ガンダムビルドファイターズ AMBITIOUS/スピンオフ・ワンダフルジャーニー 作:マフ30
さざ波の音を砕いて、乾いた風切り音が曇天の空に響く。
鮮やかな翠の機影は意思を持つ流星のような速さと軌道を以って、討つべき敵を目指して空を駆けていた。
「さて……こうして姿を晒して見せたがどう動く?」
「もちろん真正面から襲ってあげます♪」
空中で一度静止して周囲を索敵する董平ウィンダム。
己の技量に余程の自信があるのかテンリツセイは敢えて付け入る隙を与えて見せた。
その挑発を買ったケイカは内心無謀と思いながらも勝負根性を燃やし、潜んでいたポイントから愛機を突っ込ませる。
「がおー!ってSEでも鳴ればよかったんですけどね!」
「海中からここまでの距離をその速さで迫るとは面白い……お手並み拝見といこう」
濃紺の海原の奥でツインアイが光ったと思えば爆発のような水柱とその中から吐き出される無数のビームが董平ウィンダムを急襲した。
ショルダークローを展開して両肩に懸架したバスターカノンと合わせて四門の砲から繰り出される一斉掃射を続けながらガンダムスクナは周囲を旋回しながら敵機との距離を縮めていく。
「暗黒の破壊将軍の乗機だけあって脅威的な火力なことだ。しかし、まだ微風よ」
テンリツセイの巧みな操縦桿捌きによって董平ウィンダムは武器を使うことなく最小限の動きでビームの集中豪雨を回避していく。それはまさに名人芸だ。
「ならこういうのはどうです?」
ガンダムスクナはショルダークローからの牽制射撃を続けながら、ビームサーベルを抜くとスラスターを目一杯に噴かせて斬り込んだ。
「フッ……遠距離の利を捨てての力比べかね? 受け止めてあげよう、おいで」
対する董平ウィンダムも回避という選択肢を捨ててフェイロンフラッグを構えると真っ向勝負に打って出た。
光の刃と矛がぶつかり合って、灰色の空を激しく照らす。
「はぁあああああ!!」
「ハハッ! 闘志を露わにした姿も美しいものだね、絶景だとも。けれど……その攻めは美しいとは言えないな」
オリジナルの設定に照らし合わせれば専用機と量産機。
性能差は圧倒的なものだ。しかし、これはガンプラバトルであって戦争に非ず。
その神髄がケイカとガンダムスクナに牙を剥き始めた。
「くぅ……
「オリジナルの設定を過信するようなナイーブな考えは改めるのがよろしい」
空中で大きく姿勢を崩したガンダムスクナを猛者の槍術が容赦なく抉っていく。
目にも止らぬ突きが、獣の尾のようなしなりをみせて躍動する薙ぎが懸命にビームサーベルを振り回して防御に努めるガンダムスクナに着実にダメージを与えていく。
「覚えておきたまえ。全てはクオリティの高さだよ。ザクがガンダムとて簡単に墜とす。それがガンプラバトルの世界だよ」
「なんですか、先生気取りで優越感でも感じちゃってます? とっくに良い人が間に合ってますよ!!」
「それは失敬。嗚呼……楽しいバトルだ」
僅かに出来た反撃の隙を逃さずにビームサーベルで切り返すガンダムスクナだったがジェットストライカーの驚異的な加速で前方に逃げ切ると言う董平ウィンダムのまさかの回避によって空振りで終わる。
作り手の技術力や創意工夫を始めとした総合的なプラモデルの完成度、ファイターとしての技量の冴え――これら全てが強さに直結する。
いま繰り広げられる二機の戦いはまさにガンプラバトルの醍醐味を物語る戦いだった。
「そら! そら! そらァ!」
「チィッ……まだまだ!」
ビームの刃を華麗に捌き、董平ウィンダムの二槍流による連続突きが蒼い機体を傷だらけにしていく。プラフスキー粒子で構成されたコクピットの色が青からオレンジ色へと変わった状況でケイカは冷や汗を一筋流しながらもモニターの前の強敵を睨む。
「持ち味を活かします!」
ケイカは二振りのビームサーベルを連結させてナギナタにすると風車のように回転させて攻防一体の姿勢を取る。同時にショルダークローの先端を射出、有線式のオールレンジ攻撃で逆転を図る。
「これでどうだぁ!」
正面からは巨大な回転剃刀の如くに肉薄するガンダムスクナ本体が、そして背後からは無軌道な動きをしながらビームを撃ち出す二基のマニピュレーター。退路を完全に遮断する苛烈な攻撃が董平ウィンダムに襲い掛かる。
「フム……確かにこれはまさに破壊の強風。しかしだよ、麗しの君よ」
「落ちちゃえぇええ!!」
「――この程度では私の火照りは冷めんよ!」
一気に勝負を決めようとろくに照準も合わせずに二門のバスターカノンと頭部のバルカンまで乱射していくケイカが操るガンダムスクナ。
けれど、そんな猛攻をテンリツセイは心地良く感じながら切り崩そうと腕を振るう。
「目に焼き付けるといい! これが風流双槍将の本領さ!!」
翠の武人が双槍を握り直して躍動する。
ビーム旗を発生させるとなんと董平ウィンダムは四方八方から降り注ぐ無数の光の豪雨を華麗な演舞のような旗捌きで受け流してしまった。
しかし、怒涛の砲火への対処に両腕を当てている以上正面はガラ空きになる。その致命的な隙をついてガンダムスクナは相手を賽の目に切り刻まんとビームナギナタの回転数を上げて仕掛ける。だが――その刃が届くことは無かった。
「う、そ、だ……こんな!?」
「理屈は至極簡単だ。いかな嵐のような回転も軸を止めてしまえば可愛いものさ」
まるで台風の目を突くように董平ウィンダムはビームナギナタを握るガンダムスクナの腕部マニピュレーターに脚先を強く押し当てて動きを封殺してしまったのだ。
言葉にすれば簡単なことかもしれない。ただ動作を実行に移そうとした場合その難易度は至難の業であることは明白だ。しかし、この機体とファイターはそれを成し得るだけの実力者であったのだ。
「――沈め」
「うぅわぁああああああ!!」
凍てついた呟きと燃えるような悲鳴が重なった。
無慈悲に胸部に目掛けて伸びた矛先が届くよりも早く、再度バスターカノンを発射しながら我武者羅に後退したことが幸いしてガンダムスクナは左肩の一部と片側のバスターカノンを失うだけで撃墜の危機を逃れた。
しかし、状況は絶望的な危機から殆ど変わらない。
百八の好漢の中でも五指に入る万夫不当の英傑の名を持つ
※
「ギャッテム! いや、まただ! まだ弾丸もビームもぶっ放せる! あきらめんなケーイ! バスターカノンが片方やられただけだろ! 撃ちまくれ! ジャンジャン撃ちまくってやれ!! 戦闘は火力だ! 火力と弾数で決まるんだああッ!!」
「そうですとも! ガンプラバトルは度胸です! ファイト!ファイオォオオ!!」
ケイカとテンリツセイが激戦を繰り広げる筐体の傍らでその様子を見守っていたカナタたち。勝負が徐々にケイカの劣勢に傾いてくると応援の声にも熱が宿る。特にマーシャルとクーの二人はバトルをしている当人たち以上に熱狂した勢いでエールを送り続けていた。
「あの変人やるな」
「ガンプラも突飛な改造は無いけどクオリティはすごく高い。展示物としても相当なレベルなんじゃないかな?」
「天立星・風流双槍将か……」
二人が応援にヒートアップする隣でムゲンたちはケイカを案じつつ対戦相手のテンリツセイとその愛機の完成度に関心を寄せていた。
「ところでリョーザンパクとか風流なんたらってなんのことッスか?」
「あ、それわたしも知りたいです。ハルカさんはご存知なんですよね」
「まあ、そうなるか。二人とも三国伝は分かるよね?」
会話の流れは自然とテンリツセイが口にしたガンプラ梁山泊という妖しさ満点の謎の組織の元ネタであろうものへと話題が移った。
「はい! アニメ見てました! 主題歌もヘビロテしてたッス!!」
「孫権ガンダムくん可愛いですよね」
「……うん。まあ、あの作品のモチーフになっている三国志って物語と肩を並べる中国四大奇書の一つに水滸伝って作品があるんだ」
若干この二人本当に大丈夫かなと不安に思いながらハルカは簡潔に水滸伝について解説を続けることにした。
「百八の魔星の化身とされる様々な特技や武芸の達人たちが運命に翻弄されながら冒険を繰り広げるっていう話なんだけど、梁山泊って言うのはその主人公たちが拠点にしている難攻不落の隠れ家のことだ」
「あの不審者予備軍のにいちゃんが名乗っている風流双槍将っていうのもその魔星の化身の一人で主人公パーティの中でも特に強い五人の中の一人だ」
「おや、ムゲンさんもご存知でしたか?」
「野郎の嗜みってやつ? というのは冗談だけど……ケイカこれちょっと不味いかも」
ハルカの横から補足を加えつつ、ムゲンは珍しく不安そうな顔でフィールドを一瞥した。その言葉の意味を理解していたハルカが続けて口を開く。
「もしも件のガンプラ梁山泊がオリジナルに倣ってその渾名の数々を実力に見合った人間に振り分けているのなら……ケイカの相手はかなりの手練になる。あの子には可哀想だけどこれは愛機の初陣は黒星スタートかもしれないな。カナねえ、どう思う?」
現実的な視点で結果を予想しながらハルカはふとずっと真剣な表情で試合を見つめている姉に投げかけた。しばしの沈黙――ハルカが自分の言葉はちゃんと届いていたのか不安を感じ始めたところでやっとカナタは口を開いた。
「ジャイアントキリングは十分に可能だよ。でも――」
「でも?」
「それにはケイカくんが本当にやりたいことに自分で気付ければってのが前提だけどね」
ハルカの問いにカナタは新しいおもちゃを見つけた子供のような眩しい笑顔であっさりと言ってみせた。その眼差しにはケイカへの期待と楽しみでいっぱいになっていた。
「さあケイカくん。君の夢のカタチを私たちに見せてごらん」
※
フィールド上では董平ウィンダムの槍撃を辛くも凌いだガンダムスクナが片翼をもがれたように地上へと降下していた。緊急回避によって機体のバランスを大きく崩してしまったのである。
「このままで……やられるもんかっ!」
徐々に縮まる地上との距離に各センサーが警告音を鳴らす。
心地の悪い汗を拭いながら、ケイカはなんとか機体のバランスを立て直して大きな崖の付近に着陸すると死角に隠れて戦況の立て直しに図る。
「強い。間違いなくいまのボクよりもずっとずっと強い人だ」
光球の操縦桿に触れる手の内はいつの間にか汗が滲んでいた。
もちろんそれは高揚や興奮ではない。自分よりも遥かに強い対戦相手と敗北に対するプレシャーからだ。
「……勝ちたい。勝ちたいのにっ!」
思い通りにならない現実と情けない自分への悔しさで痛いほど歯を食いしばるケイカの愛らしく大きな瞳にはうっすらと潤み始めていた。
愛機の完成度の自信はあった。
使用できる武装も豊富だ。
間合いと攻めの手数はこちらが圧倒的に勝っている。
だけど、届かない。
明確に自分が負けている部分があるとするのならそれはファイターとしての腕なのだろう。そして、たった一つの負け要素がこうして全ての有利を覆そうとしている。
「二人きりでするかくれんぼは少し味気ないね。出てきたまえよ」
バックパックの両翼では進行するのが難しい崖と大岩が入り組んだポイントに隠れたガンダムスクナを燻り出すために董平ウィンダムは主翼下部に搭載したミサイルを撃ち込む。
近くで爆ぜた岩石の細かな粉塵を浴びてケイカのガンプラはすっかり傷み、汚れだらけになっていた。
そして、ケイカもまた進退窮まる苦境に憔悴した表情で必死で立ち向かっていた。
「どうやれば勝てる……どんな手を使えば勝てるんだよぉ」
不安に揺れる心から思わず震えた声で弱音が零れた。
しかし、その言葉を声にしたことでケイカはいまの自分が大好きな自分でいられているのか見つめ直す機会を得ることになった。
「いや……こんなボクで勝っても、嬉しいっけ?」
自分自身に語りかけるようにケイカは呟いた。
そして、深呼吸を一回。
どうしてガンプラバトルを始めたのか、何故“カワこわ”なんて他人から失笑されそうな理想を抱いたのかをもう一度思い返した。
カナタたちチーム・メリッサの王道に逆らって我が道を往く姿に憧れたからだ。
出来っこない。
時間の無駄だ。
意味なんてない。
理解できない。
そんな冷めた言葉を不敵に振り払って、これが私たちのやり方だ!と道を拓きいまも見果てぬ航路を進む彼女たちがギラギラと眩しくてカッコ良かったんだ。
「そうだ。だから……ボクもやってやろうと決めたんじゃない。そうだよ、負けたって死にはしない」
俺たちは戦争をやってるんじゃない。
ガンプラバトルをやってるんだ。
自由勝手にバカをやって楽しんだもの勝ちだよ。
大丈夫。負けたって死にはしない、ちょっと悔しくて切なくなるだけさ。
胸の奥で遠い昔に贈られた言葉が響いた。
カナタたちとは別の特別な人の声。
初めてガンプラバトルを教えてくれた人がプレゼントしてくれた箱庭の理想郷の楽しみ方。
「スクナ、ごめんね……もうちょっとだけボクと一緒に傷と痛みに耐えておくれ」
自分を見つめ直して再起したケイカの手に力が蘇る。
暗くしょんぼりしていた顔は不敵に可憐に笑顔が咲く。
一見すると美しく、迂闊に触れれば取り返しがつかなくなる秘密の毒華の如き笑み。
「負けたっていい! どうせ負けるなら、たった一秒でも最高なボクの戦いをやってやるんだ!!」
反撃の狼煙を上げるように両手に持ち替えたバスターカノンによる最大出力の一撃を大空へと解放した。
「むっ!? そこにいたのかい。居場所をバラしたという事はいよいよ最後の足掻きを見せてくれるのかな?」
崖の一部を消し飛ばしながら撃ち放たれたエネルギーの束は董平ウィンダムのすぐ横を突っ切っていった。バスターカノンの一撃は敵機を掠めると灰色の空の一部に大きな穴を穿ち粒子を散らす。
灼熱の域にある高温が僅かに機体の装甲を溶かすが損傷の内には入らない。むしろ、テンリツセイに居場所を把握されたことでケイカとガンダムスクナは本当に逃げ道を失った。
「せめてもの情けだ。機体はなるべく修理の手間が掛らないように討ち取ってあげよう」
「いらねえですよ! そんなものぉおおおお!!」
飛燕のような飛行から間合いに入った董平ウィンダムの槍の一刺しを強引な体当たりで弾き退けたガンダムスクナは一路海上を目指してスラスターを全開に吹かす。
「逃がすものか!」
吹っ切れたようなケイカの我武者羅な操縦に多少驚きながらもテンリツセイは冷静沈着に董平ウィンダムを大空に飛翔させて追撃を開始する。
海面スレスレを飛行するガンダムスクナを桁違いの速度で翔んでいく董平ウィンダムはあっという間に射程範囲へ捉えた。
「槍には
「ボクも……ここからです!!」
相手の上空を重なるように飛行して、フェイロンフラッグを構え直し投げ槍の姿勢に入った董平ウィンダムに対してガンダムスクナは突然振り返り背面飛行のような状態でバスターカノンを発射した。
「不意打ちのつもりかな……だがどこを狙っているのだね!」
反動で機体が海に浸かっていくほどの出力を誇るバスターカノンのビームを董平ウィンダムは二振りのフェイロンフラッグからたなびくビーム旗の即席の盾で逸らす。
「最後の抵抗、その気迫は良かったが所詮は……!?」
ガンダムスクナの果敢な攻撃も難なくいなして、バトルに幕を下ろそうとする董平ウィンダム。だがメインカメラから飛び込んでくる目が眩むほどの謎の強烈な光にテンリツセイは自分が策に嵌められたことに気付いた。
二撃目のバスターカノンによって出来た雲間から海面を輝かせるほどの陽の光が差し込んでいたのだ。
「クッ……太陽光を海面で反射させての目眩まし! 小癪な真似をする!」
「いくよ! スクナァアアアア!!」
フィールドの環境を上手く利用したケイカの奇策にテンリツセイは初めて僅かに動揺を見せた。ようやく抉じ開けたチャンスにケイカは全身全霊で飛び込んだ。
バスターカノンの出力を調整して連射しながら猛然と蒼き両面鬼は自分を退治せんとする英雄に肉薄する。
「それでは届かんよ!」
「ええ……目指しているのは追い抜くことです!!」
生物のように振るわれる双槍が弾雨の一切を切り払う。
しかし、今度は圧倒的な差のある敵に怯むことなくガンダムスクナは大空の頂を目指して疾駆する。あっという間に蒼き鬼神は翠の槍将を横切っていいた。
「背中を見せつけて! その愚かさは可愛くないなぁ!!」
「そうですね。たっぷりと味わってください……ここからはボクのカワこわな時間です!」
無防備なガンダムスクナの背後を董平ウィンダムはすかさず追って槍を構えた。
本来ならば定石の選択。
必勝は揺るぎない判断だ。
ガンダムスクナがハイドラガンダムを原型とするガンプラでなければ。
「敵さん、やらかしたな」
「そいつの背中は鬼門だろうに」
試合を観戦していたハルカとムゲンが同時に口角を吊り上げて笑った。
その隣でカナタも高まってきたケイカの勝率に晴れた表情で頷く。
「さあ、君の恐ろしさを魅せてやれ!」
彼らが見守っている視線の先でガンダムスクナの後頭部にあるもう一つの顔の瞳が輝いて、口部ビーム砲が迸った。
慌てて回避行動を取った董平ウィンダムだが鋭いビームはついにその左肩を貫いて大きなダメージを与えたのだ。
「「やっちゃえケイカァアアアア!!」」
肩を組んで意気揚々と拳を突き上げたクーとマーシャルの熱く高らかな声援がビリビリと響いてコクピット内のケイカに確かに届いた。
「オニガミモード・ウェイクアップ!! たっぷりと蹂躙してあげます♪」
怯んだ敵機の眼前に向き直したガンダムスクナの姿が異形へと変貌する。
頭部は回転し、脚部は折り畳まれてスカートアーマーに収納される。
そして再び双肩のショルダークローが大きく展開してその姿はまさに二つの顔と四本の腕を持つ大怪異の如くだ。
「ニシシ♪ お待たせしましたね、おにーさん。可愛いボクをいまだけは誰よりも近くで堪能してください」
「ぐぅうう!? これが高機動モード! 推進力がここまで上昇するとは……うおっ!!」
下半身全てを推進システムに変形させたガンダムスクナの爆発的な加速力を駆使した突撃に巻き込まれた董平ウィンダムは反撃に移る前に二の腕部分を強く掴まれたことで脱出不能のまま岩壁に叩きつけられた。
「ぬぁあああっ!! いまのでジェットストライカーをやられた!?」
「ご安心ください。ボクとスクナがエスコートしてあげますよ。とっても愉快な
自分の裡で昂る情熱と喜びを隠すことなく曝け出してケイカは荒々しく鍵盤を爪弾いて激しい音色を奏でるように操縦桿を操る。
両翼を折られた董平ウィンダムの両脚をクローユニットのビーム砲で撃ち抜く。そのまま激しいスピンを加えて高々と上空へと投げ飛ばす。
「私としたことがここまでのダメージを受けるとは……しかし、まだ一部のスラスターも生きている。終わらん!」
「もちろん……お願いされたって、まだ終わらせませんよ?」
「――なっ!?」
予想外の反撃を許して半壊した機体でなお勝利を諦めないテンリツセイの耳元に通信越しにケイカのとろけるような優しく甘い声が侵略する。
バトルを始める前には妖精のように可憐に思えたケイカの声はいまでは毒を塗った剃刀のような怖気が走るものに感じてしまう。
「じっくりと鬼神の爪を食らってくださぁい♪」
その光景にテンリツセイは思わず言葉を失った。
彼の眼は泥と傷に塗れながらも雄々しくそびえて爪を突き立てる禍々しい鬼の姿を映していた。
ガンダムスクナの前腕装甲と二基のクローユニットにそれぞれ装備されていた二連装ビームクローが一斉に展開されていた。
四つ腕から鋭く伸びた光の爪は合わせて八本。
醸し出される迫力の凄まじさは双つの槍の比ではない。
「これが最高に可愛いボクの……最恐の攻撃です!!」
「うぅ……うぉああああああ!?」
「あっははははは! ナイス
ケイカの恍惚とした美声が風に流れて蹂躙劇が開始される。
妖しく輝く八刃のビームクロー。
全ての切っ先が董平ウィンダムを捉えて殺意を剥き出しにした瞬間にテンリツセイの絶叫がバトルフィールドに木霊した。
容赦なく残酷な爪刃の嵐が董平ウィンダムを八つ裂きにして見せた。
激流のようなガンダムスクナの攻撃が止んだ時、残骸は獣に食い荒らされたように徹底的に斬壊されていた。
【BATTL ENDED】
バトルの終了を告げるアナウンスが鳴り響く。
ケイカは自らの理想を押し通した結果、圧倒的な実力差を覆して勝利をもぎ取ってみせた。
激闘の果てにボロボロになったガンダムスクナではあったが当機はどこか誇らしく仁王立ちをして勝利に喜ぶ主人の歓喜の声を聞いていたようだった。
※
すっかり日が傾いた恵那峡ガンダムランドの正門前でケイカとテンリツセイはお互いの健闘を称え合い別れの挨拶を行っていた。
「敗北は想定外だったがとても良いバトルができたよ。ありがとう美しい君」
「こちらこそ、とても勉強になりました。バトル楽しかったです」
爛漫な笑顔を向けて右手を差し出すケイカにテンリツセイは驚きながらもケイカと接触できる事実に満面の笑顔を浮かべて自分の右手を静かに重ねた。
「おにーさん」
「んふ? なんだね?」
すべすべした陶磁器のような手の感触に悦に浸っているテンリツセイにケイカは突然顔を近づけて蕩けた眼差しを向ける。
「また戦いましょう。今度はもっともっと強くなって、おにーさんが手も足も出ないぐらいにぶちのめしてあげます♪」
「……おっふ」
天使のような悪魔の笑みで嘯くケイカの言葉にテンリツセイは戦慄を突きぬけて愉悦を感じたようで骨抜きになったようにしばらくその場で身悶えていたという。
風流双槍将・テンリツセイという強者との激闘は結果としてハンダ・ケイカの個性とファイターとしての才覚を爆発的に成長させる良き経験となった。
こうして後に可憐なる凶童の異名を持つことになるハンダ・ケイカの始まりバトルは終幕となった。
※
「やってやりましたねケイカくん! いやーわたしもトレーナーとして鼻が高いものですよ!!」
「たはは……うん。ありがとうございます」
「いやでもクーさんってばガンプラ作りは教えてくれるけど、バトルは殆どノータッチじゃん」
テンリツセイと別れた六人はケイカの勝利に盛り上がりながら帰り支度を進めていた。
特にクーとマーシャルは自分の事のように勝利を喜んでくれるのでケイカとしても嬉し恥ずかしでバトル中の傍若無人で不敵な小悪魔っぷりが嘘のように照れていた。
「クーさん、あんなに強いのにバトル教えてないの?」
「ちょっ!? ムゲンさんお静かに! 一応学校とはそういう契約というかバトルまで教えるのは苦手なわけで」
「じゃあ、ケイカくんたちはクーさん自慢の愛機を知らないんだーかわいそうに」
「お、お待ちくださいなカナタさんまで!? あの子のことは企業秘密ですよ! メリッサのサービスでも出し惜しみしてるんですから」
詳しい事情は分からないがムゲンたちに弄られて慌てふためくクーの姿が面白くて、ケイカもマーシャルも意味もなく笑顔が出る。
「クーさん!クーさん!! ボクが勝ったお祝いに今度噂の愛機でバトルしてくださいよー♪」
「俺も混ぜてくれー! 2VS1ならクーさんも気まずくないだろ? 俺もケイが一緒なら回避とか防御とかめんどいこと気にせずぶっ放せるし、オールハッピーってヤツ!」
「お! チャレンジ精神旺盛だねえ。でもクーさんのアレは本当に厄介だから、泣くんじゃないかな?」
「良識を疑うとんだキリングマシーンだからな」
「ひっどーい! そんな物騒なガンプラ作ってませんよ。その、ちょっとだけ……暴れん坊なだけで」
「だってさケイカくん。のんびりしているとクーさんにカワこわの第一人者を盗られちゃうかもね」
「それは大変ですね。いまからクーさんをボク色に染め上げておかないと♪」
ゆっくりと沈んでいく夕日に照らされながらケイカたちはまた笑顔を浮かべて、ガンプラで盛り上がる。
こうして今日も終わっていく。
また明日も彼らの夢の旅路は続くのだ。