「やってるはずだが。君は何を見てきたのカネ?」
(宇宙歴792年ヒラ国防大臣のインタビューより。当時ランソメドーズ共和国宇宙軍は一連の作戦により第一護衛隊が半壊していた)
鉄の森降りて
シティ・オブ・ニュー・サセックスのウェントワース街。元老院(上院)と衆議院(下院)の議場があるセンター・ツー・ブロックともほど近いこの街は、この街区は、ランソメドーズ共和国行政の中心部である。
隣接する建物も政府の重要施設ばかり。例えば隣接する11番には衆議院議長公邸(下院議長公邸)。そして13番が財務大臣公邸、14番が司法委員会の議長官邸(最高裁判所長官)官邸、というようにである。
さて、ウェントワース12番地の住人の政治的地位とは如何なるものか?
ランソメドーズ共和国の政府首班であり、行政最高責任者であるその人物の地位ではある。が、正式な職域はともかく、議院内閣制を取るこの国制において、その所属政党内、あるいは議会での与党勢力の影響力に左右されることも少なくない。
では、今の住人はどうか?
ランソメドーズ共和国首相にして、ランソメドーズ農民党総裁は?
結論から述べるのであれば。
「盤石」「強力」「安定的」
そう枕詞を付けられて数ヶ月経とうとしている。
先の通常会。
リッカルドが率いる第二次フォンターナ内閣――通常であれば改造内閣として扱われるのだろうが、先の衆議院選挙の影響で事実上第二次として扱われている――はその最重要課題としていた、同法案を可決させた。
これにより、ランソメドーズ共和国は未曾有の(少なくともここ数十年ぶりの)大規模な公共事業による好景気に向かっている。
この計画は端的に言えば、『中間星域での航路上の保安官としてのランソメドーズ共和国単独で達成する』ための計画だ。
宇宙歴794年の第六次イゼルローン攻略作戦、そして派生したヴァンフリート遭遇戦において、ランソメドーズ宇宙艦隊は、決戦兵力にして護衛戦力である前衛総隊のうち、半数を物理的に喪失した。
数ヶ月前に行われた観艦式は、その残余と健在な戦力をもってようやく(書類上でも)再編成が完了し、なにより戦没者追悼式典を兼ねたものだったのである。
だが、ランソメドーズ共和国単独ではその再建は遠く。
その上で、市民感情では『主力産業』であった各種農産物の輸出制限がかけられそうだったのが、ランソメドーズ共和国の課題であった。
前任たるハーディング内閣は、これを別個の問題として交渉に乗り出し、そして失敗。
暫定内閣を率いることになったリッカルドは、全てを同一の案件にまとめ、再交渉にあたった。
そうして得た特権と、払うべき代償が、『それ』であった。
宇宙歴796年5月16日21時55分(ランソメドーズ標準時間)
ウェントワース街12番地(首相官邸)
12番街の住人として、第三次建艦計画と関連特別予算――特別立法の期間をもって『ランソメドーズ共和国の新五ヵ年計画』と呼ばれる――を通したリッカルド・フォンターナ。
疲れきった表情でソファーにもたれ掛かり天井を仰ぐ主人に、十歳若いフォンターナ夫人は蒸らしたハンドタオルを差し出した。リッカルドはごしごしと顔を拭こうとしたが、それも途中で億劫となったのか瞼の上にタオルを畳んだまま置き、そのまま瞳を閉じた。
平素であれば、その姿を見届けて先に眠りにつく夫人であったが、なにか思うところがあったのか、隣の椅子に座ったままであった。
かちり、かちり、と年代物の時計の音が刻む中。
とある老秘書官が足早に主人夫妻のプライベート空間に入り込んでくる。普段は存在というものを意図的に消し去るように振舞っているが、今はむしろ自身の存在を周囲にアピールするかのような足取りで、ソファーに寝そべる主人の下に駆け寄る。
「お休みのところ失礼いたします。旦那様、奥様」
「……何だ」
「只今、玄関口に急の来客が」
「……来客の予定はあったかな?」
「それが、その」
――連邦党の、ウルリカ・ストゥーレ女史です。
ぴきり、となにかの軋む音がした。
「こんばんは、首相閣下」
かつ、かつ、と杖を突きながら、己の半分ほどの年齢の女が入ってくる。
「就寝中である」と、一度は帰宅を促そうと思ったのだったが、虫の知らせとも言うべき違和感に襲われ、上げることを許可した。
その際、一瞬隣の座席から異様な圧があったような気もしたが、この人の良い首相は意図的にそれを無視している。
幾らかの軽い酒飲みであれば、というのに同意したため、この座は設けられている。
「フォンターナ叔父さん、お聞きになりましたでしょうか」
呼び名は様々な意味を持つ。
目の前の女が、来訪にあたって、協調ブロック「統合」の代表世話人でなく、連邦党の所属を名乗ったように。
この場合は、……政府の正確な報告の前に、ということであろうか?
閨閥というには遠い、縁戚関係を理由に、私的な雑談のふりをするぐらいなのだから。
「なにがだい?」
「ハイネセンの友人からなのですが」
――イゼルローン要塞が、陥落したそうです。
ほう、とホット・サケに軽く口をつけ、ウルリカは告げた。
まるでなんでもないかのように。
まるで、来るべきものが来たかのように。
リッカルド・フォンターナは、その後の記憶がない。
どのようにして、別れを告げたのか。
どのようにして、彼女が帰ったのか。
ただ、理解したのは。
いつの間にか、昇った朝日を受けながら、朝刊の一面を目にした、その時であった。
『イゼルローン要塞、陥落!』
『同盟軍の快挙!』
『魔術師、ヤン・ウェンリー!!』
「大統領官邸に連絡を。それと、緊急の閣議を開きたい」
「それと、軍の参謀総長と、宇宙・地上両軍の総司令官を」
首相官邸の周りに、人の気配が増えているのを感じながら、フォンターナは指示を告げる。
時に宇宙歴796年5月17日6時13分。
ランソメドーズ共和国の、短くも暑い季節が始まる、その序章であった。