感謝祭を見ることに集中して貰いたかった。私なんかに構って時間を無駄にして欲しくない。
(——何はともあれ、祭では離れて回る方法を考えないと。私は足を引っ張らない様にしないとね。)
◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「わぁ〜!お店がずーっと向こうまで続いてる!すごいすごい!」
「ふふっ、屋台を回るだけでも楽しめそうね。加えて生徒のお姉ちゃんたちが各所でイベントをやるそうだから見てみましょう」
フクキタルがはしゃぐのも無理はない。ここ数年間の感謝祭は一学園が開催したものとは思えない程、大規模なものだ。それはハイセイコーという、大井から中央へ挑戦したウマ娘によってレースブームが到来したからである。彼女の生き様は多くの人を惹きつけ、ウマ娘のレースに興味がなかった人も巻き込んで社会現象となった。1人のウマ娘にここまで注目が集まるのは五冠ウマ娘シンザン以来の事。シンザンはその圧倒的な強さで、ハイセイコーは唯一無二のアイドルとして人気を博した。引退レース後にファンサービスとして歌ったことが、後のウイニングライブの元になったと言えば、彼女にどれほどのカリスマ性があったか分かるというものだろう。そしてライブチケットの売り上げなどによって、近年の学園の懐は潤っている訳だ。加えてハイセイコーがトレセン学園に転校して来た影響で、入学希望者が増えたというのも一因だろう。実際に見学者の中には小さな娘の姿も多く見られる。それはユノにとって妹から離れる口実を作るのに好都合だった。
「……あの、お母さん。言うの忘れてたんだけど、友達と一緒に見て回る約束してたんだ。だから、ゴメン。一旦別れても良いかな」
「えっ……でも」
——ピンポンパンポーン♪
母が何か言おうとしたその時、タイミング悪く(ユノにとってはタイミング良く)チャイムが辺りに鳴り響いた。
《せ、生徒会からのお知らせです……。これより、春のファン感謝しゃ……か・ん・しゃ・さ・いを開幕しましゅ……しますっ!えっと、あの……》
《……会長に代わりまして、副会長のテスコガビーです。お客様におかれましてはトレセン学園ファン感謝祭にお越し頂き誠にありがとうございます。本日は多くの屋台が出店している他、グラウンドやライブ会場での特別パフォーマンスもございます。タイムテーブルを記したパンフレットを学園入口で配布しておりますので、宜しければご覧ください。また生徒会ではウマ娘のお子様向けにレースやトレーニングの相談所を開いております。是非お越しくださいね。以上、生徒会からでした。》
「開催時間だ……、友達を待たせちゃ悪いからもう行くね」
「あっ!また勝手に……!何かあったら私のケータイに連絡するのよ!お小遣いは使い過ぎちゃダメだからね!」
「大丈夫、分かってるよ」
去っていく姉の背をフクキタルはじっと見つめていた。
◇ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◇ ◇
家族と別れた後、私は屋台に並ぶ食べ物を物色しながら歩いていた。当然、約束した友達など初めから存在しない。
(さて、お昼にまた合流するまで何をして時間を潰そうか……)
そう考えていた時のことだ。
「ちょっと、そこのお嬢さん!良ければアタシと回らない?」
突然正面に回り込み、そう声を掛けてきた人物がいたのである。
「何ですか?……不審者?」
「まさか!アタシだって子供だよ?そんな物騒なヤツに見える?」
確かに私よりはだいぶ大きいが、学園内を歩く中等部の生徒と見比べると背が少し低い。——ならばこれが世に言うナンパというやつか……とも思ったが、どう見ても同じ女性、どころか彼女もウマ娘である。その線は無いと見て良いだろう。……そもそも私の様な子供に言い寄る奴が存在するのかは疑問だが。
「何故私と?貴女とは初対面ですよね?」
「あぁ、確かに初めてだね。祭だっていうのに、ここまでつまらなそうな顔をした娘を見るのは」
——なるほど、構いたがり屋か。
「放っておいてください。どんな顔をしようが、私の自由でしょう」
「そうだね、どう感じようがキミの自由だ。……そして、アタシがキミを楽しませる為にアレコレするのも自由!でしょ!?」
「なっ!ちょっと!離してください!」
抵抗むなしく私は謎のウマ娘に抱えられ、そのまま連れ去られるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◇
「強引に話を進めて、何をするのかと思えば……これが私を楽しませるコトですか?」
「ふふっ♪祭で食べるリンゴ飴やわたがしって何故か普段よりも美味しく感じない?」
「まぁ……否定はしませんが」
現在互いの事を何も知らない私たちは、何の因果か広場のベンチに並んで座り、屋台で買ったお菓子を頬張っていた。彼女に駄菓子屋さんへ連れて行かれ、『奢るから!』と押し切られてしまったのだ。一応、好意から貰った物だし、残さず食べないと。……決して、私が食べたい訳ではない。
「小腹を満たした後はどこを回る?執事・メイド喫茶は面白そうだから後に取っておきたいな」
「一緒に回ることに一度も頷いて無いんですが」
「
「だから勝手に話を進めないでください……!それに……私が相談所に行っても意味がありません」
「……意味がない?どういうこと?彼らのアドバイスは必ず為になると思うけど。トレセン学園の生徒会は代々、トップクラスの実力者たちが着任してきた。今のメンバーだって、副会長は桜花賞で2着に1.9秒もの大差をつけ、ダブルティアラを手にしたテスコガビーさん。会長のカブラヤオーさんは狂気のハイペースで逃げきり、誰も追いつけないとすら観客に思わせた二冠ウマ娘だ。そうそう、丁度あんな風……に……」
「嫌あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!!来ないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええ!!!!!!」
目の前を小柄なウマ娘が、まるで死を前にした動物の様な鬼気迫る顔をして、物凄いスピードを維持したまま通り過ぎて行く。今までの話の流れも忘れ、私は隣の彼女と思わず顔を見合わせた。
「何だったんですかね……今の」
「カブラヤオー会長…‥だったと思う。でも、あんなに全力で走ってる理由は、アタシにもさっぱり……」
「待ちなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああいっ!!!!!!!」
息つく暇もなく、遠方から別のウマ娘がスーパーカーと見紛う速度で走ってくる。彼女はベンチに座る私たちを見つけると、減速しながら近づいて来た。
「ハァイ、ナウなヤングのお2人さん、こんにちわんこそば〜!さっきここをゴイスー速さで通り過ぎたウマ娘、どっちに行ったか教えてチョンマゲ!」
「「なんて?」」
独特の言い回しを解読しながらよく話を聞いた所、どうやら彼女……マルゼンスキーは相談所から逃げ出した生徒会長を連れ戻そうとしているらしい。何か大きな事件が起きているという予感に隣のウマ娘は目をキラキラさせ始めた。
「何でそんな事になったんです!?」
「う〜ん、話せば長くなるんだけどね。生徒会の2人だけじゃ人数的に心許ないし、TTGの3人は他にやる事があったから、私とエリモジョージ先輩が助っ人として参加したんだけど……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇
——30分前 特設相談所にて
『うぅ……ごめんね、ガビーちゃん。私、緊張しちゃって放送でも上手く喋れなくて……』
『いえ、気に病まないで下さい。会長を支えるのが副会長である私の役目です。……大丈夫よ、それを苦に思った事なんて一度もないから』
『ガビーちゃん……!』
しばしの間、微笑み合っていた2人だったが、テスコガビーは表情を引き締めると、助っ人達に向き直った。
『本日の心構えを言っておきます。トレセン学園の入学を希望する子はもちろん、そうでない子の話も親身になって聴きましょう。何故ならこの相談所は年長者の我々が彼らの背中を押し、道半ばで諦めてしまう子をできる限り減らす、その様な意図があってのものだからです。助っ人の2人もその事を気に留めておいて下さい。……そして貴女達にはこの場で感謝の意を表したい。1人でも多くのアドバイザーに居て欲しかったので、本当に助かりました。——ありがとう』
『いえいえ!感謝される程の事じゃないわ!先輩たちが困ってたら助ける!当たり前田のクラッカーよ!』
『若い子達が悩んでるうちに、老いぼれてしまうなんて勿体ないからね〜。ワタシで良ければじゃんじゃん協力するよ〜』
2人がその様に応えるのを聞いて、カブラヤオーは縮こまった。マルゼンスキー達が何のためらいもなく助っ人に名乗り出たのは、生徒会メンバーへ敬意を払っての事だったが、当の本人には伝わっていなかった様で……
『あの……ごめんね。私がお話しするの苦手じゃなかったら、もっと頼りになる生徒会長だったら、2人はお祭りを満喫できたのに……』
『……ワタシもマルゼンちゃんもそんな事気にしてないけどなぁ〜、ねぇ?』
『その通りよ!まったく、冗談はよし子ちゃん!』
『で、でも……』
それでもなお、謝ろうとするカブラヤオーの横でテスコガビーがニヤリと笑った。
『——では頼りになる生徒会長への第一歩として、会長には始まる前に音頭をとってもらいましょうか』
『えぇっ!?』
『あっ、さんせ〜い!ワタシをダービーでコテンパンにした時みたいに力強く頼むよ〜、会長〜!』
『会長の激励があれば、私たち全員絶好調のノリノリよ〜☆』
『そ、そんなぁ〜』
狼狽えるカブラヤオーを巻き込み、全員で円陣を組んでいく。
『いきなりじゃ思い付かないよぉ〜』
『深く考える事はありません。思い浮かんだ言葉をそのまま言えば良いんですよ』
『え、え〜っと……』
悩むカブラヤオーとその姿を暖かく見守る3人。即席のメンバーではあるものの、彼女たち4人の間には確かな絆が有った。
『——そ、それじゃあ……みんな頑張るぞぉ〜!』
——ガチャリ……
4人の声が部屋に響き渡り、それと同時に相談室の扉が来訪者によって開かれる。生徒会の忙しい1日が今始まろうとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◇
『それで……何故あなた達が此処に?』
『逃げウマ娘の最強格と名高い生徒会のお二人に、どうしてもアドバイスを頂きたかったんです!』
『わたくしは昨年の天皇賞を制した、エリモジョージ先輩にお伺いしたい事がありまして……』
扉が開く音を聞き、慌てて円陣を解いた彼女たちが見たのは子供ではなく、中等部のプリテイキャストとメジロティターンであった。
『放送でも相談所は子供向けと伝えた筈ですが?先ずはプリテイキャストさんから詳しく聞きましょうか』
『うぐっ……あ、あの……普段は生徒会の業務で忙しそうにされてましたし、デビュー前にお尋ねするチャンスはもうここしか無いと思って……』
『言ってくれたら、質問の時間くらい空けたのですが……』
『じゃあ、ティターンちゃんにはワタシから聞こうか。どうして〜?』
『わたくしもプリテイキャストさんと同じですわ。普段はお聞きすることが出来ないので、この機会を逃してなるものか!……と考えたんですの』
『ワタシは生徒会に入ってないし、いつも暇してるから遠慮しないで良かったのに〜』
『違いますわ!先輩に質問しようとしても、いつも行動が気まぐれ過ぎてまっっったく捕まえられなかったんですの!お昼や放課後の過ごし方に規則性が無さすぎますわ!』
『あちゃ〜……ごめんごめん』
突如現れた2人の後輩。彼女たちの相談を受けるべきか、それとも後日出直して貰うか悩んでいるテスコガビーに、マルゼンスキーが小声で話しかけた。
『先輩、もしお客さんが来たら私が対応するわ。話を聞いてあげてもいいんじゃない?開催直後でそこまで人も来ないだろうし……。会長も貴女がついてて、1対1で対応する訳じゃないから、チャチャッと解決すれば問題ナッシングよ!だいじょうブイッ!』
『そうですね……』
テスコガビーは横目でちらりとカブラヤオーの顔色を窺う。彼女は幼い頃、不幸にもウマ娘に蹴られる事故に遭った。そのせいでウマ娘恐怖症を抱えており、あまり関わりの無い後輩を相手に、パニックを起こさないかが心配であった。小さな子供を相手にするなら問題ない。しかし自身と同じかそれ以上の背丈を持ったウマ娘(カブラヤオーは小柄なので中等部の娘も危うい)で問題なく接することができるのは、彼女とある程度長い付き合いがある者だけだ。
今でこそ問題なく話せるウマ娘も、はじめは苦労したという娘が多い。例えば、マルゼンスキーはデビュー戦の勝ち方から卓越した逃げウマ娘と言われ、カブラヤオーと比べて語られる事が増えていた。その流れで直接話す様になったのだが、最初の頃は出会い頭に爆速で逃げられていたものだ。その度に全力で追いかけるといった事が続いた為、多くの生徒が悲壮な顔をして逃げるカブラヤオーと、(実力者との競走を楽しんで)笑顔を浮かべながら追うマルゼンスキーのデットヒートを目撃した。それによって一時期、『マルゼンスキーは生徒会を物理的に倒し、学園に革命を起こそうとしているのではないか?』と疑われ、危険人物としてダービー出走禁止の話が挙がった程である。
とにかくカブラヤオーはそんな臆病なウマ娘だ。そして、その事を知っているのは限られた者のみ。これにはちゃんとした理由が存在する。その性格ゆえに彼女は逃げ以外の戦法をほぼ取れない。なのでウマ娘恐怖症の事を公表し、加速する前に体を併せられたり、蓋をされるようになると、一気に不利になってしまうのだ。恐い気持ちを周りに伝えられないのも、彼女が苦労している一因であった。苦肉の策として、テスコガビーが『会長はとてもシャイなウマ娘だから、話しかける時は気をつけるように』と注意している。しかし、相手が自分を恐がっているのと、ただ恥ずかしがっているのとでは、前者の方が遠慮するというものだろう。
普段は他のウマ娘に出来るだけ見つからない様、行動している彼女だが、相談となれば対面で話さねばなるまい。テスコガビーとて小等部ではないウマ娘が来る可能性を全く考えていなかった訳ではない。しかし大半は子供だろうから、カブラヤオーが子供の相手をしている間に例外を自身が引き受ければ良いと思っていた。まさか最初の相手がそれだとは!しかも生徒会2人に話を聞きたいとの事だったので、プリテイキャストはカブラヤオーにも話を振るだろう。さて、どうしたものかと考えていると……
『ガビーちゃん、私のことは心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんと応えようと思ってるから』
『……無理すること無いのよ?』
『無理じゃないよ!いつもはみんなに会長としての姿をぜんぜん見せられてないから……少しでもがんばりたい』
『そう……。ならば、私を挟む位置で話しなさい。それなら幾分か緊張せずに済むでしょう』
『えぇ!?そんな……ガビーちゃんを盾にするみたいなこと……』
『言ったでしょう?会長を支えるのは副会長の役目だと。私は少しでもあなたの助けになりたいのよ』
『……えへへ。ありがとう、ガビーちゃん!』
こうしてテスコガビーが矢面に立ち、その後ろからカブラヤオーがひょっこり顔を出す形で相談が始まった。
『今回は特例として認めます。次回からはアポイントを取って下さいね。そうすれば、私達も時間を作りますから』
『本当にありがとうございます!……それはそれとして、なぜ会長は副会長の後ろに?』
『あまり気にしないで下さい。大丈夫、質問にはちゃんと2人で答えます。それと注意して欲しいのですが……会長にはお触り厳禁です』
『私を変態か何かだと思ってませんか!?』
一方、エリモジョージとメジロティターンの話し合いも始まっていた。
『メジロ家は八大競走の中でも天皇賞を最も重視しております。なので天皇賞ウマ娘のエリモジョージ先輩には是非とも、走る上でのポイントをご教授願いたいのですわ!』
『なるほど〜、メジロの方針だっていうのは分かったよ。——それで、ティターンちゃん本人はどう思ってるの?』
そう聞かれたメジロティターンは瞳を閉じ、胸に手を当てる。天皇賞に対する並々ならぬ想いを語る為に、集中している様だった。
『わたくしには姉と妹がそれぞれ1人ずつおります。本当の姉妹ではありませんが、わたくし達は本物のそれより強い絆で結ばれている。お互いにそう思い合って育ってきましたわ。そして姉のアサマは天皇賞・秋、3200mを1着で駆け抜けました。妹のマックイーンは幼いながらも、既に才能の片鱗を示しております。姉妹全員が天皇賞を制覇する事はわたくし達3人の夢……そしてお爺様の願いでもあります。もし、わたくしが生涯負け続けるなんて事があれば……!あぁ、メジロ家の皆が最も悲しむ未来になるでしょう……!』
『そうかな〜?家が燃えて、何もない更地になるよりはマシだと思うけど……』
『わたくしは姉から渡されたバトンを、何としてでも妹に繋がなければならないのです!ですから、どうか!どうか……わたくしに勝利の秘訣を!』
『……よ〜し、ティターンちゃんの熱意は伝わった!ワタシも一肌脱いじゃうよ〜!』
どちらの相談も好調?な滑り出しを見せ、このまま順調に進むかと思われたが……
『……ガビーちゃんは桜花賞を大差で逃げきってるでしょ?オークスでそのペースに合わせたらスタミナがもたない、他の娘たちがそう思ってくれたから危なげなく勝てたんじゃないかな……?』
『えぇ、そのおかげで誰にも邪魔されずに、前半ではペースを抑えたまま先頭を走り、後半に温存したスタミナを使って突き放すことが出来ました。逃げという戦法は、最初から全力で走る会長の様なタイプも存在しますが、それは類い稀なる心肺機能が有ってこそ。本来はいかにして相手を罠に嵌めるか、その駆け引きがものを言うのです。』
『か、駆け引きですか……』
『あの……駆け引きのために抑えなきゃって考えすぎて、かえって調子をくずしちゃう娘もいるから……。マイペースに走ること自体が悪いことってわけじゃないのは分かっておいてね!』
『な、成る程……!』
『距離によっても話は大分変わってきますからね。……ちなみに、具体的に目標としているレースなどありますか?』
『えっ!?えーっと……そうだ、天皇賞!天皇賞をぶっち切りで逃げ切りたいです!』
『『3200mを大逃げするつもりですか(なの)!?』』
『あ、あれぇ〜?』
『……もしやティターンさんが言っていたから、などという適当な理由で選んだのでは?』
『ままま、まさかぁ〜!』
『……しかし天皇賞となると、私達2人とも経験がありませんから……どうしましょう?』
『そうだ!生徒会が保管してる過去のレース映像を取ってくるね!それなら、参考になるところも多いだろうし……!』
『あら?会長は相談中でしょ、私が行きましょうか?今フリーだから、ちょちょいのちょいと持って来れるわ!』
『ううん、大丈夫。マルゼンちゃんはお客さんが来たときに必要だから……。それに、場所を知ってる私が行けば1番はやく済むし!』
カブラヤオーは心なしか嬉しそうに尻尾を揺らしながら、早足で扉に向かっていく。普段は恐怖症のせいで後輩達と接する機会が少なく、歯痒い思いをしてきた分、今サポートできる事に喜びを感じているのだろう。そうしてドアノブに手をかけようとした瞬間、突如扉が開かれた。
『失礼しまー、おっと!?会長、大丈夫ですか?』
『『あっ』』
勢いよく歩いていたカブラヤオーは急に立ち止まる事ができず、目の前に現れた長身のウマ娘に抱き留められた。それは普通のウマ娘にとっては、なんてことの無い出来事である。しかし心の準備が出来ていない状態で突然ウマ娘に触られる事は、恐怖症を抱える彼女にとって最も恐ろしい事なのだ。
『そうそう!会長にもお聞きしたいんですが、ボランティアクラブを手伝って貰う為に僕の妹分を連れて来たんです。でもいつの間にか居なくなってて!多分逃げ出したんだと思うんですけど、此処に来てませんか?背は会長より少し小さいぐらいで……』
『いや……』
『え?』
『嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!!!!!!!!』
混乱したカブラヤオーは、そのウマ娘の脇をすり抜け脱兎の如く逃げていった。
『待って下さい!会長!くっ、マルゼンスキー!副会長である私まで此処を離れる訳にはいきません。なので……』
『がってん承知の助☆すぐに追いかけるわ!さぁ、フルスロットルでかっ飛ばすわよ〜!!!』
『待ちなさい!まだ話は終わっていません!会長はパニックに陥り、人の区別がついていない可能性があります!なので、出来るだけ刺激しないように…………行ってしまいましたか』
テスコガビーは騒ぎの元凶となった、そのウマ娘に向き直る。
『まったく……タイミングの悪いウマ娘ですね、トウショウボーイ』
『すみません……僕もまさかこんな事になるとは』
反省するトウショウボーイを尻目に、テスコガビーは現在の状況を正しく把握すべく、室内を改めて見回した。
プリテイキャストは
『会長とトウショウボーイ先輩って、そんなに仲悪かったんだ……』
などと呟いており、どうやらショックを受けているらしい。誤解である。
エリモジョージとメジロティターンの方を見ると、未だに相談を続けている様だった。興味を持って少し耳を傾けてみると……
『ゲートから1・2歩走ると、あっ今日は行けそうだなって分かる時があって〜』
『?』
『そしたら序盤は飛ばして逃げに行って、後続との距離を感覚で測りつつ〜、後はいい感じのタイミングでスパートを決めて、根性で振り切って勝つ!』
『???』
テスコガビーは無言で天井を見上げた。本当はトウショウボーイに埋め合わせとして、アドバイザーに加わって貰いたい。しかし彼女にはボランティアクラブですべき事がある。お人好しな彼女のことだ、暇なら最初から助っ人として来てくれていただろう。
(もしや2人が帰って来るまで、まともな対応ができるのは私だけなのでは……?)
4人の絆とは何だったのか。テスコガビーの苦難の1日はまだ始まったばかりである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◆
「——という訳なのよ〜」
「なるへそ〜」
「口調移ってますよ」
そこそこ長い時間をかけ、少女達はマルゼンスキーから事のあらましを聞き終えていた。
「でも良かったんですか?私たちと話してて……。会長さんを出来るだけ早く連れ戻さなきゃいけないんですよね?」
「……てへぺろ☆」
「えぇ……」
実はマルゼンスキーは時間の事を忘れて話していた訳ではない。生徒会の為には話を切り上げた方が良いのは分かっていたが、少女に熱い眼差しを向けられ、素気無く断るのは忍びなく思ってしまったのだ。とぼけた反応を返したのは、子供のせいにするのが嫌だったからである。
そしてマルゼンスキーの話を聞いて、相槌をうった後、難しい顔で俯いていた少女(危なかった……と独りごちていた)がパッと顔を上げた。思いついた事がある様だ。
「マルゼンさんに話をするようお願いしたのは自分だし、アタシたちも会長失踪事件の解決に協力します!」
「まぁ、ホントに!?2人の力があればお茶の子さいさいね!」
「いや、当たり前のように私を加えないでくださいよ。……その人が勝手に言ってるだけでしょう」
「えぇ!?残念だな〜、てっきりアタシと一緒に会長を探してくれるもんだとばかり〜(チラッ)」
「よよよ〜、でも無理強いはできないものね……(チラッ)」
「……ハァー。分かりましたよ。協力すればいいんでしょ!?協力すれば!!」
「「イエ〜イ☆」」
マルゼンスキーの話を長くなると分かった時点で、止めなかったことに負い目を感じていたユノは渋々折れることにした。(どういう経緯であの様な追いかけっこが行われたのか、内心気になっていたのである)
「ところで、話にノった私が言うのもなんだけど、子供2人だけで大丈夫かしら?私は一旦戻って先輩の判断を仰がなきゃいけないから、別行動になってしまうし……アナタたちも相談所まで一緒に来る?」
「えっ!?い、いや全然問題ないです!アタシたち近所でもかなりのしっかり者だって評判だし!」
「は?何言って……」
「取り敢えず同意して!お菓子奢ってあげたでしょ……!」
「なっ!?ひ、卑怯ですよ!後から恩に着せるようなマネ!」
「お願い……!」
切実な思いのこもった彼女の眼差しが、私を射抜く。
「うぅ……わ、分かりましたよ。マルゼンさん!この人の言うとおりです!私たちだけでも、会長さんを捜し出してみせます!」
「う〜ん、でもやっぱり心配だわ。どこかに引率役を引き受けてくれるフリーなウマ娘が居ればいいのだけど……」
「いやいや、そんな簡単には……」
「話は聞かせてもらいましたよ!マルゼン先輩!」
「お子さん達の事はこの私、キョウエイプロミスにお任せください!」
どこからともなく現れ、名乗りを上げたウマ娘が満面の笑顔で胸を叩く。
——少女達の波乱に満ちた感謝祭はまだまだ続くようだ。
メジロティターンが中等部に居るのに、7歳差のカブラヤオー世代が生徒会をやってるのはオカシイというコメントがありました(妄想)。ほならね、ルドルフと7歳差なのに同学年面してるマブいスケはどうなのかって話でしょ?私はそう言いたいですけどね。
前話の修正箇所です。
・三女神像に触れる所から→不思議なパワーを感じる所から
噴水の真ん中にたってるのに何故触れると思っていたのか、コレガワカラナイ