「報告書よ。良く読みなさい」
霞が執務室に報告書を持ってくる。
ぶっきらぼうな言い方だが、その声にはたしかに柔らかさがあった。
「ああ、ありがとうな霞」
「別に。こんなことでいちいちお礼を言わなくても良いわよ」
「しかし……」
私の言葉に、霞はジト目を向ける。
「なによ?」
「霞も丸くなったよなあ。昔は目を合わせるなり、十くらいの苦言があったものだが」
「なによそれ!? し、しかたないでしょそんなの!」
「提督、おはようございます!」
霞が反発の言葉を返すその最中、阿武隈が元気よく執務室に入ってきた。
「あ、霞ちゃん! 霞ちゃんもおはようございます」
「あ、阿武隈さん!? お、おはよう――」
阿武隈は、ほんわかとした調子で挨拶をしながら、霞に歩み寄る。
霞も阿武隈に挨拶を返し――
「てーとくのお手伝いしてくれたの? えへへ、霞ちゃん良い子良い子」
――優しい笑顔を浮かべた阿武隈に、頭をなでられていた。
「こらぁ! いちいち頭をなでたりしないでってば! 何度言えば分かるのよ!」
そう言う霞だが、阿武隈に褒めてもらうときになでたり、なにかしらスキンシップを取らないと不満げな顔をする。
難しいお年頃である。
「ごめんね、霞ちゃんは良い子だからつい褒めてあげたくて」
ほんわかオーラ満載の笑顔と返答。
霞や曙さえ懐かせる、阿武隈にしか使えない業である。ただし、駆逐艦に年中懐かれる羽目になる諸刃の剣ともなる業だ。
「こんなぽわぽわした上司と数年もいれば丸くなるわよ……分かった?」
ため息交じりに霞がこちらを見ながら、先ほどの私の言葉に対する返事をする。
なんだかんだ言いつつ、阿武隈から離れていないが。
「良く分かった」
「ねえねえ霞ちゃん、今日のおやつはなにが食べたい?」
「なんでも良いわよ! だがらいちいちべったりくっついてこないでってば!」
そう言いつつ、霞は阿武隈から距離を取ろうとしない。素直じゃないなあ。
昔に比べればずいぶん柔らかくなったけど。
「霞はケーキ好きだったよな」
「うーん、ケーキはこの前作ったばかりですし……」
「あんたらねえ!」
「でもあたしの作ったケーキ、霞ちゃんが気に入ってくれて良かったです!」
「あはは、それは良かった」
「あーもう、お姉ちゃんってば! あんまり構わないでってば!」
「お姉ちゃん?」
「お姉ちゃん?」
霞のお姉ちゃん発言に、私と阿武隈は思いがけず同じ言葉を返す。
「……はっ!? な、なんでもない! なんでもないったら!」
「えへへ、霞ちゃんなーに?」
先ほどより更にほんわか度を増した笑顔で、阿武隈が霞をぎゅーっとする。
阿武隈が駆逐艦達にそういうことするから、阿武隈も駆逐艦に飛びつかれたりするんではないだろうか。
阿武隈が一人なのに対して、駆逐艦は沢山いるから阿武隈が大変な目に遭うのだが。
「満面の笑みで寄ってくるんじゃないっ!?」
「霞! お姉ちゃんを呼びましたか!?」
そんなときに、執務室に突入してきたのは朝潮型長女の朝潮だ。
常にハキハキして真面目な良い子である。
「朝潮姉!? いきなり現れるんじゃないわよ!」
「失礼しました! でも霞が阿武隈さんをお姉ちゃんと慕いつつも、素直になれないそうなので、力になれればと!」
……良い子だが、真面目すぎて融通が利かないこともあると通信簿に書かれそうな子でもある。
「ななな、なにトンチンカンなこと言ってるのよ朝潮姉!? そんなことするわけないでしょ!?」
霞は朝潮の肩をつかんでブンブンと前後に揺らしながら、文句を言う。
酔いそうだから、程々にしてあげて欲しい。
「でも霞、気持ちは言葉にしないと伝わりません! あと強く揺するのやめて」
「むー! お姉ちゃんは島風のお姉ちゃんなんだから!」
いつの間にか阿武隈の横に張りついていた駆逐艦の島風が、霞に対して文句を言う。
島風には姉妹がいないからか、キス島撤退作戦で阿武隈に必要とされてから、すっかり阿武隈に懐くようになった。
今では天津風や長波など、仲の良い仲間ができたのでなによりだ。
「おはようございます、島風ちゃん。急に飛びついてきたからびっくりしちゃいました」
「えへへー、阿武隈さんおはようございまーす!」
「はい、おはようございますっ」
「おはようございます、島風。今日も元気ですね」
阿武隈と島風、それに朝潮は元気よく挨拶を交わす。
「えへへー、島風は速さと元気が取り柄だから! それより……霞ちゃんはお姉ちゃんが沢山いるんだから、良いじゃない」
島風が阿武隈の腕をつかみながら、霞を見る。
見たところ、本気で霞を警戒してるわけでなさそうでもなさそうだ。姉が沢山いる霞がちょっぴり羨ましいのかもしれない。
「べ、別に阿武隈さんをお姉さんだなんて、思っているわけじゃないんだからっ」
「島風さん……」
姉妹がいない島風を思ってか、朝潮の言葉が詰まる。
「そうです! 阿武隈姉さんは春雨達のお姉さんですっ! 霞さんにはお姉さんがいっぱいいるじゃないですか」
「はい、阿武隈さんは五月雨達のお姉さんですっ!」
いつの間にか執務室に入ってきていた、春雨と五月雨がなんか文句を言ってる。
君達も姉妹沢山いますよね?
「おいそこの白露型5番艦と6番艦」
「もー! 白露お姉ちゃんじゃ不満かーっ!」
「わーい、白露おねえちゃーんっ!」
「白露姉さーんっ!」
これまた執務室のドアをいきなり開けて入ってきた白露に対して、飛びつく五月雨と春雨。
相変わらず仲良いなあ。
「もう、かわいい妹達だなあぁ。みんなお姉ちゃん離れできないんじゃないかと心配だよ」
そう言いつつ、白露は春雨と五月雨の頭をなでながら、優しい笑顔を見せる。
「阿武隈さん、おはようございまーすっ!」
白露は元気いっちばーんとばかりに、明るく挨拶する。
「えへへ、白露ちゃんおはようございます」
「そして、白露型あたーっくっ!」
「今日も元気です――えええええっ!?」
白露と春雨と五月雨が一斉に阿武隈に飛びつき、あっという間に阿武隈が三人に揉みくちゃにされてしまった。
「なにこの茶番」
霞が冷めたように言うが、どことなくうらやましげな顔をしていそうだ。
「ふええええっ!? 白露ちゃん達、髪の毛わしゃわしゃしないでぇ!?」
「あー! 白露ちゃん達ずるーいっ! 島風もーっ!」
白露三姉妹にじゃれつかれまくっている阿武隈を見て、島風も阿武隈に突撃を敢行した!
「ふぇっ!? 島風ちゃん、ちょっと待って―っ!?」
「霞、出遅れてしまいました! 霞もすぐに阿武隈さんに突撃しましょう!」
「しないわよ!」
「大丈夫です、朝潮も一緒に突撃します!」
「なお悪いわ!」
朝潮と霞が言い合っているが、二人のスペースはさすがに無いような気がする。
四人でも既に定員オーバーだ。
「皆さん、あたしの指示に従って……ふええ、従ってくださーい!?」
信頼度が高すぎて、逆に指示に従ってもらえないなんてあるんだなあ。
まあ、従わないといけないときはしっかり従うから、これっぽっちも心配ないが。
翌日の執務室。
「阿武隈さんに負担が掛かりすぎよ!」
霞が爆発した。
霞の隣では、朝潮がそんな霞を心配そうに見ている。
「ただでさえ忙しいのに、みんなして、阿武隈さんに年中じゃれついて、大変じゃないのもう!」
「それはあるかもしれんが……」
けど阿武隈のおかげで、駆逐艦の子達の士気と練度が高く保たれているからなあ……。
私が、ちょっとは阿武隈にじゃれつくの控えろと言ったところで、聞いてくれるものだろうか。
あれ? もしかして私、提督なのに阿武隈に人望負けてる……?
い、いや。駆逐艦が阿武隈をお姉さん的な存在として慕っているだけで、他の艦種からの人望は勝っているから。たぶん。
あ。阿武隈は他の軽巡や空母勢からも結構、いやすごく好意的だったわ。
機動部隊護衛の旗艦もやっているからなあ、阿武隈は。
私の秘書艦はすごいな!
「司令官も司令官よ! 毎日じゃないけど、司令官のご飯まで作ってあげたり、執務のサポートしたり! ただでさえ大変なのに!」
私もか!? いやまあ確かに阿武隈には非常に助けて貰っているが。
「いや、それは悪いと思っているが、秘書艦だからと、阿武隈が自分からしてくれるだけのことであって……」
「公私共に阿武隈さんに頼り切っちゃって! ちょっとは阿武隈さんが楽になれるよう、立ち回ってあげなさいってば! それが鎮守府トップとしての役目でしょうが!」
「霞は、阿武隈さんのことが心配なんですね」
「はあ!? なんでそうなるのよ!?」
最初は心配そうに霞を見ていた朝潮だったが、なにかを感じたのか、優しい笑顔を霞に見せていた。
そんな朝潮の言葉に、霞は目に見えて動揺する。
「違いましたか?」
「これっぽっちも心配なんてしてないわよ! ただ見てて危なっかしいからハラハラしてくるだけだわ!」
「そうでしたか」
否定する霞に対して、朝潮は深入りせず、あっさりと引き下がった。
「それにほら! この間もまた阿武隈さんは、夜中にバカ騒ぎしてた川内さんを一生懸命注意してたわ」
ちょっと強引な軌道修正な感じがしたが、私も朝潮と同じく、気にせず続きを促す。
「あの人の夜戦バカはいくら言っても直らないんだから、時間と労力はもっと有意義なことに使うべきよ。ったく」
「たしかに神通さんや司令官も、たびたび川内さんには頭を抱えているようですけど」
「ただでさえ、普段から訓練で出来ないことがある子に丁寧に一から教えてあげたりしてて、忙しいんだから。過労で倒れたりしたら、霞達だって良い迷惑よまったく」
阿武隈が倒れたら……アカン。駆逐艦の子達が、マジで機能しなくなるかもしれない。
これでは先日、阿武隈エネルギーが不足したら鎮守府が機能不全になるとか言ってた響を笑えない。
「阿武隈さんも自己管理くらい、しっかりやって欲しいものね」
「阿武隈さんは面倒見がとても良いですからね。素晴らしいと思いますけど」
朝潮の阿武隈に対する評価が高い。
なんだかんだ真面目同士、波長が合うのかもしれない。
「最近一水戦の子達だけじゃなくて、昼間寝てるどっかの三水戦旗艦のせいで、三水戦の子達の面倒まで見る羽目になってるのよ」
……五十鈴あたりに、三水戦の補佐させるべきかもしれん。
「ほんっと、損な役回りばっかよねえ。霞達の上に立つ者として、もうちょっと上手く立ち回れないのかしら。どこまで不器用なのよ」
「なるほど! 心配なだけじゃなくて、霞も自分に構って欲しいんですね!」
「はあ!? そんなことあるわけないでしょ!?」
「また違いましたか?」
「構って欲しいなんてあるわけないでしょ! 子供じゃあるまいし!」
「そうでしたか」
先ほどと同じく、あっさりと朝潮は引き下がる。
霞の性格を理解して、否定したり、深く追求しない辺り、朝潮も良いお姉さんだなあ。
「そもそも、阿武隈さんにははっきり言って威厳が足りないわ!」
阿武隈に威厳は確かにないが、ああも慕われているなら威厳がなくても良い気がする。
「ついさっきも緩んだ顔して『えへへ、霞ちゃん今日は手伝ってくれてありがとうね』とか言いながらあたしの頭を撫でようとしたのよ!」
「そんなことがあったんですね。霞は偉いです!」
「でも。みんなの前で恥ずかしくてつい断っちゃ――もとい、水雷戦隊旗艦としてもっと一線引いてビシッとして欲しいわね!」
霞、それまったくごまかせてないと思うぞ……。
「なるほど! みなさんの前じゃ恥ずかしいから、誰もいないところで頭を撫でて欲しいかったんですね」
「さっきからなに変な勘違いしてんのよ! そんなこと全然思ってないわよ!」
「そうでしょうか?」
「その後も『霞ちゃんケーキ好きだよね? いつも頑張っているからご褒美にまたケーキ焼いてあげるね!』」
霞が阿武隈の声真似をする。やけに上手かった。
以前、電も阿武隈の真似してたし、二人ともお姉さんの真似をしたいお年頃なんだろうか。
「なんで嬉しそうな顔しながら言ってくるのよ! 絶対食べ過ぎるわ! まったく虫歯になったり太ったりしたらどうしてくれるのかしら!」
どこかずれてるぞ霞。
阿武隈の作るものは、たしかにどれもおいしいが。
「甘いものの食べ過ぎは、よくないと思います」
そして朝潮のツッコミもずれてる気がする。
「だって阿武隈さんのケーキおいし――違うわよ! それに阿武隈さんは健康のことをちゃんと考えて、食べ過ぎないようにしてくれるわよ!」
「それもそうですね。でも、それなら健康の心配はないと思いますが」
「こっそりつまみ食いを……はっ!?」
霞……つまみ食いは良くないぞ。
人のことは言えない? 私は良いんだ、しっかりお叱りをいただいた後だからな。翌日のおやつ抜きと言う名の大きな罰を。
「霞、そんなお行儀の悪いことはしてはいけません! めっです!」
「ち、違うわよ! 普段から隙だらけの阿武隈さんの警戒力を高めるために、敢えてつまみ食いをしてるのよ!」
霞、それはいくらなんでも無理がありすぎるぞ!?
「そうでしたか! 霞は偉いですね。私、つい勘違いしてしまいました」
そしてそれで納得するのか朝潮!?
「我が姉ながら、悪い人に騙されたりしないか心配だわ……」
霞のつぶやきに、共感とおまえが言うなの両方の思いがあった。
「……まあ良いわ。ということで、もうちょっと阿武隈さんにはしっかりしてもらわないと困るのよ」
「阿武隈さんは十分しっかりしていると思いますよ?」
「霞からすればまだまだ全然なのよ!」
「そういうものでしょうか。阿武隈さんになにか落ち度でも?」
「……いまちょっと不知火の顔が頭をよぎったわね。まあ、いいわ。というわけで、行くわよ」
霞の言葉に、朝潮が首をかしげる。
「行くって……どこへでしょうか?」
「今の話の流れから予想しなさいな。阿武隈さんの行動を見て、まずいところを指摘して
「私達がですか? むしろ私は阿武隈さんを見習いたいくらいで畏れ多いのですが」
「まあ、朝潮姉さんはそれでもいいわ。ともかく行くわよ」
「分かりました! 非才の身ですが、朝潮! 霞を全力で援護します!」
朝潮が気合いをこれでもかと入れながら、霞の援護を買って出る。
「なんかそこまで気合い入っていると、逆に心配になるわね……」
私も不安だし、一緒について行ってみるか。
執務室のドアを開け、廊下に出るとそこには――
「うんうん、たしかに阿武隈さんにじゃれついてばかりで負担かけている子いるよね。その点、白露はいっちばーん役に立っているから!」
なにやら頷いている白露と。
「じゃあ僕はにーばーん、かな」
白露の隣で、軽く微笑えんでいる時雨と。
「もう、春雨も少し阿武隈姉さんをフォローしてあげないといけませんね」
なにやら奮起している春雨と。
「はらしょー」
マイペースにはらしょーとつぶやく響がいた。
阿武隈に年中じゃれついている駆逐艦筆頭達が何か言っているが、今は気にしないでおこう。
霞達に置いて行かれるからな。
鎮守府の厨房。
阿武隈が、駆逐艦の電、磯風、五月雨、
「
「ありがとう磯風ちゃん。わあ、上手上手! それにとても早いよ! すごいね磯風ちゃん!」
磯風の手際を見て、阿武隈は嬉しそうに磯風を褒める。
「なに、師匠に教わり始めて随分経つからな。これくらいできなくては立つ瀬がないさ」
「しかし、以前は料理が下手だったなんて、今の磯風からは考えにくいわね」
風雲も磯風の手際を見て、感心していた。
「磯風ちゃん頑張りましたから」
「なんで阿武隈さんが誇らしげにしているんですか」
弟子の成長を誇る阿武隈に、風雲が軽いツッコミを入れる。
「教え子がこんなに良い子で嬉しいなって。あたしも誇らしいです」
「その師匠……そう褒められると照れくさいのだが」
「あら。いつもみたいにドヤ顔してればいいじゃない」
「ちょっと待て風雲。この磯風がいつそんな顔をしたというのだ?」
「さーて? いつかしらね」
「阿武隈さん、暁にも教えて欲しいわ!」
なにやら楽しく言い合っている磯風と風雲を横に、暁が阿武隈に助けを呼んだ。
「うん、今そっちに行きますからね」
「ごめんなさい、五月雨の方も見て欲しいですーっ!」
続けて、五月雨からも助けを求める声が出た。
「五月雨ちゃん、それは電も前に阿武隈さんに習ったから、電も教えられるかもしれないのです」
すかざす、電が五月雨の側に寄った。
「電さん、ありがとうございますっ!」
五月雨が電に笑顔でお礼を言う。
「どういたしまして、なのです」
そんな五月雨に対して、電も笑顔で返す。
「ふふっ、それじゃあお願いね、電ちゃん」
「阿武隈さんに任されたのです! 電は頑張るのですっ!」
阿武隈に頼られた事が嬉しいのか、電は胸の前で両手をぎゅっとして、気合いを入れた。
「むー……ずるい、楽しそう……」
阿武隈達の楽しそうな様子を見て、霞が不満げな顔をしている。
「霞、なんだか寂しそうですね」
「はっ!? 阿武隈さんってば! まったく折角の休日に料理を教えているなんて、また疲れちゃうじゃないまったく!」
朝潮の指摘に、霞はすかさず反論するが、明らかに慌てていた。
「霞、まったくを二回言いましたよ? 落ち着かないときは人と言う字を手の平に書いて飲み込むと良いと聞きました。ぜひやってみましょう!」
「うっさい! ともかくこれはお説教が必要ね、さっそく注意しなくちゃ!」
「駄目ですよ、霞。みなさんお料理を楽しんでいるんですから、邪魔をしてはいけません」
「……そ、そうね。この場は見逃しておいてあげようかしら」
朝潮のたしなめる言葉に、霞は急速にクールダウンする。
「霞も一緒にやりたいのなら、今からでも混ざってくれば良いと思います」
「そ、そんな恥ずかしいことできるわけないじゃない!」
「なるほど! 霞から言い出すのは恥ずかしいんですね! ならお姉ちゃんが言ってあげます!」
朝潮が任せてとばかりに胸を張った後、阿武隈に駆け寄った。
なにやら嫌な予感がするが……。
「阿武隈さん! 霞が阿武隈さんと一緒にお料理をしたくてたまらないみたいです! 是非ご一緒してあげてください!」
朝潮の発言に、霞の時が止まった。
「そうなの? うん、もちろんいいよ! 霞ちゃん、朝潮ちゃんも一緒にお料理しよ!」
朝潮の急で、かつ妙なお願いに満面の笑みで了承する阿武隈もなかなかだと思う。
「いきなりなにをしてくれてんじゃアンタはああああああああっ!?」
休日の厨房に、霞の怒声が響き渡った。
「ふっ、霞に慕われているな師匠」
「霞も、意外と甘えん坊なところがあるのねえ」
「ふふっ、霞ってば甘えん坊さんなんだから」
磯風、風雲、暁が優しい笑顔で霞を見ていた。
「アンタら、その優しい目をやめなさいよ!?」
反論する霞だが、料理の最中、霞に対する視線はずっと暖かったという。
数時間後、鎮守府の庭。
「なんてことしてくれたのよ朝潮姉さん!」
「駄目でしたでしょうか?」
朝潮に強い剣幕で詰め寄る霞だが、朝潮は臆することなく、キョトンとした顔をしている。
もしかして、長女である朝潮は妹の面倒は慣れたものなのだろうか。
姉として、こうしてなにか霞とかから言われるのも、良くあることなのかもしれない。
お姉ちゃんも大変だ。
「あれじゃあ霞がものすごく恥ずかしいじゃない! あの後、磯風と風雲と暁が、霞にずっと生暖かい笑顔を向けてきたんだから!」
「そうでしたか。霞が皆さんと仲良くなれて良かったです!」
「どんだけおめでたい思考してんのよこの姉は!?」
「お褒めにあずかり光栄です!」
「あああああ!? もういいわ!」
霞が頭を抱えながら叫ぶ。妹は妹で、お節介な姉を持つと大変だなあ。
「あっ、霞。あそこを見てください。阿武隈さん達が島風さん達と遊んでますよ」
「え?」
霞が振り返ると、そこには、鬼ごっこを楽しむ阿武隈達の姿があった。
「おねーちゃん、島風に追いつける!?」
阿武隈の方を見ながら、楽しそうに走る島風。
「ちょっと島風! 前を向いて走りなさいな! 誰かにぶつかったりしたら危ないわよ!」
そんな島風を追いかけながら、心配して声をかける天津風。
「島風さんも天津風さんも速いですね! でも三日月も負けません! 鬼ごっこは足の速さだけで勝敗は決まりませんよ!」
島風と天津風の足の速さに感心しながらも、別方向に逃げていく三日月。
「もしかしなくても、この勝負、秋津洲が不利かも!? 大艇ちゃんに乗って逃げちゃ駄目かなぁ?」
足の遅さを気にしてか、大艇ちゃんに乗ろうと一瞬悩みながら、律儀に自分の足で逃げようとする秋津洲。
「大艇ちゃんに頼らず逃げるんだ、秋津洲。その二本の足で」
「なら響、おまえもローラースケート使おうとするのやめよーな」
まったく使う気のないローラースケートを持ちながら、クールな顔で逃げる響。
その横で、ボケをかます響に律儀にツッコミを入れる長波。
「長波さんのツッコミが薄い気がします……ツッコミです!」
なにが琴線に触れたのか、長波のツッコミに言及しながら逃げる秋月。
「……秋月、お前はなにを言っているんだ?」
そんな秋月に苦笑しながら、秋月と一緒に逃げる菊月。
「はーい! 雷も阿武隈さんと鬼を頑張ってやりますよーっ!」
最後に、もう一人の鬼役に張り切る雷が元気に声を上げた。
「ふふっ、それじゃあ島風ちゃんを頑張って捕まえてみようかなっと!」
「ふふーん、いくらお姉ちゃんでも島風はそう簡単には捕まえられないよ!」
島風に狙いをつけた阿武隈が、全力で島風を追い始めた。
二人ともかなりの速さだ。
「むう……島風達ったら、あんなに楽しそうに……」
阿武隈達の様子を見て、霞がまたまた不満げな顔をする。
「バカね、そんなにうらやましげな顔するなら、混ざってくれば良いじゃない」
「どっから出てきたのよ神風!?」
霞の横から声をかけてきたのは、駆逐艦の神風だ。
駆逐艦としては旧式だが、たしかな経験と実力を持つ優秀な子である。
その反面、子供らしい一面も覗かせることもある。まあ、総じてとても良い子だ。
「神風、霞は阿武隈さんに最近あまり構ってもらえなくて、寂しがっているんです。できれば励ましてあげてください!」
「いきなりなに言ってるのよアンタは!?」
朝潮の言葉に反論する霞。
「そう。だったらなおさら、あの鬼ごっこに混ざってくれば良いじゃない」
そんな二人の様子を見ながら、神風は先ほどより柔らかい口調で、霞に再び参加を促した。
「だからそんなんじゃないってば!」
「そうですか。なら、今回も私が言ってあげます!」
朝潮が先ほどと同じように、霞の助けを買って出ようとする。
「やめなさいよバカ! さっきと同じことしたら承知しないわよ!」
「安心してください霞! この朝潮、同じ間違いは繰り返しません!」
「……そう? なら良いけど」
霞は、自信ありげな朝潮を取りあえず信頼することにしたらしい。
なんだか私はまた嫌な予感がするんだが……。
「阿武隈さん! 霞が阿武隈さん達と鬼ごっこをしたくてたまらないみたいです! 是非ともご一緒してあげてください!」
朝潮さんーっ!? さっきと違うところが分からないですよ!?
「あ! 霞ちゃんに朝潮ちゃん、それに神風ちゃんも! もちろんいいよ! 一緒に遊ぼ!」
「どうですか霞! 阿武隈さん『達』と複数対象にすることで、霞のターゲットを絞らせない作戦です!」
朝潮がとても良い笑顔で、霞に親指を立てる。
その笑顔は、からかいやふざけた様子はかけらもなく、真剣に霞のためにやりきったと思わせる笑顔だった。
「アホかああああああ!?」
さらに数時間後、鎮守府内。
「立て続けに、なにしてくれてるのよ!」
朝潮に強く詰め寄る霞。
なんか数時間前に同じ光景を見たなぁ。
「駄目でしたでしょうか? でも阿武隈さんとご一緒できて良かったのでは?」
「あの後長波とかだけじゃなくて、島風や響にまで『霞は甘えん坊さんだなあ』みたいな目で見られたのよ! どうしてくれるのよ!」
「別に恥ずかしがる必要はないと思いますけど」
いや、相当恥ずかしいと思うぞ。少なくとも私なら恥ずかしい。
でも霞も朝潮も神風も、みんな全力で遊んでたよね。結果オーライじゃないだろうか。
「あっ、霞ちゃん! ちょっと良いかな?」
そんなとき、阿武隈が霞の声をかける。
さっきまで一緒に遊んでいたけど、なんだろう。霞への個人的な用事だろうか。
「阿武隈さん!? え、ええ別に良いけど」
「ありがとう。えっとね、霞ちゃん、これから少し時間あるかな?」
「時間? ええ、大丈夫よ」
「それなら、この前霞ちゃんがお勉強で訊きたいことがあるって言ってたよね? 霞ちゃんが良ければ今から教えてあげたいなって」
「本当!? いいの?」
阿武隈の提案に、霞は無邪気に喜ぶ。
「もちろん、あたし的にはOKです!」
「ありがとう阿武隈さん!」
その喜ぶ勢いのまま、霞は先日の白露達と同じように阿武隈に飛びついた。
「わっ!? 霞ちゃんってば、急にあたしに飛び込んできてちょっとビックリしました」
「あ……ごめんなさい」
「ううん、あたしは大丈夫だよ」
「ん……」
阿武隈が霞の髪を優しくなで、霞は気持ちよさそうに目を細めてなでられるままにしている。
「えへへ。霞ちゃん、ちょっと暁ちゃんや響ちゃんみたいです」
「……はっ!? もしかして私……毒されてる!?」
「霞を褒めてくださり、光栄です!」
阿武隈の言葉になにやらショックを受けている霞に対し、朝潮は阿武隈に素直にお礼と敬礼を返した。
朝潮のその敬礼する姿は、間違いなく真剣かつ純粋なものだった。
「光栄じゃないわよ!? 朝潮姉、さっきからわざとボケてない!?」
「ボ、ボケてなんていません! けれど朝潮、霞のツッコミならいつでも受けて立つ覚悟です!」
「ツッコミ受けるようなボケをするなあああああぁ!?」
三度、霞の大声が鎮守府に響き渡った。
――けれど、阿武隈から聞いた話ではしばらくの間、霞の機嫌がとても良かったらしい。