「昼下がりに窓辺で紅茶を楽しみながら、読書をする……レディーにしかなせない業よね」
暁が窓の外を見ながら、いきなりそんなことを言い出した。
「どうしたんだいきなり」
「いきなりってなによっ! ……あ、あら司令官。暁はいつも通りレディーらしく振る舞っているだけじゃない」
「そうか。暁が本を読んだり、紅茶を飲んでいるのは珍しいと思ったんだが」
「そんなことないわよっ! ……そ、そんなことありませんことよ。司令官ってば、ふふっ」
「そうか。それはすまなかった」
暁が一人前のレディー(?)らしく振る舞うのはいつものことではあるからな。
まあ、今回はなにに影響されたか分からないが。
「うー……暑いよぉ……」
「夏だからな」
「もう、夏ってばどうしてこんなに暑いのよ! レディーの邪魔をするなんて許さないんだから! ぷんすか!」
「夏だって好きで暑くしているわけじゃないんだ、そう言ってあげるな」
「むー。仕方ないわね。一人前のレディーは寛大であるべきよね、許してあげるわ」
「暁はえらいな」
「ふふっ、もっと褒めても良いのよ。暁は阿武隈さんみたいなレディーになるんだから!」
「そっか。それじゃあもっと頑張らないとね」
「もちろん、暁はすぐになっちゃうんだから! 見ててよね司令官!」
「その意気だ。暁ならなれるよ」
暁は子供っぽいところはたしかにあるが、電達の面倒見は良いし、頑張り屋さんである。
本気で将来は一人前のレディーになりそうだ。
暁の思い描く一人前のレディーが、どういうものかにもよるが。
「暁ーっ、おやつの時間よ。今日はホットケーキだって!」
そこへ、執務室にとやってくる暁型三番艦の雷。
元気で良い子、ちょっと背伸びしたいお年頃の駆逐艦だ。
なにかと世話を焼こうとしてくるのはかわいいが、私と阿武隈のことをしきりと訊きたがるのはなんとかして欲しい。
「ホットケーキっ!? わーい、ホットケーキ! 暁、阿武隈さんのホットケーキ大好き!」
……それでいいのか一人前のレディー。
「もう、暁ってばホットケーキ好きよね」
「暁は阿武隈さんの作ってくれるのはみんな好きなんだから! そういう雷だってこの前、夕立とおやつの取り合いしてたじゃない」
「あ、あれは夕立がじっと雷のおやつを見ていたからよ! 自分の分は食べたあとなのに!」
「もう、執務室であんまり大きな声出さないの。雷ってば」
「暁だって大きな声出してたじゃない、もーっ! それじゃあ司令官、また後でね!」
「司令官、ごきげんようです」
ぺこりと頭を下げて、去って行く暁。
相変わらず仲良いなあ。
「てーとく、お疲れ様です!」
しばらく経ち、阿武隈が部屋に入ってくる。
相変わらず阿武隈の声と笑顔には癒やされるなあ。
「提督、お疲れ様です! お茶をお持ちしましたぁ!」
明るく元気よくお茶を持ってきてくれたのは、白露型6番艦の五月雨だ。
ちょっとそそっかしいところはあるが、とっても頑張り屋さんで純粋な子である。
「阿武隈さんが作ってくれたホットケーキですっ! おいしーですよ!」
「ありがとう、五月雨、阿武隈」
「えへへ、どういたしまして! でも五月雨は運んできただけですから!」
「ううん、とっても助かっちゃいました。ありがとうね、五月雨ちゃん」
「こちらこそ、作ってくれてありがとうございます! とってもおいしかったです!」
「ああ、それじゃあさっそくいただこうかな」
せっかく阿武隈が作って、五月雨が運んできてくれたんだ。
冷ますのはもったいないな。
「それじゃあいただきます」
ホットケーキを口に運ぶ。
「そのホットケーキ、磯風ちゃんも手伝ってくれたんですよ」
「ほう、磯風がか。腕を上げたな」
「そう褒めるな司令。これも師匠の指導が良かったからだ」
いつの間に来たのか、阿武隈の横でドヤ顔してる陽炎型12番艦の磯風。
阿武隈の自称弟子として料理を教わっているらしい。
このドヤ顔は自分じゃなくて、阿武隈を誇っている顔だろうなあ。
「あたしはたいしたことしてないです。磯風ちゃんが頑張った成果ですっ」
「まったく、師匠は
「最初から上手い人なんていませんから。でも上達したのは磯風ちゃんが頑張ったからです!」
「むぅ……ほんわかしているように見えて、師匠は意外と頑固だな」
「その師匠ってやめて欲しいんだけどなぁ……」
「師匠は師匠だ。教わっている身としては、この磯風、師匠に対して他の呼び方はする気はない」
「磯風ちゃんも頑固なんですから」
「も-! 阿武隈さんは暁のお手本なんだから! なのに磯風ばかりずるいじゃない!」
執務室に戻ってきた途端、ぷんすか状態に移行する暁。
「もう、暁ちゃんそんなに怒らないの」
「むー。だったらレディーの手本として、もうちょっと暁に指導してよね!」
暁は頬を膨らませながら、阿武隈をぎゅーっとする。
「あはは、懐かれるのも大変だな」
「からかわないでくださいよ、てーとく」
「それにしても磯風ってば、いつの間に料理を覚えたのよ。この鎮守府の皆、結構忙しかったじゃない」
「結構前からだぞ? 師匠に少しずつ時間を見て教えて貰ったんだ」
「むー。阿武隈さんも暁にいろいろ教えてくれたって良いじゃない」
「ごめんね。でもお勉強とか紅茶の淹れ方とか、結構教えてるじゃない。暁ちゃん物覚え良くて、あたしすごいなーって思っているんですよ?」
「そ、そう? ふふっ、当然よ! 暁はレディーなんだから!」
腹芸とかから最も遠いと言っても過言じゃない阿武隈に、あっさりと説得される暁……ちょ、チョロすぎませんこと?
司令官、ちょっと暁さんの将来が不安になってしまいますわ。
おっと、つい思考が熊野口調になってしまった。
「なんたって、磯風は師匠の二番弟子だからな」
「二番弟子ですって!? じゃあ一番弟子は誰よ!?」
「そりゃもちろん、いっちばーん弟子は白露に決まってるじゃない!」
「いっちばーん」
一番と聞きつけてやってきた白露と時雨。
この二人を筆頭に、白露型はウチの艦娘の中でも急に現れてくる頻度が多いから困る。
もう驚くことはほとんど無くなったが。
「出たわね白露シスターズ! アンタ達、一番と聞いたらどこでもやってくるんじゃないわよ!」
「暁さんの言うとおりです! 提督や阿武隈さんがびっくりするじゃないですか! 白露型の皆さんは登場する時に前もって知らせてください!」
「五月雨、貴方も白露型よね……?」
「もー、五月雨ってば。そんなに怒らないの。ほら、お姉ちゃんにもうちょっと甘えても良いんだよ?」
なんでそうなる。
「わーい、白露お姉ちゃんーっ!」
「甘えるんかいっ!?」
「わーい、阿武隈おねーちゃん」
五月雨の真似をしながら、なぜか時雨は阿武隈に飛び付く。
「ふえ、あたし? 時雨ちゃんも意外と甘えん坊さんですねえ」
「むー! 時雨ずるいわ! 暁も暁も!」
「ふふっ、暁ちゃんもしょうがないですねえ」
暁と時雨にぎゅーっとされる阿武隈。
「あ、時雨に暁もずっるーい! 白露もーっ!」
「五月雨もぎゅーっとしてください!」
阿武隈が、あっという間に駆逐艦四人に取り付かれる。
「ふえ、ちょっと待ってくださいっ!?」
「ならこの磯風もだ!」
「ふふーん、もう阿武隈さんは満員だよっ!」
「弟子が師匠に甘えてなにが悪い」
「もーっ! ケンカしないでくださーいっ!」
平和だなあ……。
「えーっと、暁はなんの話をしていたんだっけ?」
「師匠の一番弟子は誰かという話だったはずだが」
「もー、暁ってば忘れてたの? うっかりさんなんだから」
「暁には失望したよ」
「話の腰を折ったのは白露と時雨でしょ!?」
責任を思いっきりぶん投げる白露シスターズ。暁は怒って良い。
まあ、白露も時雨も完全に冗談で声色は優しいし、暁もそれを分かっていてツッコミしているんだが。
「阿武隈の一番弟子は電だぞ」
「電が一番弟子なの!?」
磯風の言葉に驚く暁。
「いや、そんなに驚くことか?」
「磯風が二番弟子で、弟子三号は風雲だ」
「風雲が? ああ、あの子も料理上手くなりたいって言ってたもんね」
「そして四番弟子は五月雨ですっ!」
「ええっ、お姉ちゃんそんなこと一言も聞いてないんだけど!?」
「弟子入りは白露の許可制なのか?」
「五月雨ずるいですっ! 春雨も阿武隈姉さんに弟子入りしたいですっ!」
「春雨どっから出てきたの!? お姉ちゃんビックリしたんだけど!?」
「白露は人のこと言えないと思うな」
「時雨もでしょ!? もう、二人とも自分のこと棚に上げないで欲しいわ! ぷんすか!」
阿武隈の膝に座りながら怒る暁。1ミリたりとも怖さが感じられない。
「ごめんごめん暁。これは白露型名物のいっちばーんジョークだから」
「そんな名物聞いたことないけど」
「白露姉さん、適当なこと言わないでください」
「暁さんが信じちゃったら、どうするんですか?」
白露の適当発言に、時雨、春雨、五月雨から総ツッコミが入る。
「妹達がひどい!?」
「そんなの信じるわけないでしょ」
「信じても、まったく害はないとは思いますけど……」
暁と阿武隈も苦笑している。
「でも、いっちばーんにかける情熱は白露が一番だから! そこのところはジョークじゃないからね!」
「そこを主張するの!? いやそれは分かりましたから!」
謎の主張に応答する阿武隈。ほんと大変だなあ……。
「って、また話が逸れているじゃない! 暁はもっと阿武隈さんにレディーとしての心構えを教えて欲しいの!」
阿武隈の膝に座りながら、手足をジタバタさせる暁。
レディーとは一体。
「うーん、あたしは構わないけど、鎮守府の中にもあたしよりもっと暁ちゃんの手本になる人はいるんじゃないかなぁ」
「そんなことないわ! 阿武隈さんはこの鎮守府のレディセブン筆頭なんだから!」
「レディ……なにそれ?」
ホントなんだそれ。この前の『はつしもふもふ』と言い、この鎮守府って謎ワード多くない?
「レディセブン……レディーの卵達が手本とすべき、この鎮守府に七人いるレディーの鑑の人達のことだな」
「なんで磯風知っているの!?」
すらっと回答する磯風に驚く白露。本当に何で知ってる。
「なぜって、暁や春雨に良く聞かされているからな」
「は、恥ずかしいです……」
「春雨、なんでそこで恥ずかしがるの?」
純粋に疑問符を浮かべる五月雨。
いやまあ、阿武隈や他の艦娘を憧れとして語ってたってことだし、そりゃ本人の前で言われたら気恥ずかしいだろう。
「でも、他のレディセブンの熊野さんや赤城さんも尊敬しているけど、暁は阿武隈さんに教わりたいの!」
勝手にレディセブンとやらの一員にされた熊野と赤城には、同情を禁じ得ない。
もちろん阿武隈もそうなんだが、阿武隈は暁に限らず駆逐艦に懐かれまくってるし、今更感がありすぎるのだ。
「だから阿武隈さん、暁にレディーとしての心構えを教えて!」
「うーん。普段の訓練もしっかりできる?」
「もちろんよ!」
「しょうがないですねえ。分かりました」
「やった! 暁、頑張るからね!」
無邪気にはしゃぐ暁。レディとしてどうかはおいといて、素直で良い子である。
「暁さんに教えるなら、春雨にも教えて欲しいですっ! 春雨も阿武隈さんみたいなレディになりたいですっ」
「ふえ?」
「五月雨も教えて欲しいですっ!」
「あー! じゃあ白露も教えてよーっ! でもレディじゃなくて、白露がいっちばーんになる特訓付けてーっ!」
「あっ、白露ずるいよ。僕も特訓付けて欲しいな」
「ふむ、なら師匠の二番弟子である磯風も、当然参加させてもらうぞ」
「ちょ、ちょっと待って。さすがにこの人数は無理ですっ!?」
「何を言う。師匠なら大丈夫だ」
「阿武隈姉さんなら大丈夫ですっ」
「大丈夫じゃないです!? ほ、ほら提督にも手伝ってもらいましょう! はい!」
急にこっちに振られた!?
「いやいや、暁達は阿武隈を慕って師事するって言っているんだから、私の出る幕はないだろう」
「まあ、たしかに阿武隈さんに負担が大きすぎるよね」
「なら、僕達で阿武隈さんの仕事をお手伝いすれば良いんじゃないかな」
「それは良いアイデアですっ! 春雨達がお手伝いしますっ」
「それに司令官なら、阿武隈さんのことはよく知ってるはずだし、阿武隈さんが普段どのようにレディーの手本となるような行動しているか、教えてもらえると思うわ!」
それは、色々無理があると思うぞ暁。
「まあまあ、お前たち。阿武隈は一水戦旗艦の仕事や、秘書艦の仕事もあって忙しいんだ。あまり負担をかけるんじゃない」
「う……そ、そうだよね。ごめんなさい」
「で、でも時間があるときは教えてあげられますからね」
「はーいっ!」
「うん。ありがとう、阿武隈」
「感謝するぞ師匠」
元気よく返事する暁、白露、春雨、五月雨に、静かに感謝を述べる時雨と磯風。
なんだかんだ良い子達なんだよな。だいぶはっちゃけてるけど。
「まあ、阿武隈が大変な時は他のレディセブン? の人達にも頼れば良いだろう」
レディセブンのあとの四人が誰か知らないけど。
「提督、なんですの!? レディーとしての心得を教えてもらいなさいと提督に言われたと、暁さんが押しかけてきたんですのよ、どういうことですの!?」
翌日、熊野が執務室に押しかけてきたのはまた別の話。