同盟上院議事録異伝 とある構成邦顛末記   作:如月一月

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「どこにあるんだ?その邦は?」(市民による自虐)


第一話 首相閣下の憂鬱(ランソメドーズ首相官邸)

ランソメドーズ共和国。

 

そう呼称される同盟構成国は、同盟首都ハイネセンポリスのあるバーラト星系から離れ、バーミリオン星域とランテマリオ星域の間にあった。

この国は所謂「第二次開拓時代」と呼ばれる時代――『長征』を終えたバーラトの建国者たちの子孫たちによる星間開拓時代――に建国された【中間星域】と呼ばれる国家の一つだ。

 

 

そんな彼らは、『自由と共存、協調と融和』という国是を掲げ、民主主義国家である自由惑星同盟の構成邦の一国として、紆余曲折を経ながら存在している。

 

 

 

22時47分。

ウェントワース街12番地。ランソメドーズ国内で最も知られている住所。昨年末にその「住人」となった男がいる。

 

――当選確実です! セントビンセントに続き、東アルバータ州知事選挙は、新人の農民党候補である……

――船団事故については、続報が入り次第、お伝えしていきたいと思います。では、次のニュース。衆議院総選挙は与党、農民党が第一党を確実にしつつあり……

――最後まで難航していた汎ローマピクニックでしたが、先ほど「統合」への協力を表明。結果的に「統合」参加の各派は……

――渉外大臣は記者会見にてアスターテへの支援を表明。船舶委員会、並びに事業団に対し……

――10日後の観艦式に備え、宇宙軍名誉総旗艦「ランソメドーズ」が出港準備を……

 

 

「……なぜだ」

 

次から次へとテレヴィジョンの変更に飽きたその男は深く溜息をつくと、投げ出すように椅子にもたれかかった。そして彼の前任者のトレードマークであった葉巻を取り出す。

 

ゆっくりと火をつけて煙を吸込み、そして――

 

「っげっほほっ!!!?」

 

――盛大にむせた。

 

彼の名はリッカルド・フォンターナ。

ウェントワース街12番地。すなわち、現ランソメドーズ首相官邸の住人。

 

ランソメドーズ首相の肩書きを持つその男は憂鬱の中にいた。

 

 

 

リッカルド・フォンターナ。

52歳で現ランソメドーズ首相に就任した彼の政治的キャリアに、目立つものはあまりない。税理士出身であった彼は与党農民党所属議員として、当選4回。現職に就くまでは、交通大臣の職にあった。

 

そんな彼の「幸運」にして「不幸」は彼の前任者、前ランソメドーズ首相ハーディングの死によるものだ。

当時、政権は同盟中央政界と農産物に関する関税関連交渉の大詰めを迎えており、それも交渉はランソメドーズの要望から遠いもので決着しそうであった。

ハーディング前首相はタフな政治家ではあったが、農民党主流派――最大支持基盤たる農業協同組合出身――であっても、いやだからこそと言うべきか、政権内外の反発と戦い、その結果のようにあっけなく脳卒中で亡くなった。

 

その間、わずかに3日。

本来なら後継すべき副首相――当然の如く彼も主流派議員、それも若手のホープとみられていた――を含め、当時の農民党執行部は短くも激しい内々の討論の結果、「閣議による後継指名」を実施。

結果、当時の閣内で『非主流派の中で最も若手』であった彼が選ばれた。

 

 

「敗戦処理」「暫定政権」「選挙管理内閣」

誰も期待しなかった就任であった。

 

 

それから四か月後。

彼は、ランソメドーズ首相にして与党ランソメドーズ農民党「暫定」総裁として、下院たる衆議院選挙結果を「勝者」として享受しつつある。

 

その原因は単純。

誰もが敗戦と思っていた「関税交渉」に勝利してしまったからだ。それも、ほぼほぼランソメドーズの要望が通る形で。邦内基幹産業の救世主となった彼に対し、有権者たちは分かりやすく返答を返した形である。

 

 

勝利。

 

 

なるほど、確かに。一面で見ればそうだ。基幹産業の保護者たる農民党としては、大変分かりやすい実績だ。

その背後で、一緒に受け入れたものを見なければ、だが。

 

 

悩みを忘れようと二、三度と軽く首を横に振ると、吸い慣れた大衆煙草を咥えたまま――盛大にむせた元凶たる葉巻は灰皿に放置されたままだ――彼の出身地たる東アルバータ州産のウィスキーを取り出す。妻は既に眠った。憂鬱の元凶たるこの職責も、官邸が公邸を兼ねていることだけはこれを行える数少ない特権だ。

 

そのささやかな楽しみを得ようとしたまさにその瞬間、扉が控えめにノックされた。

 

 

「あの、首相閣下。来客が……」

扉越しにかけられる秘書官の声に、怪訝な顔をしたリッカルド。

 

「…………客?この時間に?……いや、待て!」

瞬間、なにかに気づいたように椅子から立ち上がる。

 

「今すぐ!帰ってもら――」「邪魔しますぞ!首相閣下!!」

怒鳴りつけるような大声とともに、三人の老人がどかどかと入り込んでくる。

 

――畜生、畜生!!俺がなにをしたって言うんだ!!

リッカルドはこの日、三度目の涙を浮かべそうになった。

 

 

この晩、首相官邸を襲撃した賊を語るなら、彼らはいずれもフォンターナ政権の閣僚たちだ。そしていずれも、農民党内では非主流派という頭文字がつく。

 

農務大臣、渉外大臣、そして、軍務大臣。

関税交渉の表裏それぞれの責任者であり、結果として今回の衆議院選挙勝利の立役者となった連中。

 

そして、頼んでもいないのに勝手にリッカルドの後見人気取りの老人たちだった。

 

「おお、東アルバータのウィスキーですか。我が西アルバータの次には美味いですからな」

「セントビンセントと言えばワインだ。ガラティエには流石に勝てんが、よい赤をもってきた。サラミはないかね?」

「ミードもあるぞ。ああ、君。大皿をふたつ。しまったな、ナッツを忘れた」

 

「いや、なにしに来たんですか」

 

やいのやいのと騒々しく思い思いに酒と肴を広げだす老人たち。中にはリッカルドの秘書官に命じる始末。もはや誰が主人か分からない有様だ。

 

「なにって、そりゃ祝杯だよ。我が党の勝利にね」

「首相閣下の東アルバータ州に至っては、15年振りに知事選挙にも勝ちましたからな。あとで新民主党の連中がうるさそうだが」

「どうせ明日には党本部に行って同じことするんだ。その前に『気心しれた』我々と楽しもうじゃないか。そら、チーズの準備が出来たぞ。好きに飲みたまえ。我らが首相閣下」

 

乾杯の音頭もなしに好き勝手に飲み始める老人たち。げんなりとしながら、ウィスキーをあおるリッカルド。その胸中にどこか高揚した思いがあるのを否定しきれない感触があることも、認める部分があったのは事実だった。

 

 

「……それで?本題は何ですか」

「つまらん男になったな。首相就任時はもう少し可愛げがあったのに」

「諸先輩方が大変優秀でしたので」

 

しばらく酒と簡単な肴を楽しんでいたが、まさか本当に総選挙の祝杯というだけでないだろう、という確信をもってリッカルドが問いかける。その彼に老人たちはつまらなそうに顔を見合わせると、最高齢たる農務大臣が口を開いた。

 

「幹事長から話があった。一週間の臨時議員総会。そこで貴様の臨時総裁から臨時が取れる。……革新連合に礼を尽くすことだな」

 

「嬉しくない報酬ですな。……閣内をいじっていけますか?」

「いや、今のままでいいだろうな。司法大臣を指定席にしておけばそれでいいさ」

連立与党からの働きかけ。まったく、自党よりも協力的とは!!

 

「そもそも今の内閣をいじる必要がない。強いて言えば副首相か。あの小僧は副総裁に回すらしい。しばらく党務を見せたいのだろう。ま、適当に主流派からの推薦者をはいはいと受け入れておけばそれで済む話だ」

「それよりも、次期通常会だ」

「……ああ。そういうことですか」

 

きょとんとしたリッカルドだったが、渉外大臣の発言で納得した顔を見せる。なるほど、連立与党革新連合はその支持基盤の中枢が船舶委員会――輸送業や造船業の団体――だ。確かにあの忌み子の影響のほうが大きいだろう。

目立つ閣僚を捨ててでも、支持勢力のために。今回の農民党の逆だ。

 

「次年度予算は財務に呑ませた。ついでに五か年の特別予算だ」

「軍務省も予定通り。なに、人員だけは揃えているからな。他邦からの要望にも対応しているのは知っての通りだ。この計画範囲なら予備役でどうにか賄える」

まあ、その範囲で頼んだわけだが、とワインを美味そうに飲む軍務大臣。

 

 

「……農務省は?」

「あれだけやったんだ。反対する奴がいると思うかね?」

にんまりと笑みを浮かべた老人たちにリッカルドは深い深い息をついた。

 

「弁務官たちに話をする機会を設けるべきだが……。ちょうど、そのうちネヴィルの奴が帰ってくる。まずは奴からだな」

「一番の難敵じゃないですか!?」

「だから最初にやるんだよ」

 

「時期通常会。第三次建艦計画をなんとしても成立させますよ」

「結構、実に結構!!」

 

 

 

再びの歓談に花を咲かせる老人たちを見ながら、リッカルド・フォンターナは自己の思考の住人となった。

 

『どうして自分が』と思わないと言えば噓になる。

この道を選ぼうとしなかった前任者と、選んでしまった自分。

しかしながら、既に賽は投げれた。いや、投げたの自分か?

いずれにせよ、結果が出るのは先のことだ。

 

ならば、その未来が、良きものであることを祈って。今を生き、決断するしかない。

 

思索から復活した彼は、とりあえず彼は椅子から立ち上がることにした。

まずは目の前にいつの間にか出されていたローストビーフを腹におさめたかったのである。

 

四人の男たちのささやかというには騒々しい酒宴は、あまりの喧騒に静かな怒りを噴火させた首相夫人の襲撃を受ける1時間27分続くこととなる。

 

 

 

いつしか、放置され続けていた葉巻は燃え落ちていた。


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