「はつしもふもふってなんですか?」
ある晴れた日の執務室。
初春型四番艦の初霜は、そんな言葉を投げかけた。
「……はつしもふもふ?」
ついそのまま聞き返してしまう。
いやなんだ『はつしもふもふ』って。
「訊いてしまったか……はつしもふもふの意味を」
初春型三番艦の若葉が意味ありげにつぶやく。
「とうとう知ってしまったのですね初霜ちゃん……はつしもふもふを」
電もなんか真剣な顔をして、初霜の方を見ている。
「いや電も若葉も意味ありげに言うが、なんだはつしもふもふって」
「まさか……提督も知らないのか、はつしもふもふを」
「初霜ちゃん以外はみんな知ってると思っていたのです」
さも知ってて当然のような若葉と電の態度。
え? 知らないの私だけ?
もしかしてナウな艦娘にバカウケなワードだったりするの?
ここは駆逐艦の子達について、詳しい専門家であらせられる、阿武隈先生に聞いてみよう。
「まさか阿武隈も知っているのか? はつしもふもふを」
「知らないです」
だよねー。良かった、私が流行に疎いとかそういうのじゃなくて。
「実は電も知らないのです」
電のカミングアウトに思わず、ずっこけそうになる。
「っておい! 知ったかぶりしてたのかーい!」
「皆さん、適当な言葉をあえて知ってるノリで言ってるかと思ったのです……」
私の言葉にシュンとなる電。
「ふふっ、元気出して電ちゃん」
電の頭を優しくなでる阿武隈。
「えへへ、嬉しいのです~」
しかし二秒で笑顔になる電。
駆逐艦を幸福にさせるオーラかなんか出してるのかと思う早業である。阿武隈さんやべえ。
「電や阿武隈さんが知らないのも仕方ない。別に広めているわけでもないからな」
「じゃあ、なんで知ってて当然みたいな口ぶりだったんですかねぇ」
「そういうのも、たまには悪くない」
どことなく目をキラキラさせながら言う若葉。
この子、前はもっとクールというか、ストイックな子だったんだけどなあ。
まあ、良い傾向だけど。
「ならば初霜。教えよう、はつしもふもふの意味を」
「は、はつしもふもふの意味……若葉、知っているんですか!?」
凜とした表情で告げる若葉と、驚きながら質問する初霜。
なんかまた変なノリになっているなあ。まあ楽しそうだから良いが。
「はつしもふもふ……それは」
「それは……」
初霜が真剣な表情で若葉の言葉を待つ。
「もふもふな初霜をもふもふすることだ」
「もふもふな初霜を……もふもふすること!?」
若葉のなんとリアクションしていいか分からない言葉に、なぜか大げさに驚く初霜。
「……初霜をもふもふ。初霜もふもふ……はつしもふもふ。そう。つまりはつしもふもふとは、もふもふな初霜をもふもふすることだ!」
「言い直す必要あるのか、それ」
もふもふが多すぎて混乱する。
「もふもふな初霜ちゃんをもふもふするのです!?」
「電もそこ、そんなに驚くことなのか?」
「ふふっ、若葉ちゃん楽しそうですねえ」
優しく笑いながら、ぽやぽやした台詞を言う阿武隈。
この子の器の広さはちょっと
「まったく若葉も電もまだまだお子様ね。こんなことで大はしゃぎするなんて」
そして若葉と初霜がもふもふ言っている間に、しれっと阿武隈の膝に座っていた
そんな暁がやれやれといった感じで両手を広げながら、若葉と電に対してコメントした。
個人的には、そのセリフは阿武隈の膝を降りてから言った方が良いと思う。
「で、でも私はそんなにもふもふじゃありませんよ?」
初霜が困惑しながら若葉に問いかける。
「そんなことはない。初霜のもふもふは、鎮守府で――いや、世界で一番だ」
そんな初霜に、若葉は
「世界で一番!?」
「もっと自分のもふもふに自信を持て」
「もふもふに自信なんてどう持てばいいんですか若葉!?」
困惑する初霜。だよな、私にも分からん。
むしろ分かってたまるか。
「そう
「もふもふを褒めるとか、どういうシチュエーションなんだ」
私は思わずツッコミを若葉に入れる。
「そう、あれは五年前、秋が深まる頃のことだった……」
だがもう若葉は回想モードに入っているようで、流されてしまう。
「え、なにそんなのに回想入れるの?」
「もふもふの回想とか意味分からないのです」
安心しろ電。私も阿武隈も暁も分からないから。
「その頃、訓練で伸び悩んでいた吹雪を、綾波が励ましていたときのことだ」
「はあ、今日もうまくできなかった……これじゃあ、扶桑さんみたいな航空戦艦になんてなれない……」(※普通なれません)
「元気出してください、吹雪ちゃん!」
「綾波ちゃん……でも、私」
「どうして諦めてしまうんですか!? そんなの吹雪ちゃんらしくないです!」
「でも……」
「でもじゃないです! 吹雪ちゃんは一人じゃありません! 吹雪ちゃん一人では無理でも、綾波達がいます!」
「そんな……私は綾波ちゃん達に助けてもらうような、立派な駆逐艦じゃないよ……」
「そんなことありません!」
「だって、私は綾波ちゃんみたいな火力はないし、島風ちゃんみたいに速くもないし――」
「秋月ちゃんみたいな対空能力も、朝潮ちゃんみたいな対潜能力もない、それに初霜ちゃんみたいにもふもふじゃない!」
「けど、吹雪ちゃんには吹雪ちゃんの良さがあります!」
「私の良さ……? そんなの……」
「吹雪ちゃんはいつだって周りの子達を引っ張っていく、元気と明るさがあります!」
「っ!? で、でも元気なだけじゃ――」
「そんなことないです! 綾波は、いつも吹雪ちゃんに励まされてます! くじけそうな時も、辛いときも吹雪ちゃんが頑張る姿を見て、一緒に頑張ろうって思えたんです!」
「……そうなんだ。うん。分かったよ綾波ちゃん」
「吹雪ちゃん!」
「綾波ちゃん、ありがとう。もう全部大丈夫ってわけじゃないけど、ちょっと元気出てきたよ」
「えへへ、良かったです。綾波も、吹雪ちゃんの力になれるよう、頑張りますね」
「そうだね! 今は無理でも、近い未来に皆に負けないくらい強くなっちゃうんだから! 初霜ちゃんのもふもふにだけは勝てる気がしないけど!」
「吹雪ちゃんなら強くなれます! さすがに初霜さんのもふもふだけは超えられませんけど!」
「よし、特型駆逐艦吹雪! 明日も訓練頑張ります!」
「よーし! 綾波もがんばーりーまーす!」
「このように、吹雪と綾波でさえも初霜のもふもふには白旗を揚げるくらいだ」
「ちょっと待って若葉!? 吹雪さんと綾波さんの私に対する認識を一度訊いてみたいわ!」
若葉の語る回想に対する、初霜の至極もっともな反応であった。
「どうせ若葉が適当なことを言っているだけでしょ。気にしない方が良いわよ初霜」
そんな初霜に対して、暁がフォローを入れる。
「失礼だな暁。若葉は本当のことを言ってるだけだぞ」
「まったく、初霜が真面目だからって変なことばかり言うんじゃないわよ」
そう言いながら、暁は初霜の頭をなで始めた。
「ふふっ、暁さんくすぐったいです」
おお、なんか暁がお姉ちゃんしている。いやまあ元々電達のお姉ちゃんなんだか。
「ふふっ、暁ちゃんえらいです」
そんなお姉ちゃん振りを見せる暁を見て、阿武隈が笑顔で褒める。
「もう、阿武隈さんってば。これくらい当然よ。暁は一人前のレディーなんだから」
「……これが奇跡のはつしもふもふ」
「若葉は一体何を言っているんだ」
「初霜ちゃんが、暁ちゃんにはつしもふもふされているのです」
「もう、電ってば」
「ええっ!? 私はつしもふもふされているんですか!?」
「なんでそこでそんなに驚くの!? ただ頭をナデナデしただけでしょ!?」
「電も初霜ちゃんをもふもふするのです!」
「若葉も、はつしもふもふだ」
電と若葉が初霜に近づいて、初霜のもふもふな髪をなで始めた。
「きゃっ!? もう、電も若葉も髪の毛わしゃわしゃしないでくださいっ」
「えへへ、ごめんなさいなのです」
「お詫びに阿武隈さんをもふもふしていいぞ」
「若葉ちゃんいきなりあたしを巻き込まないで!?」
「阿武隈さんをもふもふ……?」
阿武隈の方を見て、キョトンとする初霜。
なんかかわいい。
初霜は困惑した。
必ず、はつしもふもふという謎の言葉をつぶやき、自分をもふもふしてくる若葉達を問い質さんと決意した。
初霜にははつしもふもふがわからぬ。
初霜は第一水雷戦隊所属の駆逐艦である。
訓練をし、電達と仲良く暮らしてきた。
けれども自分以外のもふもふで可愛いものに対しては、人一倍に敏感であった。
「ふふっ、こうなったら仕返しに阿武隈さんもふもふしちゃいます!」
「なんだ今のモノローグ?」
初霜が阿武隈に飛び付いて、自分がされたように阿武隈の髪をもふもふする。
「ふええええ!? あたしなにもしてないんですけどぉ!? 初霜ちゃん髪の毛わしゃわしゃしないでーっ!」
「阿武隈さんもふもふなのですーっ!」
「これが奇跡の……あぶくもふもふ」
そんな初霜を見て、電と若葉も同じように阿武隈にじゃれつき始めた。
もう髪だけじゃなく、阿武隈の背中にくっついたり、正面から阿武隈に飛びついたりとやりたい放題だ。
「電ちゃんに若葉ちゃんまで!? てーとく、なんとかしてくださいっ」
「あはは、阿武隈は人気者だなあ」
「微笑ましく眺めてないで助けてくださいよぉ!?」
「もう三人とも! 阿武隈さんが困ってるじゃない!」
そんな阿武隈を見かねたのか、暁が声を上げる。
「暁ちゃん……!」
「三人一気に阿武隈さんをもふもふしたら危ないでしょ! もふもふするなら、一人ずつにしなさい!」
「そういう問題!? いやまあ、一人ずつなら良いけど」
一人ずつなら良いのか。
「それと次は暁の番よ! さっき暁の頭をナデナデしてくれたんだから、今度は暁が阿武隈さんをナデナデするんだから!」
「ちょっーとまった!」
そこに、ついこの前と同じように勢いよく執務室の扉を開けて入ってくる白露。
「白露型のいっちばーん艦、白露だよ! いっちばーん!」
「二番艦、時雨。にーばーん」
白露に続いて、入ってくるのは時雨。
「三番艦、村雨よ。さんばーんっ!」
「四番艦の夕立です。よんばーんっぽーいっ!」
「五番艦、春雨です。ごーばんです、はいっ!」
「六番艦の五月雨です! ろくばーんっ!」
次々と白露型が入室して来る。
ここに、前期白露型が元気一杯に勢揃いした。
「ここ、一応執務室なんだけどなあ……」
「えへへ、それじゃあとっかーん!」
白露が大きな声で号令をかけると、白露型の子達がこちらに駆け寄ってくる。
な……なんと 白露達が……!
白露達がどんどん阿武隈に集まっていく!
「こ、これは……!」
なにやら驚いてるような若葉。
「まさか、これはかの伝説のキングスラ――」
「白露ちゃん、危ないから急に飛び込んでこないで――ふえっ、夕立ちゃんあたしのそれはドーナッツじゃありませんっ! 春雨ちゃん、よじ登ろうとしないでぇ!?」
「って、押しつぶされそうになってるだけじゃない!?」
三人でも大変なのになあ。
六人の元気で、しかも電達より若干大きい白露型に好き放題じゃれつかれたら、さっきの比ではない。
「こらこらこら! さすがに危ないから解散しなさーい!」
ちょっと危険そうなので、止めに入る。
「もーっ! これ以上危ないことするなら、今日のおやつは抜きです!」
そこに阿武隈のおやつ抜き宣言が入る!
「ごめんなさいっ!」
「変わり身早っ!?」
いきなり平謝りする白露型六人。
綺麗に整列し、整然とお辞儀をしながら謝る白露達だった。
君達それで良いのか。
「まったく、お前たち少しは落ち着きというものを持て」
若葉は呆れたように言う。
「それは若葉ちゃんが言うべきことじゃないのです」
そんな若葉にツッコム電。
「電もでしょ」
更に電に対してツッコミを入れる暁。
「暁さんもあまり言えないと思います」
更に更に暁に対してツッコム初霜。
まったくこの子達は。まあ、全部冗談で分かってて言ってるのだろうことは分かるが。
「初霜もだぞ。まったく」
だからこそ、私も流れに乗って初霜にツッコミを入れた。
「ところで提督、昨日、執務室に置いておいた電ちゃんのクッキーがいつの間にかなくなってたんですけど……」
阿武隈のそのツッコミは予想外デース!?
なんで私が電の分のクッキーを食べたことがバレたんだ!?
「ごめんなさい」
私は素直に阿武隈に謝る。
鎮守府のトップである私だが、駆逐艦を筆頭に他の艦娘からの人望、および私の胃袋を握られている阿武隈に逆らうことはできないのである。
今日のおやつは抜きになりました。
本来私のものだったクッキーは神通のお腹に入った模様……悲しい。
第六駆逐隊や白露型にじゃれつかれる阿武隈さん。
いつか公式で見たい。