懸命に働く艦娘達のため、私も今日も一日頑張らなければ。
これでもなかなか忙しい身だが、艦娘や鎮守府に勤める人達のため、トップである提督がしっかりしなければと、気合いを入れる。
そうして、執務室へと向かうべく、廊下を歩く。
「提督、お疲れ様です」
そこに、折り目良くお辞儀をする、軽巡洋艦の神通と出会う。
神通は第二水雷戦隊の旗艦として配下の駆逐艦をまとめ、活躍してくれる頼れる存在だ。
「おはよう、神通。今日もよろしくね」
「はい提督、こちらこそよろしくお願いします」
「
「はい、皆さんとても良く頑張ってくれてます。でも――」
神通と他愛のない話をしながら、誰もいないであろう執務室の扉を開ける。
「第一水雷戦隊、電! 旗艦、先頭! 出撃するのです!」
だがそこには、阿武隈のセリフを真似しながら、ピシッとポーズを決める電がいた。
きっと、電の脳内では、電が憧れる阿武隈のように、暁達を率いて出撃する自身の姿を思い描いているのだろう。
阿武隈はポーズを決めたりはしないが。
「……ふえ?」
あ。電と目が合った。
「おはよう電」
そのままだと電が恥ずかしいだろうと思い、何気なく挨拶する。
「はわわわわ!? み、見られちゃったのですーっ!?」
両手をぶんぶん振り回しながら、慌てる電。
「いやいや、中々板に付いていたぞ電」
「そうですよ、電さん。阿武隈みたいに格好良かったです」
「そ、そうですか? でも恥ずかしいものは恥ずかしいのです……」
「執務室で阿武隈の真似をしている方が悪い」
「ぐうの音も出ないのですっ!?」
あわあわと両手を振り回す電。微笑ましいなあ。
そこで、机の上に置いてある牛乳が目に入る。
「電は今日も牛乳か?」
話題逸らしに、牛乳について電に話題を振る。
「なのです! 電は早く阿武隈さんみたいな立派な大人の女性になりたいのですっ! そのために牛乳を飲んで大きくなるのですっ!」
目をキラキラ輝かせながら力説する電。この子cond値100くらいになっているのではないだろうか。
「……良いなあ」
神通がなにかぼそりとつぶやく。
「神通、どうかしたのかい?」
「あ、いえ! なんでもありません。電さん、早く大きくなれると良いですね」
「あ、ありがとうございます! なのです!」
電が緊張しながら神通に対して敬礼する。
「え、ええ……」
神通はなにやら浮かない顔で電を見る。
別に電の敬礼がおかしいとかでもなさそうだが、どうかしたのだろうか?
「え、えっと電さん? 任務中でも訓練中でもないんですから、そんなにかしこまらなくても良いんですよ?」
「で、でも――」
そんなとき、突然執務室のドアが開く。この現れ方は――白露シスターズか!?
「いっちばーん!」
「にーばーん」
予想通り、元気よく執務室に入ってくる白露と時雨。
「あっれー? 提督、阿武隈さんは?」
白露が私の方を見ながら、阿武隈がいないことについて問いかけてくる。
「今日は少し用事があるって言ってたぞ。もう少ししたら来るんじゃないか?」
「そっかー。それじゃあ少し待ってよっかな」
「そうだね。提督、姉さん、飲み物淹れてくるよ。何か良いかな?」
時雨が、さも当然とばかりにカップとかが置いてある場所に向かう。
「てーとく、おやつどこにあったっけ?」
更に白露がお茶菓子を物色し出した。
「こらこら、自分の部屋のように振る舞ってるんじゃない」
「そうですよ、白露さん、時雨さん。それにノックぐらいしっかりするべきです」
「ふえっ!? じ、神通さんおはようございますっ!」
ピシッ! と音が出るような敬礼を神通にする白露。
「お、おはようございます……電さんにも言いましたが、そんなにかしこまらなくても良いんですけど……」
「そ、そうですか? でも、やっぱり悪いといいますか」
神通の言葉に、白露は遠慮がちに返す。
「てーとく、おはようございます!」
開いていた扉から阿武隈が入ってきて、いつものように明るい挨拶をしてくれる。
「神通も、電ちゃんも白露ちゃんも時雨ちゃんもおはようございます!」
「阿武隈、おはようございます」
駆逐艦達に向ける、キリッとした笑顔とは違う、親友に向けた屈託のない笑顔を見せる神通。
阿武隈にとっても、神通にとっても、お互いに対等であり、遠慮なく話せるかけがいのない相手。
そうした存在がいるというのは、とても良いことだと思う。
「阿武隈さん、おっはよー!」
「おはよう阿武隈、この前の本のことなんだけど」
「おはようございますなのです! 阿武隈さん、今日もいろいろと電に教えて欲しいのです!」
阿武隈を見るなり、突撃する勢いで駆け寄る白露と時雨、そして電。
「もー! 三人が同時に話しかけたら阿武隈さんも大変じゃない! もっとレディーとして、お淑やかさを身に付けないとダメよ!」
そんな三人にレディーとして注意する暁。
「ふふっ、皆さん元気ですね」
そんな暁達から一歩引いたところで、優しく微笑む初霜。
「心配してくれてありがとうね、暁ちゃん。でも大丈夫ですから」
暁に対して、ほんわかした声で心配ないと返す阿武隈。
「そう? ……それなら良いけど」
安心させるような阿武隈の声に、心配を引っ込める暁。
「ねえねえ、それで村雨がねっ!」
「今度、春雨が阿武隈と一緒に料理したいって言ってたよ。阿武隈が時間があればで良いんだけど」
「阿武隈さん、電はこの前の試験ちゃんとできたのです! これも阿武隈さんが教えてくれたおかげなのです!」
「村雨ちゃんも良い子ですね。時雨ちゃん、あたしは明後日なら大丈夫かな? 電ちゃん、あたしは大したことしてませんから。電ちゃんが頑張った成果です!」
矢継ぎ早の三人の言葉に、阿武隈は丁寧に返す。
阿武隈も相変わらず駆逐艦も子達から慕われているなあ。
じゃれつかれすぎて、あわあわ言っていることも多いけど、なんだかんだ上手く対応できているなと思う。
まだまだ小さい身でありながら、過酷な訓練や任務に狩り出されることも多い駆逐艦達だが、そんな彼女達を支え、導いてくれる彼女には本当に頭が下がる。
「……」
そんな、阿武隈と駆逐艦達の微笑ましい光景を、優しげに見つめる神通。
神通も二水戦を預かる身として、思うところがあるのだろう。
「……ずるい」
神通が、ぽつりとなにかをつぶやく。
「……阿武隈ばかりずるい! 私だって電さんや白露さん達に懐かれたい!」
「ふええええええ!?」
全然優しげに見つめてなかった!? というか変な嫉妬しだした!?
「いきなりどうした神通!? というかおまえそんなキャラだったか!?」
「だって阿武隈ばかりずるいじゃないですか! 私だって響さんにおもむろに膝に座られたり、春雨さんに神通姉さんとか呼ばれてみたいんです! 那珂ちゃんは全然そんな風に呼んでくれないし!」
「いや、いきなりずるいとか言われても!? あたしがなにをしたって言うの!?」
「えっと、ごめんなさい阿武隈。私も理不尽なこと言ってるのは分かっているんですけど……でもやっぱりうらやましいし……」
「ええ……神通さんっていつも凜としてかっこいいイメージだったからちょっと意外……」
「うん、僕も」
白露と時雨が驚いた様子で神通について話し合っている。
「そうかな? 神通ってプライベートだと結構砕けたり、自分のやりたいこと言ってきたりするけど」
「あ、阿武隈! そういうこと暁さん達の前であまり言わないでください!」
「自分で言ったんじゃない!」
阿武隈は理不尽だと言う顔で神通に言葉を返す。まあ、それだけ神通が阿武隈に対してなんでも言える関係だということなのだろうか……?
「と言うわけで、私も阿武隈みたいに暁さん達に甘えられたいです」
「どういうわけさ」
「って、それじゃあ暁達がいつも阿武隈さんに甘えているみたいじゃない! 白露とかはともかく、暁はそんなに甘えたりしないんだから! 子供じゃあるまいし!」
「何言ってるのさ! 白露こそ時雨みたいにそんな阿武隈さんにじゃれついたりしないし!」
「それは心外だよ姉さん。僕は電みたいにいつも阿武隈にべったりじゃないから」
「い、電だって初霜ちゃんみたいに阿武隈さんをもふもふしたりしないのです!」
「そ、そんな!? 私だって暁みたいにいきなり阿武隈さんのお膝に座ったりしないわ!」
おまえらそれは無理があるぞ。というか一人ずつ、仲良く言葉のパスしてんじゃない。本当は分かってやってるだろ。
「そもそもあたしみたいにと言われても、あたしもそんなに暁ちゃん達に懐かれているわけでもないし」
「「それはない」」
思わず神通と一緒に阿武隈にツッコミを入れる。
「速効で否定された!?」
「阿武隈は駆逐艦の子達を引き寄せるエネルギーを放出しているからな」
「だから、あたしを変なエネルギー源にしないでって言ってるじゃないですか!」
「でも実際に阿武隈って、接しやすくて穏やかな雰囲気あるから。駆逐艦の子達が懐きやすいんだと思う」
「そうかなぁ……?」
神通の言葉に対して、半信半疑の様子を見せる阿武隈。
「ほら、分かるだろう? 阿武隈を見ていると、こう……響とか背中に貼り付けたくなる」
「分かりませんよ!? どういうことなの!?」
私の言葉に素早くツッコミを入れる阿武隈。
「良く分かります」
そして私の言葉に同意する神通。
「どうして分かっちゃうの神通!? あたしの背中に響ちゃん貼り付けるってどこからそうなったの!?」
「そう思って響を連れてきたわ!」
雷が待ってましたと言わんばかりに、執務室の扉を開けて現れる。
「うらー」
とてとてと阿武隈に駆け寄り、背中に貼り付く響。
「意味分からないんですけどぉ!? 雷ちゃんと響ちゃん出待ちでもしてたの!?」
「さて、阿武隈が駆逐艦達に懐かれていることを証明できたとして」
「当然のようにスルーしないで!? あと時雨ちゃん、お茶ならあたしも一緒に淹れますから!」
「暁も手伝うわ!」
「ツッコミを入れながらも、時雨を気遣うあたり阿武隈さんも筋金入りだよね」
白露がうんうんと頷きながら、阿武隈に対してコメントする。
「さすがは
「響、追撃戦にツッコミとルビを振って五十鈴の十八番にするのはやめてやれ。五十鈴が泣くぞ」
「でもこの鎮守府で、五十鈴さんがツッコミ役として活躍してるのは確かだよ」
「響達が年中ボケ倒しているのが大きいからな?」
「提督が言わないでくださいっ!」
私の言葉に、即座に阿武隈がまたツッコミを入れる。うん、やはり五十鈴の妹だ。
「ところで、私が阿武隈みたいに懐かれたいという話ですけど……」
阿武隈も神通も慕われているけど、方向性が違うからなあ。
「うーん。阿武隈は駆逐艦達との距離が近くて、優しいほわほわとしたお姉さんだとして」
「だとして……私は?」
「凜としていて、格好良くて、駆逐艦の子達の畏怖の存在?」
「畏怖!? わ、私そんなに怖くありません!?」
「い、言い間違えた! 駆逐艦の子達の理想像というか、まあそんな感じだ!」
「どんな言い間違いなんですか……?」
阿武隈がジト目でこっちを見ている。ちっとも怖くないしむしろかわいい。
「でも分かるなあ。神通って、いつも格好良くて頼れるから」
「も、もう阿武隈。そんなに褒めないでください。阿武隈だっていつもほんわかした、駆逐艦の子達が近づきやすい雰囲気を出しているじゃないですか」
「それって褒めてるの?」
「ええ、これ以上なく」
キッパリと断言する神通。そんなに駆逐艦に懐かれたいのだろうか。
「提督もそう思いますよね?」
「ああ、私もそう思うよ。電とか阿武隈に頭なでられたりされると嬉しそうだしな」
「し、司令官さん! あまり恥ずかしいこと言わないで欲しいのですっ!?」
「別に照れなくても良いじゃない」
「雷ちゃんだって阿武隈さんに褒められたり、頭なでなでされると嬉しそうにしているのです! お相子なのです!」
「い、電ほどじゃないわよ!」
「あーもう、そんなことでケンカしないの」
阿武隈になだめられる電と雷。
私も阿武隈に褒められたり、頭なでなでされたり、ぎゅーってされたりしたい。
「提督……なんか阿武隈に対して邪なこと考えてませんか?」
今度は神通にジト目で見られる――阿武隈と違って威圧感が!
「ふ、ふふ。提督たるもの、この程度の威圧で屈すると思って――」
「あ、でも私も阿武隈と一度恋バナとかしてみたいですね」
「恋バナ!?」
「あぶちゃん、提督と最近どうなのみたいな……楽しそう」
あぶちゃんってもしかして阿武隈のこと!?
「はっ!? でも私、阿武隈と恋バナしてもお返しできる話題がありません!?」
「どういう方向性の心配してるの!?」
「ほら、神通落ち着いて。お茶淹れたよ」
私のツッコミを横に、阿武隈が神通にお茶を差し出す。
「あ、ありがとう、阿武隈」
「でも、神通には代わりと言ってはなんだけど、威厳とかそういうのがあるよね」
「うん! 神通さんかっこいいもん!」
時雨と白露が、神通に対して好意的なコメントを寄せる。
「そう言ってくれるのは、とても嬉しいです。ありがとうございます、白露さん、時雨さん」
「そうだな。阿武隈には阿武隈の、神通には神通の良さがある」
「提督……」
私の言葉に、神通がこちらに向き直る。
「そういう定型文的なフォローは良いので、駆逐艦に懐かれる方法を考えてください」
「とても良い笑顔でぶった切ってくるの止めてくれない?」
「むー、それだとあたしが威厳がないみたいじゃないですか! あたしにだって神通ほどじゃなくても、威厳はあるんですからね! きりっ」
「阿武隈さん、もふもふしても良いですかっ!?」
「目をキラキラさせながら、あたしの髪をもふろうとしないで初霜ちゃん!?」
「あはは、阿武隈は人気者だなあ」
「てーとく、呑気にコメントしてないで助けてくださいよぉ!?」
「そうだな、阿武隈みたいに懐かれたいのなら、阿武隈の行動を真似てみればいいんじゃないか?」
はしゃいでいる初霜達を眺めながら、神通の質問に対して返答する。
「阿武隈の行動を……なるほど」
「さも当然のようにスルーしないでくださいってば!?」
「あまりにもいつもの光景過ぎて、別になにかする必要ないかなぁって」
阿武隈の苦情に、いつものように返す。
見ていて和むし、楽しいし。本気で阿武隈が嫌がっているなら止めるけど。
「では、阿武隈のようにやってみます! 神通いきます!」
「ええ!? 本当にやるの神通!?」
「はい! ……こほん。えへへ、暁ちゃんお疲れ様!」
「……はい?」
急に声のトーンをあげて、満面の笑みで駆け寄ってくる神通に対して、呆気に取られる暁。
「今日はとても訓練頑張ってましたねっ! 暁ちゃん花丸ですっ! 今日は暁ちゃんの大好きなカレーライス作ってあげるね!」
「えっと、カレーライスは確かに好きだけど……」
「えへへ、暁ちゃんぎゅーっ!」
「わぷっ!?」
そのまま、暁をぎゅーってする神通。
「……こんな感じでしょうか阿武隈?」
「あ、あたしそんなんじゃないいいいいぃ!?」
「えええええええっ!?」
阿武隈と、神通の渾身の叫びが鎮守府に響き渡った。
阿武隈にそっくりとは言えないが、そうかけ離れてもいないようなとか、でも神通がやると違和感すごいなあとか思ったことは言わないでおく。
神通の頑張りはまだまだ続くが、その努力が実るかは、またこれからのお話になるだろう。
けれど、いつか阿武隈のように懐かれる神通が見られると良いな。そう思った。