同盟上院議事録異伝 とある構成邦顛末記   作:如月一月

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「嫌ねえ。ねえ、参謀長?あたくし、この艦で死ぬのかしら」
「恐れながら!兵の士気が下がります!!」

――宇宙歴699年、ランソメドーズ共和国宇宙軍旗艦「ランス・オ・メドー」にて


第三話 誰の為に(イースト系料理店『シンラク』)

この日、リッカルド・フォンターナは地上車で、ある店を目指していた。

翌日に控えた観艦式。軍務大臣や統合参謀本部議長、実際に艦隊を指揮する司令官らと最終確認を行っていたのだが、結果として、予定時間に間に合うかは大変厳しい状況だった。

 

何より彼にとって、その場に向かう時点で精神的疲労を感じるには十分だった。

 

 

目的地はイースト系料理店『シンラク』(新楽)

イースト系料理店の中でもジャパン系とされる料理の名店だ。

そこで、ランソメドーズ大統領主催の食事会、というのが次の彼の予定だった。

 

 

 

「おや、私が最後でしたかな……?」

――胃が痛い。いや、痛くない。大丈夫、俺、負けない。

男、リッカルド・フォンターナ。勇気を振り絞り、震えそうになる心を無理矢理宥めながら、彼は(自身の中では)毅然と胸を張る。……実態としては、この現ランソメドーズ首相はいつものように右手で頭をかきつつ、無意識に左手で腹のあたりを抑えながら室内を見回していたわけだが。

コの字形に配置されたテーブルと椅子。空いている席は一つだけであった。

 

「ンフフフ。いやいや、公務が忙しいのは十分承知しているからね。僕も五年前は色々とあったからさぁ」

ホストの席に座る黒眼鏡と無精髭がトレードマークの老人は、社会民主党出身のランソメドーズ共和国大統領のウィリアム・ローリエ。同盟宇宙軍を佐官で退役すると、そのまま社会民主党へ入党して三十年。一時、労農連帯党から同盟下院議員を二期務めたものの、再びランソメドーズ政界に復帰し、中央執行委員長として首相も務めた。フォンターナから見ると三代前の首相だ。首相の任期を終えると、大統領選に出馬し当選。危うげもなく二期目を務めている。慣例に従って大統領就任と共に社会民主党を離党したが、党からは「名誉顧問」の称号を贈られている。

 

「さあさあ。貴方がいなきゃ始まりませんからな!」

そうにこやかな笑みで、自身の隣の空席を指すのは肥満体の男は連立与党、革新連合のダヴィド・ブラン代表。親しみやすい微笑みで市民からの人気も高く、『ビッグ・パパ』の異名を取る。一座の中では唯一の親フォンターナ派、と言えなくもないのだが、選挙前からあえての「フォンターナ『首相』支持」で党勢に大きな差のある農民党へ揺さぶったり、今回の総選挙では農民党以上に議席数を増やしたことで、影に日向に政権への影響力を強めようとしている。

 

「ええ、首相閣下。さ、どうぞお席へ」

ブランに続いてそう促すのは、一座の中では最年少。連邦党党首にして協調ブロック「統合」の代表世話人であるウルリカ・ストゥーレ。実は幼い頃から見知った相手ではあるものの、星系中央政府への集権を好まない伝統的保守政党(のはず)である連邦党党首、その上、問題児集団と言っても許されるのでは?と個人的な感想を常に抱く「統合」の代表を若干28歳で務めている時点で、今のフォンターナからすれば触れ合いたくない人物だ。

 

そういう彼・彼女らの向かいで、日に焼けた顔に現れている不機嫌さを隠そうともしていないのが、『瞬間湯沸かし器』と呼ばれる新民主党のパトリック・スミス代表。学生時代はとあるスポーツの代表選手として活躍。ハイネセンポリスの金融業界に務めた後に、ランソメドーズで証券会社を創業した経歴を持っており、財政には口うるさく、事業団や構成邦軍の縮小すら口にする所謂都市政党の代表格。

 

その隣でそわそわと居心地悪そうな顔の若い女性――といってもウルリカほどではないのだが――が、野党第一党である社会民主党の党首のアンバー・クロス中央執行委員長。総選挙の敗北を受けた委員長選挙の結果、昨日、その職に就任したばかりだ。細身で気弱そうに見えて、いや、実際にそうなのかも知れないが、敢えて火中の栗を拾うような人物が、見かけ通りとは信じられない。

 

革新連合のブランの他はいずれも、対立党派の代表、指導者達だ。『慣習』とはいえ、こんなものに毎度毎度参加していたハーディング前首相を含めた歴代に――無論、農民党でない者も含めて――フォンターナはあらためて畏敬の念と、どこかでやめてくれなかったのかという疑問を覚えた。

だが、その疑問は愉快そうな笑みを浮かべ続けているローリエ大統領の顔を見ることで、諦めた。

 

そして。彼は着座しながら、意図的にその存在を無視していた人物に正対する。クロス委員長の隣。ある意味では最も会話したくないが、職務上、この中では一番会話しなくてはいけない人物に。

 

 

ランソメドーズ共和国弁務官、ネヴィル・グレイ。

 

一座の中での最年長の76歳。同盟軍地上軍で幾度も戦傷を負い、尉官で予備役に移ってからはランソメドーズ軍地上軍へ。邦軍地上軍では将官まで登ると退役後に政界へ出た。そして、フォンターナ自身の政界歴を倍にしても足りぬ期間、その世界に身を置き続けている。現在はランソメドーズ共和国の「外交官」たる弁務官として既に三期目。今も変わらず同盟上院で獅子奮迅の活躍をする老人。

 

 

――今からでもあの小僧、変わってくれないかな……。

 

二日前、フォンターナの党総裁就任を忌々しそうに見つめていた同世代である副総裁の顔を思い出しながら、彼は水を口に運んだ。

 

 

「さて。さてさて。まずは大変忙しい時期にも関わらず、こうしてお集まり頂いたことに感謝する」

そう言って頭を下げるローリエ。もっとも、頭を上げた時には常のような笑みを浮かべていたのだが。

「初参加の者も少なくないので改めて。今回の席は、衆議院総選挙後、諸君の健闘と当選祝いを兼ねたものだ。また、折角の機会なので、ハイネセンから戻ったグレイ弁務官にも参加してもらっている。常のように、衆議院当選の各党代表には招待状を送ったのだが……」

そこまで話すと視線をウルリカに向ける。

 

「「統合」参加の各党代表からは、いずれも辞退の申出があった。まあ、これはいつものことだから良いのだが」

そう続く説明に緩やかに頭を下げるウルリカ。なんでもありの彼らだからこそ、代表とそれ以外の序列は分ける、というのが彼らなりの流儀なのだろう。……だとすれば、そこから離れた連中は?

 

「残った平和市民連合と、民主主義者戦線なのだがね。彼らは共に期限までに、いや、なんなら本日現在に至っても回答がなかった。まあ、色々あるのだろうねえ」

「回答出来なかった、の間違いでは?」

 

ローリエの説明に鼻で笑うようにスミスが言葉を続ける。「真の市民の党」を主張する平和市民連合は党代表の席を「常任幹事会」としているのだが、肝心の幹事会メンバー内には当選議員は不在どころか誰一人出馬せず、当選者で国会議員団を構成するとしたものの、団長はあえて置かないという表明している。

民主主義者戦線に至っては、落選した代表と、当選した副代表の間の対立が先鋭化、選挙後の党員大会で互いが互いに不信任突き付けて辞職を要求する有様で、最早どちらが党代表のなのか判別不可能だった。

 

「さぁてね。そこまでは私の仕事じゃあない」

肩をすくめるローリエ。一々役者染みた振る舞いなのだが、この老人がやるといかにもな風格が漂う。

 

「ま。なにはともあれ、今回はこの7人という訳だ。無礼講だ。気楽にやろうじゃないか」

そう言うと、全員の前に酒が運ばれてくる。食前酒、というわけだろう。透き通った色合いのシェリーが配られた。……酒の飲めないスミスだけは、炭酸水のようだったが。

 

 

「では諸君。選挙の遺恨は忘れ、ノーサイドといこう。……乾杯」

 

 

 

会食が始まってしばらく。

あれ。思ったより平和だな、とフォンターナは安堵していた。ジャパン系の前菜は美味かったし、酒はフォンターナ好みのウィスキーがいくらでもある。グレイは義務的に上院の報告――いずれも通常会で詳細は話されるものだ――をした後は黙って食事に専念している。

不機嫌そうだったスミスも美味い飯にはほだされたと見えて落ち着いているようだし、普段の政治信条を横に、頑なにホット・サケしか飲まない趣味のウルリカはローリエとサケ談義に花を咲かせている。隣のブランに思い出したかのように絡まれるのを除けば、どの参加者とも談笑、というレベルだ。

メインディッシュの肉料理。上品に焼かれたそれが、各自に配膳される。

と、気を更に抜いた、その瞬間だった。

 

「そういえば首相閣下」

「……なんですか。グレイ弁務官」

 

うわ来た、と思った。声がうわずることなく返せたことを褒めてほしい、と本気で思った。

 

「ルンビーニ船団事故に関してですが。周辺流通に関しての、輸送事業団と船舶委員会を通じた支援表明。あれには感謝します」

「あ、ああ、そのことですか……」

 

多くの死傷者と流通の要衝へ悪影響を及ぼした件の事件に関して、フォンターナ政権は官営企業体である事業団と、民間の船舶会社によって構成される船舶委員会による支援を表明している。いずれも『大親征』時に、戦地となった構成邦への輸送に派遣される為に創設された組織だ。現在では戦地だけなく、政治的案件の際に――特に事業団は――派遣されるようになっている。

大事、といえば大事だが、フォンターナ、というよりランソメドーズからすればそれほど、というものではない。何より、あちらの方面にはガラティエがあることだし、急いでなにかを、と求められた訳ではないからだ。

 

「正式には同盟政府、あるいはルンビーニの反応待ちでしょうが、言っておけば、のレベルですよ」

「それでも自ら口にしたか、はひとつの指標だ」

はて、とフォンターナは不意に悪寒を感じた。メインディッシュに向けようと思っていた手を止める。前にもこういうことがあった。なんでもないことのはずが、いつの間にか、己を縛り付けたこと。あれは、確か――。

 

「そういう意味であえて問いたい。時期通常会。第三次建艦計画と関連特別予算について」

 

――俺が、首相代理になった時だ。

 

 

「如何なる目的で。如何なる理由でこれを提出するのかを」

 

 

室内から、音が消えた。

 

 

 

 

「……如何なるもなにも、既に記者会見でも告げた通りです」

フォンターナは困ったような笑みを浮かべ、グレイに視線を合わせた。

 

「農産物に関して、同盟中央政府との関税交渉の結果、我がランソメドーズは現状維持を勝ち取りました。まあ、これは「売値はいじらない代わりに軍へ出せ」ということなのでしょうが。軍隊は大口消費者ですし。そして同時に、駐屯する同盟正規軍の縮小と、【交戦星域】方面への輸送案件の受注……」

「それだ、それ!」

フォンターナの説明中であったが、スミスの大声が部屋中に響いた。

 

「何故、こんな建艦計画が必要になるのか!しかも今までのような輸送船団だけではない!構成邦軍の警備艦クラスだけでなく、同盟軍の駆逐艦クラスの建艦計画まだ入っているではないか!それも何隻も!!」

ドンッ!!とテーブルが叩かれ、一瞬皿が浮く。隣のクロスは迷惑そうに……することなく、肉を口に運んでいる。

 

「戦地ともいうべき地への輸送ですよ?それも自力で。自衛戦力の拡充。それが不可欠なことは……」

「どこに!そんな!金と!人がある!!」

ダンッ!ダンッ!と繰り返されるそれ。ブランは眉をひそめるものの、スミスの両隣のうち、目の前の老人はじっと見つめてくるし、もう片側の食事を止める気配がない。ホスト席の大統領は「面白いものが始まった」とばかりに喜色を隠さないし、一番端の奴に至っては微笑みのまま手酌でホット・サケを飲むのをやめようとしない。――こいつら、どういう神経しているんだ。

 

「聞いているのか、首相!!」

 

 

「ま、まあまあ。少し落ち着きませんか、スミス代表。食事の席で……」「だがなあ、スミス」

宥めようとしたフォンターナだったが、そこにブランが横入してくる。

 

「ぶっちゃけ聞くぞ。なにを説明しても、お前さん、賛成する気ないだろう?」

「当たり前だぁ!!!」

 

ガシャン!となにかが割れる音。思わず椅子の上で跳ねるフォンターナ。そこで、ようやくスミスの暴走は止まったようだった。

 

「ンフフフ……。相変わらず威勢のいいことだねえ、スミス君は」

ローリエの愉快そうな声。彼自身、首相時代はスミスに色々と手を焼いたはずだが、子供でも相手しているかのような言い草はいかにもこの老人らしい。スミスはきっと顔を赤らめたが、一度、二度と深呼吸する間に、いくらか落ち着いたらしい。「失礼した」と恥じ入るような声が出された。

 

「醜態を晒しました。申し訳ない」

「い、いや……その、こちらこそ……?」

素直に頭を下げるスミスにフォンターナも思わず返す。

 

「まあ、スミス代表の言いたいことも分かります」

か細い声。女性にしては低く、まさに蚊の鳴くよう声で、いつの間にかメインディッシュを食べきったらしいクロスが言葉を繋いでいく。

 

「首相閣下。本邦の労働人口は縮小傾向に陥っているのはご存知ですね」

「それは、まあ……」

「つまり、そういうことです」

なにがだ、と思わず思ったが、スミスやグレイが頷く姿を見て必死に頭を回転させる。そして、たどり着く。

 

「輸送船団の拡充、自衛戦力としての艦隊の拡充。ああ、いいさ。いいことさ。個人的には認めたくないが、財政の問題だけで済むなら。だがな、首相。軍は消費するだけの存在だ。それでいて若者を飲み込む」

「同盟全体の産業構造の歪み。ランソメドーズだけが逃れられている訳ではありません」

スミスとクロスの言い分は、つまるところそういうことだった。

 

「駆逐艦は小型艦。ああ、そうだろうとも。戦艦やら空母やらに比べればな」

「幸いにも本邦には同盟軍にも対応できるよう、整備ドッグがある。……これに金をかけて建造ドッグにする。ああ、そうかい」

「で、それを動かす人は?予備役か?退役者まで広げて現役復帰か?」

「そこまでやってだ。他の警備艦は?事業団の輸送船団は?」

矢継ぎ早に問いかけられる質問。フォンターナはそれを答えることは出来る。出来るが――。

 

彼は沈黙をもって回答とした。何故か。

その問いかけに対する表明的な解答だけで、彼らが納得しないことが分かり切っていたからである。

 

 

そして、暫くの沈黙の後。

 

「……それでも、やる」

 

「やると、決めたのです」

 

冷めきった料理を前に、フォンターナは、そうとだけ答えた。

 

 


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