同盟上院議事録異伝 とある構成邦顛末記   作:如月一月

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「England expects that every man will do his duty(英国は各員がその義務を尽くすことを期待する)」
――ホレーショ・ネルソン

「皇國ノ興廢此ノ一戰ニ在リ、各員一層奮勵努力セヨ」
――東郷平八郎


【戦記】ヴァンフリート遭遇戦(3)全艦、最大船速!

 

 

巡行艦『セントローレンス』の艦橋で、ウィンターホールド准将の声だけが響く。

 

 

「我が邦軍で、自由惑星同盟の制式艦隊のように戦わないといけないなんて……馬鹿らしいと思わないのかしら」

「…………」

 

戦端を開くのが近づきつつありながら、平素の素振りのままのまま呟くウィンターホールド准将の発言に、一瞬では足りぬ驚愕の目を向けたのは彼だけでなかった。

古参の通信参謀すら、瞠目したのがその証拠であろう。

 

「あのねえ、参謀長? このまま行っては、劣勢な戦力で凡庸な戦陣を敷いた敵の指揮官を馬鹿と思うに違いないわ」

 

「つまり、私をよ?」

 

ああ、無理。そんなの耐えられない! と司令部に声が響いた。

 

 

「だから、少しは敵のお貴族様に説明をして差し上げないと」

 

 

 

――銀河帝国、ズン=ダモン子爵艦隊旗艦

戦艦『アルバトロス』

 

 

バックシー大尉はイゼルローン要塞駐留艦隊に所属する、帝都オーディン出身の尉官のひとりであった。

それが彼の本来所属する分艦隊は、先の戦闘で半壊状態に陥った。作戦参謀のひとりであった彼は、このイゼルローン要塞の攻防が帝国軍の『勝利』と聞き、おっとり刀で参陣した貴族たちによる混成部隊の「連絡武官」として実質的な参謀長の役目を仰せつかっている。

 

不満の極みと不貞腐れる者も多い任務ではあったが、彼は早々に切り替えた。

考えようによっては、初めて自分で艦隊を指揮できるも同義だと考えたからである。

本来の所属であれば、作戦参謀として下位も下位、文字通りの最下位だった若手が、運よく才覚を発揮できる機会を得た。

 

そして実際に、『成果』を上げていた。

――案外、出世は早いかもしれんぞ?

普段ならせぬ、皮算用を始めたい気分だった。

 

 

――案外、掘り出し物だったのだ。

そう内心で独語したのは、四十を超えた小柄の男、フォン・ズン=ダモン子爵である。

彼がこの混成部隊の司令官となれたのは、唯一乗艦として戦艦を持ち込めたからである。

ズン=ダモン子爵家は、エーリッヒ2世による宮廷革命の一環で取り立てられた比較的新興の一門であった。

 

辺境諸侯と括るには帝都に近いものの、所領はそこまででも裕福ではない。

ましてやこの子爵はまともな軍歴のないまま、大佐としての位を得ている。

とはいえ、だ。

 

『諸子の献身、確かに承った。とはいえ、我らは急遽の混成部隊、「連絡武官」殿の助言を頼りにしたいが、どうか』

 

自領の艦船だけで、補給船のいくらかでも襲撃出来れば、と思っていたのが、この一言をきっかけに編成された他の弱小貴族集団の統率者として君臨できた。

この一言を発せたが故に。爵位や権門との繋がりでは同格、あるいは見かけによっては上の諸侯を従え、『指揮官』として振る舞えている。

これでいて「連絡武官」が無能であれば、すぐにでも変化しただろう。

 

だが、その連絡武官も思った以上にその才覚を発揮した。

 

そして彼は、四代前の当主以来、久方ぶりに領邦軍指揮官として「軍功」を得ている。

まさに我が世の春の気分であった。

 

 

 

「叛徒からの通信?」

 

次なる戦闘に備え、布陣した艦隊の中央。

その集団の前衛中央に展開した旗艦『アルバトロス』にて、従兵(屋敷であれば小姓を務めている)の少年から、子爵好みのコールタールのような粘度のどろりとしたコーヒーを受け取りながら、バックシーに尋ねた。

 

「はい。『帝国軍の指揮官と直接話がしたい』とのことですが……」

「降伏の申し出ではなく?」

「その可能性はありますが、あくまで敵の要望は直接対話のようです」

 

「叛徒の艦隊は少しずつ周囲の味方を集めたようですが、それでも我が方の三割程度。戦艦も確認できておりません」

「とはいえ、なにやら艦列を弄り回している」という言葉を発することなく、この臨時の上官の対応を待った。触れたところで、この子爵の判断に影響を及ぼすことはないと認識していたためである。

バックシーは報告をしながら、同時に思考を働かせている。

それはこの敵の行動をどう判断するか、和戦どちらに決しても的確な判断とは、との思考であったが、その頭脳労働に対し、あまりにも精細を欠いた。

実質的な艦隊司令官として振舞える甘美さに酩酊すると同時に、まだ任官十年程度の青年将校にとっては、同僚も属僚もなく、その思考を働かせ続けることの身体的・精神的消耗が、本人の認識よりも蓄積していたからである。

 

通信を認める、と子爵が回答したのは、たっぷり10分後のことであった。

 

 

「ランソメドーズ共和国軍『銀炎』部隊、ウィンターホールド臨時集成戦隊。指揮官、グェンドリン・ウィンターホールド准将」

 

「……ズン=ダモン分艦隊司令、ジークフリート・フォン・ズン=ダモンなのだ」

 

ぎょ、っとした目をバックシーが向けた。

ネイビーブルーの軍服に身を包み、まるで大貴族の貴婦人かのような威厳と美貌の青髪の女司令の姿に、帝国軍将兵は一人残らず、瞠目していた。それも流暢な帝国軍――それも門閥貴族のような品の良さ――で告げたからである。

自由惑星同盟を名乗る叛徒共では、女でも軍人がいるとは聞いたことがあったが、まさか『領邦軍』とはいえ、将官がいるとは思っていなかったのもある。

が、バックシーの驚愕の中心はそこではない。

 

(分艦隊……分艦隊といったか!?)

 

目の前の子爵は確かに指揮官として扱われている。だが、それはあくまで諸侯の中でそういう「空気」で認められたものであり、正式な軍命として任命されたわけでも編成されたわけでもない。

その気になれば、各部隊はそれぞれの諸侯に従い、分散してもよかったわけである。

 

それをバックシーという連絡武官の存在で、一塊にした上で、それぞれの貴族たちも、「その方が旨味を得やすい」と集合しているだけなのだ。

 

(まずい、まずいぞ!? イゼルローンに戻った後、これが他の諸侯に判明したら……!)

 

そんな焦りを浮かべた、その時だった。

 

 

「ズン=ダモン司令、ここでの戦闘は無意味だわ。我が艦隊の任務は、暫しこの宙域を維持するだけでいいの」

「故に当方としては、貴軍に対し、二十時間の進行停止を要求する」

 

 

「…………は?」

 

『アルバトロス』の、時間が止まった。

 

 

 

――ランソメドーズ宇宙軍『銀炎』作戦・ウィンターホールド臨時集成戦隊(第二護衛隊)旗艦

巡行艦『セントローレンス』

 

 

「ふふ、つまらない方だったわね」

 

啞然としてから、口を開閉するだけになった『分艦隊司令』の代わりに、応対した降伏の申し出かどうかを何度も問いかける若い尉官に対し、再度の要求を告げるだけ告げ。

 

「それは会戦の意思ありと判断してよいとのことか!?」

と絶叫するかの再起動した『分艦隊司令』に、

――汝ノ意思ヲ了解ス。我等コレヨリ毅然トシテ決意持チ、コレヨリ敢然ト任務ヲ遂行ス。

とだけ返して切らせたのである。

 

「集団各隊、指令は受領済みね?」

「間違いなく。艦列の編成も完了しています」

「結構。……バルドー中佐には苦労をさせるけど、独立駆逐隊最古参を信じるとしましょう」

 

「敵、レッドゾーン突入!」というオペレーターの声。

合わせるように、ウィンターホールド准将はその腰に着けていた指揮杖を、軍刀のように抜きはらい、戦況を映すスクリーンに向ける。

 

 

「全艦、最大船速!」

「ミサイル全弾斉射、しかる後、敵艦隊へ突入!」

「誰でもいいから、あの『醜悪な』戦艦を、撃沈なさい!!」

 

 

 

――『アルバトロス』は! 子爵はなにをしている!

――左翼の男爵たちはあの程度の駆逐艦どもを突破できんのか!

――敵艦隊、回頭中!!??

 

 

 

この日。ウィンターホールド臨時集成戦隊は、戦闘開始と同時に全艦の持つミサイルを、帝国軍左翼部隊に叩き込む。

そうして、艦隊の中で火力の高い旗艦『セントローレンス』を含む巡航艦部隊が最前列となり、真っ直ぐに帝国軍中央、前衛艦隊に突進していった。

これに対し、直前まで敵司令との通信状態にあったズン=ダモン子爵の直属部隊は反応が遅れた。

それでいながら、左右両翼、後方の他の諸侯部隊は会戦前提に稼働していてものの、その運動と対応には致命的なバラつきを生んだ。

 

専門的な軍士官の圧倒的不足。

統一的な指揮系統の不在。

これまでの襲撃という「戦果」に驕った休養と対応の不足。

 

帝国軍――というより、その諸侯たち――はようやく、今までのような不意打ちによる『狩猟』ではなく、『戦闘』であることを再認識した。

 

あるいはこの時。

その中で一人でも、「まっとう」な艦隊幕僚勤務経験のある予備役将校や、そうでなくても、複数の戦艦を所有出来るような『大貴族』であれば、話は違ったかもしれない。

だがここにいる諸侯は、あわよくば落穂拾いを、というような連中であり。

要塞攻防戦が段落してから参陣するような連中であり。

なによりも、艦隊幕僚勤務なぞ、名目上以外でしたことのない連中であった。

 

「蹂躙せよ!!」

あるいはそのウィンターホールド准将の指令は、それを察したが故の命令であったのかもしれない。

 

そしてその帰結が起きたのは、ランソメドーズ艦隊の突入より二十分後。

事前の通信で、その位置・距離を把握していた巡航艦『ブラック・ナイフ』の斉射により、ズン=ダモン子爵乗艦、戦艦『アルバトロス』は盾艦の分離すら行えずに「爆散」。

直後に『ブラック・ナイフ』も撃沈したが、子爵直属艦隊の指揮統制は瓦解。

なにより、「連絡武官」の消失により、各部隊の連携を掌握出来る存在が物理的に消滅したのが致命的であった。

 

そのまま統制の崩壊した帝国軍中央前衛部隊を強行突破。序盤のミサイルの集中攻撃と、バルドー中佐の特編駆逐隊の妨害から、ようやく戦列を回復させようとした、帝国軍左翼艦隊へ突進していった。

 

 

「全艦、『セントローレンス』に続け!」

「いいから正々堂々、敵の艦列をぶち抜いて、そして」

「――逃げましょう!」

 

 

宇宙歴794年12月25日1時37分。

ランソメドーズ共和国軍『銀炎』ウィンターホールド臨時集成戦隊。

帝国軍艦隊を「突破」。

 

戦闘参加艦艇三十三隻。

完全喪失二十一隻。

 

 

3時間後、残存艦艇はパランティアの軽空母戦隊と合流。

 

 

かくして。

ランソメドーズ共和国の、何度目かの戦闘は終結した。

そして同時に。

彼等にとっての、「イゼルローン攻略作戦」、なにより『銀炎作戦』も実質的に終了したのである。

 

 

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