第一条:本会派の名称は協調ブロック「統合」とする。
第二条:本会派はランソメドーズ共和国国是『自由と共存、協調と融和』に賛同する政党・議員であれば誰でも加入出来る。また、会派構成員は如何なる政治的対立があろうともこれを妨げてはならない。
――『酔いどれ内閣』フォンターナ政権の行く末(ランソメドーズ共和国)
111と38、これが何を意味するのか。111は分かりやすい。今回の総選挙で政権与党、ランソメドーズ農民党が得た議席数だ。では、38は?
その答えは、フォンターナ首相を支えるいわば「党内与党」の数字だ。元々、党総裁でもなければ、独立した派閥を持たないフォンターナ首相は、各少数派閥――いずれも前政権から引き続き閣僚の座にある――の援助を受けてやっと政権運営を行っている節がある。その彼等の衆議院内勢力が38議席だ。
にもかかわらず、である。邦内でも左右の支持者に振り回される様子から『酔いどれ内閣』などと呼ばれる政権運営を余儀なくされていた筈のフォンターナ首相は、首相代行から正式に首相、党総裁の座を得た。それは何故か?
それは連立与党の革新連合が、総選挙前から「フォンターナ首相支持」で挙党体制をとったことにある。船舶委員会を中心とした造船・流通業界を強力な支持基盤として持つ同党は、今回の総選挙で48議席、第3党の地位を占めた。農民党内の「与党勢力」と合同すると86議席。反対勢力である党主流派――主流派でありながら反対勢力であるところが歪なのだが――を上回ったのだ。
一部論者による政界再編論――フォンターナ支持派と革新連合による合同新党、あるいは連立政権構想――はこのような理由から出てくる。単純に計算すれば野党第1党(衆議院第2党)の社会民主党(議席数93)以下ではあるが、農民党内の中間派には様々な理由でフォンターナ支持の者もいる。何人かの中間派が転ぶだけで、農民党は野党転落の可能性があるのだ。
あるいは、衆議院内会派、協調ブロック「統合」との野合が成立すればそれすら必要ないのだが――
- デイリー・ニュース・オブ・フリー・プラネッツ -
「出来る訳なかろう」
イトー・G・シェロは、タブレットに表示させていた記事を消すと、その痩せがれた老体を衆議院内第三控室に置かれている年代物の椅子に預けながら、感心とも呆れともつかぬ声を上げた。ランソメドーズ共和国のとある少数野党「自由民主党」唯一の国会議員だ。ひとりごとの多いこの老人の癖を承知している『同輩』たちは気にもせずに、左右の者との談笑や思案にふけっており、反応したのは今回選挙で初当選の『新人』ぐらいのものであった。
「まったくです」
故に、老人すらその呟きに返答があるとは思っていなかった。
「……代表」
豊かな暗い茶髪を波打たせながら、片眼鏡の向こうの緑の瞳を穏やかに笑みの形で固定させた妙齢の女性。
「伝統的なタブロイド紙です。まして、ハイネセン内で完結しているような人物向けの。同盟中央でも起きないであろう内容が、どうして構成邦で起きると思うのでしょうね?」
くすくすとした笑みを浮かべたまま、そう続けると、かつりかつり、と杖を突きながら自席へと向かっていく女性。
談笑にふけっていた者も、思案に沈んでいた者も、彼女の姿を目に止めるといずれも姿勢を正していく。
そして、彼女の着席と同時に、柱時計の鐘が鳴った。
「時間です。始めましょう」
その声に合わせて、ひとりの壮年男性が立ち上がる。
「汎ローマピクニック。議員1名」
「新人類創造委員会。議員1名」
「祭政者推戴会議。議員1名!」
「全国共産主義者連盟。議員2名」
そうして会派参加表明の新しい順に次々と立ち上がり、自らの所属と議員数を告げていく彼ら。そして大して時間もかからずに自らの番に至ると、イトーも慣れた様子で立ち上がる。
「自由民主党。議員数1名」
そして。次には彼女の番が来る。
「連邦党(フェデラリスト)。議員3名」
「「「我々はここに、協調ブロック「統合」所属として、『自由と共存、協調と融和』の国是のもと、正々堂々たる議論を行うことを宣誓する!」」」
まるで儀式だな、とイトーは思う。いや、実際に儀式なのだ。これは。
神権政治主義者が、共産主義者が、そして己のような、同盟からの独立主義者すら内包する会派。会派所属議員の議員立法に、他の者が公然と反対するなど日常茶飯事の我々が、曲がりなりにも統一会派たることを認め合う儀式。
そして、今。その中心には、あの女がいる。
彼女、連邦党党首にして、協調ブロック「統合」代表世話人のウルリカ・ストゥーレ。建国時与党だった残骸政党の党首にして、建国時の野党協同会派の後継者の代表者。
もっとも国民人気の高い政治家でありながら、その全てを無視して、『自由と共存、協調と融和』という本邦の国是の代弁者。
さぞ、フォンターナの奴は嫌だろうな、とあの人のよい男が頭を抱えている姿を幻視した。
いささか奇妙というべきか、当然というべきか、ランソメドーズ共和国はその建国の経緯から、ある種の名家、と呼ばれる一族が存在する。
いずれも、主星開拓時から独立宣言までの間、主導的な役割を果たした人物・一族たちで、いわば、ランソメドーズの『建国の父』たちの一族だ。彼らの子孫は『二十九家』と呼ばれ、その後も政官財で重きを果たした人物を輩出した。
本人もあまり気にしていないのだが、現首相、リッカルド・フォンターナも――傍流ではあるが――その祖は第二代最高裁判所長官を務めている。
その中でも格別の評価を得ている人物がいる。それが、初代大統領のグスタフ・ストゥーレだった。ランソメドーズの国家デザインは長らく彼が主導して作り上げたのだから当然だろう。いささか乱暴な言い方をすれば、ランソメドーズにおけるグエン・キム・ホアだ。
その後、他の二十九家の一族が様々な道に進むが、ストゥーレ家――特にその嫡流――は政治家たることを己が一族に命じた。
コルネリアス一世の『大親征』時、時の挙国一致内閣を率いたのは、アクセル・О・ストゥーレであった。彼の時代に、ランソメドーズはその特殊な官営企業体である事業団と船舶委員会、そして何より、現在に至る輸送船団と巨大な倉庫管理技術を持った構成邦軍方針を決定づけた人物であった。
大統領一名、首相二名、議長経験者一名、州知事四名、元老院議員三名、衆議院議員八名。
暗殺により死亡した者二名、在職中に死亡した者五名。
――ストゥーレ、その性、絢爛にして破滅。
家系図を紐解けば、きらびやかな経歴とまるで呪われるかのように一族が消耗していく様を見て取れる。
いまやその最後の生き残りが、ウルリカ・ストゥーレであった。
「さて。議員諸賢もご承知かと思いますが、平和市民連合と民主主義者戦線の方々が本会派を離脱なさいました。この件につきましては、会派規約第三条により、申出と共に承諾を行った旨をご報告します」
反戦主義者の集まりと、憂国騎士団その他に当てられた活動家もどき達だ。連邦党と同規模の衆議院議員を得たのを理由に颯爽と独自路線に打って出たわけだが、前者はバーラトの友党からの「要請」に混乱し迷走、後者は落選した党代表と当選した副代表の間で醜い主導権争いでゴシップ紙を賑わせている有様だった。
「我らがフォンターナ叔父さんは、次期通常会にてこちらの建艦計画とそれに付随する関連法案、並びに特別予算を提出するつもりとのこと」
議員達からわずかな笑い声が流れる。その様子を確認しつつ、穏やかな笑みを浮かべたまま、静かな声で説明を紡ぐウルリカ。まだ三十にもならないのに代表世話人五年目となれば進行も慣れたものであった。
「ところで本関連法案、並びに関連予算ですが。我々、連邦党は反対の立場を取ります」
ざわり、と一瞬にして控室が揺らめいた。
それを無視して、イトーはつとめた大声で答える。
「我が自由民主党は賛成する。諸氏は如何に!」
たとえ怪しげな交換取引の結果であろうとも、同盟からの独立路線を掲げて半世紀議員生活を送ってきたイトーに、構成邦軍強化の関連で反対なぞ、あり得る訳がない。もとより、連邦党、ストゥーレがなにを決定しようとも、己には関係がないのだから。
イトーの発言に引きずられたかのように、他の議員の声が上がる。
かくして、協調ブロック「統合」は常のように日々を進めていくのであった。