同盟上院議事録異伝 とある構成邦顛末記   作:如月一月

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「政界なんて無粋な商売は堅物のストゥーレがお似合い。私達ウィンターホールドは優雅に軍務に就くとしましょう」
――「大親征」時におけるウィンターホールド大将の発言


『宗家頭首は一門を統率するもの』『貴族より貴族らしい』『皮肉を禁じられたら死ぬ一族』
「それで死ぬような殊勝さがあの連中にあるわけなかろう」
――ウィンターホールド家への評判に対してアクセル・О・ストゥーレの談


第四話 宇宙軍観艦式(ランソメドーズ宇宙軍名誉総旗艦『ランソメドーズ』)

 

軌道上の待機衛星から短距離シャトルに乗って30分。接舷した通路を、この時代では珍しく無重力空間が彼らの身を覆った。

 

「いやあ、よかったよ。まだ忘れていなくて」

フォンターナの発言に、周囲の随行員や記者たちから笑い声が漏れる。もっとも、随行員はともかく記者たちの何人かはひきつった様子が残っていたが。

旧式艦であるがゆえに、艦内はともかく、このような移乗の際には特設の接続パーツを必要としており、一部無重力空間が発生するのがこの艦の特徴だ。基本的に地上から離れない政治部記者などは、現代艦船においてほとんど感じることのない無重力下での行動に焦っていた。一方のフォンターナだが、前職たる税理士時代に、数えるほどとはいえフェザーンの自由商人相手や小規模な運送業者の船舶相手に経験があり、『酔いどれ』と評される政権運営の手腕とは別に、危うげのない振る舞いを見せている。

……その本心は、別として。

 

――ランソメドーズ宇宙軍名誉総旗艦『ランソメドーズ』

 

コルネリアス一世による大親征の際に、ランソメドーズ共和国の一般国民からの献金・寄付金、はたまた資材提供などを基に建造された戦艦である。そうして建造された彼女は同盟制式艦隊に配備されて幾度かの会戦に参加。無事にその戦乱を生き延び、その後も暫くの間は制式艦隊で戦った。旧式化に伴い辺境警備隊へ、そして予備艦へと回されていき、そのまま退役…と至るはずだった。その建艦に至る経緯を思い出したランソメドーズ共和国民による『帰還』要望運動さえ、起きていなければ。

 

――『自由と共存、協調と融和』のという国是の象徴。

――我々の団結によって建造されたフネ。

 

そして無事『帰還』した彼女は、構成邦宇宙軍の練習艦――という名目によって既に老朽化著しい艦体を修繕作業した――を経て今現在、この国唯一の「戦艦」として君臨している。とはいえ、所詮は動態保存されている骨董品の旧式艦だ。機関部はともかく、基本的にはミサイルをはじめとする実体弾が配備されることもないし、主砲の中性子ビームにしても口径はともかく、動力伝達システムや管制システムはほとんど旧来のままで、とても実戦に投入したり、まともに運用出来るようなものではない。構成邦宇宙軍の主力たる駆逐艦相手であっても実際の撃ち合いとなれば敗北するであろう。

それでも、彼女は構成邦における一種の「象徴」であった。

軍艦としての実態ともかく、象徴として祭り上げられる身となった彼女は、今なお、多大な経費を国費で負担しつつ、維持され続けている。

 

 

「ようこそ、本艦へ。マイ・プライミニスター」

栄誉礼を済ませ、観閲の為に艦橋へ移動したフォンターナ。それを出迎えたのは、鮮やかで豊かな金の長髪と、黒いフレームタイプの眼鏡をかけた、碧眼の妙齢の女性だった。宇宙軍の軍服を身にまとっていたが、穏やかな笑みと、まったく軍人には見えず、その柔らかな口調は、どちらかと言えば、軍人というよりは理知的な学芸員、あるいは司書のような雰囲気だ。

そして、よく見れば、それが精緻なホログラム表示であることがわかるであろう。

「ランソメドーズ宇宙軍所属、戦艦『ランソメドーズ』です」

「ランソメドーズ共和国首相、リッカルド・フォンターナだ。よろしくお願いするよ、総旗艦殿」

まあ、と朗らかな笑い声。とても彼女が軍艦とは思えないだろう。いや、厳密には軍艦そのものではないのだが。

 

さて、何故『彼女』のような存在がいるのかについては、少しばかり説明がいるだろう。いくら国民から望まれたとはいえ、この実用性皆無の旧式艦一隻のための「莫大な」維持費を軍務省のみで負担するのを嫌がった。「象徴のために実用性実務にまわす予算を削れとはいえない」ましてや「旧式艦のために兵士のボーナスカットが出来るか」というわけである。この予算請求上のあからさまな貧乏籤をどうするのか。真っ先に「巻き込み」に行ったのは、同じく大親征をきっかけに誕生した運輸整備事業団、その後援者たる運輸省、そして同様に「国是への意識によって誕生した」民間船舶運営委員会だ。そこでいくらかの助力は得たものの、それだけでは不十分であった。というより、運輸省サイドからすれば事業団運営に軍務省の「協力」をもっと寄越せ、というのがストレートな回答であった。というか、『ランソメドーズ』の維持するぐらいなら事業団運営に助力しろ、金を出せ、というのが運輸省の本心だった。船舶委員会は快諾といえば快諾であるがそもそも民間団体である。限界があった。

 

そして、当時のランソメドーズ軍務省は次のような結論に至った。

 

「どうせなら全部巻き込もう」

 

かくして、戦艦『ランソメドーズ』は摩訶不思議な事態へと突入する。

たとえば。首相府直轄による構成邦歴史博物館の分館として。

たとえば。農務省の宇宙空間における新種開発の実験室を搭載。

たとえば。学術省による学習AIホログラムの実験展示場として。

 

それらが複合的に重なり合った結果、曲がりなりにもランソメドーズ共和国宇宙軍に艦籍のある現役軍艦でありながら、此度の観艦式のようなイベントを除いては一般公開された軍艦博物館――それも美しい女性ホログラムによる解説つき――として機能しているため、一部のニッチなファンにとっては有名な存在が誕生した。

それが彼女、『ランソメドーズ』である。

 

余談であるが、何故、彼女が『ランソメドーズ』名誉艦長なり、解説ガイドなりの役職ではなく、戦艦『ランソメドーズ』そのものと同一して設計・開発されたのかというのには諸説ある。多くは「その方が特異性があり同一性が進めば滅多な理由で削除するのにも心理的抵抗感が強まるから」というもの(これはこれで邪悪な感性ではないかという意見もある)だが。一部の人間からは「いやあ、単なる趣味でしょう」という声もある。

 

 

閑話休題。

 

 

さて、そんな彼女に迎えられたフォンターナであるが、眼前のスクリーンに表示されている様子を見て表情をあらためる。丁度、観艦式指揮官の号令が聞こえる。

ランソメドーズ宇宙軍観艦式が、始まろうとしている。

 

 

 

 

――ランソメドーズ宇宙軍前衛総隊・第二護衛隊旗艦 

受閲艦隊旗艦 巡行艦『セントローレンス』

 

 

「『アゲタラム』、『アルメリア』より、第二・第三列それぞれ準備完了」

「『グズベリー』より、他構成邦軍船舶の準備完了との報告あり」

「『モナルダ』より、フォンターナ首相の移乗確認の連絡が入りました」

「スパルタニアン隊、予定通り『ロッキーズ』より発進」

 

「暇ねえ……」

査閲艦たる名誉総旗艦『ランソメドーズ』、先導艦である前衛総隊旗艦である巡航艦『ユーコン』が映し出されている画面を前に、一人の女性がその長い脚を組み、長い青髪を指に絡ませながらいかにも退屈そうに呟いた。

 

受閲艦隊指揮官であるグェンドリン・ウィンターホールド少将である。

 

同国宇宙軍における前衛総隊と護衛隊の関係は、同盟軍の制式艦隊をイメージするといい。第一から第五まで編成されており、巡行艦戦隊と駆逐艦隊で構成されている。その中でも第二護衛隊は交戦星域に対して輸送船団が派遣される際には必ず選ばれるまさに精鋭だ。その指揮官たる彼女は同盟軍に奉職することなく、ランソメドーズ宇宙軍にその軍歴を捧げている。

 

パレルメント出身のウィンターホールド家は「二十九家」の中でもストゥーレに次ぐ敬意を受けている準州系名家の筆頭格だ。その一門は(ランソメドーズ開拓以前より)代々軍務を選んだことで現在の地位を確立した。もっとも、その結果として当主の戦死記録も珍しくないという一族である。

 

今代の当主たるグェンドリンも、機動力を活かした戦法で戦功を上げた。特に第二護衛隊司令となってからは帝国軍の貴族(略奪)部隊すら撃破したことで同盟軍でも一時話題になったこともある人物であった。

 

 

「司令、そろそろ定刻ですが……」

「参謀長」

長い溜息。

「あなた、本当に退屈な方ねえ。そんなつまらない報告をするのがお好み?」

「そういう問題では、ないかと思うのですが」

司令席に座ったままその美貌を憂い顔で告げるウィンターホールド少将。これであってもこの観艦式終了後、第二護衛隊司令から前衛総隊司令長官への昇進が内示されていると聞く。

 

 

――戦闘での了見と見識は認めるが、何故、こんな人物の補佐役を務めなければならんのだ。

 

 

参謀長はひとり、聞こえぬよう嘆息した。

 

 

「時間です」

「『ユーコン』及び『ランソメドーズ』、移動を開始しました」

 

「総員起立!」

 

直後、艦橋に響き渡る声。

先程までの表情が嘘かのようなグェンドリンを見て、参謀長は再び息を吐いた。

 

 

彼はまだ知らない。

この女傑のもとで、前衛総隊総参謀長に内定していることなど。

そしてその最初の職務が、交戦星域への派遣部隊編成となることを。

 

 

 

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