レイ達が盗賊退治に赴いている頃。
家族と喧嘩をしたマリーは、自室に閉じこもっていた。
父と長兄の理解を得られない事が、マリーの心に深い影を落とす。
「わたくしは……夢を掴みたくて……」
だが同時にマリーの心に芽生えているのは、戦いの中で知ってしまった恐怖。
二つの感情が激しく衝突し合う。
『ピィ……』
「ローレライ……わたくしは、どうすれば良いのでしょうか」
白い
しかし答えが出る訳ではない。
マリーは目尻に浮かんだ涙を拭い、ただ己の無力さを痛感するばかりであった。
その時であった。マリーの部屋の扉を叩く音が聞こえる。
父か長兄だろうか。マリーはすぐに扉を開ける気にはならなかった。
「マリーちゃん。私だけど」
「今開けますわオリーブさん!」
来訪者がオリーブと分かった瞬間、マリーは瞬時に自室の扉を開けた。
恋心は何よりも優先される感情なのである。
あわよくばママに癒してもらいたい。
「お、おじゃましまーす」
「そんなに畏まらなくてもよろしいですわ」
「そ、そうかな?」
女友達の部屋に入る経験があまり無かったオリーブは、少し緊張していた。
オリーブは何気なく部屋を見回す。
「以前来た時より、随分とさっぱりした部屋でしょう」
「えっ、あ……うん」
「諸々処分してしまったのです。決別の思いで」
遠い目で語るマリー。それを見てオリーブは、どこか寂しさのようなものを感じた。
「決別……マリーちゃんは、家族が嫌いなの?」
「……どうなのでしょう。自分でもよく分かりませんわ」
ベッドに腰掛けて、マリーは呟く。
実際マリー自身、自分の気持ちを理解しかねる部分があった。
それは家族との向き合い方が分からないとも言う。
「お母様とルーカスお兄様はわたくしを見てくれています……ですがお父様とクラウスお兄様は……」
オリーブの前で言葉にするのは、些か躊躇いがあった。
マリーは少し口篭ってしまう。
「以前から何も変わってませんわ。お父様もクラウスお兄様も、わたくしではなくサン=テグジュペリの娘を愛したいだけなのです」
「マリーちゃん……」
「わたくしは、わたくし個人をちゃんと見て欲しかっただけなのです。貴族の娘だけでなく、マリーという個人を」
「マリーちゃん個人って、操獣者になること?」
「はい。わたくしの夢ですわ」
俯きながら語るマリー。そんな彼女の隣に、オリーブが腰掛ける。
「ねぇマリーちゃん。今でも夢は変わってないの?」
「……少し、分かりませんわ」
マリーの脳裏に浮かぶのは、ブライトン公国での敗北。
生まれて初めて体感した、死の恐怖。
「操獣者という夢を手放したくない気持ちは確かにあります……ですが」
「怖い気持ちもある」
「……はい」
「マリーちゃん、私と同じだ」
空元気な笑みを浮かべるオリーブ。
「私もね、今すごく怖いの。戦争も始まっちゃったし、ゲーティアって敵もすごく強いし」
「オリーブさん」
「私が死んじゃったら、妹達が困っちゃうし。お父さんやお母さんも悲しんじゃうだろうし」
それにね、とオリーブが続ける。
「やっぱり、死ぬのが怖いなぁ」
「……はい。怖いですわね」
「きっと、今操獣者をやめるって言っても、フレイアちゃん達は私達をとめないと思うんだ」
「そうですわね。フレイアさんやレイさんは、わたくし達を尊重するでしょう」
「うん。だけどねマリーちゃん……操獣者、本当にやめたい?」
真剣な眼差しで、オリーブはマリーの顔を見つめる。
マリーはすぐに言葉が出てこなかった。
「私はね、やめたくないんだ」
「どうしてですか? あれだけ怖い思いをしたのに」
「怖いよ。死んじゃうかもしれないから、すごく怖い……だけど、逃げたくないの」
「逃げたくない、ですか?」
「みんなを守れる操獣者になる。それが私の夢だから。逃げたくない。レイ君みたいに夢を掴みたい」
「……オリーブさんは、本当にレイさんに憧れているのですね」
いざ改めて言われると、オリーブは赤面してしまう。
マリーは複雑な気持ちになった。
「私ね、レイ君みたいに強い人になりたいんだ。大切な人たちを守れる、強い人に」
「オリーブさん。どうしてそこまでレイさんに憧れているのですか?」
素朴な疑問。
マリーが聞いた限りでは、レイは人との交流をほとんど絶っていた筈だ。
何故オリーブはレイに憧れを抱いているのだろうか。
「……昔ね、私と妹が八区の採掘場に閉じ込められたことがあるんだ」
「えっ!?」
「喧嘩して家出しちゃった妹を探しに行ったんだけど、その時に採掘場で落盤事故が起きちゃったの」
「それ、大丈夫だったのですか?」
「うん。最初は頑張って助けを呼んだりしたんだけど、段々暗くて寒くて、怖くなっちゃって……妹の前だから泣かないように頑張ってたんだけど、涙が出てきちゃって」
オリーブは当時の事を鮮明に思い返す。
妹を抱きしめながら、声を押し殺して泣いていたその時であった。
「崩落した採掘場の入り口をね、壊して私達を見つけてくれた人がいるんだ」
「それが、レイさんですか?」
小さく頷くオリーブ。
当時レイは調整不足であったデコイ・モーフィングシステムを使い、誰よりも早くオリーブ達を見つけたのだった。
コンパスブラスターを使い、崩落した採掘場の入り口を破壊し、脱出口を作る。
そしてオリーブ達に近づいて、こう言ったのだ。
『一緒に叱られてやるから、帰るぞオリーブ』
それが、オリーブという少女がレイに恋する最初の切っ掛けでもあった。
「私ね、レイ君みたいに強い人になりたいなって思って……操獣者になって、みんなを守りたいって夢を持つようになったんだ」
「それが、オリーブさんの思いですか」
「うん。子供っぽいかな?」
「まさか。とても気高いと思いますわ」
少し自嘲気味に答えるマリー。
オリーブが眩しくて仕方なかったのだ。
そして、羨ましくて仕方なかった。理解ある家族も、勇気もある。そんなオリーブが羨ましくて仕方なかった。
「オリーブさんは、操獣者を続けますか?」
「うん。怖いけど、ここで夢を手放したくないから」
「……オリーブさんは、強いですわね」
「そんなことないよ。みんながいるから、私は立っていられるだけだから」
オリーブはマリーの手を握る。
「もちろん、マリーちゃんもいるからだよ」
「オリーブさん」
「みんながいるから、怖いことも乗り越えられる気がする。だから私は、戦える」
「わたくしは……まだ答えが出ません」
「マリーちゃんのペースでいいよ。レイ君ならきっとそう言うから」
「ふふっ。本当にレイさんのことが好きなのですね」
「はえ!? もうマリーちゃん!」
顔を真っ赤に染めて、オリーブは可愛らしく抗議する。
それを微笑ましくマリーは受け止めていた。
そんなマリーの心は、少しばかり軽くなっていた。
「ねぇマリーちゃん。もう一回、お父さん達とお話ししてみたらどうかな?」
「お父様とですか?」
「うん。マリーちゃんの夢をちゃんと伝えるの」
「ですが……」
「一人で不安だったら、私も一緒にいるから。だからお話し、しよ」
しばし迷うマリー。
父親と話をするのはいいが、そもそも話を聞いてもらえるのか。
そしてマリー自身が操獣者を続けられるか、まだ迷いがあった。
マリーは不安気にオリーブの手を握り返す。
オリーブは優しい笑みを浮かべてそれを受け入れるが、マリーには若干の下心があった。
「マリーちゃん、やっぱり怖い?」
「……そうかしれませんわ。ですが……」
マリーは決心したように、顔を上げる。
「ここで恐れていては、きっと前に進めないのでしょうね」
「うん。じゃあ一緒に行こっか」
「はい! 是非、手を繋ぎながら!」
「うゆ? いいけど。マリーちゃん甘えん坊さんだね」
前に進むためにも、今はマリーの父親と話をしよう。
二人がそう考えて、ベッドから立ち上がった瞬間であった。
――轟ォォォォォォォォォォォォン!!!――
凄まじい爆発音が、屋敷にまで響いてきた。
「えっ!? なんの音!?」
「街の方からですわ!」
マリーは慌てて部屋の窓を開ける。
街の方からは、いくつもの爆煙が立ち上っていた。
「マリーお嬢様、ご無事ですか!?」
「グスタフ。何があったのですか」
「それが、ウァレフォルの一味が街に攻撃を仕掛けてきたそうです」
「なんですって!?」
空で自分を襲ってきた盗賊の一味。
それが街を爆撃し始めたと聞いて、マリーは胸が締め付けられた。
「ひとまずお嬢様方は安全な場所へ避難を」
執事のグスタフが避難誘導しようとするが、オリーブは開いた窓に足をかけ始めた。
「オリーブさん!」
「マリーちゃんは逃げてて! 私は悪い人達を倒してくるから!」
「ですがオリーブさんも変身は」
「無茶しなければ大丈夫だよ。マリーちゃんの故郷、絶対守るから!」
オリーブは服のポケットから黒い獣魂栞を取り出す。
「ゴーちゃん、いけそう?」
『ンゴォォォォォォ!』
「うん、ありがとうゴーちゃん。Code:ブラック解放!」
Code解放をした獣魂栞を、オリーブはグリモリーダーに挿し込む。
そして十字架を操作。
「クロス・モーフィング!」
魔装、変身。
オリーブは黒い魔装に身を包み、窓から飛び降りた。
「……わたくしは……」
『ピィ……』
爆煙立ち昇る街に向かって駆け出すオリーブ。
変身したくても、今はできない無力さ。
マリーはその背中を見つめながら、拳を握りしめる事しかできなかった。