「ひたすらに大きい、速い、硬いですね」
僕はコンクリートを砕きながらグネグネとうねるムカデ長老を見上げてゴクリと唾を飲み込んだ。ムカデ長老の強さは非常に分かりやすいし、だからこそ攻略法が分からず厄介だ。
師匠なら超能力で硬い装甲ごと粉々にすることができるかもしれないけれど、それでも僕はそこまでの超能力を発現させることに抵抗感があったんだ。
……もしムカデ長老をも捻じ切るような超能力が暴発してしまったら?
僕は忌々しい幼少の頃の記憶を思い出す。超能力が目覚めた瞬間周りの皆が僕を怪人扱いして恐れていた。鳴り響くサイレン、震える声、恐怖の眼差しを忘れたことはない。僕の超能力が暴走すれば今度はその扱いを街中の人から受けるかもしれない。そんなことは耐えられない!
葛藤しうつむき気味になっている僕の肩に、ポンと温かい手が置かれた。
「震えているぞ、ギアスパーちゃん」
「プリズナーさん……!」
さっきまで災害レベル鬼の怪人2匹に苦戦していたのに、プリズナーの表情はとても明るい。声色はいつも通りで、ムカデ長老の巨体相手に負けることを全く考えていないみたいだった。
「共に戦っていて感じた。ギアスパーちゃんならS級ヒーローになれる。俺より潜在能力が高いだろう。それはギアスパーちゃんも薄々気付いていたはずだ。俺は一般的な成人男性ぐらいの強さだからな」
確かに僕は、先程までの戦いで傲慢にもプリズナーのことを自分より下だと一瞬感じてしまった。だけれども、僕の失礼な考えを読み取ったというのにプリズナーさんは快活だった。
もしかするとこれが、『S級ヒーロー』のメンタルというものなのかもしれない。
「ギアスパーちゃん自身もS級ヒーローを目指しているんだろう?ならばもう少し『狂って』もいいんじゃないか?ギアスパーちゃんにはその権利がある!俺は信じている!」
不思議な言い回しだけれども、プリズナーさんが伝えようとしている意図が分かった気がした。A級より下のヒーロー達がよく口にする、S級に対しての諦めの言葉だ。
S級は狂っている。
僕はなにをしていたんだろう?今の僕は狂っていない。それどころか自分自身の力に怯えている始末だ。
このままでいいはずがない。僕の現在の目標はS級であり、そして最終的にヒーローの頂点になること。
どんな怪人も倒すことができる存在になることだ!
「ありがとうございます、ぷりぷりプリズナーさん。おかげでヒーローハートがマックスです」
僕は闘志を燃やしながらプリズナーさんに感謝を述べる。
「ここでリスクに怯えているような人間が、最強のヒーローになれるはずがないですね!」
「話はそこまでか!?百足大うねり!」
速度を上げて引き殺そうとするムカデ長老を睨み付けながら僕は師匠の超能力の使い方を改めて思い出す。僕は自然と獰猛な笑みを浮かべていた。枷から解き放たれた猛獣という表現が僕の現状に相応しいかもしれない。不思議と今の僕ならなんでもできる気がした。
「頂点動力死!」
「……!?」
僕が力を込めるとバチバチという火花が散る音と共に巨大なムカデ長老の動きが徐々に減速し、停止していく。僕は超能力をコントロールしながらも、その時確かな手応えを感じていた。
「よくやったぞギアスパーちゃん!ここで仕留める!」
プリズナーが僕の援護をしようとムカデ長老の顔面に飛び掛かっていく。
僕にはプリズナーの姿が妙に輝いて見えた。その光は暗闇を照らす電灯のようで……。
ちょっと待った。僕の両手が塞がっていなければ目を擦っていただろう。電灯のようじゃない、実際に拳が光っているじゃないか!
「ギアスパーちゃんの奮闘を見て、闇の心に墜ちかけていた俺の道が光に戻ってきた」
「そうですか」
どういう理屈なのかは知らないけれど、また強くなったみたいなので僕は適当に頷いた。
「闇を浄化する拳を食らえ!ライト☆ネイル☆エンジェル☆ラッシュ!」
拳自体が光を放ちながら、赤黒い血の爪が飛び出ているよく分からない形態の猛打が停止しているムカデ長老の顔面を襲う。どうだ!?
「グオオオオ……!」
拳が当たったところから浄化の煙が出ていて、ムカデ長老が苦しさにのたうち回ろうとしているのが抑え込んでいる僕の腕に伝わってきた。攻撃は間違いなく効いている!
ビキビキとムカデ長老の装甲にヒビが入っていく。
「これが俺の光の拳だ……!」
「プリズナーさん逃げて下さい!」
マッスルポーズを披露して勝ち誇るプリズナーだったけれど災害レベル竜は、そう甘くはない。ムカデ長老は死にかけているんじゃない、無理やり脱皮をしてさらに大きくなろうとしている!
「よくも好き放題やってくれたな!」
皮を脱ぎ捨て脱皮したムカデ長老は僕の超能力から一瞬で抜け出すと、プリズナーをその巨体で轢いて地面に叩きつけた……!
ボキッ、という嫌な鈍い音が聞こえてプリズナーの体が大きくバウンドする。
「く……!」
「プリズナーさん……!」
うめき声をあげて倒れたまま動かないプリズナーの心配をしている場合じゃない。
ムカデ長老は僕もこの勢いのまま殺そうとしている。肉体派じゃない僕は轢かれたらひとたまりもない!
マルゴリの時とは違う。もう僕1人でどうにかするしかない。
自分の身は自分で守るしかない。いざという時に誰かが助けてくれるなんて思ってはいけないんだ。
僕は必死に頭を回して勝算を探る。
タツマキ師匠の力ならムカデ長老を超能力でひねり潰すことができたかもしれない。
僕にはそれができなかったけれど、師匠にも持ち合わせない僕の武器がきっとあるはずだ。
そうだ、あの超能力を応用すれば……!
サイズが1100メートルほどに一回り大きくなったムカデ長老が、正面から全力を込めて僕に突進してくる。複数ある顔の表情には油断は一切ない。先程までの戦いで僕を明確な脅威だと認めたんだ。
「長かった戦いも終わりだヒーロー!」
「僕は逃げない、こいムカデ長老!」
ムカデ長老が突進し、僕は突進してくるムカデ長老に手を伸ばした。
僕とムカデ長老は交錯し、そしてZ市内に響くようにボガン!という轟音が鳴った結果―――。
「馬鹿な……!なにがおこったのだ!?」
―――果たして最後まで立っていたのは僕、ギアスパーだった。
ムカデ長老は、愕然とした表情で頭の先から尻尾まで綺麗に真っ二つになっている。
「頂点念防刃……僕のバリア―の防御力を一点特化して大きな刃にしました」
息も絶え絶えに頭から血を流しながらも僕は計画がうまくいったことを確信した。性格の問題もあるだろうけれどマルゴリの拳を耐え、ムカデ長老の全体重をも耐えた僕のバリア―の防御力は、タツマキ師匠以上だと自信を持って胸を張れる唯一の大きな武器だった。僕はそれを攻撃に変えたんだ。
「あなたは停止している鋭利な刃に自ら突っ込んでいったんですよ」
僕は大声で逃げない、とわざわざ布石をうっておいた。綺麗に僕の戦術にムカデ長老が嵌ってくれた形になる。
「まさかブラスト以外に負けるとは……!」
真っ二つになったムカデ長老はひくひくと痙攣しながらも、動かなくなった。
言葉を話す力が残っていたあたり尋常じゃない生命力だ……。正攻法では勝てなかっただろう。
もう聞こえていないだろうけれど、僕はムカデ長老の亡骸に声をかける。
今の僕には怪人相手とはいえ、強敵相手への敬意のような奇妙な感情があった。
「いずれ僕はそのブラストも超えてみせますよ」
その後僕はプリズナーとスティンガー達の無事を確認することができ。
こうして僕とムカデ長老の死闘は終わり、同時にZ市の危機も過ぎ去ったんだ。